2件
「王陵」とは、
中国の秦から前漢にかけて生き、前漢に仕えた人物 ←ここで解説する。
強大な権力をもつ支配者である皇帝、天皇、大王、君主などを埋葬した、地上に大きな構築物をもつ墓
王陵璃華子（テレビアニメ「PSYCHO‐PASS サイコパス」に登場する人物）
概要
劉邦と故郷をともにし、その兄貴分となっていた。母の命をかけた願いにより、劉邦に仕え、楚漢戦争において功績をあげて、その功臣の一人となる。
戦功自体はさほどではなく、劉邦とは必ずしも折り合いがよくなかったが、その人望と義侠心によって、劉邦に漢王朝の後事を託される。劉邦の死後には、漢の筆頭大臣である左丞相となった。
劉邦の皇后であった呂雉からの深い信任があったにも関わらず、劉邦の遺言を固く守り、自分の一族である呂氏を王にしようと図る呂雉に抵抗して、大臣の地位を去ったことで知られる。
この項目では、王陵と仲がよかった雍歯（ようし）、同族説がある王吸（おうきゅう）、同じ豊邑の出身である薛欧（せつおう）、王陵に従っていたと考えられる戚鰓（せきし）、王陵を父として仕えた張蒼（ちょうそう）をあわせて紹介する。
劉邦の煙たい兄貴分
王陵は、沛県において力を持った豪族の出であり、学問をそれほど修めていなかったが、任侠の気概のある人物であり、かつ、まっすぐな発言を好んだ。
王陵の生きていた時代においては、戦国の四君（孟嘗君、平原君、信陵君、春申君）のような戦国時代から、遊侠の気質（※）を重んじる気風が続いていた。
学問が浅く、任侠の気概のある人物を代表とする豪族の多くは、特に遊侠を重んじる傾向が強い。彼らは、多くの遊侠に恩義を与え、地元で大きな力を有していた。王陵はそういった人物であり、沛県の遊侠たちを束ねる、やくざの親分のような存在であったと考えられる。
当然、沛県のごろつき遊侠の一人であった劉邦も王陵には頭が上がらず、王陵を兄貴分として仕える立場であった。
また、王陵と同じ沛県の豊邑に住む豪族として、雍歯（ようし。後述）がいた。王陵はこの雍歯とは仲が良く、兄弟分のような存在であったと考えられる。
この雍歯は劉邦と仲が悪く、沛県にいた頃から、劉邦を辱めるようなことが何度かあった。
このことや後々のこと、また、劉邦の傲慢な性格や行動を考えあわせると、王陵は決して弟分として劉邦をかわいがっていたのではない。彼らは、遊侠として上下関係ある存在であり、劉邦としては本心では王陵のことを煙たかった存在であったであろうと推測できる。
劉邦と別れる
秦王朝の暴政に対し、沛でも反乱が起きた。沛県では大きな家の出身であり、秦の役人となっていた蕭何（しょうか）や曹参（そうしん）がその反乱に加わることとなった。蕭何たちは、自分たちが首謀者となり、失敗した時に一族を殺されたくないという理由から、劉邦を反乱軍の主とし、劉邦は沛公を名乗ることになった。
王陵がこの謀議に加担したかどうか、史書に記されていない。しかし、王陵も当初はこの反乱に加担したようであり、「客」という反乱軍の幹部としては蕭何や盧綰（ろわん）と同じ最高の地位についていた。
だが、王陵は本心では酒をつけで飲んでいるような劉邦に従う気はなかった。
しかし、同じように秦に反乱を起こした魏国の周巿（しゅうふつ）が豊邑を守っていた雍歯を調略した。雍歯は劉邦を裏切り、魏国へ寝返った。劉邦や王陵の故郷である豊邑もまた、魏に組することとなった。
この時の王陵の動向は不明であるが、「劉邦に従属しようとしなかった」と史書に明言されるため、劉邦に味方して、雍歯と戦ったとは考えられない。
だが、後々でも、王陵は劉邦に雍歯ほど憎まれておらず、信任は受けていることから、雍歯にも加担はしなかったようである。
どうやら、王陵は、同じ豊邑の人同士の争いをいやがり、この時に劉邦と別れて、廄将（ちゅうしょう。後に、張良が就いた地位。「客将」程度の意味か？）という名目で、はるか西にある東郡・南陽郡方面を攻めに行くことになったようである。
このことを考えると、王陵は東郡や南陽郡にも勢力を持つ家の代表であったか、遊侠としてかなり広大なネットワークを有していた人物であった思われる。（豊邑は秦の侵攻から逃れた人々が集まった邑であるという説が強く、劉邦にも魏国出身であるという説がある）
とにかく、王陵は戚鰓（せきし。後述）という人物を連れ、それから西に進み、南陽郡において、独立して、数千人の勢力を有するようになった。
劉邦に従う
しかし、意外な事態が王陵の身に起きた。
あの劉邦が、楚の碭郡長（とうぐんちょう）、武安侯となり、楚の別働軍を率いて、南陽まで進撃してきた。劉邦は楚の懐王の約束により、秦王朝の本拠地である関中への進撃一番乗りを果たして、関中王になろうとしていた。
そして、かつての兄貴分であった王陵が、南陽にいると聞いて従属（協力ではない）を求めてきた。はったりだけの祝い金を偽って、ただ飯・ただ酒にありつこうとするようなかつての弟分のずうずうしい要求を、王陵は拒否し、劉邦に従属しようとはしなかった。
ただし、王陵は全く劉邦を無視したというわけでもなく、劉邦の南陽攻略の時に、劉邦の軍に顔を出したこともあったようである。
その際、処刑されそうになっていた張蒼（ちょうそう。後述）の助命の願いを劉邦に行っている。このために、王陵は張蒼に一生かけて感謝されて、張蒼に父親と同等の仕え方をされる。
だが、張良という参謀を得ていた劉邦の軍の勢いはとどまることを知らず、秦の南陽郡を降伏させ、丹水（たんすい）という河まで軍を進めていた。
王陵は仕方なく、戚鰓とともに、西陵（せいりょう）という土地において、劉邦に従属することに決めた。王陵は、劉邦によって襄侯（じょうこう）に封じられた。そのまま、劉邦に従軍して、関中を攻めた。
劉邦はその勢いで、関中を落とし、秦王を降伏させた。強大であった秦王朝は劉邦によって終わりを迎えた。
劉邦の子を救う
だが、その後、楚軍の主力軍と諸侯の軍を率いた項羽によって、劉邦は左遷される。劉邦は漢王に封じられて、漢中に赴いたが、王陵は従わなかった。
豪族としての有力な勢力を南陽と豊邑に有する王陵としては、咸陽に連れて行く男にあっさり逃亡されて自分も逃亡するような劉邦にそこまで従う義理はなく、恩賞も無理に欲しがる必要もなかった。
しかし、劉邦から漢中において決起して、たちまち、関中を制圧する。「楚漢戦争」のはじまりである。南陽にいた王陵は、今度も仕方なく、兵を率いて、劉邦に従属することにした。
劉邦たちの故郷である沛県にはまだ、劉邦の父ある劉太公や妻の呂雉（りょち）などの劉邦の家族がいた。沛は関中から遠く東、楚の国にあり、項羽の勢力圏であった。そこで、劉邦は将軍の王吸（おうきゅう。後述）と薛欧（せつおう。後述）を派遣して、関中の南にある武関（ぶかん）から王陵と合流させて、王陵の軍を借りて、劉邦の家族を迎えようとした。
しかし、陽夏（ようか）というところで、楚の軍によって食い止められ、劉邦の家族の奪還はできなかった（創作や歴史解説において、この時、王陵の活躍によって劉邦の家族を救ったとするものがあるが、史実では、この時は劉邦の家族を救えていない）。
そこで、劉邦は項羽との対決を決断し、東にある項羽の根拠地である彭城（ほうじょう。項羽の本拠地）目指して大軍を出撃させる。そのまま、劉邦は項羽不在であった楚の地を侵攻し、ついに、彭城を制圧した。王陵は、劉邦と王陵自身の故郷である豊邑を守ることとなった。
しかし、劉邦は、わすか３万の軍の率いた項羽に大敗する（「彭城の戦い」）。劉邦の軍は二十万人以上が戦死し、劉太公と呂雉も捕らえられた。
この時、王陵は劉邦と呂雉の間の子である魯元公主（ろげんこうしゅ。劉邦の娘）と、劉盈（りゅうえい。魯元公主の弟。後の恵帝）を救い出し、睢水（すいすい。劉邦の軍が多数、落ちて死亡した河）を渡って逃れた。
王陵は、劉邦に二人を預けると、自身はまた、豊邑を守り、項羽の軍に対する抵抗を続けることにした。
どうやら、王陵は守城にすぐれていたようである。
母の願い
しかし、王陵の母が項羽に捕らえられてしまう。王陵の母は項羽の軍に留め置かれた。王陵が項羽に使者を送ると、項羽は王陵の母を賓客扱いにして、王陵を自分の陣営に招き寄せようとした（豊邑は思いっきり、項羽の勢力圏であり、彭城からも近い）。
項羽としては、あるいは王陵が必ずしも劉邦に忠実というわけではないことを知ってのことだったのかもしれない。
しかし、王陵の母は王陵の使者を見送る時にその使者に伝えて語った。
「あたしのために（王）陵に語っておくれ。『漢王（劉邦）につつしんで仕えてくれ』とね。漢王は長者（有徳の人物。義侠心が厚く、人を束ねることができる人物を指すこともある）だよ。あたしのせいで、漢王を裏切るようなことはしてはいけないよ。あたしは死んで、あんた（使者）を見送るからね（だから、あたしのことは気にするんじゃないよ）。」
項羽はこれを聞いて怒り、王陵の母の死骸を煮た。これは、史書に書いている。事実だとすれば、項羽の行動の中でも屈指の愚行である。
王陵は進んで、かつての弟分である劉邦に従いたい気持ちはなかったが、このことによって、劉邦に従うことに決める。楚漢戦争の期間、王陵は劉邦の部下となり、豊邑をずっと堅く防衛し続け、項羽陣営に寝返るようなことはなかった。王陵は劉邦によって、諸侯の一人である雍侯（ようこう）に封じられた。
楚漢戦争は劉邦の勝利に終わり、漢の五年（紀元前202年）、敗れた項羽は自害した。
同年、天下を平定した劉邦は、諸侯王に推されて、漢の皇帝に即位する（漢の高祖）。
あの王陵や雍歯に頭が上がらなかった劉邦が天下の主である天子・皇帝となった。
劉邦の功臣代表となる
王陵は軍功こそはさほど無かったが、沛県の有力な豪族であり、遊侠を束ねる人物でもあったため、沛出身である劉邦の主だった功臣たちからすれば、頭が上がる存在ではなかった。そのため、王陵は、劉邦の臣下の中でも、功臣たちの代表の一人となっていった。
ある時、劉邦が洛陽において、功臣たちを集めて、宴会を開いた時、このようなことを話した。
劉邦「お前ら、正直に語れよ。わしが天下を取り、項羽が失った理由はなんじゃ？」
直言を好む王陵は、高起（こうき）という人物とともに功臣を代表して答えた。
王陵・高起「陛下（劉邦）は傲慢で、他人を侮辱します。それに対し、項羽は仁愛の心があり、他人を愛しました。しかし、陛下は必ず功績に報いましたが、項羽は優れた人物や功績ある人物を嫌い、その功績に報いませんでした。これが、項羽が天下を失った理由です」
劉邦「貴公（原文『公』。『汝（お前）』と言わないところに、劉邦の王陵に対する遠慮がうかがえる）らは一を知って、二を知らないな（半分しかわかっていない、という意味）。わしは、子房（張良の字）に遠望・戦略で、蕭何に政治・補給で、韓信に戦術・軍功で及ばない。わしは、この三人を得て、よく用いることができたゆえに天下を取ることができた。項羽はただ一人の范増を使いこなせなかった。だから、項羽はわしに負けたのだ」
劉邦のこの言葉に対する王陵の反応は史書に記されていないが、他の功臣たちとともに劉邦に感服したものと思われる。
この時、あの雍歯も劉邦の部下として仕えていた。雍歯は相変わらず、劉邦に嫌われていたが、王陵は変わらず、雍歯と仲良くしていた。
王陵は劉邦に元々、従う気はなかったため、恩賞をもらうのは遅れたと『史記』には記されている。しかし、王陵が実際に恩賞を受けたのは、主だった功臣たちよりも約８か月遅れただけであった。
王陵は、改めて安国侯（あんこくこう）に封じられる。五千戸が与えられ、功臣としては12位である。これは、さほどの軍功のない王陵にしては別格に高い戸数と順位であり、王陵は劉邦の部下としてかなり重んじられていたが分かる。
ただし、この功臣の順位については、劉邦死後の呂后（劉邦の后・呂雉）統治時代に定められたものである可能性もある。
劉邦からの意外な信任
その後しばらくの王陵の動向は不明であるが、どうやら、劉邦の反乱討伐には従軍しなかったようである。
王陵が再度、史書に姿をあらわすのは、死の直前に、劉邦が呂雉に行った遺言の時である。
呂雉の発表した内容によると、劉邦の遺言の内容はこうであった。
「蕭何の死んだ後の漢の政治は、曹参に託すのがよい。曹参が死んだ時は、王陵がいい。ただ、王陵は少し愚直なので、陳平に補佐させろ。陳平の知略は優れ過ぎているぐらいだが、単独で任じるのは難しい。周勃（しゅうぼつ）は、重厚な人柄だが、学問が足りない。しかし、（劉邦の一族である）劉氏を安んじる人物は周勃である。大尉（漢の軍事長官）にするのがいい」（劉邦の遺言については、後述、「劉邦の遺言について」参照）
王陵からすれば、劉邦からは重んじられはしていたが、政治を任されてはおらず、決して、親しまれてはいない立場であったため、この遺言は相当に意外であったと思われる。
ただ、義侠心に厚い王陵としては、なんとしても劉邦から受けた信任に応えたいという気持ちでいっぱいであったことは容易に推測できる。
劉邦の死後は、次の皇帝に王陵が救ったことのあるあの劉盈が即位した（漢の恵帝）。漢の政治は劉邦の遺言どおり、蕭何が行い、蕭何の死後は曹参がとりしきった。
恵帝六年（紀元前189年）、前年に曹参が死去し、この年に王陵は漢の右丞相に任じられる。左丞相は劉邦の遺言通り、陳平が任じられる。だが、翌年、恵帝七年（紀元前188年）、劉盈（恵帝）も死去してしまう。漢の次の皇帝には、劉盈の子である幼い少帝（名は不詳）が即位した。
しかし、呂雉は、陳平が呂雉のために立てた計略によって、自分の一族である呂氏を宮中にいれて、漢王朝の朝廷における政治と軍事の実権を握ることとなる。
高后元年（紀元前187年）、呂雉は朝廷において、右丞相であった王陵に対して、呂氏一族を王の地位に封じることを相談した。呂雉としては、必ずしも劉邦に好意的ではなく、自分の子供たちを救ってくれた王陵ならと同意してくれるものと考えていたゆえの行動であると思われる。
しかし、直言を好み、義侠心厚きゆえに、劉邦からの信任の応えたい王陵は、呂雉に対してこう答えた。
王陵「高帝（劉邦）はかつて我らと白馬を斬って、誓いあいました。『劉氏以外のものが王となった時は、天下のものは共同して討伐するように』と。呂氏を王に封じれば、その約定に反します」
呂雉はこの王陵の返事を不快に思い、今度は陳平と（劉邦の遺言通り）大尉となっていた周勃にたずねると、二人は呂氏を王に封じることに賛同した。
王陵「諸君らも陛下（劉邦）が白馬を斬って誓った時には一緒にいたではないか。陛下との盟約に背いて、呂后（呂雉）におもねって、あの世で陛下に会わせる顔があるのか」
陳平・周勃「現在、朝廷において、面と向かって（呂雉の）過ちを直接諫めることについてはあなたに及びません。しかし、漢の社稷（しゃしょく。国家のこと）を全うし、劉氏の子孫を安定させることもまた、あなたは私たちに及ばないのです」
王陵は二人のこの返事に言葉を失った。（劉邦が功臣たちに誓ったこの言葉に関しては、後述「白馬の盟について」参照）
呂雉は自分に同意しなかった王陵の右丞相をやめさせようとして、少帝の太傅（教育役）にした。王陵は実権を奪われた。
王陵は怒りを感じ、子供のお守りはごめんと思ったのもあって、病気と称して辞職して領地に帰った。
後任の右丞相には陳平が任じられ、左丞相は呂雉と親密な関係（男女の関係にあった疑惑もある）にあった腹心である審食其（しんいき）が任じられた。
高后二年（紀元前186年）、王陵は死去している。
評価
『史記』には王陵の評価はないが、『漢書』にその評価が記されている。
『漢書』において班固は、「王陵は朝廷において諫めて争い、門を閉じて、自ら朝廷から去ったが、これもそれぞれの志である」と評価している。
王陵は、必ずしも劉邦の人格や器量に心服していたわけではなかったが、母の願いもあって、時流を見切り、結果的には漢の忠臣として名を残すことになった。劉邦に忠実でなかった王陵が劉邦の子供たちを助け、劉邦との誓いを固く守り、劉邦の子孫たちを守ることとなった。
ただし、王陵は漢の忠臣というより、義侠心から、劉邦との誓いを守ろうとしたと考えられ、忠臣よりは義侠の人と評すべきである。
創作では、劉邦に仕えるように王陵に伝えて自害した王陵の母のエピソードが印象的なためか、劉邦の忠臣として描かれることが多い。また、劉邦の大親分とする作品や、劉邦に対抗する沛県の犯罪者の親分という存在とする創作作品もある。
王陵について
豊邑について
豊邑は行政区としては、沛県の一部である一邑（集落）に過ぎないが、ただ単に、王陵や劉邦たちの出身地であるというだけではなく、大きな存在感を有した土地である。
魏国の周巿は、豊邑のことを「大梁（かつての魏の都。秦の武将である王賁（おうほん）の水攻めによって滅ぼされた）から来た人々が集まった集落」と語っている。そのため、豊邑は、滅びた大梁から逃れて移住してきた人々が集まった集落である可能性が高い。
『史記集解（しきしっかい）』という史記の注釈や、史記と並ぶ正史の『漢書』では、劉邦の先祖はかつて晋人であったものが秦に移り、それが魏の大梁に移って、さらに東の豊邑に移ったものとされる。
これは、大部分が漢王朝がただの富農の子であった劉邦に箔をつけるための作り話だとしても、ある程度の史実を反映している可能性はあり、劉邦が本当は楚人ではなく、魏人であるという説の根拠となっている。
なお、大梁が水攻めで滅んだのは、紀元前225年であり、通説による劉邦の年齢からすれば、32歳もしくは23歳となり、劉邦が魏に住んでいた張耳の食客になっていた時期との年齢ともあう。
豊邑が「客家」のような移住により繁栄した民による集落であるならば、豊邑が劉邦、蕭何、盧綰、王陵、雍歯のような田舎の集落とは思えないような優秀な人物を多数輩出した理由もある程度、納得できる。
白馬の盟について
「白馬の盟」とは、劉邦が白馬をいけにえにして捧げて、その血を互いにすすりあって、「劉氏以外のものが王となった場合、また、功績がないものを侯にすることがあった場合、天下は協力して、討伐するように」という劉邦と功臣たちとの間で行われた盟約である。
時期は不明（研究者によると、劉邦が死去する直前である漢十二年（紀元前195年）三月と推測されている）であり、王陵や周亜夫（しゅうあふ、周勃の子）の発言などからしか確認できないが、王陵・陳平・周勃は出席しており、蕭何・樊噲（はんかい）・夏侯嬰（かこうえい）らの他の主な功臣たちも出席していたものと思われる。
ただし、この盟約は当時としてはどこまで真剣なものとして受け止められたか、不明である。
当時は劉氏以外の王としては、長沙王の呉芮（ごぜい）がいた。また、戦国時代・項羽の統治時代・劉邦の当初の統治時代において、各地に王が存在し、劉邦が劉氏だけを王にすることが万民の理解を得ていたとは考えにくく、韓信や彭越のようにほとんど言いがかりで王を廃したものもあり、結果的に反乱が起きたために劉氏が王ばかりになったという側面も強かった。
この時の劉邦は天命があったと主張しても、それはただ単に、秦と項羽と討伐して天下を平定した実力と功績が認められた結果である。
また、功績がないものは侯に封じないということも、平和な時代が続けば、功績を立てにくい。新しく政務に携わる人物が、侯になれないなら、功臣たちより低い立場となり、政務が行いにくいという問題も発生する。
反乱が相次いだことでも分かるように、当時の劉邦には儒教的・宗教的な権威は乏しく、劉邦の言葉がどこまで重んじられたか疑問である。
それゆえ、この「白馬の盟」に背いて、呂氏を王とした呂雉が漢王朝の乗っ取りをはかろうとしたという意見や、王陵が漢王朝の忠臣であり、呂雉の政権に仕えた人物が漢王朝や劉邦への忠誠が薄かったという意見を、史実と決めることには、慎重を要する。
劉邦の遺言について
よく知られる劉邦の遺言の内容は、「蕭何の死後に漢王朝の政治を任せるのは、まず、曹参であり、その後は王陵と陳平にする。大尉には周勃は任じる。その後は知ったことではない」であり、劉邦の人を見る目と先を読む力を高く評価されている。
しかし、これは、劉邦の予想が余りにも正確過ぎる上、功臣たちの死亡する順番まで年長の王陵を含めて当てている。また、劉邦の子である恵帝（劉盈）が蕭何に後任を曹参にしたらどうかということを打診したこととの整合性も怪しくなる。
また、これは、呂雉の目から見れば余りに都合のいい人事であり、この時、絶賛、劉邦が誅殺実行中であった樊噲がいないことを除けば、呂雉が選んでも、このような人事になったと思われる人物ばかりである。
蕭何は、長安において政治で呂雉と協力しあった人物であり、韓信をともに抹殺した共犯者である。曹参を中央に呼べば、恵帝の地位をおびやかす斉王・劉肥（りゅうひ。恵帝の兄）から引き離せる。王陵は呂雉の子を救った恩人であり、陳平は呂雉に協力的な人物であったと思われる。周勃は、それほど政治に長けておらず、比較的、扱いやすい。
それゆえに、この遺言の内容が本当にこのようであったか、疑う研究者もいる。
王陵に関係する人物たち
王陵と同じく豊邑出身の人物であり、関係があったと思われる雍歯・王吸・薛欧、王陵に従ったと考えられる戚鰓、王陵を父として仕えた張蒼について紹介する。
雍歯（ようし）
本文にある通り、豊邑出身の豪族であった。王陵とは仲が良かったが、沛県にいた反乱を起こす前の劉邦とは仲が悪く、何度もはずかしめたことがあった。沛県や豊邑では、豪族である雍歯に逆らうことは困難であったのだろう。
劉邦が沛県において反乱を起こした時は、劉邦に従い、劉邦が秦の地方軍に勝利を重ねていた時に、豊邑の守備を任される。
しかし、元々、劉邦の部下になりたくなかった雍歯は、魏国の周巿から「豊邑は元々、魏の大梁から移住してきた人々が集まった集落だ。魏はすでに数十城を攻略してきた。雍歯が降伏すれば、豊邑の侯に封じる。だが、抵抗するなら皆殺しにするだろう」という説得を受けて、劉邦を裏切ったため、豊邑は魏の領地となった。その後、豊邑は劉邦の軍によって攻められたが、守り抜いた。
劉邦は病気になり、雍歯と自分に反した故郷の豊邑の人たちを相当に恨んだ、と伝えらえる。
しかし、劉邦は張良の助力によって碭（とう）郡を奪って兵力を得て、さらに、楚の項梁（こうりょう、項羽の叔父）からも援軍を受ける。豊邑は引き返してきた劉邦の軍によって攻められる。今度は、雍歯は守り切れず、魏へ逃亡した。
その後は趙国に仕えてその武将になっていたらしいが、詳細なことは分からない。劉邦が関中を制圧した頃に、劉邦の部下となり、その後は劉邦に従軍して功績をあげた。劉邦の部下となった時期を見ると、趙では、張耳に仕えていた可能性が高いと思われる。
劉邦が天下平定した後、主だった功臣たちの論功行賞を行った。しかし、雍歯を含むほとんどのものは恩賞を受けることができず、武将たちは謀反を相談するようになった。
そこで、そのことを知った張良は、このことを劉邦に伝える。さらに、劉邦にたずねた。
劉邦「雍歯じゃ。あいつはずっと前からわしを何度も苦しめてきた。今でも、殺してやりたいのだが、功績が大きいので、殺せないでいるのだ」
張良「それなら、すぐに雍歯をまず諸侯に封じてください。そのことを群臣に示せば、『雍歯ですら恩賞を受けたのだから、自分は大丈夫だろう』と思うでしょう」
劉邦は酒を飲みながら張良の話を聞いていたが、氷解して、すぐに酒を置いたと伝えられる。
そのため、雍歯はすぐに、什方侯（じゅうほうこう）に封じられ、二千五百戸を与えられた。漢の功臣としての順位は第57位である。
劉邦は引き続き、功臣たちを封じ続けたため、群臣たちは「雍歯ですら諸侯となったのだから、心配する必要はないだろう」と謀反の計画を取りやめたと伝えられる。
なお、雍歯が封じられた什方という土地は、不便な漢中に存在し（諸侯は長安にとどまって良いのか、国に赴かないといけないのか不明である）、劉邦にはいまだ雍歯への恨みの気持ちは残っていたと思われる。三国志の雍闓（ようがい）は雍歯の子孫であるため、どうやら、雍歯は本当にその地に基盤を置いたらしい。
また、劉邦は晩年まで豊邑の人々が、自分に反して苦しめたことを根に持っており、沛県の人は税を免除したのに、豊邑の人の税を免除することを、かつて自分に反したことを理由にためらっている。ただし、そう言いつつも、結局は税を免除している。
雍歯は地盤である豊邑を失ってからも、趙では武将になり、漢でも項羽との戦いでかなりの手柄を立てているようなので、かなり優秀な人物であったようである。
江戸時代に中国の講談小説を翻訳した『通俗漢楚軍談』(横山光輝『項羽と劉邦』の原作となった作品)では、雍歯は項羽の武将であり、劉邦を追い詰めたため、劉邦に恨まれていたという設定となっている。
王吸（おうきゅう）
王陵と同様、豊邑の出身と思われる。豊邑において、劉邦の配下となり、中涓（ちゅうけん、劉邦の上級の側近）に任じられた。劉邦に従軍して、関中に入り、騎郎将（きろうしょう）に昇進した。さらに、漢王となった劉邦の漢中入りに従い、将軍に任じられている。
劉邦が決起し、関中を攻略して、咸陽を奪い、諸将に関中の周囲を攻略させた時に、薛欧とともに、関中の南にある武関から出撃し、南陽にいた王陵の軍と合流している。
王吸たちは、楚の領土にあった沛か豊邑にいたと思われる劉邦の家族を迎えて入れようとしたが、東にある陽夏という土地において、楚の軍に阻まれて、進軍できなかった。そのため、劉邦の家族をこの時に救い出すことはできなかった。
その後は、項羽との戦いで功績をあげている。
論功行賞の時に、清陽（せいよう）侯に封じられ、三千一百戸を与えられた。漢の功臣としての順位は第14位である。
王陵と同姓、同じ豊邑の出身であり、独立性の強かった王陵と連絡・合流する任務を与えられているため、王吸は王陵と同族ではないかと推測する研究者もいる。
薛欧（せつおう）
王陵と同様、豊邑の出身と思われる。豊邑において、劉邦の配下となり、舎人（しゃじん、劉邦の下級の側近）に任じられた。その後は、劉邦の側近である郎中に任じられる。
漢王となった劉邦の漢中入りに同行し、将軍に任じられる。王吸とともに、劉邦の家族を迎え入れようと、王陵の軍と合流して、進軍したが、楚軍に阻まれる。
その後は、将軍として、項羽や鍾離眛（しょうりばつ。項羽の部下の有力な武将）との戦いで功績をあげた。
論功行賞の時に、広平（こうへい）侯に封じられ、四千五百戸を与えられた。漢の功臣としての順位は第15位である。
王陵と合流して行動する任務を与えられたのは、彼が同じ豊邑出身であり、王陵と面識があったためであると考えられる。
戚鰓（せきし）
沛の出身。当初は、郎（劉邦の側近）に任じられた。
劉邦が南陽郡を落とし、丹水まで軍を進めた時、王陵とともに西陵という土地において、劉邦に降伏した。この時、劉邦によって、高武侯（こうぶこう）に封じられている。
このため、本文では、王陵が劉邦と軍を分けて西へ進軍した時、行動をともにしたものと解釈している。
後に、都尉（とい。将軍に次ぐ地位）に任じられて、蘄城（きじょう）という土地を守った。その後は、中尉侯（ちゅういこう）に封じられた。
論功行賞の時に、臨轅（りんけん）侯に封じられ、五百戸を与えられた。漢の功臣としての順位は第116位である。
劉邦が寵愛した側室である戚夫人と同じ姓であるが、同族ではないようである。
張蒼（ちょうそう）
沛よりはるか西にある楊武（ようぶ）という土地の出身。父は身長が五尺に満たなかったが、彼は八尺余りもあり、大きく肥えて色白の美男子であった。
張蒼は書籍、音律、暦を好んだ文化人でもあり、秦の時代、秦の都である咸陽において、御史（ぎょし）という地位についていたが、罪を犯して故郷に逃げ帰っていた。
劉邦の軍が咸陽を目指して、西へ進軍し、楊武の土地を通りかがった時に劉邦の軍に入り、客の地位についた。しかし、南陽を攻めていた時に、軍法を犯して処刑されそうになった。
この時、通りがかった王陵が張蒼の美男子ぶりを見て、劉邦に口添えした。そのため、張蒼は死刑をまぬがれる。張蒼は王陵の恩義を感じ入り、王陵が死ぬまで、彼を父として仕えた。
張蒼は、劉邦に従軍して、武関を抜け、ともに咸陽に入る。また、漢王となった劉邦の漢中入りに同行し、関中討伐にも従軍した。
劉邦が韓信に趙討伐を命じた時に、常山（じょうざん）郡の郡守に任じられ、韓信に従軍して、趙の陳余（ちんよ）との戦闘に加わった。戦争は大勝利に終わり、張蒼は陳余を捕らえた。趙の土地が平定された後、張蒼は代の相（宰相）に任じられ、代の地を守り抜いた。
張耳（ちょうじ）が趙王に封じられた後、張蒼は張耳の相（宰相）となった。張耳の死後は、引き続き、その子であり趙王の地位を継いだ張敖（ちょうごう）の相となる。
さらに、移って代の相となった。
劉邦の天下が平定された後に反乱を起こした燕王の臧荼（ぞうと）に対して、劉邦に従って、代の相として、臧荼を攻撃して、功績をあげる。
王陵が論功行賞を受けた頃に恩賞を受けて、「北平（ほくへい）侯」に封じられ、千二百戸を与えられ、列侯の一人となった。
張蒼は天下中の図書や文書に詳しく、算術・音律・暦を得意としていたため、中央に呼ばれて、漢の相国であった蕭何の部下として、漢の財政を司る官である計相（けいしょう）や主計（しゅけい）に任じられる。張蒼は、漢の音律と暦を正しい形に直した。やがて、張蒼は蕭何の役所で、天下の郡や国の報告を受ける者たちの統括を任された。
漢十二年（紀元前195年）、黥布（げいふ）が反乱を起こし、滅んだ後に、淮南（わいなん）王に封じられた劉長（りゅうちょう）の相国に任じられる。
高后八年（紀元前180年）、漢王朝の実権を握っていた呂氏が陳平・周勃たちに滅ぼされると、張蒼はまた、中央に呼ばれ、丞相に次ぐ地位である御史大夫（ぎょしたいふ）に任じられる。
張蒼は陳平・周勃らと協力して、代王であった劉恒（りゅうこう。劉邦の子。恵帝の弟。後世、漢の文帝と呼ばれる）を即位させる。
すでに王陵は死去していたが、休暇の時にはいつも、王陵の妻のところに挨拶し、食事を献上した上で、家に帰った、と伝えられる。
文帝四年（紀元前176年）、丞相だった灌嬰（かんえい）が死去し、丞相に任じられた。張蒼は、漢は水徳（五行思想による。この時代の漢は火徳ではなく、水徳とみなしていた）であるため、黒を尊重し、音律を調整して音楽に反映させ、法令を定めた上で、全ての長さ・重さの基準を定めて、工人に作らせた。
また、張蒼は、漢王朝の音律や暦の基準を定めた。張蒼は、書物を好んでおり、通じないものはなく、特に音律と暦にすぐれていた。
張蒼は長い間、漢王朝の丞相であったが、文帝十五年（紀元前165年）、漢王朝を土徳と主張する意見があらわれ、文帝は土徳を基準とした暦と制度に改める（まだ、漢は火徳ではない。漢が火徳になったのは正式には後漢からである）。
この事件から、張蒼は、文帝に対して卑屈となり、病気や老いを口に出すようになった。
また、張蒼が推薦した人物が汚職を行ったため、文帝によって責められる。文帝十八年（紀元前162年）、張蒼は病気と称して、辞職した。張蒼の丞相であった期間は15年であった。
辞職した後の張蒼は老いて歯が無く、若い娘が乳母となり、その乳だけを飲んだ。張蒼の妻妾は百人を越え、一度、子をはらんだものは二度と寵愛しなかった。
景帝五年（紀元前152年）、死去する。年は百数歳であった。この時、すでに文帝は死去していた。
創作物における王陵
『通俗漢楚軍談』
中国の講談を江戸時代に翻訳した講談小説。横山光輝『項羽と劉邦』はこれをベースにした作品である。
王陵は劉邦の忠実な武将の一人であり、劉邦軍の中でも、韓信に次ぐ軍事能力を持つ知勇兼備の名将である。韓信不在の時に、韓信から後を託す名将として推挙され、項羽を一度、退けたことがある。
項羽に母を人質に取られてしまい、項羽の元に赴こうと劉邦に願い出る。劉邦は王陵の母への使者として叔孫通（しゅくそんつう）を送るが、王陵の母は王陵に「劉邦に仕えるように」と伝えて、自殺してしまう。
史書とは違い、項羽は王陵の母を手厚く弔ったが、このことは伝えられなかったこともあって、王陵は母を死においやった項羽を憎み、劉邦に忠誠を誓う。ただ、母の死による打撃もあって、その後の項羽との戦いでは以前ほどの活躍はみられなかった。
この作品の王陵は、名将、劉邦の忠臣、母への孝子と、史書とはかなりイメージの違う人物像で描かれている。
なお、王陵の母の話は、『三国志演義』の徐庶の話と似ているが、史書の記述の関係から、王陵の方が元ではないかと思われる。
本宮ひろ志『赤龍王』
序盤において、少しだけ登場。劉邦が口に含んだ酒を顔に吹きかけられ、劉邦に樽ごとの一気飲みを強要する沛県のやくざの親分として登場する。
ここだけで、この作品からはフェードアウトするが、まさか、史実ではここまで重要人物だとは到底思えなかった読者は多いだろう。
高橋のぼる『劉邦』
2021年２月において、連載中の作品。
この作品の王陵は、沛県のやくざの大親分であり、暴れ者の雍歯を第一の子分とし、天性の魅力と有し、人気のある劉邦のことをよく思っていない人物として描かれている。
これは、史書における三人の関係性や王陵の行動を考えると、妥当な解釈であると思われる。
関連動画
関連書籍
郭茵『呂太后期の権力構造 ―前漢初期「諸呂の乱」を手がかりに
』 (九州大学出版会)
呂雉（呂后）の統治について、劉邦時代にさかのぼって研究した専門書。専門書の中では、抜群に分かりやすく、読みやすい。今までの劉邦・呂雉の統治や前漢初期時代の事件や人物について、大胆にかつての通説や学説に対して疑問を呈し、新しい見方を提案した書籍である。
この書籍の中で、王陵について考察した部分がある。「第四章 呂太后の権力基盤の衰退と官僚任用政策の変化 第二節 丞相権の分割と大尉の復活 一 王陵について」の部分であり、約３ページにわたって、考察されている。
かつては、劉邦と密接な関係にあり、劉氏の天下を守るために呂雉を諫めた劉邦に忠実な人物の一人とみなされていた王陵について、（呂雉の二人の子を助けた関係から）呂雉と個人的なつながりがあったと考えられること、王陵はあくまで任侠として約束を守らないといけないという信念があっただけで、劉邦や呂雉にも忠実ではなかったという見方を行っている。
関連項目
- 0
- 0pt
