特Ⅰ型駆逐艦、七番艦、薄雲です。東京湾の造船所で
生まれ、あの戦いでは北方の海で活動しました。
提督、薄雲のこと、忘れないでいてくださいね。
薄雲(艦これ)とは、艦隊これくしょん-艦これ-の艦娘(になる準備でコンビニで研修中だった?)。
大日本帝国海軍・吹雪型駆逐艦「薄雲」の擬人化キャラクター。
CV: 森山由梨佳・Illust:しばふ
薄雲(艦これ)は、「艦これ」サービス開始7年目の節目の時期に抜錨(実装)準備を進めていることが発表され、2020年6月27日未明から開始された期間限定海域『侵攻阻止!島嶼防衛強化作戦』第1海域突破報酬として実装された吹雪型姉妹の7番目(実装数で言えば8人目)であり、2016年9月に追加実装された「浦波」についで2番めの追加艦となる。浦波は通常海域実装だったため、吹雪型姉妹としては初となる期間限定海域突破報酬艦である。
同海域では吹雪型姉妹(浦波を含む)も多数ドロップするため、誤解体には注意を要する。
2020年4月1日に公開されたビジュアル(外部リンク参照)で、既にその姿は公表されていたが、7周年ローソン泊地mode(要はローソン制服着用)での紹介であり、ゲームに実装される場合、彼女の制服・艤装は長姉・吹雪のスタイルになるか、僚艦・叢雲のスタイルになるか、提督の間で意見が分かれていた。
髪の色は最初の僚艦にして同じ雲級である叢雲に準じ漆黒ではないものの、(どう見ても絵師繋がりで)制服・艤装は長姉・吹雪と同系統のものとなっている。(誰だ?アルビノ吹雪と言った人・・・)CVも当初は未発表で、磯波や平戸っぽい感じを受けるという声が挙がっていたが、後に公表されたCVは果たして平戸やアブルッツィ、グレカーレ、デ・ロイテルを担当していた森山由梨佳氏であった。なお、吹雪型(特Ⅰ型)のCVはこれまで上坂すみれ氏が一手に担当していたので、彼女が初の上坂艦隊ではない吹雪型となる。
本来は2020年4月23日のアップデートにて何らかの形で実装されると思われていたが、3年前より艦これ周年記念コラボを実施しているローソンもCOVID-19(中国・武漢で発見された新型コロナウィルス感染症)に伴う緊急事態宣言発令に伴い記念コラボを延期した関係で、彼女の実装もこの時点では見送られた。[1]その後、5月13日発売の雑誌(週刊ファミ通)インタビュー記事にて、6月下旬開始予定(後に、6月27日メンテ後開始と告知あり)の「梅雨イベ」で実装予定であることが公表され、また、6月10日発売の雑誌(コンプティーク)インタビュー記事・公式電文で、「梅雨イベ」第1海域 千島列島沖「鎮魂、キ504船団」突破報酬として艦隊に合流すること、及びシルエットが公開された。なお、「キ504船団」とは、駆逐艦薄雲が戦没した護衛船団のことである。
既存の艦娘で関わりがあるのは、「第十二駆逐隊」で日華事変を共に戦った同型艦「叢雲」、修理後編入された「第一水雷戦隊」の「第九駆逐隊」・「第十八駆逐隊」での僚艦「朝雲」「霞」「不知火」、戦没時に一緒に行動していた「第七駆逐隊」の「曙」「潮」の面々。特に薄雲が合流する期間限定海域は、薄雲が戦没した「キ504船団」をモチーフとしており、「曙」「潮」が史実艦特効をもっている模様。
また、「キスカ島撤退作戦」に参加した艦であり、彼女の実装によりキスカ島撤退作戦参加戦闘艦が全て揃った。
改で実装される時報では9駆時代の僚艦朝雲・霞、キ504船団の僚艦曙・潮、第五艦隊の僚艦那智・多摩、そして未実装の白雲に言及する。なお、薄雲は「第一水雷戦隊」所属を名乗る数少ない艦娘となった。(他に第一水雷戦隊所属を名乗るのは、開戦時の所属艦「電」(第一艦隊第一水雷戦隊第六駆逐隊)、旗艦の「阿武隈」(改二実装時に通常のセリフとして言及するようになった)の2名のみだった。なお、今回のイベント後段で実装された初春型・有明も一水戦に言及する。)
一等駆逐艦「薄雲」は、大正15年(1926年)9月29日「第四十一号駆逐艦」と命名され、東京石川島造船所で昭和2年(1927年)12月26日に進水、昭和3年(1928年)7月26日に竣工。同年8月1日に第1号以降の駆逐艦の名前が一斉に変更され、本艦は「薄雲」と改名された。同年12月1日、第二艦隊第二水雷戦隊第十二駆逐隊に編入。
昭和15年(1940年)7月、第二遣支艦隊に編入され中国大陸に進出。日中戦争に伴う華中での沿岸作戦、北部仏印進駐作戦に従事。「叢雲」と共に大陸沿岸部封鎖作戦に従事中、友軍が敷設した機雷に接雷してしまい、「叢雲」の曳航により台湾までたどり着き、その後内地に戻り呉工廠で修理を行う。このため、第十二駆逐隊から除籍され呉工廠・舞鶴工廠で修理を受けている間に太平洋戦争が勃発した。
昭和17年(1942年)7月31日、修理を終えた「薄雲」は第五艦隊に編入され、同じく第五艦隊指揮下にいた第一水雷戦隊・第六駆逐隊(当時「響」が損傷入渠中でその補充として)に編入されたが六駆が南方戦線に転出したため、性能が異なるものの同年7月「子日」を失っていた第二一駆逐隊に組み込まれた。昭和18年(1943年)3月のアッツ島沖海戦では輸送艦護衛を担当した。
同年4月1日の艦隊編成替えにより、「薄雲」は第四水雷戦隊で(修理で籍を離れた「山雲」を除いて)「朝雲」単艦となっていた第九駆逐隊に、第三水雷戦隊第二十駆逐隊で活動中損傷し藤永田造船所で修理を受けていた十二駆時代の僚艦「白雲」(艦これ未実装)と共に編入されることとなった。こうして、朝潮型4隻で当初編成されていた第九駆逐隊は、吹雪型・朝潮型の混成部隊となり、第一水雷戦隊の一員となった。
5月29日、アッツ島守備隊玉砕。その代わり、何としても隣のキスカ島守備隊は帰還させるべくケ号作戦が発令され、「薄雲」含め一水戦を中心にその遂行に尽力した。一方で、対潜哨戒中、僚艦「白雲」は大湊警備府守備隊第一駆逐隊「沼風」と衝突事故を起こし、大湊で修理を受けることとなった。このため、キスカ島撤退作戦には、第九駆逐隊からは「朝雲」「薄雲」が参加することとなった。(詳しくは「帰ろう、帰ればまた来られるから」記事を、参加艦一覧は「キス島撤退作戦」記事関連項目を参照。)
42年7月に北方海域で重傷を負い舞鶴工廠で修理を受けていた「霞」[3]が43年9月1日付けで第九駆逐隊に編入。一方で、「朝雲」が第十駆逐隊に転出した。
1944年3月1日には「不知火」が第九駆逐隊に編入された。同月16日、合流の遅れていた「不知火」[4]を除く9駆「霞」「白雲」「薄雲」は、オホーツク海で輸送船4隻の護衛中、米潜「トートグ」[5]に襲われ、「白雲」が轟沈(生存者なし)。同月31日、「白雲」が除籍された第九駆逐隊は4代目の第十八駆逐隊として新たに編成された(前述の通り、「霞」「不知火」にとっては第十八駆に復帰した、ともいえる)。
同年7月5日、「薄雲」は第七駆逐隊「曙」「潮」と共に小樽からオホーツク海への輸送護衛中(キ504船団)、米潜「スケート」[6]に襲われ「薄雲」は被雷・沈没した。艦長を含む乗組員267名全員が戦死した。
1944年9月10日、除籍。
余談だが、広島県呉市の長迫公園(海軍墓地)には呉に当初から艦籍を置いた吹雪型姉妹所属隊(11駆)及び各艦(深雪・叢雲・東雲・白雲・磯波・浦波・綾波・敷波)の慰霊碑があるが、この薄雲の慰霊碑は2020年現在存在しない。運営が艦娘・薄雲に託した「覚えていてくださいね」という言葉の持つ意味は重いと言えよう。(他、艦これに登場する呉艦籍の駆逐艦では霰・霞・不知火の慰霊碑が未建造となっている。)
薄雲(艦これ)に関するニコニコ市場の商品を紹介してください。(特にない場合はこの部分を削除してください)
| 吹雪型姉妹 / 吹雪型駆逐艦 |
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| 1.吹雪 - 2.白雪 - 3.初雪 - 4.深雪 - 5.叢雲 - 6.東雲 - 7.薄雲 - 8.白雲 - 9.磯波 - 10.浦波 |
| 2020年梅雨&夏イベント【侵攻阻止!島嶼防衛強化作戦】 新規実装艦娘 | |||||||||
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最終更新:2025/12/23(火) 08:00
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