である。本稿においては3.について記す。
2000年に全日本プロレスから離脱した選手を中心に作られた団体。8月5日にディファ有明で旗揚げ戦を行った。2016年現在は株式会社エストピーが主な事業運営に携わっており、相談役には前社長の田上明氏、会長には2010年代初頭に迎えた激動の全日本プロレスを経験した内田雅之氏、代表取締役に不破洋介氏が就任。2015年に設立15周年を迎えた。
故三沢光晴氏が旗揚げしたNOAHは、力道山の日本プロレスやジャイアント馬場の全日本プロレスの流れを組む、日本プロレス界の保守本流派に位置していた。
プロレススタイルは四天王プロレス時代からの相手の技を受けきっての反撃と言ったハードなプロレスが人気を呼んだが、この危険過ぎるスタイルによって欠場や選手管理の不備での欠場が深刻化。かつてはヘビー級選手だけでも5人以上の欠場者がいるといった部分や、選手の高年齢化と若手不足とそれに伴う後継選手の不在など課題があった。
好調だった業績も日本テレビの地上波撤退での収入減及びそれによる所属選手、スタッフの解雇。三沢光晴のリングでの事故死。後継人騒動での副社長百田光雄の辞任。詐欺師との黒い交際。絶対王者の小橋建太の病気、怪我での長期欠場からの引退。それらが総合して、観客動員数の減少、ビッグマッチもかつては武道館だったのが、後楽園ホールをメインにすることが多くなる。現在では新日本プロレスの一大攻勢、DDTプロレスリングやDRAGON GATEら新興団体の躍進もあり、興行成績面で苦戦を強いられていることも多い。
これら様々な裏事情から、「ノアだけはガチ」や最近では俗称として「ノアだけはガラガラ」などという言葉も生まれている。
現在の構図は対鈴木軍がメイン。相変わらず選手層は薄い状況ではあるが、一時期全日本プロレスに移っていた潮崎豪が再び所属に。それ以前にも定期参戦を続けていた拳王や大原はじめ、クワイエット・ストーム、中嶋勝彦が所属となり、2010年代唯一の生え抜き選手だった熊野準の他に、新たに友寄史郎、清宮海斗がデビューを果たしたためKENTA退団時のような薄さは徐々にではあるが解消されつつある。ただ、依然とした新人不足や怪我などによる欠場の問題は残っており、分裂元でこちらもここ数年間興行的不振が続く全日本プロレス同様に、予断を許さない状況は続いている。
| ヘビー | ジュニア | 常連他団体、フリー、その他 |
|
|
|
急上昇ワード改
最終更新:2026/01/07(水) 02:00
最終更新:2026/01/07(水) 02:00
ウォッチリストに追加しました!
すでにウォッチリストに
入っています。
追加に失敗しました。
ほめた!
ほめるを取消しました。
ほめるに失敗しました。
ほめるの取消しに失敗しました。