父スプレンドールは1914年に輸入された英国産馬、キングエドワードⅦ世ステークスの前身アスコットダービーステークス勝ち馬Sheenの産駒でレンドの他に阪神連合馬ヱスク、帝室御賞典馬ダイリ、牝馬連合馬ナノハナ、アリアケを出した名種牡馬。母フヨウはロシア産半血種老虎尾にハンガリー産馬ガズランと「ナポレオン三世の馬」高砂のひ孫レヂーの子である第十三ガズランを掛け合わせて産まれた初洋にセントサイモンの孫フリーボーンをあてがい誕生したというある意味すごい血統。
馬主、調教師共に奥村直市となっており馬主が調教師を兼任していたと思われるが新堂捨蔵を調教師とする資料もある。奥村直市の子奥村鹿市が主戦騎手を務めた。
九州は1大馬産地ながら競走馬のレベルは低いとされており、九州産馬から日本一の馬を出すことは奥村直市の、ひいては九州馬産界の悲願であった。
1923年5月27日の小倉競馬場内国産新呼馬約1600mにてレンドはデビュー戦を勝利で飾った。翌日の内国産新呼馬約1800mも勝利したが6月3日の優勝戦約2000mは3着に敗れた。日本一決定戦である連合二哩の出走資格は得ていたが、この時すでに帝室御賞典馬ピユーアゴウルドがその優勝候補として全国の競馬関係者にその名を轟かせていた。
秋は10月13日の小倉競馬場、各内国産馬約2000mから始動しタマオカに半馬身着けて勝利。翌日の特ハン約2000mは2着に敗れるが、21日の優勝戦約2400mはタマオカに2馬身着けて勝利した。ここで陣営は阪神に遠征してレンドの実力を確かめることとした。
11月24日阪神の内国産馬約2800mにてタマオカに6馬身つけて圧勝。着外にオーキツドがおり、これが初対決である。そして、12月2日肝心の優勝戦約2400mに出走。九州産馬がこのレベルのレースに勝つことは稀であったが勝てなければピユーアゴウルドに勝つことは夢のまた夢である。結果はフエザントに3馬身着けて快勝。奥村父子は「目黒の二哩でピユーアゴウルドと勝負をするため東上するんだ」と抱き合って喜んだという。
15日には東京の各内国産馬約1800mに出走するが鹿市が東京での騎手免許を取得できなかったために阪神競馬場所属の新堂捨蔵に乗り替わりとなったうえにフロラーカツプの着外と苦戦してしまう。2着のラシカツターとはここが初対決となる。翌16日は果敢にも帝室御賞典に出走するも、ラシカツターと共にキンテンの着外に沈み、東京のレベルの高さを痛感させられた。ラシカツターとはこの後思わぬ形で再戦することになる。
22日には本番である連合二哩こと優勝内国産馬連合競走に出走する。3着のダイヤモンドウエヂングに大差はつけるもののピユーアゴウルドに7馬身つけられて2着と完敗。日本一の夢と共にこの年を終えた。
1924年は4月5日に阪神の内国産馬約2000mから始動してオーロラの半馬身2着と惜敗。6日の内国産馬約1800mはキンテンの1馬身2着。12日の内国産馬約1800mで2着に5馬身着けて圧勝し、13日の優勝戦約2400mに駒を進めてオーロラの着外に敗退してしまった。
5月18日には小倉に戻り帝室御賞典約1800mに出走。レンドは約68キロの酷量に苦しみながらも半馬身凌いで見事勝利し、名実ともに九州一の名馬となった。ちなみに、この時3着に入ったポートローズの馬主山本尚文が後に大騒動を引き起こすこととなる。25日の優勝戦約2400mは斤量に泣いて2着に敗れた。
秋は10月4日に阪神の内国産馬約1800mから始動してレデースバツトンの着外に敗れた。ちょうど、この時にピユーアゴウルドの弟バンザイが阪神に遠征してきており、レンドは彼と戦火を交えることとなった。まず、5日の内国産馬約1800mにてカツタマが意地を見せてバンザイをハナ差まで追い詰めた後ろで着外と完敗。11日は内国産馬約1800mでリセツトに1馬身半つけて勝利し、翌12日の優勝戦約2400mで再びバンザイに挑むがバンザイとオーキツドの勝負についていけず大差で3着に再び完敗した。かつて日本一を目指した陣営にとっては衝撃的な出来事であったろう。
11月1日は小倉の内国産馬約2000mで着外、2日もカツタン(カツタマの誤記と思われる)の3着でこの年を終えた。
1925年は4月26日に小倉の内国産馬約2000mでカツタマをクビ差押さえて勝利し、5月3日の優勝戦約2400mも優勝。
5月5日(6月5日の誤りか?)は宮崎競馬場の内国産馬約2000mを勝利するも約10キロの斤量差からか6月7日の優勝戦約2400mは3馬身差の2着に敗れた。
秋は酷量から逃れるために10月3日の阪神の障碍競走約2400mに出走して2分40秒86のレコードで大差勝ち。11日の障碍優勝戦約3200mでも3分38秒31のレコードで8馬身圧勝。
24日は小倉に戻って障碍約2400mで2分49秒28のレコードでまた大差で勝利。11月1日の障碍優勝戦約3200mをやはり大差で圧勝と大活躍しているが陣営としてはもどかしい思いであったろう。
12月は結局芝のレースに戻り5日に京都の各内国産馬約2000mに出走するもマツカゼの末脚に屈しクビ差の2着。マツカゼは下総御料牧場産で小倉の布施厩舎に所属し、阪神連合と小倉の帝室御賞典を制した西日本最強とも言える強敵であった。マツカゼとの再戦を期して、翌6日の各内国産馬約2000mに出走するが約69.9キロの酷量に苦しみ3着に敗北してしまう。12日の各内国産馬約1800mにてようやく勝ち上がり、マツカゼと決着を着けるために13日の優勝戦約2400mへと出走する。殿り待機から直線一気の末脚で追い込んできたマツカゼを2馬身退けて優勝した。と、思いきや直線で外によれてマツカゼの進路を妨害していたために失格となってしまった。以前はこの程度の妨害は不問とされていたがルールの厳格化による適正な処分である。しかし、ファンは激昂。しかも、相手が小倉の帝室御賞典で斜行により他の馬を転倒落馬させたまま優勝したマツカゼとあっては納得がいかず、レンドの失格を取り消させようとガラスというガラスを叩き割りなんでだよ、椅子を破壊して火を点けて気勢を上げた。無能な味方すぎる。結局、出動した警察とサルどもとの戦いは翌朝まで続いた。こうしてレンドはこの年を最悪な形で終えた。
1925年は3月13日に小倉の障碍競走約2400mから始動するが、恐らく当日の競馬場は騒然となったであろう。前述の馬主山本尚文が打倒レンドのためにとんでもない馬を連れてきたのである。その名はラシカツター。前年秋に現役最強馬決定戦になることを企図して新設された各内国抽籤濠州産馬混合競走にてバンザイに4馬身着けて勝利した馬である。今に例えると前年の有馬記念優勝馬が小倉サマージャンプに出走してくるようなものだろうか。レース結果はラシカツターに12馬身つけてレンドが圧勝。この時から陣営は野心に目覚めていたと思う。21日は勝ち上がってきたラシカツターと障碍優勝戦約3200mで決戦となったがレース中に故障したために4頭立ての最下位に敗れた。
5月2日東京では第2回各内国抽籤濠州産馬混合競走が開催される。連合二哩馬カノウと帝室御賞典ラレードが2強を形成し、連合二哩2着のアストラルが彼らに挑戦する構図であったが、そこには九州から遠征してきたレンドの姿もあった。鞍上はあの日と同じ新堂捨蔵。ドスローに流れた前年の反省からかレースはハイペースの消耗戦になったようで前年より9秒も速い3分48秒41のレコードで決着。カノウに5馬身つけてのレンドの大勝利であった。九州産馬から日本最強となったその偉業は空前絶後と称された。ここで勇退していれば日本一の称号を持ち逃げできただろう。しかし、レンドはそうはしなかった。9日の優勝戦に出走し他馬からの挑戦を受けた。前走で全ての力を出し尽くしていたレンドはカノウの5頭立て5着に敗れ、最強の座をすぐに奪われてしまった。ちなみにこの優勝戦は出走馬がレンド、カノウに阪神連合馬タマカゼ、帝室御賞典馬トニー、帝室御賞典馬カーネーシヨンと非常に豪華で、儚い夢だったが良い夢を見れたといったところか。レンドはその年の8月に熱中症でポックリ逝ってしまいこれがラストランとなった。
通算成績は39戦19勝。その内障害6戦5勝。
最後まで夢に挑み続けた生涯だった。その年の10月には弔い合戦とばかりに奥村鹿市が駆るヱスクが阪神連合を勝利して九州産馬の名を高らしめている。
*スプレンドール
1906 鹿毛
|
Sheen
|
Hampton | Lord Clifden |
Lady Langden | |||
Radiancy | Tibthorpe | ||
Meteor | |||
Esk 1892 栗毛 |
Esterling | Sterling | |
Apology | |||
Revelry | Peter | ||
Reveillon | |||
不明
|
*フリーボーン
1904 黒鹿毛
|
St.Serh | St.Simon |
Feronia | |||
Mother Siegel | Friar`s Balsam | ||
Galopin Mare | |||
初洋
不明
|
第十三ガズラン | *ガズラン | |
レヂー | |||
*老虎尾 | |||
競走馬の4代血統表 |
クロス:Hermit5x5(6.25%)、Galopin 5x5(6.25%)
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最終更新:2025/03/27(木) 20:00
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