成果主義とは、人に報酬を与える方法に関する思想の1つである。
類似した思想には能力主義というものがある。多くの面で反対の性質を持つ思想には年功主義というものがある。
成果主義とは、「個人が生み出した成果」または「個人が実行した『成果に結びつく行動』」を客観的に計測して数量化し、そうして得られた数量に応じて個人へ即座に報酬を与えようとする思想である。
成果主義は、単純成果主義と目標管理型成果主義と過程観察型成果主義の3つに分けられる。
単純成果主義は、個人が期首に目標を設定せず、期末になって個人がどれだけ成果を挙げたかを上司が客観的に計測して数量化し、そうして得られた数量に応じて即座に報酬を与えるものである。
目標管理型成果主義は、個人が期首に目標を設定し、期末になってその目標をどれだけ達成したのかを上司が客観的に計測して数量化し、そうして得られた数量に応じて即座に報酬を与えるものである。1993年に富士通が導入したことで有名である。
過程観察型成果主義は、個人の行動を上司が入念に観察し、会社が認定した「成果に結びつく行動」をどれだけ行ったかを客観的に計測して数量化し、そうして得られた数量に応じて即座に報酬を与えるものである。1996年にトヨタ自動車が導入したことで有名である。
成果主義は、一般的には、「成果を出す者や『成果に結びつく行動』を繰り返す者に対して、即座に報酬を与えるという外発的動機付けを行うことで、やる気を促進する」とされており、それが長所だと認識されている。
しかし、「人のやる気を引き出すには成果主義のような外発的動機付けを必要としない」という反論もある。そういう考えからは「成果主義には、人のやる気を引き出すという長所が無い」ということになる。
このことは本記事の『成果主義の外発的動機付け』の項目でさらに詳しく述べる。
年功主義だと、精神と肉体が疲れ果てて満足に動けなくなった高齢従業員に対して高額の報酬を払わねばならず、人件費が増えてしまう。
成果主義を導入すると、精神と肉体が疲れ果てて満足に動けなくなった高齢従業員に対して高額の報酬を払わずに済ますことができ、人件費を削減することができる。
年功主義だと、成果を出せなかったり「成果に結びつく行動」をしなかったりする人に対しても定期昇給をしなければならず、人件費が増えてしまう。
成果主義を導入すると、成果を出せなかったり「成果に結びつく行動」をしなかったりする人に対して定期昇給をせずに済ますことができ、そうした人を延々と安い給料で雇うことができ、人件費を削減することができる。
「企業の間で成果主義が流行るのは、人件費の削減が求められる不景気の時である」と言われることがある[1]。
年功主義だと、仕事をロクにしないのに高額の報酬を受け取る50代高齢従業員が多く発生する。そして、それを見る者が、憤懣(ふんまん)を募らせ、「あの忌々しい穀潰し(ごくつぶし)をどうにかして始末してやりたい」というふうに憎悪心をたぎらせることになる。
成果主義を導入すれば、仕事をロクにしない50代高齢従業員の給与を目一杯引き下げることができる。このため「ざまあみろ」と快哉(かいさい)を叫ぶことができ、鬱憤(うっぷん)を晴らすことができ、痛快な気分に酔いしれることができ、スカッとした爽やかな気分を楽しむことができる。
成果主義を導入すると、評価者が「従業員の年収を増やしたり減らしたりする権力」を握ることになる。
成果主義を導入した後、評価者が「従業員に対して評価を行う際に最大限努力して客観的かつ理性的に計測する」と宣言して評価をする。しかし従業員側は「評価者は、従業員に対して評価を行う際に、どこかで主観的かつ情緒的に判断するだろう」と感じ、従業員が評価者に対して「この者に対して反抗してはいけないし、この者の機嫌を損ねてはいけない」と思うようになる。
従業員が評価者に対して「この者は自分と対等の存在ではなく、自分よりも階級が高い」と感じるようになり、階級社会の意識を持つようになる。
階級社会になった企業は大きな欠点に苦しむことになる。従業員が「所属する階級が異なる従業員」に対して話しかけることをためらう企業になり、従業員が「所属する階級が異なる従業員」に対して積極的情報提供権(表現の自由)を行使することを遠慮する企業になり、情報伝達が盛んに行われない企業になり、風通しの悪い企業になり、「見て見ぬ振り」「知らぬ存ぜぬ」「自分の知ったことではない」「我関せず」という気風が広がる企業になり、お互いの欠点を指摘し合う気風が損なわれた企業になり、欠点がいつまで残り続ける企業になり、発展せずに停滞する企業になる。
成果主義を導入すると、成果や「成果に結びつく行動」の量によって年収が変動するようになる。そして、従業員間の所得格差が広がるようになる。
従業員が他の従業員に対して「この者は、自分と対等の存在ではなく、自分とは出来が違う存在である」と感じるようになる。従業員で構成される社会が、平等社会から格差社会に変容し、無階級社会から階級社会に変容していく。
先述のように、階級社会になった企業は大きな欠点に苦しむことになる。
成果主義を採用すると、成果を出せない従業員や「成果に結びつく行動」を実行できない従業員の給与が下がる。つまり、入社したばかりで技術が不足している20代の若手従業員や、精神や肉体にガタがきて疲れ果てた50代の高齢従業員は、成果主義によって賃金を低く押さえつけられる。
このため、成果主義を採用する企業は、20代の若手従業員や50代の高齢従業員の離職率が高くなる。そして働き盛りの30代・40代が生き残る。
あるいは、成果主義を導入すると、「成果を出せない新入社員をできるだけ少なく採用しよう」という意識が生まれる。新人の数が少ない企業になり、未来が暗い企業になる[2]。
成果主義を採用する企業は、20代の若手従業員の離職率が高いので、「若手従業員を教育してもしょうがない」という考えを持つようになり、「働き盛りの30代・40代の従業員を他の企業から引き抜こう」という考えを持つようになる。つまり、人材育成を他の企業に依存する傾向が強まる。
成果主義を導入する企業は、他の企業から引き抜いた社員をいきなり管理職にすることを解禁するようになる。
成果主義を導入していなかった時代の電機業界の大手企業は、各社が「同じ電機大手からは従業員を引き抜かない」という紳士協定を守っており、中途採用を全く行わなかった。しかし、1993年に富士通が成果主義を導入し電機業界にも成果主義を導入した。そして1998年に富士通が中途採用を始めてから電機大手企業の各社が引き抜きを始め、転職市場が大きくなっていった[3]。このように、成果主義は即戦力の引き抜きを促進して転職市場の巨大化を促進するものである。
成果主義を採用する企業ばかりになった国は、50代の高齢従業員が薄給に悩まされることになる。
50代の高齢従業員は大学に進学したがる息子や娘を抱えていることが多い。そうした50代の高齢従業員が薄給になると、息子や娘に「奨学金をもらって大学に通ってくれ」と頼むようになり、息子や娘が奨学金漬けになる。成果主義で薄給になった者の息子や娘が、「大学卒業するまでに400万円の奨学金という借金を抱えました」といった状況になることも珍しくなくなる。
奨学金という負債をたっぷり抱えた20代の若者は、結婚しようという意欲が起こらなくなり、非婚化が一気に進んでいく。非婚化が進むと少子化も進むことになり、人口減少が進んでいく。
新自由主義(市場原理主義)という経済思想がある。この経済思想を支持する者は、企業が人件費を削減して税引後当期純利益と利益剰余金を増やして自己資本比率を高めて「倒産しにくい企業」に変化していくことを強く肯定する傾向があり、成果主義を支持する傾向がある。
株主至上主義(株主資本主義)という思想がある。この思想を支持する者は、企業が人件費を削減して税引後当期純利益と利益剰余金を増やして自己資本比率を高めて「倒産しにくい企業」に変化しつつ株価を上昇させて株主の有価証券評価益(含み益)を増やすことを強く肯定する傾向があり、成果主義を支持する傾向がある。
優生学(優生思想)という思想がある。この思想を支持する者は、優秀な者が高額の報酬を受け取って生き残りやすくなることや、劣った者が低額の報酬を受け取って死にやすくなることを強く肯定する傾向があり、成果主義を支持する傾向がある。
単純成果主義は、個人が期首に目標を設定せず、期末になって個人がどれだけ成果を挙げたかを上司が客観的に計測して数量化し、そうして得られた数量に応じて即座に報酬を与えるものである。
「あの社員は画期的な発明をして特許を取得して会社に多大な貢献をしたから臨時賞与を与える」といった調子で、成果を挙げた個人に対して特別に報酬を与えることが単純成果主義の典型例である。
「企業に所属しつつスポーツに励み著しい功績を挙げた者に対し、その成果に報いるために臨時賞与を与える」というものも単純成果主義の典型例である。2010年代後半以降の日本でいくつかの例が見られる[4]。
アメリカ合衆国は日本に比べて解雇しやすい国である。そのアメリカ合衆国の企業では、成果を出せなくなった者をいきなり解雇することがある。これも単純成果主義の例と言える。
目標管理型成果主義では期首に厳密な目標を設定するが、単純成果主義では期首に厳密な目標を設定することをしない。
このため単純成果主義では、報酬を与える権力を持つ者が成果を出した者に対してサプライズでいきなり臨時賞与を与える。また、報酬を与える権力を持つ者が成果を出さない者に対していきなり賞与の額を削る。
目標管理型成果主義に比べて単純成果主義は、報酬を与えられるものが将来の収入を予測しにくい。
目標管理型成果主義は、個人が期首に目標を設定し、期末になってその目標をどれだけ達成したのかを上司が客観的に計測して数量化し、そうして得られた数量に応じて即座に報酬を与えるものである。
目標管理型成果主義は、1993年に富士通が導入したことで有名である。他の企業でも導入が進み、2000年代前半の日本では「成果主義を導入している企業の9割以上が目標管理型成果主義を採用している」といわれるほどであった[5]。
個人ごとの目標を設定しにくくて目標管理型成果主義を採用しにくい職種と、個人ごとの目標を設定しやすくて目標管理型成果主義を採用しやすい職種がある。
生産管理や人事や経理のような事務系の部署では、目標を設定することが非常に難しい。
チームワークで営業をする部署では、部署ごとの目標を設定することなら可能だが、個人ごとの目標を設定することは非常に難しい。
個人で営業をする部署は、個人ごとの目標を設定することが容易である。「社員が個人で販売活動をして、同一の商品を同一の販売地域で売る」という形態の部署なら、目標管理型成果主義を導入することができる。例えばタクシー会社のドライバーを集めた部署である[6]。
個人がバラバラに能力を発揮する部署というと、営業の他には研究が挙げられる。研究の部署の中で、1年以内に結果を出す短期研究を繰り返す部門なら、目標管理型成果主義を導入しやすい。しかし、研究の部署の中で、1年を超えて長期的に研究をする部門は、目標管理型成果主義を導入しにくい。
「社員が個人で販売活動をして、同一の商品を同一の販売地域で売る」という形態の企業で目標管理型成果主義を導入したとする。そういう企業では「営業の隠し球」をする営業マンが増える。
隠し球は野球用語である。野球において内野手が隠し球をするときのように、営業マンが「契約にまで進みそうな顧客」の存在をひた隠しにして、期首に目標を設定した後になって契約を結び「今季の目標を達成しました」と主張することを「営業の隠し球」という[7]。
営業の隠し球の欠点は、営業マンが秘密主義になり、上司の忠告を受けずに全くの単独で営業活動を進めるようになり、営業の質が下がり、会社の業務に悪影響を及ぼすところである。そもそも営業は、経験を積んだ上司の監督や忠告を受け、自らの足りないところを上司の忠告によって修正して品質を向上させながら行うべきものである。
目標管理型成果主義を導入して、従業員に目標を課して「目標を達成すると給与が上がり、目標を達成しないと給与が低くなる」という精神状態に追い込むと、従業員が目標を遂行する以外のことを行わなくなる。
後輩を指導したり、同僚に問題点を指摘したり、上司に職場の問題点を報告したりすることを行わなくなり、教育や情報提供を行わなくなる。社内で情報が流通せず、風通しの悪い会社になり、欠点が残り続ける会社になり、発展せずに停滞する会社になる。
期首に目標を設定したときには存在することに気付かなかったが、仕事を進めていくうちに存在することに気付かされる業務のことを隙間業務という。目標管理型成果主義を導入すると、こうした隙間業務を誰もが避けるようになる[8]。
目標管理型成果主義を導入すると、売れ筋の商品を扱う部署において営業目標を立てて達成することが簡単になるが、地味な商品を扱う部署において営業目標を立てて達成することが難しくなる。地味な商品というと「アフターサービス」「修理サービス」といったものである。
地味な商品を扱う部署に回された社員は、「自分の給料が上がらない」と考えて士気を大いに落とすようになり、転職して離職率を高めるようになる。そういう企業は顧客からも「売るだけ売ってアフターサービスがいい加減な企業である」と扱われるようになり、顧客から好かれなくなる。
過程観察型成果主義は、個人の行動を上司が入念に観察し、会社が認定した「成果に結びつく行動」をどれだけ行ったかを客観的に計測して数量化し、そうして得られた数量に応じて即座に報酬を与えるものである。
1996年にトヨタ自動車が導入したことで有名である。同社では「部下を教育すること」も「成果に結びつく行動」と認定しており、過程観察型成果主義によって教育が盛んになるように誘導している。
成果主義とは、成果を出す者や「成果に結びつく行動」を繰り返す者に対して、即座に報酬を与えて、やる気を刺激するものである。報酬とはお金だったり組織内地位だったりする。
即座に報酬を与えてやる気を刺激することを外発的動機付けという。このため成果主義は外発的動機付けを重視する思想である。
外発的動機付けのことをインセンティブともいう。
一方で年功主義は、成果を出す者や「成果に結びつく行動」を繰り返す者に対して、特別に報酬を与えることを全く行わなかったり、即座に報酬を与えずに長期の後払いで報酬を与えたりする。「研究などで大きな成果を挙げた者に対しても特別扱いをせず、定年まで同期社員と同じ報酬にし続ける」とか「研究などで大きな成果を挙げた者に対して直後に与える報奨金をわずかな金額にしておき、10年以上の時間をかけて管理職や役員に登用して高額の報酬を与える」ということが例として挙げられる。このため年功主義は外発的動機付けを重視しない思想である。
年功主義を採用する企業では、内発的動機付けを駆使して社員のやる気を刺激する傾向が強い。内発的動機付けとは、「面白い仕事」「やりがいがある仕事」を与え、社員の達成感や満足感を刺激して、社員のやる気を刺激していくものである。
「外発的動機付けをしても、かえってやる気を削ぐ」という指摘が行われることがある。
心理学者のエドワード・デシは、次の実験を行った。実験室に大学生を1人入れてパズルを解かせ、ときおり休憩時間を与えるというものである。パズルを解くことに報酬を与えられた大学生は、休憩時間に休むようになった。しかしパズルを解くことに報酬を与えられなかった大学生は、休憩時間も面白がってパズルを解き続けたという[9]。
外発的動機付けを全く行わずに内発的動機付けだけで人のやる気を刺激して人を動かしていく例がある。
その代表例はやりがい搾取である。一切の報酬を与えずボランティアの身分にとどめて、外発的動機付けを全く行わない。そして「あなたが仕事に関わることで歴史に残る大事業が完成します」と吹き込んで仕事自体の面白さを感じさせ、内発的動機付けを繰り返す。これだけで人を簡単に募集することができ、人を動かすことができる。
2020年東京オリンピックにおいて大会組織委員会は観光客向けの医師や案内人をボランティアでまかなったし、日本の各地の地方公共団体は地震や台風といった大災害が起こるたびに災害ボランティアを組織して人手を無償で徴収している。こうしたやりがい搾取は、外発的動機付けの威力が弱くて内発的動機付けの威力が強いことを示している。
日本の支配者層がやりがい搾取を見事に行う姿を目撃したものは、「成果主義で外発的動機付けをする必要などない」という思想を持つことがある。
急上昇ワード改
最終更新:2025/12/09(火) 07:00
最終更新:2025/12/09(火) 07:00
ウォッチリストに追加しました!
すでにウォッチリストに
入っています。
追加に失敗しました。
ほめた!
ほめるを取消しました。
ほめるに失敗しました。
ほめるの取消しに失敗しました。