サンスクリット(梵: संस्कृत 、saṃskṛta)とは、古代から中世にかけてインドを中心に使われた印欧語族、インド・イラン語派に属する言葉である。日本では、「サンスクリット語」とも呼ばれる。古くは、梵語とも言われた。トカラ語やヒッタイト語が見つかった現代においてもはやインド・ヨーロッパ語族の最古の姿と考える者はいないが、ラテン語の記事に曲用はまかせろー、と書かれてある通りグループ内でも語尾の変化はやたらと多い。
概要
狭義には、紀元前五世紀から四世紀にかけてパーニニがその文法を規定した古典サンスクリットのことを指す。広義には、リグ=ヴェーダ(最も古い物で前十五世紀)から、後の仏典に書かれたものまでを含む。これはミケーネ語を除けば、ギリシア語が書かれ始めるよりも数百年早い。
インドでは、釈迦の時代にはすでに、パーリ語などの口語(プラークリット、prakrita)との乖離が存在したが、サンスクリットは使われ続けた。むしろ、口語への分化が進んだために共通理解できるサンスクリットが使われ続けたという面もある。結局、サンスクリットがその地位から完全に追われるのは十三世紀、イスラーム系王朝が北インドに侵入してからになる。
この歴史の古さと長さ、後述の他言語への影響によって、ラテン語や古典ギリシャ語とともに「三大古典印欧語」とも呼ばれることもある。同じくインド・イラン語派の古典であるアヴェスター語とは、文法や語の形態が酷似している。
ヒンドゥー教、仏教、ジャイナ教、シーク教の礼拝用言語である。特に、仏教がサンスクリットで示されていたことから、これを通じて、東南アジア、東アジア、中央アジアの各言語に大小の影響を与えることとなった。特に、南インドのドラヴィダ諸語に対しては多大な影響を与えた。このため、娘言語に相当する北インド諸語で使われなくなった言葉が、かえってドラヴィダ諸語に残っているようなことも多々ある。また、東南アジアの言語は此れとは別に、交易を通じての影響も受けた。
また、北インド諸語がイスラーム化した影響でアラビア語やペルシア語の語彙を借入した一方、科学においてオリエント地域に先んじていたインドが逆に中東方面に語彙を送り出した例もある。この典型例として英語のzeroがあり(サンスクリットsunya-m→アラビア語sifr→中世ラテン語zephirum→イタリア語zero→フランス語zéro→英語zero)、サンスクリットの影響を示す一例と言える。
子孫の言語には、五億を超える話者を擁するヒンドゥスターニー語(ヒンディー語、ウルドゥー語)を筆頭に、ベンガル語(二億二千万人)、パンジャーブ語(九千万人)、タミル語(七千四百万人)、ウルドゥー語(六千百万人)などの数千万人の母語話者を誇る大言語が並ぶ。サンスクリットもインドの憲法で示された二二の公用語のひとつであり、極めつけに、サンスクリットには母語話者が未だに存在する。これはラテン語や古典ギリシャ語と大きく違う点である。
日本へは、隋唐代に仏教を通して影響があった。当時、中国では仏教が盛んに信仰されており、先進国だった中国の影響から日本にも仏教を通じてサンスクリットの語が流入した。僧、檀那(旦那)、瓦、卒塔婆、阿修羅、断末魔、魔羅、夜叉、などなど。また、五十音図はサンスクリットの音韻表に影響を受けている。
近代に入って、その影響を遙かに落としたかに思われたサンスクリットであったが、イギリスのインド統治時代に入って、また別の面から注目されることとなる。イギリス人の判事で、インド学者でもあったウィリアム・ジョーンズが、サンスクリットの勉強中に英語、ラテン語、古典ギリシャ語、サンスクリットを比較したときその語彙の著しい類似性に気がついたのである。さらにジョーンズを驚かせたのが、高級な言語と思っていたラテン語やギリシャ語より、古典サンスクリットは格の数が多かったことであった(英語は三格、ドイツ語、ゴート語は四格、古典ギリシャ語は五格、ラテン語は最大七格だがサンスクリットは全ての名詞に八格を有する)。ジョーンズはこの成果を纏めて、発表。西欧言語学会は衝撃を受けた。と同時に、言語の系統関係について研究する「比較言語学」がはじまった。しばらく後に、ヤーコプ・グリムがグリムの法則を発表し、もはやこれらが共通の祖語、印欧祖語から分岐したというのは揺るぎない事実となった。以後、サンスクリットの古く且つ膨大な文献は印欧祖語の解明に大いに役立っている。
文字
サンスクリットは基本的にデーヴァナーガリーで記されているが、多くの場合学習はラテン文字に音写した形で行われている(それぞれの文字について詳しくはデーヴァナーガリーの記事で)。
※PCの場合問題はないがスマートフォンで見る場合は一部の特殊文字が表示されないこともあるので注意
文法
絶対語尾
そもそもサンスクリットにおいて単語の語末に来ることができるのはすべての母音を除くと子音のk、ṭ、t、p、n、m(他にも理論上はṅ、ṇ、lもなのだが見かけることはあまりない)、そしてヴィサルガ(ḥ)のみとなっておりそれ以外の子音が最後に来た場合は強制的に変化させられるのである。多くの場合それは子音幹名詞の主格の時である。
- 硬口蓋音以外の有声音は無声無気音に(例d→t、bh→p)
- 硬口蓋音の閉鎖音は(c、ch、j、jhのこと)はkに、jはときどきṭに、硬口蓋音の鼻音であるñはṅに
- śはkかṭに、ṣとhはṭ、または稀にkに
- rとsはḥに
この表を見てお気づきの方はいないだろうか…
実は法則性があるようで、よく見ると部分部分がランダムなのだ。
そのため実は1個1個覚える必要があるのだ…
なお付け加えると後ろに来る屈折語尾が有声音の場合(曲用の場合は両数と複数の具格、為格、対格)、ここで変化させた音をさらに有声化する必要がある。
連声(サンディー)
サンスクリットの細かい文法に入っていく前に、まず初学者が最初に躓くのがこの連声である。
簡単にどういうことか説明すると、ある単語の最後が母音でその次の単語の最初が母音の場合、またはある単語の最後が子音でその次の単語の最初が子音の場合の2通りにおいて、その両者の音が影響しあって多くの場合においては結合するのである。この規則のためにデーヴァナーガリー上では一見一つの塊に見えても実は何単語が連声でくっついた状態である場合が非常に多い。
そしてこれの最大級に面倒くさい点がここまで説明した単語同士の外連声のみならず、単語の曲用や活用の時にも語幹と語尾の間に全く同じ現象が内連声として起きる点にある。
母音
子音
有声 | 無声 | |||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
母音 | その他 | j-/jh- | ḍ-/ḍh- | l- | n-/m- | その他 | c-/ch- | ṭ-/ṭh- | ś- | |
-t | -d | -j | -ḍ | -l | -n | そのまま | -c | -ṭ | -c+ch- | |
-k/-ṭ/-p | -g/-ḍ/-b | -ṅ/-ṇ/-m | そのまま |
有声 | 無声 | |||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
母音 | その他 | j-/jh- | ḍ-/ḍh- | l- | その他 | c-/ch- | ṭ-/ṭh- | t-/th- | ś- | |
-n | そのまま(例外有り) | そのまま | -ñ | -ṇ | -ṃl[1] | そのまま | -ṃś | -ṃṣ | -ṃs | -ñ+ch- |
-m | -m | アヌスヴァーラ化 |
通常 | 有声 | 無声 | |||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
その他母音 | 母音 | その他 | r- | c-/ch- | ṭ-/ṭh- | t-/th- | k-/kh-/p-/ph-/ś/-ṣ/-s | ||
-□s | -□ḥ | -□r | -□(長母音) | -□ś | -□ṣ | -□s | -□ḥ | ||
-as | -aḥ | -a | -o+’ | -o | -aś | -aṣ | そのまま | -aḥ | |
-ās | -āḥ | -ā | -āś | -āṣ | そのまま | -āḥ | |||
-ar | -aḥ | そのまま | -ā | -aś | -aṣ | -as | -aḥ |
内連声
内連声についても上に挙げたとおりのことがおおよそ起きるのだが、若干の例外がある。
いちいち列挙すると長くなるのであげないが、子音に至っては上に挙げた絶対語尾の変化に加えてさらにこまごまとした規則がある。
階次
ある程度インド・ヨーロッパ語族(特に古語)について勉強した人にはおなじみの、要するに母音交替のことである。
サンスクリットにおいてはこの母音交替が極めて規則正しく行われていたので下のように理論的にまとめられている。
とりあえず上から下に変化していくと覚えておいてほしい。
弱音階(基礎母音) | - | i/ī | u/ū | ṛ/ṝ | ḷ |
---|---|---|---|---|---|
標準階(グナ) | a | e(ay) | o(av) | ar | al |
長音階(ヴリッディ) | ā | ai(āy) | au(āv) | ār | (āl) |
曲用
一例として-a語幹男性名詞の「仏陀」の語源となったサンスクリットで仏を表すबुद्धःの曲用を示してみよう(知識がない人のために一応ラテン文字音写で行う…ていうかぶっちゃけデーヴァナーガリーで解説していく文法書ほとんどないからめんどくさいし)
単数 | 双数 | 複数 | |
---|---|---|---|
主格 | buddhaḥ | buddhau | buddhāḥ |
呼格 | buddha | buddhau | buddhāḥ |
対格 | buddham | buddhau | buddhān |
具格 | buddhena | buddhābhyām | buddhaiḥ |
為格 | buddhāya | buddhābhyām | buddhebhyaḥ |
奪格 | buddhāt | buddhābhyām | buddhebhyaḥ |
属格 | buddhasya | buddhayoḥ | buddhānām |
処格 | buddhe | buddhayoḥ | buddheṣu |
さて、数が3つ格が8つで系24種類の曲用、数字にしてみると多いけれども上の表を見ては結構かぶっているものも多く思っていたよりも(それでも十分多いけど)そこまで…と思ったものも結構いたのではないだろうか…
話はここで終わらないのである。
- -a語幹男性名詞
- -a語幹中性名詞
- -ā語幹女性名詞
- -i語幹男性名詞
- -i語幹中性名詞
- -i語幹女性名詞
- -u語幹男性名詞
- -u語幹中性名詞
- -u語幹女性名詞
- -ī語幹女性名詞(複音節)
- -ī語幹女性名詞(単音節)
- -ū語幹女性名詞(複音節)
- -ū語幹女性名詞(単音節)
- -ṛ語幹男性名詞
- 子音幹男性名詞
- 子音幹女性名詞
- -as語幹男性名詞
- -as語幹中性名詞
- -as語幹女性名詞
- -is語幹男性名詞
- -is語幹中性名詞
- -is語幹女性名詞
- -us語幹男性名詞
- -us語幹中性名詞
- -us語幹女性名詞
- -r語幹女性名詞
そう…種類がこれだけあるのである。
さらに形容詞や分詞にしか出てこない語幹もあり、そちらに至っては上述の階次が存在し、曲用ごとに語幹が強語幹/中語幹/弱語幹に変化するのである。
確かに屈折語尾はせいぜい性ごとに分かれている程度なので大雑把には3種類覚えればいい程度なのだが、ここでもう一度上に戻ってほしい。そう、連声である。
上にもあるとおり連声は単語同士だけではなく語幹と屈折語尾の間にも発生するのでそれぞれの語幹ごとに従来のパターンから外れてくる例外の曲用がどこかしら出てくるのである。
ちなみに形容詞には当然比較級(-tara/-īyas)、最上級(-tama/-iṣṭha)も存在している。
またその他にも1・2人称の代名詞、3人称に使われる指示代名詞のtad、所有代名詞、近称指示代名詞(これ)のidam、遠称指示代名詞(あれ)のadaḥ、関係代名詞のyad、疑問代名詞のkimなどが存在し、こちらは語尾はともかく語幹は曲用の際に相当複雑に変化するのだ。
活用
さてここまで見てきてもううんざりだと思う。しかしちょっと待ってほしい。名詞と形容詞の曲用がこれだけあるならもしかして動詞の活用も…?と思うのではないだろうか。
そう、その通りなのだ。
- 第1類:語根を標準階化してさらに語幹母音をつけて語幹を作る
- 第2類★:語幹は語根そのままだが活用によって強語幹と弱語幹の変化がある
- 第3類★:語根を畳音させ、さらに強語幹と弱語幹の変化がある
- 第4類:語根+yaで語幹を作る
- 第5類★:弱語幹では-nu-、強語幹では-no-が語根に加えられる
- 第6類:語根をそのまま
- 第7類★:語根の中(語根の最後の子音の直前)に強語幹では-na-、弱語幹では最後の子音と同じ種類の鼻音を挿入する
- 第8類★:もともと語根の最後がnなので弱語幹では-u-、強語幹では-o-が語根に加えられてあとは第5類と同じようにする
- 第9類★:強語幹では-nā-、弱語幹では-nī-が加えられる
- 第10類:語根+ayaで語幹を作る
と、以上に挙げたようにサンスクリットの動詞はまず語根から語幹の作り方で10種類あるのだ(微妙な例外多数)。
まあ動詞の種類がこれだけあるのはいいだろう。語根から語幹の作り方が異なるだけで活用の仕方はおおよそ一緒なのだから(なお内連声などなど)。
さていい加減うんざりだと思うが、まあ次の第1類√bhṛ(भृ)の活用を見てくれ(曲用と同じ理由でこちらでもラテン文字で)。
能動態単数 | 能動態双数 | 能動態複数 | 反射態単数 | 反射態双数 | 反射態複数 | ||
---|---|---|---|---|---|---|---|
直説法 | |||||||
1人称 | bharāmi | bharāvas | bharāmas | bhare | bharāvahe | bharāmahe | |
2人称 | bharasi | bharathas | bharatha | bharase | bharethe | bharadhve | |
3人称 | bharati | bharatas | bharanti | bharate | bharete | bharante | |
命令法 | |||||||
1人称 | bharāṇi | bharāva | bjarāma | bharai | bharāvahi | bharāmahai | |
2人称 | bhara | bharatam | bharata | bharasva | bharethām | bharadhvam | |
3人称 | bharatu | bharatām | bharantu | bharatām | bharetām | bharantām | |
願望法 | |||||||
1人称 | bhareyam | bhareva | bharema | bhareya | bharevahi | bharemahi | |
2人称 | bhares | bharetam | bhareta | bharethās | bhareyāthām | bharedhvam | |
3人称 | bharet | bharetām | bhareyur | bhareta | bhareyātām | bhareran | |
過去 | |||||||
1人称 | abharam | abharāva | abharāma | abhare | abharāvahi | abharāmahi | |
2人称 | abharas | abharatam | abharata | abharathās | abharethām | abharadhvam | |
3人称 | abharat | abharatām | abharan | abharata | abharetām | abharanta |
※反射態は再帰的に使う際に用いる
うん、わかる…ラテン語や古典ギリシア語を学んだ人間でもちょっとこれは…と思うのは分かる。
だが一方で、なんだよ、ずらっと表に並べて一瞬面食らったけど、よく見るとかぶっているものも結構あるじゃないか!…そう思う人もいないだろうか…?
まだ話は続く…なぜなら時制が残っているからだ。
さて長い表を見てもうだいぶうんざりしていると思う。だが最後に聞いてほしい。
例えば未来形やアオリストが何種類も出てきたと思うが、実はこれはどの動詞がどの種類に属するかという法則性がない…そうつまり一個一個覚えるしかないんだ。
これでも大分簡潔にまとめたがサンスクリットがどれだけ学習する文法要素が多い言語かわかったのではないだろうか。
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関連項目
脚注
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