魔笛(まてき/ Die Zauberflöte)とは、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトが作曲した歌芝居(ジングシュピール)である。現在ではオペラとして分類されている。
モーツァルトが完成させた最後のオペラであり、現在でも屈指の人気を誇る。
原題は「ディ・ツァウバーフレーテ」と発音。英語では「The Magic Flute」である。
概要
台本はエマヌエル・シカネーダーが製作。モーツァルトとはザルツブルグ以来の知り合いで、またフリーメイソン会員としての繋がりもあった。ウィーン郊外のフライハウス(免税店)内のヴィーデン劇場を管理、自らが率いる一座の興行を行っていた。
シカネーダーは当時生活に困窮していたモーツァルトに声をかけ、大作を依頼。シカネーダーはフライハウス内の東屋をアトリエとして提供し、本作は1791年3月から9月にかけて制作された。
本作は一般大衆向けの歌劇であり、形式ばらず解りやすい内容となっている。聴衆を楽しませる見せ場をふんだんに盛り込み、歌や言葉は全てドイツ語で作られている。
物語の途中で善悪の立場が逆転するが、他の作品の模倣を指摘されたシカネーダーが急遽修正した説、物語に意外性を持たせるための演出説などがある。夜の女王の国とザラストロの国では善悪が相反しているという設定もあり、特に矛盾はない。
また作中登場する試練や寓意にはフリーメーソンの秘儀が影響しているとされている。これらの秘密を暴露した事が原因でモーツァルトは暗殺されたという珍説の由来になっているが、当然根拠はない。
1791年9月30日に初演、好評を博した。モーツァルトは妻に充てた手紙で「アントニオ・サリエリが公演を聞きに来て、大いに賞賛された」と喜びを綴っている。
同年12月にモーツァルトは病没したが、当時上演中の「魔笛」の進行を臨終の間際まで気にしていたと伝えられる。
あらすじ
王子タミーノは大蛇に襲われ、神々に救いを求めた。そこへ登場した3人の侍女により大蛇は退治される。侍女達は気を失ったタミーノを気に入り、自らが仕える夜の女王に報告に向かった。
ようやく目を覚ましたタミーノは、陽気な鳥刺しパパゲーノと出会う。お調子者のパパゲーノだったが「嘘をつかないように」と侍女達に口に錠前をかけられてしまい、喋れずに四苦八苦。そこへ夜の女王が登場する。
タミーノは女王の娘であるパミーナの肖像を見せられ、その美しさに一目惚れ。そして夜の女王から、パミーナは恐るべき悪魔ザラストロに誘拐されたと告げられる。そこでタミーノはパミーナを取り戻す事を誓い、ようやく鍵を外してもらったパパゲーノを従えて旅だった。3人の童子が付き添い、タミーノには魔法の笛、パパゲーノには魔法の鈴が与えられる。
ザラストロの神殿。
逃げようとしたパミーナを、奴隷頭のモノスタトスが部下と共に捕まえる。そこにひょっこり姿を見せたパパゲーノの異様な風体に驚き、モノスタトス達は逃げ出してしまう。パパゲーノはパミーナに、タミーノが彼女を助けに来たと告げる。
一方、3人の童子に導かれたタミーノは、神殿の3つの扉を開けて神官と対峙。そこでザラストロは賢人であり悪人ではないこと、真に悪しきものは夜の女王であると知らされた。
タミーノの笛の音を聞きつけたパパゲーノとパミーナがやって来るが、モノスタトスに取り押さえられて絶体絶命。そこでパパゲーノが魔法の鈴を打ち鳴らすと、動物も奴隷も浮かれて踊り出す。大混乱の最中にザラストロが登場。モノスタトスの無礼を咎め、足裏を77回叩く罰を与えるザラストロ。公正な裁きを称える合唱で、第一幕が終わる。
ザラストロはタミーノ達に「試練の儀式」を受けさせる事にした。この試練を超えれば、タミーノは夜の迷妄から解放されてパミーナと結ばれるだろう。
タミーノは喜んでこれを受ける事にするが、パパゲーノは「そんな面倒はお断り」と、まるで乗り気でない。そこで試練に打ち勝てば似合いの娘を世話すると言われ、速攻で掌を返すパパゲーノであった。
3人の侍女が登場。タミーノが夜の女王を裏切ろうとしている事に驚き、翻意させようとするがタミーノの決意は固かった。パパゲーノは一瞬迷うものの、雷鳴と共に現れた神官によって侍女達が立ち去った事で沙汰止みとなる。
夜の庭園で静かに眠るパミーナを垣間見るモノスタトス。何とかして彼女を手に入れたいと邪な願いを抱くが、そこに夜の女王が侍女達と共に登場。かつて女王は夫が持つ「七重の太陽の輪」を手に入れられず、輪を継承したザラストロを「不当な簒奪者」として非難。パミーナに短剣を渡すと「ザラストロを殺さなければ、お前とはもう親でも子でもない」と冷酷に告げた。泣き崩れるパミーナを残して女王達は姿を消し、モノスタトスはパミーナを脅して自分のものになるよう迫るが、ザラストロの介入により失敗。モノスタトスは夜の女王の側に寝返る事を決める。
パミーナはザラストロに対し、母に言われた事を話して真偽を問う。ザラストロは夜の女王の言い分は間違っていると告げ、「この神聖な場には復讐心を持つ者はいない」と、穏やかに諭すのであった。
その頃、タミーノとパパゲーノは「沈黙の試練」を課されていた。しかし案の定パパゲーノはこそこそとタミーノに話しかけては怒られる。そこに姿を見せた老女を退屈しのぎにパパゲーノはからかうが、彼女が「私の歳は18歳と2分」だと告げた為に大笑い。「そんなに若いならお前には恋人がいるだろう」と言うと「恋人はいるさ、名前はパパゲーノ」と返される。驚いたパパゲーノをよそに彼女は何処かに姿を消してしまった。
3人の童子からの差し入れが行われた後、2人の許にパミーナが姿を見せる。
パミーナはタミーノの姿を見つけて話しかけるが、「沈黙の試練」にあるタミーノは口をきけず、パパゲーノも口いっぱいに食べ物を詰め込んでいるので喋れない。愛想をつかされたと勘違いしたパミーナは泣きながら立ち去ってしまう。
「沈黙の試練」を成し遂げたタミーノは次の試練へと移り、一方でパパゲーノは落第と宣告される。
そこに姿を見せた神官に望みを聞かれ、何の気なしに「恋人か女房がいればなあ」とつぶやいたパパゲーノの許に、先ほどの老女が登場。「私と一緒になると誓わないとあんたは地獄行き」と脅され、仕方なく承諾すると、なんと老女は若い娘パパゲーナに変身。しかし神官が「まだ早い」と一喝し、パパゲーナを連れ去ってしまった。
パミーナはタミーノに捨てられたと思い込んだまま、母の与えた短剣で自害しようとしていた。そこに3人の童子が現れて制止、火と水の試練に立ち向かうタミーノの許に連れて行く。魔法の笛によって試練を通過したタミーノは、改めてパミーナに愛を誓った。
パパゲーナを失ったパパゲーノも、絶望のあまり首を吊ろうとしていた。
「3つ数えたら首を吊るぞ!いーち……にーい……誰も止めてくれないなんてヒドイ!」
そこに3人の童子が現れ、「魔法の鈴を鳴らしなさい」と勧める。果たして鈴の音によって美しいパパゲーナが姿を現し、二人は大喜び。結婚してたくさん子供を作ろうと大はしゃぎする。
夜の女王と3人の侍女、内通したモノスタトスが神殿を襲撃。しかし「光」には打ち勝てず、無念のうちに永劫の夜へと落ちて行った。
ザラストロは「太陽」を賛美。一同がイシスとオシリスを称え、タミーノとパミーナを祝福し、大団円となる。
登場人物
- タミーノ(テノール)
王子。夜の女王からパミーナ奪還の依頼を受けるが、後に真実を知る事となる。良くも悪くも純朴な青年で、ちょっとヘタレ。 - パミーナ(ソプラノ)
夜の女王の娘。ザラストロに誘拐されたが、実際にはザラストロにより母の野望の犠牲にならぬようにと保護されていた。 - パパゲーノ(バス/バリトン)
鳥刺し。父の代から夜の女王に仕えており、成り行きでタミーノと同道する。お調子者で要所要所で笑いを取り、場を盛り上げる。 - 夜の女王(ソプラノ)
かつて夫の持つ「光」をザラストロに奪われ、娘を誘拐されたと語る。ザラストロの死を望み、太陽を奪って世界征服を企む邪悪な女。 - ザラストロ(バス)
光の神殿の大祭司。夜の女王の夫から「七重の太陽の輪」を継承した。高潔な人物で、タミーノとパミーナが結ばれる事を願っている。 - モノスタトス(テノール)
ザラストロに仕える奴隷頭。邪な性格で、パミーナを何とかしてものにしようと企む。 - パパゲーナ(ソプラノ)
突如としてパパゲーノの前に現れた謎の老女。実は若く美しい娘で、後にパパゲーノと結婚する。
楽曲
- アリア「おいらは鳥刺し」
パパゲーノがパンフルートを吹き、愉快に歌う。パパゲーノの陽気な人となりを紹介。 - アリア「ああ、恐れおののかなくてもよいのです、我が子よ!」
- アリア「復讐の炎は地獄のように我が心に燃え」
「夜の女王のアリア」として知られる。主に後者が有名だが、どちらも超絶技巧を要求される屈指の難曲。 - 五重唱「ウ! ウ! ウ! ウ!」
喋れないパパゲーノが錠を外してくれと訴えるコミカルな歌。タミーノと3人の侍女が加わる。 - アリア「この聖なる神殿では」
ザラストロが嘆き悲しむパミーナに語り聞かせる。復讐の念を否定し、敵を許し受け入れる「愛」を歌い上げる。 - 二重唱「パ・パ・パ」
パパゲーノとパパゲーナによる二重唱。お互い感極まって「パ、パ、パ」と繰り返す、楽しくかわいらしい曲。
その他
2006年、ケネス・ブラナーによって映画化された。
第一次世界大戦相当の架空世界が舞台で、夜の女王は「青い軍」、ザラストロは「赤い軍」として対立している。タミーノとパパゲーノは青い軍の将校と兵士、冒頭の大蛇は毒ガス、三人の侍女は従軍看護婦……と、ユニークな設定になっている。
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