ゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツ(1646~1716)とは、ドイツの哲学者・数学者である。
1646年にライプツィヒに生まれる。1661年にはライプツィヒ大学に入学し、法学を専攻する。
1716年に死去。
ライプニッツの思想は、簡単にいえば「世界はどのように成り立っているか」「世界はなぜ存在するのか」を解き明かそうとするものである。ライプニッツには「モナドロジー」「予定調和説」「最善説」「弁神論」などいくつもの説があるが、いずれもこの二つを説明するためのものである。
ライプニッツの哲学には「神」という存在が関わってくるが、これは、同じく合理論で知られるスピノザの「神」とは全く意味が異なる。スピノザの「神」は世界そのものであり創造など行わないが、ライプニッツの「神」はあくまでキリスト教的な唯一神であり、人間や世界とは別物である。
ライプニッツの思想で最も有名なものが「モナドロジー(モナド論)」である。まずはこれについて説明する。
簡単にいえば、世界に存在するあらゆる実体を分割していったとき、これ以上分割できないという最小の単位が「モナド」である。デモクリトスの原子論における「原子」のようなものと考えると分かりやすいだろう。
この「モナド」は互いに独立であり、互いに関係しあうことがない。こうしたモナドの独立性・閉鎖性は「モナドは窓を持たない」と表現される。
しかし、モナドが互いに関係しあわないにも関わらず、世界には因果関係が存在するし、互いに関わりあっているのはなぜか?
ライプニッツは、これはモナド同士が関係しあうように神によって定められているからだと説明する。これが予定調和説である。
なお、この予定調和説を用いて、心身問題の解決も図られる。スピノザは、精神と肉体は「神」という一つの実体によって統一されているという一元論によってこの問題を克服したが、ライプニッツは、精神と肉体が調和するのは、神がそのように定めたからだと考えた。
以上のモナドロジーと予定調和説は、世界がどのように成り立っているかに関する説明であった。ここからは、世界がなぜ存在するのかを説明する。ただ、その前に、論理学に関するライプニッツの思想を説明する必要がある。
ライプニッツは、真理は「事実の真理」と「永遠の真理」に分けられるという。簡単にいえば、前者は、そうでないこともありうる真理、後者は必然的にそうであるような真理である。
例えば、「カエサルはルビコン川を渡った」という命題を考えてみよう。カエサルがルビコン川を渡ったことは歴史的事実である。しかし、カエサルは、ルビコン川を必然的に渡ったのではなく、渡らないことも可能であったはずである。つまり、「カエサルはルビコン川を渡らなかった」という場合を考えることができる。
さらに別の例を挙げてみよう。「1G(重力加速度)は約9.8m/s2である」という命題がある。これは地球上においては正しいが、別の惑星においては、正しいとは限らない。あるいは、平行世界(パラレルワールド)の地球においては、重力加速度はもっと大きいかもしれない。このように、そうでない場合を考えうる真理が「事実の真理」なのである。
一方、「永遠の真理」は、そうでない場合を考えることができない真理である。「1+1=2」という命題は、1+1=2でない場合を考えることができないし、平行世界においても1+1=2は成立するであろう。このように、常に成立する命題が「永遠の真理」である。
もう一つ、「充足理由律」という考え方を説明する。これは、物事にはそうであるような理由が常に存在するという法則である。例えば、「空が青い」という命題が正しい場合、何の理由もなく青いわけではなく、理由があって青いわけである。
以上を踏まえた上で、世界の存在について考える。ライプニッツが問題とするのは、「なぜこの世界が存在するのか」という疑問である。
我々の生きる世界は存在している。このことは、永遠の真理ではなく、事実の真理である。つまり、世界は存在しないことも可能であったのに、なぜか存在しているのである。
さらに、この世界は様々なありようがあったはずである。いいかえれば、いくつもの可能世界があったはずだが、それらを除外して、なぜかこの世界だけが存在しているのである。
先ほどの充足理由律に従えば、この二つの疑問にも理由があるはずである。
では、その理由とは何か。前者については、神がこの世界を創造したからだと説明する。この説明にあたって、ライプニッツは、宇宙論的証明と呼ばれる神の存在証明の手法を用いる。簡単にいえば、すべての因果関係を辿っていったとき、一番最初に存在するのが神なのだから、神が世界を創造したに違いないということである。
しかし、これだけでは、この世界だけが存在することの理由にはならない。これについては、ライプニッツは、この世界は数ある可能世界の中で最善の世界であったので神によって創造されたと述べる。この説を「最善説」と呼ぶ。
これは、ヴォルテールによって「楽天主義(オプティミズム)」と誤解されたが、あくまで数ある可能世界の中で最善というだけで、この世界が欠点のない素晴らしい世界だという意味ではない。
しかし、神が世界を創造したとなると、難問にぶちあたる。神が創造したはずの最善の世界になぜ悪や苦しみが存在するのか、という疑問である。
前述のように、ライプニッツの想定する「神」とは、キリスト教的な全知全能の神である。神が全知全能であるならば、この世に悪が存在しないように世界を創造することができたはずである。ところが、そうなっていないということは、神は全知全能と呼べるのだろうか。
この問題は古代から多くの思想家が考えてきたが(詳しくは悪の記事を参照)、ライプニッツの出した答えは、人間にとっては悪に見えるようなものも、神から見れば善であるに違いないという考え方である。この考え方に立てば、神は悪を創造したことにはならないので、神の全能性を否定することにはならない。こうした神を弁護する考え方を弁神論(神義論)と呼ぶ。
ライプニッツは、微積分学と記号論理学を確立させたことで有名である。
また、円周率の値を求める公式(ライプニッツの公式)を発見し、自身の名前をつけた(ただし、彼が初めて発見したわけではなく、300年ほど前に既にインドで発見されていた)。
ライプニッツの著作は多くが未完であるため、その思想の全貌性が把握しづらく、後世の人々に正しく理解されてきたとはいいがたい。
18世紀のドイツではライプニッツ・ヴォルフ学派という思想が主流であったが、これはライプニッツ自身の思想というより、ヴォルフという学者がライプニッツを独自に解釈したものであった(カントの記事も参照)。
しかし、論理学において可能世界という考えを導入したこと、記号論理学の先駆となったことなど、現代ではライプニッツの再評価も高まっている。
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3 ななしのよっしん
2016/01/23(土) 05:41:40 ID: viETMPE3AJ
ライプニッツが素晴らしいのは、思考するための道具立てを非常に重視したこと。
現代で言えばハッカー的なセンスで問題をコンパクトに扱うことの価値をよく分かっていた。
4 ななしのよっしん
2020/09/28(月) 03:31:42 ID: 0nBNGN5YeK
>>2
かっけぇ....
5 ななしのよっしん
2022/02/05(土) 15:30:18 ID: g+aCv8nX66
哲学と数学の業績が有名だが、それは趣味的なもので本業は今でいう公務員的な仕事(近隣諸国や諸侯との交渉、歴史編纂等)だった。
この時期以降になると数学や哲学で業績がある人はたいていその筋の専門家な訳で、本当に多才な人だと思う。
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最終更新:2025/03/23(日) 11:00
最終更新:2025/03/23(日) 10:00
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