展覧会の絵([露] Картинки с выставки)とは、ロシアの作曲家モデスト・ムソルグスキーのピアノ組曲である。
概要
ムソルグスキーが、友人の建築家ヴィクトル・ハルトマンの遺作展を見て回ったときの印象をもとに作ったピアノ組曲。ムソルグスキーが歩いて回る曲「プロムナード」と、絵の印象をもとにした曲が並ぶ。ムソルグスキーの生前に演奏や出版はされなかったものの、ニコライ・リムスキー=コルサコフが発掘し手を加えた上で出版。その後フランスで“管弦楽の魔術師”モーリス・ラヴェルにより編曲されたオーケストラ版が好評を博し、人気曲の仲間入りを果たした。
各曲解説
- プロムナード Promenade
- プロムナードとはフランス語で「散歩」「散歩道」の意味で、展覧会場を歩くムソルグスキー自身を表しているとされる曲。変拍子なので歩きづらそうではある。組曲全体の導入の役割を担う前奏曲だが、間奏曲としても登場するため第1プロムナードと呼ばれることも。原曲にはattacca(アタッカ=次の曲・楽章へ切れ目なく演奏する)の指示が存在するが、一旦休止を置いて次曲へ入る演奏が一般的。
- 小人(グノーム) Gnomus
- グノームとはヨーロッパ各地の民話に登場する地の精「ノーム」のこと。断定こそされていないが、グノームを模したおもちゃを描いたスケッチがこの曲のモチーフとなった絵とされている。動いたり、止まったり、滑稽に動きまわる精霊の様子が描写されている。
- [プロムナード] [Promenade]
- 第2プロムナード。第1よりも調が全音下げられ幾分落ち着いた雰囲気となり、そのまま次曲へ継続される。
- 古城 Il vecchio castello
- 古城で歌う吟遊詩人を描いた曲と説明されることが多い。美しいメロディと低音で繰り返される嬰ト音が印象的な曲。ラヴェルによる編曲ではアルト・サックスがソロを務める為、サックス奏者によって単曲で採り上げられることもしばしば。
- [プロムナード] [Promenade]
- 第3プロムナード。これまでのものより明るく意気揚揚と始まるが、途中で立ち止まり次曲へ。
- チュイルリーの庭 - 遊びの後の子供のけんか Tuileries - Dispute d’enfants après jeux
- チュイルリーとはフランス・パリにあった宮殿の名前。ルーブル宮殿の隣に位置していた。現在では焼失・撤去されているが、庭園のみ残されている。その庭園で遊ぶ子供の小さないさかいを描いている短い曲。
- ビドロ Bydło
- Bydłoとはポーランド語で「牛」の意味。モチーフとなった絵は特定されていないが、規則正しく歩くような曲調から「(荷車を牽いた)牛車」と解釈されることが多かった。Bydłoには「虐げられた人々」という意味もあり、圧政に苦しむポーランドの民という解釈も近年では浸透してきている。いずれにせよ重苦しい曲である。ラヴェル版ではまさかのチューバがメロディを担当。
- [プロムナード] [Promenade]
- 第4プロムナード。前曲の悲しみを引き摺ったまま短調で奏でられる。終わりの方で次曲がヒョコっと顔を出し、そのまま次曲へ突入する。
- 卵の殻をつけた雛の踊り Балет невылупившихся птенцов
- 『トレルビ』というバレエのための衣装デザイン画がモチーフ。「卵の殻をつけた」というより、卵の殻を着ている。バレエの衣装にしてはとても動きづらそうである。
- サミュエル・ゴールデンベルクとシュムイレ Samuel Goldenberg und Schmuyle
- モチーフはそれぞれユダヤ人を描いた2枚の絵。片方は裕福で、片方は貧乏。まずサミュエルのメロディが登場し、シュムイレのメロディが登場する。その後両者が対話をし、最終的にサミュエルが捻じ伏せて終了。世知辛い。
- プロムナード Promenade
- 第5プロムナード。第1と同じ調、同じテンポ。というか第1とほとんど同じ曲である。ここで折り返して後半へ、といった趣きで構成上重要な曲ではあるが、ラヴェル版を始めとした多くの編曲で省略されている。
- リモージュの市場 Limoges - le marché
- リモージュはフランス中部の都市。モチーフとなるハルトマンの絵は見つかっていないが、市井の庶民を描いたスケッチは多数残されているという。基本的に16分音符で出来ている忙しい曲である。終盤でテンポも上がり盛り上がりの最高潮でそのまま次曲へ突っ込む。
- カタコンベ - ローマ時代の墓 Catacombæ - Sepulcrum romanum
- 地下に造られた墓所。前曲の明るさから一気に闇の中へと突き放される。楽譜上も前曲とは打って変わって白玉が目立つ。ヨーロッパ各地に遺されているカタコンベの1つにハルトマン自身が友人と訪れた際の絵がモチーフとなっている。
- 死せる言葉による死者への呼びかけ Con mortuis in lingua mortua
- 独立した曲ではなく、カタコンベの後半に題が付けられているといった格好。内容はプロムナードの変奏であり、これまで絵を外側から観ているだけの立場だったムソルグスキー自身がまるで絵の中に入ってしまったような、或いは亡きハルトマンとムソルグスキーが対話するような、そんな曲である。
- 鶏の脚の上の小屋 - バーバ・ヤガー Избушка на курьих ножках - Баба-Яга
- バーバ・ヤガー(バーバ・ヤーガとも)とは、スラブ地方の民話に登場する痩せこけた妖婆のこと。有り体に言えば魔女、或いは山姥の類いか。森の中にある、鶏の足の上に建つ小屋に住むという。そんな小屋をイメージした、置き時計のデザイン画が曲のモチーフである。時計が刻むような一定したリズムと、バーバ・ヤガーの恐ろしさの両面が表現され、コーダでは駆け上るような音型からそのまま最終曲へとなだれ込む。
- キエフの大門 Богатырские ворота - В стольном городе во Киеве
- 今でこそキエフはウクライナの首都として知られているが、当時はロシア帝国内の都市であった。そんなキエフに、時のロシア皇帝アレクサンドル2世の為の凱旋門を建設する計画が持ち上がり、そのコンペティションの為に描かれたデザイン画がモチーフ。ハルトマンのデザインは見事採用されたが、その後門の建設計画自体が頓挫してしまった。この門の絵が展覧会の絵のレコード/CDのジャケットとして採用されることも。荘厳なメロディと、コラール風のメロディが何度か繰り返された後、満を持してプロムナードのメロディが登場。ハルトマンとムソルグスキーの魂が一つになるかの如く壮大なクライマックスを経て、フィナーレを迎える。
編曲
この曲は原曲こそピアノ曲であるが、先述したモーリス・ラヴェルによる編曲を始めとして実に多数の編曲が存在する曲でもある。
そもそも先述した通り、ムソルグスキーの死後出版された際に既にリムスキー=コルサコフによるアレンジが幾つか施されている。特にビドロの強弱の変更は、曲の解釈自体に大きな影響を与える改変であった。
ラヴェルが編曲してこの曲が一般に知られるようになった後、当然多くのオーケストラがこの曲を演奏したがったが、ラヴェルの編曲は依頼した指揮者のセルゲイ・クーセヴィツキーが5年間の独占契約を結んでいて、その後も使用には多額の著作権使用料が発生した為、様々な編曲者によるオーケストラ編曲が誕生することとなった(ムソルグスキーの著作権はロシア革命時に失効してしまったとか)。その中でもレオポルド・ストコフスキーによる編曲は今日でも演奏・録音される機会が比較的多い。
他にも、ウラジーミル・ホロヴィッツによるラヴェル版風のピアノリアレンジや、ラヴェル版を吹奏楽に落とし込んだマーク・ハインズレー版、クラシックギター1本で全曲を弾いてみせた山下和仁版や、近年ではジュリアン・ユー(于京君)による中華風な室内楽版等、枚挙に暇がない。
変わり種としてはアリン・ファーガソンによるビッグバンド・ジャズへの編曲や、エマーソン・レイク・アンド・パーマー(ELP)によるプログレッシブ・ロックアレンジ、冨田勲によるシンセサイザー多重録音などがある。
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