狼男とは、狼と人間の特徴や外見を合わせ持つ伝説上の生物である。本項では、その歴史的発祥から現在一般に言われる狼男の習性、生態などを解説する。
概要
狼男とは、主に半人半狼の姿、或いは全身が狼そのものに変身した人間の男性の事を指す。
呼ばれ方は狼男以外にも「獣人」「人狼」または英語読みで「werewolf:ワーウルフ(ウェアウルフ)」とも呼ばれる。
ちなみに『狼女』もいないわけではないのだが、大体は狼男と区別されない場合が多い。
というより、あまり見かける機会が少ない(ように感じる)。
かつては「フランケンシュタイン(の怪物)」「吸血鬼」と並ぶ三大怪物と称されたが、今や狼男や人狼と聞いても、多くの人々が思い浮かべるのは、以前ほど統一されたイメージとは言えない。獣人モノがあまりにも氾濫し、前述した二者に比べると広すぎるすそ野を獲得してしまったからだ。
これほど幅広く浸透している怪物でありながら、基本的なイメージがクラシックな映画にあるというのも、今では調べねばならない過去の歴史となりつつある。ましてや原点にまでさかのぼれば、そのイメージははるか神話時代にまでたどりついてしまう。
獣人の歴史
狼の生息する地域には、必ずといっていいほど、狼人間の伝説も存在する。上記している英語のウェアウルフの「were」は古英語で「人間」を指すので「ウェアウルフ」と言うのだが、豹の多いアフリカでは豹人間(ウェアジャガー)、インドには虎人間(ウェアタイガー)、オーストラリアにはワニ人間(ウェアクロコダイル)がおり、他には北欧のベルセルクもこれの類似例と言える。日本の場合は狐憑きがこれに相当するが、民話上の狐、狸、ムジナ、鶴が人に化けるというエピソードも同類であろう。
記録に残るもっとも古い獣人には、メソポタミア神話のギルガメッシュ叙事詩において、主人公のギルガメス王と共闘するエンキドゥがいる。これらの例からもうかがえるように、獣人とはあらゆるモンスターたちの中でも古く由緒ある種族である。地域の別なく獣人たちが敵として、または味方として見られるのは、身近な動物たちに対する畏敬、畏怖、あるいは親近感の現れだ。エジプト神話でバスト、アヌビスなど多くの神々が獣の外観を備えているのはその極致と言えよう。
狼人間に限って見てみても、古代においては中世で思われていたほど忌まわしいイメージはない。たとえはヘロドトスは「歴史」の中で、真偽を疑いながらもスキタイに移住してきたネウロイ人たちが、毎年一回、数日間全員狼になるという伝聞を記録している。歴史学者プリニウスも「博物誌」において、アルカディアに住むアントゥスという氏族は、定期的に投票を行い、選ばれた男は沼の向こうへ泳ぎわたり、そこで狼に変身すると記した。その男は狼のまま群れの中で九年間すごし、人間と接触せずに耐え抜けば再び人間に戻るという。この説においては、狼が凶獣などではなく、崇拝対象のひとつであった可能性が垣間見られる。
かつて狼が世界各地で尊崇対象だったことは、伝説や民間伝承からも確かだ。たとえばローマ創建者のロムルスとレムスの兄弟が荒野へ捨てられたのち、彼らを育てたのは狼であったとされている。モンゴルではチンギス・ハンが蒼き狼を祖先に持つことを誇りとし、中国では天狼星が天空の守り神となっていた。ネイティブ・アメリカンは戦士として狼を兄弟視し、戦いの際にはその毛皮や尾を身に着けた。北欧でも主神オーディンに従属するフレキ、ゲリという二匹の狼がいる。
特に日本においては、古代より悪人を害し善人を守る聖獣、かつ狩人に獲物を分けてくれる益獣ととらえられていた。「おおかみ」という名称も「大神」が語源である。事実、大型肉食獣の少ない日本において、狼は熊と競合する唯一の存在であり、熊の害を防ぐとともに鹿、イノシシといった農作物を荒らす害獣を駆逐してくれるありがたい存在だった。農耕民族である日本人にとって、狂犬病以外の害は存在しなかったのである。
これら良いイメージの多かった狼が、悪の象徴として扱われるようになっていくのは、主にヨーロッパ圏の文化的、歴史的要因が重なった結果である。
悪の権化となる狼
最初の要因は、人間の生活圏拡大で農耕や牧畜のために森林が伐採された結果、食料の不足した狼たちが家畜を狙って人里へ降りるようになった事である。フィクションの世界では狼が人間を食べるという話がよくあるが、あれは後年の悪しきイメージをもとに作られたもので、基本的に用心深い狼たちは、よく知らない上にでかい(体高が高い)人間を襲うくらいなら、よく知っていて体高の低い山羊や羊を襲う。
こうした狼の害は、牧畜主体で生活していた西欧圏では特に死活問題だった。ゆえに古くは神々の従属者として尊崇されていた狼が、旧約聖書あたりになると一変、食と衣類を提供してくれる良き「羊」に対する悪の代名詞として用いられるようになる。
このユダヤ教の宗教概念はもちろんキリスト教にも引き継がれたうえ、世界的宗教となったことで邪悪イメージの拡大に寄与。15~16世紀の魔女狩り時代には、狼人間として火刑台に送られた者も少なくなかった。
月信仰と狼男
狼とそれに連なる人狼が悪の象徴となっていった大きな要因として、ギリシャ神話に始まる月神信仰を外すことはできない。
獣人譚が非常に多く登場することで知られるギリシャ神話では、人が獣になる話の多くに月と狩猟を司る女神アルテミスが関わってくる。彼女の起源は、主神ゼウスなどよりはるかに古く、新石器時代にまでさかのぼる(というかギリシャ神話のヘラ、アテナ、アフロディテも周辺地域の強力な地母神だった)。彼女はギリシャ神話において、月と狩猟(獣)の女神ということになっているが、本来は予言、詩、音楽、魔術、医術など様々なものを司り、複数の名を持つ強大な存在だった。同神話内で彼女と似た名前や、月に関するもの、魔術に関する神などは、縮小分散してしまった彼女の一部であると言われる。
彼女の双子の兄と言われる太陽神アポロンは、もともとアルテミスが強力だった時代の子(従属神)の一体にすぎなかった※1。しかもこのアポロン、アルテミスの使いとして様々な獣の姿をとるのだが、その基本形は狼だったのだ。彼は太陽信仰の高まりとともに人の姿を獲得し、さらにアルテミスが持っていた多くの技術を奪ってギリシャ神話で知られる詩と魔術と医術の神アポロンとなるのである。
アルテミスが人狼伝説において重要なのは、何も月と獣の神だからだけではない。彼女はギリシャ神話においてアマゾン(女戦士)族の守護者として、女性上位主義の固持者でもあったからだ。月と夜が魔術的・女性的であるのに対し、太陽と昼は力強い男性主義の象徴とされる。ユダヤを起源とする唯一神教は後者の権威が強く、光をもたらす神は「父」と呼ばれ、天使はすべて男性か無性※2、露骨に女性を否定する要素もはしばしに見られる。
このような性質からユダヤ、キリスト教は「月、女性原理、魔術」を司るディアナ(アルテミスのローマ名)信仰を大きな攻撃対象とした。中世に魔女と呼ばれ、裁かれた女性たちの多くは実際にディアナを信仰していなくても、その呪術知識はアルテミス信仰の系譜にあたった。また、キリスト教において悪魔の多くが醜くけがれた獣人として描かれているのも、獣人を司る月女神信仰への嫌悪と見られる。
※1 太陽が月の格下、というのは太陽信仰の長い日本人にはピンとこないかもしれないが、西アジアから北アフリカ地域では古代から続いている概念で、その一環としてアラブ圏では現在も太陰暦が使用されている。
※2 大天使ガブリエルは女性的と言われるが、女性と明言されているわけではない。
人狼伝説の起源
またギリシャ神話にはアルテミスこそ登場しないが、人狼伝説の起源とされる話がある。アルカディア人の心が悪に毒されているという話を聞いたゼウスがそこを訪れると、王のリュカオンが彼を神と知ったうえで無礼を働き、あまつさえ殺そうとする。怒り狂ったゼウスが稲妻で威嚇するとリュカオンは逃げ出したが、狼に変身してしまい人語で悪態をつくこともできなくなっていた。これはゼウスが変身させたのではなく、彼の邪悪な本性が狼の形となって表面化したためという。
このリュカオン(lycaon)を語源として、ギリシャでは狼人間をライカンスロープ(lycanthrope)と呼ぶようになり、のちにライカンスローピー(lycanthropy)なる病名も生まれているが、この病は自分が獣になったと感じ、そのように振る舞ってしまう精神病である。
ちなみゼウスは後年によそから来た神(インドのインドラが起源と言われる)であるため、この話の本来の形では地元神であるアルテミスが主役だった可能性がある。
特徴
狼男にはこうした経緯を象徴するような、多くの特徴が見られる。
- 昼間は普通の人間だが、夜になると狼に変身する。その後、夜明けが訪れると朝日と共に人間の姿へ戻る。
- 狼へと姿を変える経緯・原因も伝承によって様々で、主に自らに呪法をかけたり道具を使用する(大体は狼の毛皮を身に付けるとされる)といった自らの意志で変身するケースと、満月の夜に満月の光を浴びて変身するなどといった外的要因にて狼へ姿を変えるケースで、大まかに2つに分けられる。
- また後者のケースでは、魔女が絡んでいる場合は魔女に呪いをかけられた人間が狼男へ変身するといった話がある。他にも、狼が人間に憑依して狼男と成る場合も少なくない。
- 満月の光以外にも、満月を直接見ることで変身する狼男もいる。特に子供向け作品・ギャグ作品では満月に限らず「丸いもの」を見ると狼へ変身するという場合も見られる。
- 大体は、人間を遥かに凌駕する力を持っている。狼の力を備えた人間、という位置づけで認識されているという事か。
- そして狼男に噛み付かれた人間も同様に、狼男(狼女)へ変身する。
- 狼男の足跡にたまった水を飲んだ場合も、狼男へと変身するようになる(狂犬病に対する恐怖の混合と思われる)。
銀の武器
と、ここまで狼男とそれにまつわる獣人伝説をたどってみたが、ひとつ重要な要素に気づかないだろうか。
銀が弱点である、という決定的論拠見当たらないのだ。
狼男は銀で殺せる、という説がまことしやかに流されたのは、アメリカ・ユニバーサル社の映画「狼男(the wolf man/1941)」である。脚本のカート・シオドマクがドラキュラ映画的な退魔シーンを求めた末に考案し、これがドラキュラ、フランケンシュタインに続く第三のモンスター映画として大ヒットしたことから、さも本当の伝説のごとく信じられてしまったのだ(狼男を演じたロン・チャニーjrはこの作品で怪奇スターの仲間入りを果たしている)。
とはいっても、シオドマクもまったくの根拠なしに銀の武器を持ち出したわけではない。魔女狩りの嵐がやんだ1764年の夏に、フランス・ジェヴォーダン地方に謎の野獣が現れたという話が残っている。いわゆる「ジェヴォーダンのベート(獣)」である。ここに登場する野獣は、狼よりはるかに巨大で、二年半の間に100人以上もの人間を殺傷した。
記録によればベートの正体は定かではないが、騒動の中で巨大な狼も現れ、これを射殺したのが聖母マリアのメダルで鋳造された銃弾であった。また同書には16世紀のこととして、狼人間をもとに戻すには「一人の友が額に刃物で、三突きの傷を負わせ、三滴の血を失い、聖別された銀の銃弾で傷をつけられたなら」とあり、シオドマクはこれを参考に「銀の銃弾で倒す」というシーンを考え出した。
こういった話はファンタジー系のモンスター解説書にはほぼ書いておらず、むしろホラー映画の専門書に書かれており、読者層の差(当然ホラー読者の方が少ない)から、正しいとは言い切れない知識が蔓延する一因になっている。
ファンタジー系のフィクション作品では、狼男の弱点として銀の武器が設定されていることが多いが、TRPGの開祖「D&D」の作者は上記の話を知っていたのか、ウルフスベイン(トリカブト)を狼男の弱点としている。これもギリシャ神話起源だが「狼をトリカブトの毒で殺す」という民話が元になっている。
フィクション作品の狼男
創作作品においても狼男はあらゆるジャンルの作品に登場するので、ここでは狼男を題材とした作品、及び狼男が登場する作品を挙げる。下記以外にも、媒体や大百科記事の有り無しを問わずどんどん追加していって下さい。
- 赤ずきんチャチャ
- アクトレイザー
- 悪魔城ドラキュラ
- ウルフガイ
- F-ZERO ファルコン伝説
- おおかみこどもの雨と雪
- 狼と香辛料
- 怪物くん
- カンピオーネ
- ギャグマンガ日和
- 月光のカルネヴァーレ
- GS美神 極楽大作戦!!
- ザ・ドラえもんズ
- 獣王記
- スターオーシャン
- スターフォックス
- スプリガン
- スマイルプリキュア!
- 聖剣伝説3
- ソウルイーター
- ZOMBIE-LOAN
- 月と貴女に花束を
- テトリス武闘外伝
- 伝説のオウガバトル
- 汝は人狼なりや?
- ハイスクール・ウルフ
- ハリー・ポッターとアズカバンの囚人
- バンパイヤ
- 緋弾のアリア
- Bloodivores(时空使徒)
- BLOODY ROAR
- HELLSING
- pop'n music
- 魔界狩人 アンホーリー・ナイト:ザ・ダークネス・ハンター
- 魔法薬売りのマレア
- レジェンズ〜甦る竜王伝説〜
- 錬金3級まじかる?ぽか~ん
- ロザリオとバンパイア
- ヴァンパイア(ゲーム)
- Diablo2
- 狼男(the wolf man/1941)
- ハウリング(the howling/1981)
- 狼男アメリカン(an american werewolf in/1981)
- 狼の血族(the company of wolves/1984)
- ドッグソルジャー(dcg soldiers/2002)
- 東方輝針城(今泉影狼/狼女)
- BLAZBLUE(ヴァルケンハイン=R=ヘルシング)
余談
- 魔女裁判が盛んとなった時代、カトリック教会では罪人に対し「月の出ている夜に、獣耳狼のような耳をつけて毛皮をまとい、狼のように叫びながら野原をさまよわなければならない」という掟を課していた事があった。
- 狂犬病との類似性を指摘されることが多い。
- また、同様に狂犬病の類似性を指摘される吸血鬼との関連性も創作の対象となることが多い。その場合、狼男と吸血鬼は対立する種族であったり、吸血鬼の変種が狼男であったり、狼男が吸血鬼の下僕であったりと関連性はさまざまである。
- 「ドラゴンボール」には『男狼』という登場人物が登場する。上記で説明した狼男とは全く逆で、こちらは狼から人間の姿へ変身するというキャラクターである。
- 牙狼<GARO>に登場する魔戒騎士達は、狼男ではないが狼を模した鎧を召喚し装着する。ただし鎧の装着には制限時間があり、それを過ぎると「心滅獣身」し、壁を4足歩行する狼のような魔獣になる。
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関連項目
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