現実文庫とは、「事実は小説よりも奇なり」を体現する言葉である。
概要
ラノベファンからも将棋ファンからもその内容が高く評価され、2018年1月にはアニメ化を果たすことになった、白鳥士郎のライトノベル『りゅうおうのおしごと!』。あえて身もふたも無い言い方をしてしまえば「ぼくのかんがえたさいきょうのしょうぎきし」を著した物語だと言える。
しかし、2016年10月から、現実の将棋界では「いやこれ小説や漫画だったら現実離れ過ぎて編集者にボツ食らってるだろ」という出来事が多発することになる。
- 62年ぶりに最年少記録を更新する中学生棋士藤井聡太の誕生
- その最年少棋士の初対局がこれまで最年少記録を保持していた、レジェンドとも言える最年長棋士加藤一二三との対局(年齢差62歳6ヶ月とこれも最多年齢差)で、藤井が勝利し公式戦最年少初勝利を記録
- 藤井はその後も勝ち続け、最終的にプロデビューから無敗のまま神谷広志が30年近く保持していた最多連勝記録を更新する公式戦29連勝を達成
- 一方これまで既に永世六冠まで達していた羽生善治が竜王戦で勝利し竜王の座を奪還、史上初の永世七冠を達成し国民栄誉賞も受賞
- 藤井が朝日杯将棋オープン戦でその羽生を破っただけでなく、そのまま決勝でも勝ち、中学生棋士としても初となる棋戦初優勝し既に五段だったのが一気に通り過ぎて六段に
- 中尾敏之と牧野光則が公式戦で史上最長手数となる420手(+指し直し100手)、約19時間という激闘を繰り広げる
- 名人戦挑戦者を決める順位戦で前代未聞の6者によるプレーオフを実施
- そのプレーオフを羽生が制し、タイトル保持通算100期をかけて名人戦に挑んだ……のだが、名人奪還を成せず、さらに豊島将之に棋聖を奪われ、結果8大タイトルをそれぞれ1人づつ分け合う事態に(7大タイトル時代から見ても1987年以来31年ぶり)。さらに羽生は竜王のタイトルも失い、実に27年ぶりとなる無冠状態となってしまう
- 対して藤井は竜王戦ランキング戦で連続昇級を果たし、61年ぶりの最年少記録更新かつ中学生でプロとなった棋士としては史上最速(1年7ヶ月)の七段昇段を達成。さらにこの関係もあって自身最後の挑戦となった新人王戦でも初優勝を決め、31年ぶりとなる新人王戦最年少優勝記録を更新(16歳2ヶ月)。そして銀河戦では史上最年少(16歳4ヶ月)・プロ入りから最速(2年2ヶ月)・最高勝率(18敗で.847)での公式戦通算100勝まで達成、さらに朝日杯では渡辺明棋王を下し羽生以来史上2人目となる連覇を成し遂げる
- 一方の羽生も衰えたかに見えたが、第68回NHK杯テレビ将棋トーナメントを制し(7期ぶり11回目)その実力の健在ぶりを見せつけたどころか、この勝利により一般棋戦通算優勝回数単独トップとなる45回、さらに平成最初と最後のNHK杯を優勝という記録まで成し遂げる。その後王位戦挑戦者決定リーグ白組プレーオフにおいて、大山康晴の記録を27年ぶりに塗り替える公式戦通算勝利数歴代1位(1434勝)も達成した
- 「将棋の強いおじさん」「解説名人」として棋界屈指の人気を誇る木村一基が第60期王位戦にてタイトル7度目の挑戦にして初のタイトルとなる王位を獲得。46歳3ヶ月での初タイトルは史上最年長記録であるほかプロ入り後苦節22年、「勝てば奪取の一局」8連敗という辛酸をなめた棋歴を経ての結実であった
- 「アゲアゲ将棋実況」のタイトルで将棋実況動画を公開するなど将棋YouTuberとして活動してきた折田翔吾がタイトル挑戦中の若手強豪に勝って編入試験を突破しプロ入り
- 既に女流三冠を果たした西山朋佳が三段リーグにおいて惜しくも初の女性プロ棋士は逃すも女性初の次点に終わるという好成績を残す
- そして藤井が遂に第91期棋聖戦挑戦者決定戦で永瀬拓矢に勝利し、これまでの屋敷伸之の記録(17歳10ヶ月24日)を30年ぶりに更新する17歳10ヶ月20日のタイトル挑戦最年少記録を達成
- さらに第33期竜王戦では3組決勝で藤井対杉本昌隆の師弟対決が実現。これに勝った藤井は史上初の4組連続優勝を達成
- 藤井は第61期王位戦挑戦者決定戦でも永瀬拓矢を下して2つ目のタイトル挑戦権を獲得。かくして前述の最年長初タイトル獲得者となった木村一基(奇しくも木村の誕生日が決定戦当日だった)と最年少の藤井との30歳差の対決が行われることとなる
- そして迎えた棋聖戦第4局。2勝1敗の藤井は連戦の疲れもある中、渡辺明に当初押されるも中盤以降挽回、そして110手で決める。実に30年ぶりの記録更新となる、17歳11ヶ月の最年少タイトルホルダーの誕生である。藤井はその後王位戦も木村に4連勝で奪取、18歳1ヶ月の史上最年少二冠(10代としては初)および史上最年少八段を達成した
- 一方第5期叡王戦、永瀬拓矢対豊島将之の対局は第1局から千日手で始まり、第2局・第3局ではタイトル戦史上初となる2局連続持将棋(タイトル戦での持将棋自体6年ぶり)、最終的には七番勝負としては史上最多の全9局(第3・4局はタイトル戦本戦史上最短の持ち時間1時間&指し直しを除き史上初の1日2局、さらに第9局では番勝負史上初の3度目の振り駒も実施)という激闘の末豊島が制している
- 2021年、藤井の自身初のタイトル防衛戦となった棋聖戦。前棋聖の渡辺を3連勝のストレート勝ちで下し自身初にして18歳11ヶ月の史上最年少記録となるタイトル防衛、さらに規定により史上最年少かつ10代での九段昇段となった。これまでの最年少九段を保持していた渡辺は記録を塗り替えられただけでなく、自身初のタイトル戦でのストレート負けという屈辱を喫することに
- さらに第6期叡王戦では豊島を3勝2敗で破り、史上初の10代での三冠を達成。なおその6時間後に「りゅうおうのおしごと!」は主人公が二冠を達成出来るか否かを描写した最新刊が発売される予定であった
- 迎えた竜王戦でも藤井の強さは豊島竜王を圧倒。4連勝のストレート勝ちで竜王の座を奪取し、これまで羽生が記録していた22歳9ヶ月を大幅に更新する、19歳3ヶ月の史上最年少四冠(もちろん10代での四冠は史上初)となった。これにより序列としても10代の少年棋士が全棋士の頂点に立つことになる。なお、勝利を決めた11月13日は奇しくも師の杉本の誕生日でもあった。
まさかの出来事が連発して驚く事しきり。白鳥も『りゅうおうのおしごと!』で書いたことのみならず、構想していたこともそれを上回る形で現実化してしまった(例えば4人での順位戦プレーオフを書こうと構想していた、など)ため、啞然。さらに
と、最終的には開き直った上に白旗を掲げてしまう始末。
また藤井の早すぎる昇段も将棋雑誌『将棋世界』の編集が追いつかないどころか、この昇段をネタにした漫画も「もう五段かよ!」というネタが既に陳腐化するはめに。
かくして、人々はいつしかこの事態を文庫になぞらえてこう言うようになった、「現実文庫」と……。
もっとも
以前から将棋界に置いてはこのような「現実文庫の過去の代表作」とも言うべき棋士が出ているのも確かで、そもそも羽生自体が本人の記事を見れば分かるようにかなりのチートさを誇っている。他にも
- 上記でも名前が出ている「神武以来の天才」加藤一二三
- 連続A級以上在位44期、連続タイトル戦登場50期、通算獲得タイトル80期という無双っぷりを見せつけた大山康晴
- その棋風や思想が後進にも影響を与え、将棋連盟会長になってからも時代の流れを読んで様々なアイデアを立案する一方、その言動も加藤同様に多くの伝説を残した米長邦雄
- 史上最年少となる21歳で名人位を獲得、以降も羽生の7冠獲得に立ちはだかった谷川浩司
- 羽生と並び称される天才だったが、幼いときから難病を持ち、29歳の若さで夭折した村山聖
- 史上初の女流六冠を達成、女性としては初の奨励会三段まで登り詰めた里見香奈
などなど、挙げれば枚挙に暇がない。村山に関しては漫画や小説、映画にもなっているので、その一端を伺うことができる。
ちなみに
白鳥は地元紙であり王位戦の主催社の一つである中日新聞(東京新聞)の取材に対し、著作や藤井のことについてこのように語っている。
小説では、主人公の九頭竜八一が16歳でタイトルを獲得。白鳥さんは、「最強の棋士」の物語を構想する中で、2つの記録に着目した。歴代最多連勝(神谷広志八段の28)と、タイトル獲得の最年少記録(屋敷伸之九段の18歳6カ月)。ともに約30年間更新されておらず「この2つを破るのは難しいだろうと」。そこで現実の少し上、タイトル記録の更新に絞った物語として書き始めた。
第1巻が出た2015年当時、藤井棋聖はまだプロ養成機関「奨励会」の二段。白鳥さんも「注目していなかった」が、その少年が史上最年少の14歳2カ月で中学生棋士になると、いきなり無傷で29連勝するなど、次々と記録を打ち立てていった。
物語の九頭竜も、プロ入り翌年に初タイトルを獲得するが、最初は連敗に苦しむという設定。「藤井先生のデビューから土つかずという記録は想像を超えている。フィクションでもそこまで書けません」
「ありえないこと」が現実に 藤井棋聖の2冠王手、ラノベが「予言書」と話題
また、2018年10月に白鳥が藤井に直接インタビューしたニコニコニュースの記事の締めくくりで、白鳥は以下のように綴っている。
なぜ藤井聡太はフィクションを超えたのか?
それは藤井聡太が、結果よりも『変わり続けること』を選び続けてきたからだと、私は考える。
努力ではない。藤井は「何かを抑えて」きたわけではない。
ただ「ずっと強くなりたいと思って取り組んできた」ことだけは確かだ。
では藤井が求める『強さ』とは何か?
今までの棋士は、タイトル獲得という結果や、大山康晴や羽生善治といった目標を追い求めてきた。
しかし藤井は過去にインタビューでこう述べている。
「歴史の中で名局として語り継がれる将棋が多く生み出されてきましたが、常に心に留めている一局、一手はありません」
誰も想像したことのないような強さを、藤井は、藤井だけが、追い求めている。
だから――
現実ではないものをフィクションと呼ぶのであれば、藤井聡太はこれからも、フィクションを超え続ける。
なぜ藤井聡太はフィクションを超えたのか?【叡王戦24棋士 白鳥士郎 特別インタビューvol.01】
他のジャンルでも
「現実文庫、なんなんだよこれ」「編集ちゃんと仕事しろ」と言いたくなることが多いわけで。
- 羽生結弦(フィギュアスケート):そもそも2017年の世界選手権男子フリーで世界最高点となる223.20点を獲得、この時点でアニメ『ユーリ!!! on ICE』での勝生勇利による221.58点を上回るという現実文庫ぶりを発揮。2018年シーズンに入り、大会前に大けがをし長期欠場となってしまうも、迎えた平昌オリンピックではそのブランクを感じさせないスケーティングで男子シングル種目で66年ぶりの2連覇を達成、しかも宇野昌磨とのワン・ツーフィニッシュと冬季五輪1000個目の金メダルまで付いてくる始末。ちなみに男子フリーの開催された日には上述の朝日杯での藤井聡太が羽生善治に勝利していたため、「羽生が負けて羽生が勝った」というややこしいことに。
- 大谷翔平(プロ野球):投げてはアマチュア史上最速の160km/h、打っても高校通算56本塁打。この為栗山英樹監督の方針で投手と野手の二刀流を行うことに。2016年に投げてはNPB史上最速の165km/hを記録、打っても3割打者22本塁打と実力を発揮し日本ハムの日本一に貢献。2018年にMLBに挑戦したら早速開幕戦で投手として初勝利、初本拠地初打席で初ホームランを打ち、その後3試合連続HRや登板2試合目で7回1安打無失点12Kを挙げるなど、野球漫画もパワプロも真っ青な展開、アメリカのメディアも「大谷はどうみてもこの星から来た人じゃないよね」も言い出す状態。シーズン途中で右肘靱帯を痛め、投手としては登板が少なくなったものの、打撃には影響なかったためホームランを量産、1年目で打者としては打率.285、22本塁打、61打点、10盗塁、投手としては10試合登板で4勝2敗、防御率3.31という記録を叩き出し文句なしの新人王を獲得。さらにはMLBのルール改正で2020年からの二刀流枠まで作らせてしまった。2019年は肘手術の関係で開幕から二ヶ月遅れで打者に専念するも日本人選手としては初のMLBでのサイクルヒットまで達成。そして本格的に投手復帰した2021年、開幕第4戦目でDH解除によりMLB初のリアル二刀流かつ118年ぶり史上3人目となる「2番・投手」でのスタメン入り、しかも1回表から161.9キロの球速、その裏の第1打席で初球ホームラン。オールスターゲームではファン投票での指名打者としてだけでなく選手間投票で投手としても選出されるという史上初の二刀流での選出。シーズン終了してみれば「ベーブ・ルース以来の二桁勝利・二桁本塁打」「本塁打王」は逃したものの、投手としては23試合(130回1/3)登板、9勝2敗、防御率3.18、156奪三振。打者としては155試合出場で打率.257、46本塁打、138安打、100打点、103得点、26盗塁。前半戦時点で松井秀喜のシーズン記録を上回る日本人最多本塁打と松井以来の打点100を記録しただけでなく、史上初の投打5部門での100到達というとてつもない記録を打ち立てた。『MAJOR』作者の満田拓也も「大谷選手の異次元の活躍は創作物じゃとても太刀打ちできません(笑)」と言ってしまうほど。今後の続刊に期待が持てる。
- 井上尚弥(ボクシング) -「MONSTER」の異名を持つバンタム級世界王者。高校時代に国内アマチュアタイトルを総なめにするとプロデビュー6戦目(当時の世界最速記録)で世界王者に輝き、全勝記録を重ねて現在三階級制覇中。欧米メディアのパウンド・フォー・パウンド(各メディアが認定する全階級最強ランキング)では、軽量級の日本人王者という注目され辛いフィールドに居ながらトップ3の常連に名を連ねる。「高校時代から同ジム所属の世界王者(八重樫東)をスパーで圧倒」「プロ・アマ180戦やってダウン経験無しのレジェンド王者を2RでKO」「世界戦が大半のプロキャリアでパンチを効かされたのは一戦だけ」など現実離れした強さは国内のレジェンド達からも日本ボクシング史上最強と評され、『はじめの一歩』作者の森川ジョージは「漫画だからといって、現実離れしたパンチとかは描かない。ところが井上選手はその上をいってしまっている。"ありえない"の連続」と白旗同然のコメントを出している。
- BIG4(男子テニス):ロジャー・フェデラー、ラファエル・ナダル、ノバク・ジョコビッチ、アンディ・マレーの四人。テニス4大大会の優勝を十数年にわたって独占している四人。四人とも世界ランク1位経験済みなうえマレー以外は四大大会制覇済み。そもそも全員80’生まれの30代なのに若手を圧倒する姿から将棋星人にちなんでテニス星人呼ばわりされることも(その場合マレーは人間代表扱いされる)。得意のクレー(土)コートな上本戦期間中誕生日を迎える全仏オープンで圧倒的優勝率を誇るナダル、ユーモア精神やサービス精神にあふれるジョコビッチ、他三人が異次元過ぎて【四天王でも最弱】扱いされがちなマレー、そんな5~6歳年下の三人を抑え2018年世界ランク一位に返り咲いたフェデラー、とキャラも濃くスポーツもののラスボス候補か何かと疑いたくなるレベルである
- タデイ・ポガチャル(ロードレース):これまでもエディ・メルクスやベルナール・イノー、マルコ・パンターニやファビアン・カンチェラーラやクリス・フルームなど数多くの現実文庫があったなかで待望の最新刊。2019年のブエルタ・ア・エスパーニャでグランツール初出場を果たし、第9ステージで初勝利、区間3勝で総合3位とヤングライダー賞を獲得。2020年のツール・ド・フランスでは第20ステージのタイムトライアルでプリモシュ・ログリッチに大逆転勝利で総合首位(マイヨ・ジョーヌ)を獲得、21歳の若さにして区間3勝・自身初のグランツール制覇だけでなく山岳賞とヤングライダー賞の3部門制覇。翌2021年のツールも第5ステージで劇的な逆転勝利を果たしただけで無く、第17・18ステージでは連勝、結果として2年連続で区間3勝・総合優勝を含む3部門制覇(しかも史上最年少連覇&ヤングライダー賞は第1ステージから明け渡さず)という圧巻の走りを見せた。『弱虫ペダル』作者の渡辺航は「ツール・ド・フランスは毎年劇的展開がありすぎて漫画家泣かせ。第5ステージのようなあんな展開あったら普通だったら漫画ではボツになる」、大のロードレースファンである作曲家の梶浦由記も「大谷選手と同じで漫画の主人公にはなれない、強すぎて嘘くさいって言われちゃう強さ」と評するほど。
- 仲邑菫(囲碁棋士):囲碁棋士の仲邑信也の娘で、3歳7ヶ月でアマの大会に出るようになり、5歳で関西アマ女流囲碁名人戦Bクラス優勝。幼くしてアマチュアの強豪として頭角を現し、2019年4月1日付で10歳0ヶ月の史上最年少プロ棋士になることが決まった。その腕前は史上初の2年連続七冠独占(うち1回は史上初の年間グランドスラム)を達成し羽生善治と共に国民栄誉賞を受賞した井山裕太も認めるほど。その期待に違わぬように同年7月には10歳4ヶ月の史上最年少勝利を達成。これは「ほんいんぼうのおしごと!」を誰か書くか!?
- 芝野虎丸(囲碁棋士):その囲碁の世界で、もう一人の新星。『ヒカルの碁』のゲームをきっかけに6歳で囲碁を始め、14歳でプロ棋士に。2018年には世界最強レベルの中国人棋士柯潔に勝利して囲碁界を騒然とさせ、2019年10月には名人戦で張栩に勝利し、19歳11ヶ月の史上最年少7大タイトルホルダーかつ史上初の10代での名人に輝く。こちらも続刊に期待か。
関連項目
- 将棋
- 藤井聡太
- 羽生善治
- りゅうおうのおしごと!
- リアルチート
- 若者の人間離れ