高雄(たかお)は、「艦隊これくしょん~艦これ~」に登場するキャラクター(艦娘)である。
モデルは帝国海軍重巡洋艦、<高雄>。 由来は京都市高雄山で、東京の山奥とか台湾とかは特に関係ない。
妹同様、ばいんばいん。
愛宕に比べちょっと落ち着いたお姉さんである。服装もだいたい同じ。脱衣ブロック崩し
戦隊旗艦らしく「私に続いて下さい!」など 後続艦を指揮するが如き言動も。 「巡洋艦といえばなんといっても私、高雄型よね」と最後最大の一等巡洋艦としての矜持を感じさせる台詞もある。 上着の裾が短いので絶対領域とガーターベルトが見える。エロい。
姉妹の愛宕はよくおっぱい怪獣アタゴンとか言われるが、同様にボインな高雄さんはそんな事は関係なく「カカオ」と呼ばれたりする。何の事か分からない人は高雄さんを艦隊に入れて出撃させてみよう。
性能としては、後期に建造された艦である事を反映してか、他の重巡洋艦に比べてステータスが高めできれいにまとまっており使いやすい。悪く言えば尖った部分が無く平凡と言えるが、愛が無ければ使うのは辛い・・・なんて事は全く無い程度に強い。任務(クエスト)でも使うので、1人は確保して手元においておきましょう。
だが、ある意味何よりも高雄さんの象徴ともなっているのは、記事冒頭にも載せた「バカメ」だろう。
こちらは史実には特に元ネタと思われる言動は見当たらず、強いて元ネタに当てるとしたら、アニメ「宇宙戦艦ヤマト」において沖田十三がヤマト建造前の冥王星海戦で、圧倒的に強大な敵からの降伏勧告への返答として送りつけた「バカめ、と言ってやれ」(オペレーター「は?」)「バカめ、だ!」だろうか。
これの更なる元ネタと思われる言葉として、第二次世界大戦中にバストーニュで包囲された米軍マコーリフ准将が降伏勧告の返答として発言した「Nuts!」が挙げられる。
・・・なのだが、高雄には特に関係がない、のだ。
大和繋がりで台詞を譲ってもらったのかと言うとそういう訳でもないようで、史実では戦艦大和と一緒に戦った事は一応あるが、それは別に高雄に限った話ではない。
ダイレクトに宇宙戦艦ヤマトに関わりを求めてももっと関係が薄く、オリジナル版アニメではそもそもヤマト以外に艦名が出てこないため、当然高雄の名も無い。
後のリメイク版「宇宙戦艦ヤマト2199」ではヤマト以外の艦にも名前が出てきたが、「バカめ」の舞台である冥王星沖海戦「メ号作戦」にて沖田が乗った艦は「キリシマ」である。随行艦も「クラマ」や「ユキカゼ」であり、やはり「タカオ」と言う名前の艦は出てきていない(なぜか「アタゴ」はいる)。
さらにもっと元を辿っても、バストーニュはヨーロッパの土地。これでは更に関係が無い。
先述の通り、2199で旗艦を任され沖田が乗って「バカめ」を発した霧島さんがこれを言うなら分かるのだが・・・。
いったいなんだって高雄のセリフに「バカメ」が出てきたのかは、運営鎮守府あたりが理由を言ってくれるまで待つしかないようである。
1930年、昭和2年度海軍補充計画において建造された4隻の1万トン級巡洋艦の一番艦として進水。
計画、起工後のロンドン海軍軍縮条約により帝国海軍最後の重巡(一等巡洋艦)となった高雄型重巡洋艦のネームシップである。ちなみに竣工は二番艦<愛宕>が先行したため、愛宕型の二番艦とみなされる場合もある。
(全然関係ないが、某パンツじゃないアニメのドラマCDの話が一本そのネタで盛り上がっている。みっちゃんェ……)
その特徴的な艦橋は、条約型重巡として先に建造した妙高型の艦橋がスリムすぎて水雷戦隊司令部として使い辛い点を修正した為である。その広さ、妙高型の床面積3倍。なんということでしょう。艦橋には司令部要員の他に、指揮に必要な通信施設が組み込まれている。さらに艦橋を排煙路の上に馬乗りさせたのも巨大化の原因。
用兵側からの要望を汲み取った結果だったのだが、図面を引いてみて「こんな艦橋で大丈夫か?」と言う事になり実物大のセットを組んで検証実験まで行われた。結果は「大丈夫だ、問題ない」、と言う事でそのまま建造された。
今に至るまで散々「デカい」と言われ続けているが、海外の艦艇でも通信設備やレーダーの搭載でだんだん大型化している点、イージス艦の艦橋もレーダーとCICを納める為に大型化している点に留意してほしい。大量のモノや大きいモノを納める容器は必然的に大きくなってしまうのだ(ただし、やっぱり「デカい」と思われているのは確からしく、こんごう型護衛艦を作った時に諸外国に「艦橋でけぇ、高雄型だ!」って言われたりしている)。
只、日本海軍でもさすがに「でかすぎた」と思ったのか、最上型では艦橋がスリムになってしまった。一番いいのを頼む
主砲は20.3cm50口径を連装5基10門、艦首側には妙高型以来の三番砲塔を後ろ向きにしたピラミッド状3基、艦尾側には通常の背負式配置で2基を配置。その他魚雷発射管、機銃等を多数設置した。
太平洋戦争開戦の数年前には第四艦隊事件(台風でRJさんがフルフラットなのに艦橋攫われかけた事件)の影響でせっかくのイージス艦みたいなドデカイ艦橋をスリムアップするはめに。これでバランスが良くなって平賀さんもご満悦。
準主力艦に位置づけられていたこともあって開戦後は妹達とタッグを組んで南洋・インドネシア方面を中心に疾駆。主砲発射して搭載水上機をふっ飛ばしてみたり、日本に片道爆撃しかけられた時(ドーリットル先生日本ゆきドーリットル空襲)に敵空母を探してみたり、北の方にも出張ってみたり。戦況が悪化し始めた頃からは数次のソロモン海戦や南太平洋海戦に参加。44年、マリアナ沖海戦では味方機を迎撃するなんてことをやらかしてもいる。
同年10月、レイテ沖海戦で妹3人を揃って失い、自身も大破。潜水艦からの攻撃で缶室にダメージを食らい2/3が使用不能で蒸気用の真水タンクも損傷し蒸気が発生出来無くなるが、洋上に22時間漂いながらタンクを修理、海水を蒸留して真水を作るという涙ぐましい努力によって無事再起動。3ノットの速力でシンガポールへ退避した。
もはやまともに修理する余力もなくシンガポール防衛に残され「損傷した艦尾を切断」という荒療治で港内に投錨する。
ちなみにこの時は妙高型4隻と熊野が一緒に退避してきたが、熊野は中破した体を引き摺って日本に帰還する途中に憤死、中破した妙高以外の羽黒、那智、足柄はそれぞれ輸送任務中に戦没した。
終戦直前には「イギリスの潜水艇により時限機雷を設置されたが設置4つ中3つが不発」という微妙過ぎる攻撃を受けたりしたもののいちおうは生き残り、戦後イギリスに引き渡されたが、向こうも扱いに困ったのか、そのまま海没処分された。まぁ長門よりはましな最期と思うしか・・・。
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最終更新:2024/04/25(木) 01:00
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