概要
天保8年(1837年)に生まれる。藤井は尊王運動弾圧事件として知られる明和事件に連座して斬罪となった藤井右門の曾孫である。
少年期に三条実万に仕えていたが、後に処士(在野の士)として尊王攘夷運動に関わった。
藤井は「柳の図子党」と呼ばれた志士の1人で、岩倉具視の失脚後、同志の松尾相永と共に慶応元年(1865年)春頃に岩倉の元を訪れ、以降岩倉の政治活動を補佐した。岩倉を公武合体派の姦物と見ていた人々も藤井、松尾の説得で岩倉と面会し、傑物であることを知って協力するようになっていった。
慶応4年(1868年)、軍監、大監察兼金穀方として戊辰戦争に従軍。その後は岩倉家の家令や宮内省陵墓守長を務めた。
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