高橋由伸(たかはし よしのぶ、1975年4月3日-)とは、千葉県出身のパンダ元プロ野球選手(外野手・一塁手)である。メインポジションは右翼手。中堅手や左翼手も経験があったが、2010年からは一塁手としても出場していた。
妻は元日本テレビアナウンサーの小野寺麻衣。義妹はZIP!レギュラーの小野寺結衣。
OB | |
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高橋由伸 | |
基本情報 | |
国籍 | 日本 |
出身地 | 千葉県 |
生年月日 | 1975年4月3日 |
身長 体重 |
180cm 87kg |
選手情報 | |
投球・打撃 | 右投左打 |
守備位置 | 外野手、一塁手 |
プロ入り | 1997年ドラフト1位(逆指名) |
引退 | 2015年 |
経歴 | |
選手歴 監督歴 | |
国際大会 | |
代表チーム | ![]() |
五輪 | 2004年 |
プロ野球選手テンプレート |
東京六大学リーグでは三冠王獲得や田淵幸一の本塁打記録を30年ぶりに更新するスーパースター選手であり、慶應義塾大学チームのリーダーとして神宮球場で高い人気を誇っていた。
1998年、逆指名によりドラフト1位で読売ジャイアンツに入団した。背番号は24。
1998年(1年目)から右翼のレギュラーに定着。以降、2000年代半ばまではクリーンナップの一角や強打の1番打者として大きく貢献した。
”実は当時の本人は大学と同じ神宮球場をホームとするヤクルトスワローズに入団したかったらしいのだが父の借金を読売が肩代わりするのと引換えに”とかナントカ、入団当時から爽やかなルックスに似つかわしくないアレな噂の主役でもあった。例によって、Googleの検索関連ワードでも出てきてしまうくらい。
2005年以降は怪我が非常に多く、2008年は91試合出場、長年苦しめられた腰痛の手術に踏み切った2009年に至っては貫禄の1試合・1打席のみ(三振)の出場であった。それでいて年俸3億5000万円(推定)を受け取っていることから、「3億円事件」などと揶揄されている。(但しこの件については、2007年オフに4年14億円の契約を行なった事による分割払いによるものである。)
手術明けの2010年は4年契約の最終年であり、彼にとって正念場であった。オープン戦では2009年から挑戦していた一塁の守備に就き、規定打席に届かなかったが116試合に出場。.268 13本塁打 56打点の成績を残した。
2011年は脇腹を負傷して離脱し、復帰後は代打での出場が多くなり、95試合、打率.246 15本塁打 37打点に終わり、生涯打率も3割を切った。
2012年はシーズン終了まで一軍で出場を続け、8月17日に通算300号ホームランを達成。130試合に出場したが、打率を.239まで落とし、本塁打は8本に終わった。
2013年は4月に肉離れで長期離脱。6月末に復帰すると以降は好調な打撃を維持し、規定打席未到達ながら7年振りの打率3割に到達し、本塁打も2年振りに二桁に乗せ、優勝に貢献した。
日本シリーズでは不調に陥りながらも第6戦ではシーズン無敗の田中将大から決勝タイムリーを放った。
2014年は代打の切り札を任されたが開幕から調子が上がらず、引退も囁かれたが、例年通り6月頃から調子を上げ、4番にも座った。しかし8月24日にハーフスイングの際に中指を脱臼し離脱。そのままシーズンを終えた。代打打点17はリーグトップである。10月25日に打撃コーチを兼任することが発表された。
2015年は開幕時こそ6番・左翼で出場する機会が多かったが、4月中旬から代打起用が増える。
交流戦時には指名打者でのスタメン出場もあったが、交流戦終了後はほぼ代打に専念することになり、クライマックスシリーズファイナルステージでは2試合連続でトニー・バーネットの前に空振り三振に終わり、シーズン最後の打者となった。この年は打率.278、5本塁打21打点という成績を残したが、代打のみでは38打数15安打、打率.395、出塁率.489という見事な数字を記録している。
シーズン終了後、原辰徳がクライマックスシリーズ敗退の責任を取って監督を勇退。その後任として監督就任を要請され、この年限りで現役を引退し2016年から監督を務めることになった。2021年に出演した上原浩治の雑談魂では、2000本安打の目標もなく現役の辞め時を探していたが、この監督就任がきっかけで現役を引退できたという。
2016年は広島東洋カープの快進撃を許し、一時は4位に落ちたが立て直し、最終的に2位に入った。
2017年はチームワースト記録の13連敗を喫するなど不調に陥り、11年ぶりのBクラスに低迷した。
2018年も3年連続V逸で低迷し、10月3日に辞任が発表された。球団から若手の育成を評価され引き留められていたが、責任を取らなければならないと返答していた。
2019年から巨人の球団特別顧問に就任した。またnews zeroにスポーツコメンテーターとして出演している。
走攻守三拍子そろった高スペックの持ち主で、通算7度のゴールデングラブ選出が示す積極果敢な右翼守備もさることながら、特に右足を高く上げる特徴的な打撃フォームから主にライト方向へ鋭く弾き出される打球はファンや評論家を唸らせ、プロ入り後も「天才」と謳われた。
その打撃成績はプロ入り10年間で打率3割越えは7度、30本塁打越えが3度。名実共に90年代後半-2000年代前半のセ・リーグを代表する強打者のひとりとして活躍してきたが、主要打撃タイトルの受賞歴はなし。
前田智徳や清原和博の例に漏れず、「天才」と呼ばれた選手は打撃タイトルとの縁が無くなるという、プロ野球ジンクスの正統継承者となった。
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彼の非公式なファンからの蔑称に近い愛称。プロ入り当初は長嶋茂雄監督や日本テレビから「チームメイトの松井秀喜=ゴジラに比肩するように」として「ウルフ」なる公式ニックネームを与えられたのだが、当時のチーム内における本人の三男坊キャラや慶応大出身という上品な来歴は狼のような野性味に欠け、巨人ファン内でもシニア層からはウルフと言えばあの1980年代に無敵を誇り国民栄誉賞も受賞した相撲の大横綱・千代の富士(現:九重親方)の愛称と被るという理由もあって、すぐに廃れてしまう。
逆に加齢により太った愛嬌を増してきた顔つきや、2002年のオープン戦限定白黒ユニフォームを着た彼の出で立ち、衰えてきた成績にそぐわぬ高人気から「客寄せパンダ」の意味をも揶揄されたこの名が、いつしかネットを中心に定着するようになった。また、上記の「ウルフ」も、確変状態(好調時)の高橋を指す言葉として用いられることが多い。
ほんこううえにけいさいしたようなアスキーアートもじみににんき。井端弘和、鉄平、松中信彦など、様々なパターンの「パンダ」AAが作られている。
球団 | レス | No | プレイヤー |
---|---|---|---|
巨人 | 応援歌のピコカキコ一覧#70 | 8626 | ![]() |
通算:18年 | 試合 | 打席 | 打数 | 得点 | 安打 | 二塁打 | 三塁打 | 本塁打 | 打点 | 盗塁 | 犠打 | 犠飛 | 四球 | 死球 | 三振 | 併殺打 | 打率 | 出塁率 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
NPB | 1819 | 6831 | 6028 | 890 | 1753 | 297 | 9 | 321 | 986 | 29 | 17 | 42 | 634 | 110 | 1173 | 114 | .291 | .366 |
機構 | 守備位置 | 試合 | 刺殺 | 補殺 | 失策 | 併殺 | 守備率 |
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NPB | 外野手 | 1564 | 2534 | 77 | 31 | 12 | .988 |
一塁手 | 74 | 460 | 17 | 4 | 27 | .992 |
年度 | 球団 | 試合 | 勝利 | 敗戦 | 引分 | 勝率 | 備考 |
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2016年 | 巨人 | 143 | 71 | 69 | 3 | .507 | クライマックスシリーズ1stステージ敗退 |
2017年 | 143 | 72 | 68 | 3 | .514 | クライマックスシリーズ1stステージ敗退 | |
2018年 | 143 | 67 | 71 | 5 | .486 | クライマックスシリーズファイナルステージ敗退 | |
NPB:3年 | 429 | 210 | 208 | 11 | .502 | Aクラス2回、Bクラス1回 |
表彰 | ||
---|---|---|
ゴールデングラブ賞 | 7回 | 1998年-2003年、2007年 |
東京ドームMVP | 1回 | 1998年 |
月間MVP | 5回 | 1999年5月、2000年8月、2001年8月、2003年6月、2007年6月 |
ベストナイン | 2回 | 1999年、2007年 |
オールスターMVP | 1回 | 2003年第1戦 |
その他 | ||
オールスターゲーム出場 | 9回 | 1998年-2004年、2007年、2012年 |
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最終更新:2025/03/31(月) 09:00
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