吉野誠 単語

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ヨシノマコト

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吉野誠よしの まこと1977年11月19日-)とは、埼玉県出身の元プロ野球選手投手)である。現在阪神タイガーススカウトを務める。

概要

大宮高等学校では甲子園大会出場はなかった。

日本大学に進学し、チームを2部から1部に昇格させた。

1999年ドラフト2位阪神タイガースに入団した。

阪神時代

2000年(1年)から中継ぎでそこそこ投げていたが、3年2002年サイドスローに転向して球威がアップ(反面コントロールが悪くなったが)。に左のワンポイント、特に松井秀喜キラーとして起用される。


2003年中継ぎとしてチーム最多の56試合に登板するフル回転の働きを見せ優勝に貢献。ただしこの年、1イニング5連続与四球という不名誉なプロ野球記録も作っている。日本シリーズでは7戦中6戦に登板して全て失点に抑える活躍で勝利投手にもなり、このときが全盛期と今でも言われる。


2004年以降は故障もあって成績が低迷。

オリックス時代

2007年オフ平野恵一阿部健太とのトレードで濱中治と共にオリックス・バファローズへ移籍した。

2008年重な左のリリーフとして重用され、2003年に次ぐ43試合に登板防御率3.66とそこそこの成績を残す。この年、プロ2勝を古巣阪神から挙げた。しかし2009年からは再び低迷してが薄くなる。


2011年まさかの復活を果たす。統一球がハマったのか制球力が大きく改善され、左キラーワンポイントセットアッパー的なポジションでほぼシーズンを通して重用された。最終的に50試合に登板、12ホールドを挙げ防御率1.19とキャリアハイと言っていい成績を残した。制球力の改善は、50試合で与四球僅か3という数字に表れている。


2012年も引き続きワンポイントとして起用され好成績を残していたが、7月に続けて崩れ二軍落ち。9月に復帰してからはまた抑え、40試合に登板して2勝1敗7ホールド防御率3.05の成績を残した。


2013年は開幕直後に1試合投げただけで二軍暮らしとなった。

ソフトバンク時代

2013年7月26日甲藤啓介との交換トレードで福岡ソフトバンクホークスへ移籍。しかしソフトバンクでも一軍登板はなく、オフ戦力外通告を受け、現役を引退した。

引退後

古巣の阪神に戻り、スカウトに就任した。スカウトとして担当した選手には高橋遥人などがいる。

成績

通算:14年 登板 先発 完投 完封 勝利 敗戦 セーブ ホールド 勝率 投球回 与四球 奪三振 失点 自責点 防御率
NPB 340 4 0 0 4 11 1 26 .267 250.2 85 197 123 109 3.91

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