字は大虎。孫権と歩夫人(歩隲の同族)の娘。同母妹に朱拠に嫁いだ孫魯育(字は小虎)がいる。
歩夫人は孫権の寵愛を受け、孫権は皇后に立てようとしたがそれを引き受けることはなかった(死後皇后の位を追贈される)。
孫魯班は最初、周瑜の子の周循に嫁ぐが周循が早世したため、全琮に再嫁したため全公主と呼ばれた。子に全呉がいる。
孫権の皇太子は長男の孫登だったが241年に病没したため、翌年三男の孫和が立太子される。
孫和の母、王夫人を皇后に立てるべきという意見が上がったが、孫権はこれを拒絶する。
そうしているうちに、母が皇后になれなかった孫魯班が王夫人を讒言、まもなく王夫人は憂死し孫権の孫和に対する寵愛も衰えた。
孫和が立太子された頃、異母弟の孫覇が魯王に封ぜられるがその待遇は孫和とほぼ変わらなかった。ここに孫和あるいは孫覇を次期皇帝にしようと呉国内は派閥争いを初め、「二宮の変」(二宮事件)と呼ばれる事態に至るのである。
孫魯班はもちろん、夫の全琮及び継子の全寄や同族の歩隲も孫覇派に属していることに注意して欲しい。また、孫魯班の妹孫魯育の夫の朱拠は孫和派に属していた。
この派閥争いは呉という国が豪族達の連立政権みたいな性格を有しており、陸遜ら主流派とそうでない非主流派との勢力争いの側面もあった。いずれにせよこの争いが呉国に与えた悪影響は計り知れないものがあった。
孫覇派の讒言を受け、陸遜、吾粲、顧譚らは憤死あるいは賜死する結果となり、また一時は歩隲や全琮ら孫覇派が主導権を握るも彼らは相次ぎ病死し、抗争の先は見えなくなっていった。
250年、同族で側近の孫峻と相談した孫権はこの派閥争いに決断を下し、孫和を廃太子して孫覇に自殺を命じ、全奇や楊竺らの孫覇派を誅殺、末子の孫亮を後継者に定めた。しかしこの処置に反対した孫和派の朱拠(孫魯育の夫)は左遷のち自殺させられ、何十人も誅殺される者が出て国内の混乱状態は続いた。
後に孫権はこの処置を後悔し、孫和を再度太子に立てようとするが孫魯班や孫峻らに反対され断念した。
252年、孫権が死去すると孫亮がわずか10歳で皇帝に即位する。共に後事を託された滕胤、呂拠、孫峻らを抑えて諸葛恪が政権を握る。翌年諸葛恪が魏への遠征に失敗、独断専行の色を強めると、孫峻らはクーデターを起こして諸葛恪を殺す。
諸葛恪は孫和の正妻(張昭の孫で張承の娘にあたる)の縁戚であり、孫和に慰めの声をかけたり旧都である武昌の宮殿の整備をしていた。この事実を孫峻に利用され、孫和は自殺させられる。
実は孫魯班は孫峻と密通しており、これら孫峻の行動を煽ったふしがあるとも思われなくもない。
しかし孫峻が政権を握っても専横であることには変わらず、多くの人々から反感を買っており、254年にかつての太子だった孫登の子、孫英が孫峻の排除を企てるが発覚し、孫英は自殺させられる。この機会に孫魯班は妹の孫魯育、朱拠と孫魯育の子である朱熊、朱損もクーデターに加わっていたと讒言し、これらを処刑させているのである。
しかし孫峻は256年に諸葛恪に殴られる夢を見てから病気になり死没する。その死後、従弟の孫綝が孫峻の権力を引き継ぐ。
孫綝は滕胤、呂拠らのクーデターを退け、孫峻以上の専横を極める。これに対し親政を開始していた皇帝孫亮が孫綝の排除を企てる。この計画には孫魯班も加わっており、孫綝とは相性が合わなかったのか、擁立した孫亮への義理を尽くそうとしたのかは分からない。
だが、計画は孫綝に漏れており、258年に孫綝はクーデターを起こし、孫亮は皇帝を廃位され異母兄(孫権の六男)の孫休が擁立され、孫魯班は予章に流罪になる。
その後の孫魯班の消息は不明。
その生き様から、手段のためには妹も殺す権謀に生きた悪女ととるか、時勢に流された悲運の皇女ととるか、人それぞれであろう。
三國志11のPK版のシナリオ「女の戦い」で、柴桑で君主を務める。彼女の側にいるのは夫の全琮と…
字の「大虎」で登場。通称ビッグタイガー。ピーキーかつロマン追求な素敵計略の持ち主。
「わたしに逆らうからこうなるのよ」
スペックは、「武1知5 歩兵 魅力」三国志大戦2では、「大流星の儀式」という、決まればほぼ勝負が決まるのだが・・・というネタ計略であった。現在に於いてはその計略は、孫策の嫁である大喬に引き継がれ、ニコニコ動画などをはじめとして諸氏による自虐ネタ晒し戦術・戦法の洗練により、一つの主流デッキとしてまで定着している。
「この程度で終わり!?物足りない!」(CV:小松由佳)
そんな彼女も3で復帰。絵師は日本橋ヨヲコ。スペックは、「武1知4 騎兵 魅力」計略は「封印の舞い」という、かつて三国志大戦1にて江東のキャバ嬢・大喬(絵師は八神ひろき氏)が持つ計略と相成った。つまり、大喬と大虎の計略が、時を経て交換されたのである。おっぱいもおおきくなった!!計略内容は、「士気全部(12)を代償に相手の計略をすべて封じる」というナウ・ロマンティックな計略。トドメに決めたいところだが…どう考えてもネタ。
掲示板
21 ななしのよっしん
2019/08/19(月) 15:07:08 ID: Pg7OFvSD6Q
朱治・朱然と呉の四姓の朱家が同族と思ってるみたいね
どっちの一族のことか分からん
22 ななしのよっしん
2020/10/13(火) 03:19:42 ID: OwPci5vakD
晩年の孫権の暴走やあの孫晧の悪政ですら、
「豪族たちのこれ以上の権勢拡大を防ぎたかったのでは?」
「中央集権体制を目指したのでは?」
と行いは擁護できないにしても本人なりの目的はあったんじゃないかと言われている一方で魯班はそういうの一切無いよな
その目的が全く見えてこないから仕方ないが
23 ななしのよっしん
2021/10/10(日) 21:48:22 ID: zyNow4VwdS
孫覇派に与してしまったた事、孫権に孫和を見限らせる謀略に手を染めた事
その初手がどうしようもなくまずくて、その先は「それをやってしまった以上、敵方は徹底的に貶めて殺すしかない」というある種仕方ない事をしているに過ぎない
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最終更新:2024/11/27(水) 02:00
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