本記事では、Cygamesのメディアミックスプロジェクト『ウマ娘 プリティーダービー』に登場するレース
「天皇賞(秋)」について解説する。
モチーフは現実におけるJRAの重賞競走「天皇賞(秋)」。
由緒正しい秋の盾をかけて、クラシック級・シニア級のウマ娘が集う1年に一度の大舞台。
多くのウマ娘の育成目標となっている、中長距離ウマ娘のG1決戦である。
「春の盾」と言われる天皇賞(春)ではスタミナが求められるのに対して、こちらでは2000mというチャンピオンディスタンスからスピードとパワーが求められている。
春の盾は1回しか出走できないのに対し、こちらでは菊花賞・秋華賞が目標レースに設定されていないウマ娘のみクラシック級・シニア級の2回出走することができる。
ウマ娘によっては本競走がらみの特殊イベントを狙った方がお得な場合があることや、同じ2000mでも秋華賞より獲得ファン数が多いことから、クラシック三冠やトリプルティアラを捨ててこちらに出走する選択も考慮に入れておこう。
三冠を狙えるようにか、2021年9月現在、クラシック級で育成目標になっているウマ娘はいない。
レースは2コーナー付近のポケットからスタート。直後に2コーナーを回りながら位置取りをしていくのでコーナースキルも確保したほうが吉。
東京レース場は直線が約526mと長いので、差し・追込が有利とされている。パワー・賢さに加え、位置取りスキルや直線スキルを揃えて、秋の盾を掴み取ろう。
長距離の天皇賞(春)が攻略上の難所であるのに対し、シニア級のこちらは1着目標が多いが、大抵の場合本レースの前に春天や宝塚記念が目標にあるため、そちらを突破できるステータスがあれば、このレースで苦戦することはあまりないだろう。ただし他の目標がマイル・短距離中心でスタミナ不足、長距離育成でスタミナばかり鍛えてスピード・パワー不足という可能性はあるので油断は禁物。
本競走に加え、ジャパンカップ・有記念をクラシック・シニア問わずそれぞれ優勝すると「秋シニア三冠ウマ娘」の称号が手に入る。現実と異なり、称号だけが目的なら年をまたいでもかまわない。
また、天皇賞(春)も優勝すると「天皇賞春秋連覇」の称号が手に入る。こちらも、称号だけが目的ならば秋→春でも春→秋でも達成扱いとなる。
中距離適性がある多くのウマ娘が目標とされている。大体シニア級に1着を目標とされている娘が多い。
当然のことながら最終目標。史実で大欅を越えたところで粉砕骨折を発症、第4コーナーを曲がることなく競走中止、そのまま天国へと旅立ってしまった沈黙の日曜日の悲劇を乗り越え、あの日のファンが一番見たかった光景へとたどり着くことが求められる。
「次がきっと一番速く走れる、それを逃したくない」という固い決意を持って出走するサイレンススズカ。
ぜひ、大欅を突破し府中のゴールまで先頭で導いてあげよう。ファンには感動間違い無しの特殊実況とイベントが待っている。
なお、沈黙の日曜日は史実においては旧5歳時で、クラシック級相当の旧4歳時も出走している。この時も大逃げを打ったものの、直線でエアグルーヴらにかわされ、接戦の3着争いを演じるも6着に敗れている。
マイルがA、中距離がB適正であるマルゼンスキーの最終目標。ライバルとして後輩であるスペシャルウィークが確定で出走する。史実では元々持込馬だったため、クラシック競走、そして本競走に出走できず、さらに故障を発生して引退したのである(ただしマルゼンスキーの時代は秋天も3200m)。この史実を逆転させ、「スーパーカー」の素質をフルに活かして、幻の「秋の盾」を掴み取ろう。
最終目標が「有記念に出走」となっているが、「出走=何着でもOK」という事なので、事実上こちらが最終関門となる。中距離適性がBとなっているため、継承でA以上にして挑もう。
なお、マイル路線を選んだ場合はスピード・パワーを中心に育成していると思われるが、このレースは「2000m・中距離」なのでスタミナも少々育成しないとスタミナ切れで突破できなくなるので注意。
タマモクロスやスーパークリークに届かず、3度とも一番人気で挑んで一度も勝てなかった史実を「1着」で塗り替える史実チャレンジとなる。育成シナリオではシニア級の目標で、タマモクロスが挑戦状を仕掛けているが、1989年の勝者・スーパークリークは制服で観戦だけしているので、史実では3歳(旧4歳)で挑んだ1988年の方がモチーフと思われる。
なお1990年はヤエノムテキの6着に敗れている。
対戦経験のある史実馬がほとんどウマ娘化されていないためか、「偶然見つけた宝の地図を追い求める」フリーダムな育成シナリオの中でのいちレース。
史実では4歳時は始動戦の京都大賞典で5着敗退しジャパンカップを目標に再調整するため回避、5歳時は凱旋門賞へ海外遠征、6歳時は120億円事件によるゲート試験待ちで出走停止期間中…と勝利どころか出走もしていない。数少ない対戦経験持ちのトーセンジョーダン(秋天4年連続出走、2011年にはレコード)との対決をフィーチャーするためと思われる。
1着目標とされている為か、天皇賞(春)も勝利した状態で目標を突破すると「天皇賞春秋連覇」が達成できる。これもまさに破天荒。
最大で最高のライバルであるダイワスカーレットとの因縁の対決が彼女の最終目標となる。
ティアラ路線から少し逸れながらも、チューリップ賞、桜花賞、秋華賞、クラシック級有記念と数々の対決を演じてきたウオッカ。
このレースを勝ち、大勢の観客と1番のライバルをギャフンと言わせてやろう。
史実では2008年にダイワスカーレットとの最後の対決に挑み、「大接戦ドゴーン!」わずか2cmというハナ差での勝利だった。
翌年の2009年では連覇がかかる中、馬群に阻まれたこともありヨンパニーから覚醒したカンパニーとスクリーンヒーローを捕らえきれず3着に敗れた。
史実では前述のようにウオッカと最後の因縁の対決、結果は大接戦ドゴーン!2cm差で2着。このレースでの目標が1着での勝利という事なので「史実チャレンジ」という事になる。
脚質適正が「逃げ」「先行」なので、逃げウマ娘の数や枠番を考慮に入れてどちらの脚質にするか決めておこう。
そして、史実チャレンジに成功し目標突破した先には、年末の中山で行われる最終関門、すなわち「夢の扉」が待ち受けている。
長距離適正があるため、シニア級有記念が最終目標と思われがちだが実はこちらが最終目標である。また、目標5「天皇賞(春)で1着」を突破した状態での1着目標のため、史実では降着により幻に終わった「天皇賞春秋連覇」が担当トレーナーたちへのミッションとなっている。
なお、当レースはストーリーの関係上、史実同様「天候は雨、バ場状態は不良」での出走となる。逃げ育成の場合はスタミナが十分あれば大丈夫だが、先行育成の場合はよりパワーが必要となってくるので十分に鍛えた状態や、「雨の日○」「道悪○」などのスキルを取得した状態で挑もう。
史実では、プレクラスニーに6馬身差をつけて1位入線しながら、スタート直後2コーナーでの進路カットにより、最下位18着に降着となった。この件はアニメ2期では匂わされただけで詳しく触れられなかったが、ゲームのメインストーリー第1章の方で取り上げられている。なお、5歳時は骨折で休養中、6歳時は前走の京都大賞典を楽勝して出走予定だったが、アニメ2期12話で描かれたとおり4日前に繋靱帯炎を発症し引退に追い込まれた。
ゲームでは本レース勝利後からジャパンカップ、有記念を連続で勝利するとサトノダイヤモンドが祝ってくれる特殊イベントが発生する。
シニア級全レース1着チャレンジ第3弾。天皇賞(春)を勝った状態でこのレースを勝たなければならないためトレーナーたちは苦戦を強いられる。
また、ジュニア級・クラシック級でG1レースを5勝し、年度代表ウマ娘授賞式に出席すると、ステータスが格段に上がったオグリキャップが出走してくる。かなりステータスが高く仕上がっているので挑戦する場合は全身全霊で挑むべし。
史実では1番人気で復活劇を期待されたものの、故障の影響で思うような走りができなかったのか、サクラチトセオーに届かず馬込みに沈んで12着に敗れている。
ティアラ路線を歩み続け、中距離育成としての最終目標がこのレース。得意な脚質が先行と差しであるため、「臨機応変」などの位置取りスキルを取得しつつ、スピードとパワーを揃えた状態で強豪たちに挑もう。ゴール後には特殊実況として「女帝」を褒め称えてくれるだろう。
史実では唯一の牝馬として出走し、サイレンススズカやバブルガムフェローなど、牡馬15頭をまとめて差し切って優勝。特殊実況では優勝した時のものが反映されている。
芝・ダート関係なくG1レースを経験し、それを活かし憧れの2人との最終決戦として対峙する舞台が最終目標となる。ただ、もう1人の「NHKマイルカップを勝ち注目を集めていた後輩のウマ娘」が出走を表明していたが、ファン数が足りず除外。そのファンやトレーナーから大ブーイングを浴びている状態での出走のため、このレースを優勝して彼女たちを納得させてみせよう。
なお、当レースはストーリーの関係上、天候は雨、バ場状態は重での出走となる。パワーや根性が必要になってくるので、パワー・根性を鍛えた状態や、「道悪○」「雨の日○」スキルを取得した状態で挑もう。
また、芝・中距離戦を未勝利のままこのレースを勝つと特殊実況が発生する。
上記のストーリーは外国産馬が2頭まで出走できた2001年における史実の出来事を反映されている。外国産馬の1頭はマル外解放初年度の前年2着馬のメイショウドトウが確実と言われる中、もう1頭出走するマル外はこの年のNHKマイルカップ勝ち馬クロフネが有力視されていた。そんな中デジタル陣営が出走を表明。収得賞金(=ウマ娘におけるファン数)が足りず除外となったクロフネ陣営からのバッシングを受ける中でレースに挑み、テイエムオペラオーを差し切って優勝した。2003年にも出走したが、6番という内枠が災いしたか、馬群に阻まれ末脚を見せることができず17着に終わった。
枠入りを5分間嫌がり続け、スペシャルウィークの「逆襲のラン」の裏で5着に敗れた史実を、1着目標に指定されていることからこのレースで塗り替えることになる史実チャレンジ。逃げを中心に育成、さらに菊花賞や天皇賞(春)でスタミナも鍛えていることから問題はないと思われるが、勝ちやすくするため根性やパワーなどの他のステータスも底上げしておこう。
なお、このレースではライバルとしてスペシャルウィークやキングヘイローが出走してくる。
こちらは他のウマ娘とは違い「3着以内」に指定されている。史実では、1番人気に推されたもののネーハイシーザーに届かず5着、さらにレース中に屈腱炎を発症し引退。この結果を考慮したものになる。
これにより、現実の有馬記念では因縁の兄弟対決が叶わなかったが、目標を突破すれば、夢の大舞台・有記念で念願の姉妹対決が待っている。勝利しても諦めずに挑もう。
このレースより1着が目標達成の条件となる。因子継承も出来れば脚質自在も可能であるため、育てたい脚質を活かしつつ、スキルを揃えた状態で挑むと良い。
このまま目標を突破出れば最大のライバルであるナリタブライアンとのターフ上でのコンバットが待ち受けている。
史実では、先行策をとるがバブルガムフェローに届かず2着だった。
日本ダービーを乗り越え、クラシック級に秋の三冠ウマ娘ロードを進み続けたエイシンフラッシュ。春の盾に続く伝統の一戦に両親も観戦しているということで、勝利を飾り「正しさ」を両親や大観衆に証明してみせよう。
なお、エイシンフラッシュには東京レース場のG1レース勝利数に応じて能力アップするイベントが起きるが、最大アップの条件が5勝なので、これを狙うならば、菊花賞を捨てて秋天2回出走するが現実的となる。
日本ダービーを勝利した状態でこのレースを優勝すると、史実に基づいた特殊実況が発生する。
G1勝利モーションの最敬礼は、2012年、当時の天皇・皇后両陛下をお迎えした天覧競馬で勝利した時にミルコ・デムーロ騎手が下馬最敬礼した時をモチーフにしたものである。
史実では、2011年はトーセンジョーダンのレコードでの激走の前に6着。2013年はジャスタウェイの爆発的末脚と先行したジェンティルドンナの抜け出しに対し、馬群の内に入れたこともあり仕掛けるのが遅れて3着に終わっている。
菊花賞、クラシック級有記念、天皇賞(春)と長距離レースを3着以内で入着する目標があるため、スタミナを鍛え続けがちだと思われるが、このレースは2000m・中距離なので、春天突破後にはスピード・パワーを中心に鍛えておかないとオグリキャップ等に届かれ差されてしまうのでステータスを底上げして挑もう。
なお、天皇賞(春)で勝利したままこのレースで勝利すると春秋連覇となり、史実同様、オグリキャップとの対決に合わせた特殊実況が発生する。
史実ではこの競走に勝利後、翌年1990年に天皇賞(春)を制したため春秋連覇のタイミングが逆転している。
史実では日本ダービーを目前にした中で屈腱炎を発症し引退してしまったため、完全なるifストーリーの中でのレースとなる。
中・長距離適性ウマ娘としてのヤマ場「菊花賞」を乗り越え、中距離王者決定戦に挑むアグネスタキオン。これまでの育成の集大成として勝利を飾り、大勢のファンを沸かせよう。
勝った先には、興味津々なマンハッタンカフェと夢の舞台での念願の対決が待っている。
こちらもifストーリーの中でのレース参戦になる。
史実では屈腱炎を発症して引退してしまったが、こちらではなんと菊花賞から1年ぶりのBNW対決となる。菊花賞で大敗してしまった悔しさをバネに、1着で勝利して己を強さをライバルの2人に見せつけてやろう。その先には、夢の舞台での最後の対決が待っているから。
こちらは「2着以内」に指定されているウマ娘である。史実でもテイエムオペラオーとの争いを制したものの2着だったものを反映されている。
シニア級本レース→ジャパンカップ→有記念と秋三冠ロードをオペラオーに認められるように進み続けていくが、まだまだ勝負は終わらない。最終目標が1着という事なので、最後までに諦めず挑み続けよう。
数々のレースに出走していく内に、勝ちたい気がますます強くなっていったナイスネイチャ。心中恥ずかしい面もありつつも、トップに立つ覚悟を持ってレースに臨む。
なお、こちらもお馴染みの「3着以内」と目標されているが、突破後、1着目標である中日新聞杯(G3)と最終目標の有記念の連続出走まで2ターンしかないため、レースに臨む際は有
を突破できるようなステータスを揃えてから挑もう。
史実では1992年〜1994年に3年連続、1年開けて1996年に出走。特に1993年はライスシャワーに次ぐ2番人気に推されたが、直線で追い出されると急激に失速し15着に敗れた。
クラシック戦線を突き進んでもなかなか上手く行かず、今度はスプリントG1を1着で突破した先の最終目標がこの「秋の盾」争奪戦である。高松宮記念、スプリンターズSを突破するためスピードを中心に育成したと思われるが、このレースは皐月賞と同じ「2000m・中距離」なのでスタミナもある程度確保してからレースに挑もう。
なお、史実ではクラシック戦線で戦い抜いたスペシャルウィーク、セイウンスカイとの世代対決となり先行策を攻めていったが、思うようなスピードが出ずスペシャルウィークに差し切られ7着に敗れた。
従って、出走してくるライバルのスペシャルウィーク、セイウンスカイも中々の強力なので、ある程度ステータスやスキルを出揃えてから挑むべし。
本競走に続きジャパンカップ・有記念を連続で勝利した場合に特殊イベントが発生し、ステータスが大幅に上がる。このイベントは2年連続達成した場合2回発生するので、菊花賞より本競走を選んだ方がお得なウマ娘の典型例である。
「新設!URAファイナルズ」では迷わず狙いに行きたい。目標外レースの重要度が低い「アオハル杯」でも、開催ターンのトレーニングが美味しくなければ狙う価値がある。
史実では2回出走。2000年は年間古馬中長距離G1完全制覇の3戦目、メイショウドトウとの6戦連続G1ワンツーフィニッシュの2回目で、ドトウに2馬身半の差をつける完勝。
2001年はクロフネを押しのけて出走してきたアグネスデジタルに、ドトウともども大外から差し切られ2着に敗れた。
宝塚記念でグラスワンダーに完敗、前走の京都大賞典では馬体重増でマークしてきたテイエムオペラオーを巻き添えに10頭立ての7着に撃沈してしまい、「スペシャルは終わった」と言われた中で、ベストな馬体重に戻しての「逆襲のラン」。改めてその実力を証明し、鞍上の武豊に前年の忘れ物を届けることとなった。
スペシャルウィークを代表するレースのひとつだが、アニメ第1期で詳しく描いたためか、ゲームでは皐月賞や宝塚記念ともども目標外に追いやられてしまっている。
メジロマックイーンに敗れ無敗伝説が終わった天皇賞(春)のあと、2度目の骨折による休養を挟んで、調整が遅れる中ぶっつけ本番で挑んだ復帰戦。メジロパーマーとダイタクヘリオスのバカ逃げコンビによる殺人的ハイペースに巻き込まれてしまい、折り合いがつかずレッツゴーターキンの7着と惨敗してしまった。
アニメ第2期では、次走のジャパンカップ(1着)ともども「浮き沈みの激しいレース」の一言で飛ばされてしまった。
4歳(旧5歳)時、故障による宝塚記念出走取り消し、海外遠征計画の白紙化というアクシデントを経て、後の息子同様にぶっつけ本番の復帰戦として挑んだ一戦。不利とされる大外枠ながら1番人気、ハイペースの流れにもかかわらず直線入口でもう先頭に立ちそのまま譲らないという強い走りを見せたものの、大外から強襲してきた13番人気の伏兵・ギャロップダイナに差され2着。
ルドルフが生涯で負けた3戦のうち、差されて負けたのはこの1戦のみである。
天皇賞(春)でメジロマックイーンの3連覇を阻止したのもつかの間、次走のオールカマーでツインターボの大逃げに幻惑されまさかの敗北(3着)。気を取り直して1番人気で挑んだ秋の盾だったが、ツインターボが逆噴射したあとは、ヤマニンゼファーとセキテイリュウオーの死闘の影で見せ所なく6着と凡走。
以降、メインストーリー第2章でも描かれたように、2年後の天皇賞(春)まで長いスランプに突入してしまうことになる。
高松宮杯でナイスネイチャに敗北(5着)、オールカマーでもビワハヤヒデの2着に敗れたが、それでもハヤヒデとの2強と目され2番人気。しかしハヤヒデともどもレース中に屈腱炎を発症してしまい8着、ともにそのまま引退することになってしまった。
なし
11月下旬開催予定。条件がチャンピオンズミーティング初の雨・重バ場となる。
11月12日〜21日に3回に分けて開催予定。
なお、今回は同コースでありながらも、天候やバ場状態が3人とも違う状態での開催となる。
距離が同じであっても天候やバ場で結果が違うようになってくるため、様々なキャラに合ったウマ娘で臨むようにしよう。
東京レース場、芝・2000mのモデルのレースを選択するならばこちら。
中距離適性ウマ娘が大ケヤキを通過して、約526mの直線での熱き攻防を見ることができる。
なお、同じ東京コースの日本ダービー・ジャパンカップ(芝・2400m)と比べこちらは若干距離が短いため、中距離適正がありつつもスタミナに自信ない方におすすめのモデルレースとなっている。
メインストーリー第1章では、メジロマックイーンが春秋連覇をかけこのレースに挑戦。
雨の中で1番人気に応える中1着でゴールしたが、その後とんでもない結果が立ちはだかっていた……。
第1期の第7話「約束」にて登場。ジャパンカップでのスペシャルウィークとの対決やアメリカ遠征に向け、快進撃を続けているサイレンススズカが出走する。
レースではエルコンドルパサー、メジロライアン、ウイニングチケットといった強豪と対決。得意の逃げ切り策でゴール板を目指して駆け抜けようとするが……。
その後、第10話「何度負けても」で今度はスペシャルウィークが翌年の秋の盾に挑む。8話の宝塚記念でグラスワンダーに完敗、前走の京都大賞典では体重増で7着に撃沈。実家に帰省して心機一転、初心を取り戻したスペは、前年の憧れの人の忘れ物を取りに行けるのか。
第2期では史実の1991年~1993年の3回が作中期間内にあたり、前述の通り1991年はメジロマックイーン、1992年はトウカイテイオーが出走しているが、3回ともカットされた。
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モチーフ馬は2011年~2013年に3年連続で一緒に出走。2011年はジョーダン、2012年はフラッシュが勝利している。
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この4頭が一緒に出走したのは1993年だが、1番人気で6着のライス、2番人気で15着のネイチャ、3番人気で最下位17着のターボ、16番人気10着のイクノと全員掲示板外に敗れている。
現実における本競走は、1905年5月6日に横浜の日本レース・クラブが、明治天皇から「菊花御紋付銀製花盛器」が下賜され創設した「エンペラーズ・カップ」を前身としている。
昭和に入り戦時体制下が進むと、横浜を含む各地の競馬倶楽部は1936年に発足された日本競馬会に統合され一本化。翌1937年には各地で行われていた帝室御賞典を春の阪神(旧・鳴尾競馬場)、秋の東京で年2回開催されることとなった。
改正後初の競走は1937年秋に東京競馬場で行われた「帝室御賞典」(芝・2600m)で、JRAではこれを第1回としている。翌1938年秋からは3200mで施行され、戦争で中断される1944年春まで続き、戦後の1947年春からは「平和賞」の名で復活。同年秋からは現在の「天皇賞」に名称を変更した。
長い歴史を誇る天皇賞は古馬最高の栄誉とされてきたが、1981年に過去の優勝馬にも出走権が与えられるようになり、1984年には現在の施行距離である2000mに短縮。さらに1987年には3歳馬にも秋の天皇賞への出走権が与えられ現在に至る。
正式名称は単に「天皇賞」であり、回数は天皇賞(春)と通算する。
JRAでは施行距離が短縮された1984年から「天皇賞(秋)」と表記している。
本競走の盾はオリジナルはたった1つで、春秋共に同じ物である(馬主にはレプリカが贈られる)。
ゲーム版『ウマ娘』のトロフィールームで見られるものは、区別のため天皇賞(春)に比べて色が暗い。また、春天の方にはレプリカであることを示す金属プレート(「第◯回天皇賞」と書かれている)が下部にあるが、なぜかこちらにはない。
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最終更新:2025/07/29(火) 03:00
最終更新:2025/07/29(火) 02:00
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