新日本建設に関する詔書は、第二次世界大戦終結の翌年の元日に渙発された詔書である。終戦後初めての年始における日本国民へのメッセージであり、明治天皇の五箇条の御誓文の再確認を呼びかけ、平和的な復興へ向け日本国民を激励する内容となっている。
渙発当初の名称は
である。略称としては
等がある。昭和天皇自ら現御神であることを否定したと解釈される一文(「天皇ヲ以テ現御神トシ…トノ架空ナル觀念」)は人間宣言[4]として知られ、これを詔書全体の通称として流用する報道機関や出版社もある。
ここに新年を迎う。顧みれば明治天皇明治の初国是として五箇条の御誓文を下したまえり。いわく、
叡旨公明正大、また何をか加えん。朕はここに誓を新にして国運を開かんと欲す。すべからくこの御趣旨にのっとり、旧来の陋習を去り、民意を暢達し、官民拳げて平和主義に徹し、教養豊かに文化を築き、もって民生の向上を図り、新日本を建設すべし。
大小都市のこうむりたる戦禍、罹災者の難苦、産業の停頓、食糧の不足、失業者増加の趨勢等は真に心を痛ましむるものあり。しかりといえども、我国民が現在の試煉に直面し、かつ徹頭徹尾文明を平和に求むるの決意固く、よくその結束を全うせば、独り我国のみならず全人類のために、輝かしき前途の展開せらるることを疑わず。
夫れ家を愛する心と国を愛する心とは我国において特に熱烈なるを見る。今や実にこの心を拡充し、人類愛の完成に向い、献身的努力を効すべきのときなり。
おもうに長きにわたれる戦争の敗北に終りたる結果、我国民はややもすれば焦躁に流れ、失意の淵に沈淪せんとするの傾きあり。詭激の風漸く長じて道義の念すこぶる衰え、ために思想混乱の兆あるはまことに深憂に堪えず。
しかれども朕はなんじら国民と共にあり、常に利害を同じうし休戚を分たんと欲す。朕となんじら国民との間の紐帯は、終始相互の信頼と敬愛とによりて結ばれ、単なる神話と伝説とによりて生ぜるものにあらず。天皇をもって現御神(あきつみかみ)とし、かつ日本国民をもって他の民族に優越せる民族にして、ひいて世界を支配すべき運命を有すとの架空なる観念にもとづくものにもあらず。 朕の政府は国民の試煉と苦難とを緩和せんがため、あらゆる施策と経営とに万全の方途を講ずべし。同時に朕は我国民が時難に決起し、当面の困苦克服のために、また産業および文運振興のために勇往せんことを希念す。我国民がその公民生活において団結し、相倚り相たすけ、寛容相許すの気風を作興するにおいては、能く我至高の伝統に恥ぢざる真価を発揮するに至らん。かくの如きは実に我国民が人類の福祉と向上とのため、絶大なる貢献をなすゆえんなるを疑わざるなり。
一年の計は年頭にあり、朕は朕の信頼する国民が朕とその心を一にして、自ら奮い自ら励まし、もってこの大業を成就せんことをこいねがう。
御名御璽
昭和21年1月1日
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最終更新:2025/12/11(木) 00:00
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