坂口博信 単語


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サカグチヒロノブ

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坂口博信は、ゲームクリエイターである。日本のゲーム界で王道RPGを築いたファイナルファンタジーの生みの親。

概要

 後にファイナルファンタジーのサントラを全面的に担当した植松伸夫氏等を誘い、ゲーム製作会社スクウェアを創設(1986年)。坂口氏は「これで売れなければ最後!」という思いを込めてその名も『ファイナルファンタジー』というRPGを世に放った(以後FFと表記)。これがヒットし、シリーズ化することになる。ファミコン(FC)に始まったFFは、後継機スーパーファミコン(SFC)時代には、あらゆる面で面白さが充実し、FF4~6において黄金期と言われる。次の世代にはプラットフォームをSCEのPlayStation(以後PSと表記)とし、任天堂と袂を分かったが、そうしてPS第一作の初の3Dポリゴン使用の壮大な長編RPG、FF7においてはシネマティックな要素も盛り込むことに成功し、絶賛を浴びた。FF7リリースより12年を経た2009年現在においてはFFシリーズは12作迄出ているが、未だにFF7が最高作と言われる。

 坂口氏がすべてをチェックして仕上げていたファイナルファンタジーはそのFF7が最後とのことである。FF8ではノータッチ、そのためFFファンが離れたきらいがあり、FF9では「原点回帰」を謳って坂口氏もシナリオ等に参加した。非常に汎用的なゲームとなったFF9(8から難易度が下がった気がするが、9では先に進めなくなる状況は一切なかったものと記憶する)は、それでも昔ながらのファンが、本来FFがテーマとしてきた「人間」とか「命」といったものをそこに暖かく、またある時は悲しく感じ取り、キャラの魅力も相俟って多くのファンを集めたが、作品としての完成度はFF7を超えることはできなかった。
追記:FF9は当初久しく攻略本も出なかったが、それは難易度が落ちて不要ということではなく、スクウェア側の意図が別にあったとのことである(掲示板より)。

【スクウェアの主なゲーム 1986~2000年】 ★:坂口氏関与/クレジット有
1986年4月  ブラスティー★(PC88)
1986年9月  キングスナイト★(FC)
1987年12月 ファイナルファンタジー★(FC)
1988年12月 FF2★(FC)
1989年11月 スクウェアのトムソーヤ(FC)
1989年12月 魔界塔士SaGa(GB)
1990年4月  FF3★(FC)
1990年2月  SaGa2(GB)
1991年6月  聖剣伝説 ファイナルファンタジー外伝(GB)

1991年7月  FF4★(SFC)
1991年12月 Saga3(GB)
1992年1月  ロマンシングサガ(SFC)
1992年12月 FF5★(SFC)
1993年8月  聖剣伝説2(SFC)
1993年12月 ロマンシングサガ2(SFC)
1994年4月  FF6★(SFC)
1994年9月  ライブ・ア・ライブ(SFC)
1995年2月  フロントミッション(SFC)
1995年3月  クロノトリガー★(SFC)
1995年9月  聖剣伝説3(SFC)
1995年11月  ロマンシングサガ3(SFC)
1996年2月  ガンハザード(SFC)
1996年2月  バハムートラグーン★(SFC)
1996年3月  スーパーマリオRPG★(SFC)

1997年1月  FF7★(PS)
1997年7月  サガフロンティア(PS)
1997年9月  フロントミッション2(PS)
1998年2月  ゼノギアス(PS)
1998年3月  パラサイトイブ★(PS)
1998年7月  BRAVE FENCER 武蔵伝★(PS)
1999年2月  FF8★(PS)
1999年4月  サガフロンティア2(PS)
1999年7月  聖剣伝説 レジェンドオブマナ(PS)
1999年9月  フロントミッション3(PS)
1999年11月 クロノクロス(PS)
1999年12月 パラサイトイブ2★(PS)
2000年2月  ベイグラントストーリー★(PS)
2000年7月  FF9★(PS)

 


【FF10】
2001年7月 FF10発売(PS2)

 PSの後継機PS2による初のFF、FF10が世に出たが、初のボイス入によってサントラの扱いも大きく変わり、それ迄のFFとは大きく様変わりし、むしろアニメに近いものになった。ボイスが入ることで、感情移入が難しくなる弊害も少なからずあったと思われる。ストーリーは全体に暗く、エンディングには夢も希望もない、「アンハッピーエンディング」である。FF8以降からの傾向として、主要キャラクターの恋愛要素がつきものになってしまっているFFだが、「悲恋」がテーマかと思ってしまう向きもある。坂口氏がタッチしていない証とも言えるのかも知れない。ただ、当時進行していた坂口氏のグラフィック技術の追求のお蔭で、見事なグラフィックを実現していた。

【映画『ファイナルファンタジー』製作】
 この頃、坂口氏は、グラフィック技術の追求に没頭し既に数年の間映画『ファイナルファンタジー』を製作中であったため、殆どFF10開発にはタッチはしていなかったがFF8同様クレジットは出ていた。(FF11とその後に出た派生作品FF10-2迄坂口氏の名前がある。)


【映画興行失敗~引責辞任/グラフィック技術への貢献】
2001年2月 坂口氏、スクウェアの業績悪化の責任を取り辞任?(Wikipediaより)
2001年9月 映画上映 (Wikipediaより)

 坂口氏の映画は、グラフィック技術においては成功したが(数々の賞を得ている)、ストーリー展開の引き込みが弱かったこともあり、興行収入的には失敗に終わった。既存のFFをそのまま映画化すればよかったのに、植松氏を音楽に起用すればよかったのに、等々と残念な声がささやかれた。ただ、グラフィックについては「髪の毛一本のゆらぎ」を自然に表現できる程の、当時としては画期的な技術革新の結果を坂口氏は残したのである。

 しかしながらここまでのグラフィック技術の革新には、当時の一般的なCG技術の未熟さとのギャップがありすぎ、結果、映画の制作費用は莫大な額に上ってしまった。興行収入で回収が出来ず、スクウェアは大きく赤字に傾くことになる。

 そのため、SCEがスクウェアの借金の肩代わりをした。その代わりに、坂口氏は引責辞任をさせられることになってしまう(当時、スクウェア副社長)。ファンにもにがい残念な思い出である。(クリエイターに「代わり」はいないことをSCEは知らないようである。)


【坂口氏のグラフィック技術の功績】
 坂口氏のグラフィック技術は後に「クリスタルエンジン」と称されるFF開発エンジン(開発キット)に継承されて現在に至る。つまりFF13やFF7ACの高精細美麗グラフィックは、坂口氏の退任の際の遺産、置き土産である。植松氏の音楽/SE等における仕事についてもそうだが、坂口氏も植松氏も、単なるクリエイター、単なるコンポーザーではなく、FFをよりよいものに昇華させるべく、あらゆる視点と角度であらゆる研究と努力を重ねて技術や仕組みづくりを作り上げて来た偉大なクリエイター達である。(例えば植松氏の、3音源しかないファミコンで多彩な音楽表現をするために気の遠くなる工夫の要る作業をしたことや、FF10では画面遷移で音楽が途切れない工夫等がなされていた事実はファンの既に知るところである。)


【FF11】
2002年5月 FF11スタート(2009年現在対応プラットフォーム:PS2, PS3, Xbox360, PC)

 坂口氏のクレジットがあるが、どこまで関与したかは不明。氏の退任劇と前後して次なるFF11はオンラインゲームとして世に放たれた。これからはオンラインゲームの時代と強調していたわけだが、実際にはオフラインの一話完結的なお仕着せストーリーと、やり込み要素、達成感がむしろ魅力とされていたであろうFFの、ファンの多くは飛びつくことをしなかった。リリース前より難色を示す批判的な意見も少なくなく、別タイトルでやるべきとの議論が掲示板等で戦わされていた。いざ開始されると、「FFファンとしてやっておかねば」と始めた者がすぐにやめてしまい、その理由はというと「もう十分」「やめられなくなる」「きりがないし金がかかる」などと話す人もいた。今でもFF11はあらゆるプラットフォームで遊ぶことができるが、あまり話題には上ることがない。
追記: 坂口氏は当時、アメリカのMMORPGをやっていたということだったので、坂口氏自身がオンラインを推し進めた可能性もゼロではない模様。

 ちなみに、とあるFF情報サイトのアンケートによると、
2002年1月4日~2006年3月30日での集計、サンプリング数27912人中、「FF11をやる予定」は、19.5%(5451人)、「PC版を待つ」が6.7%(1882人)、「迷っている」が21.2%(5937人)、「予定なし」が49.5%(13844人)であった。
2006年3月31日~2009年4月15日での集計では、サンプリング数4022人中、「FF11をやったことがある」人が12.3%(497人)、「やったことがない」が87.5%(3522人)である。好きなFF、好きなシステム、好きなストーリー等、各項目でFF11を挙げた人はそれぞれ1%未満である。
 ちなみにこのサイトは1999年に公開され、一時期、1日1万以上のPageViewがあり、2009年5月15日現在累計2500万PVのサイトであるが、2000万PVを達成したのは2006年11月である。最近は1日4000PV程の模様である(5月14日分)。


【FF10-2及びその後のスクウェアの動き】
2003年3月 FF10-2発売(PS2)

 初のFF派生(FFナンバーシリーズに関連作品を作りリリースし始めた)となったFF10-2が発売された。そのこと自体に多くのファンは驚いた。しかも結果的に酷評を受けるありさまだった。(主にヒロインのキャラクターが本編FF10の真面目で暗い性格とは打って変わり(過ぎて)軽いキャラクターになってしまったこと、親父趣味的な温泉シーン等が盛り込まれているともっぱらのうわさになり手を出す人も多くはいなかった。ただ、ゲームシステムはかなり試行錯誤して盛り込まれ、「FFと考えなければそこそこ楽しめる」と一部には評価されはした。)

 FF10-2をきっかけにスクウェアの派生作品製作が本格派することになるが、FF10の後、にわかにFF7が最高作であったというFFファンの声があがり始めた。そこでスクウェアは急遽FF10派生プロジェクトを中止し、FF7派生プロジェクトを始動した模様である。派生プロジェクトについては概ねファンは批判的であった。感動が焼きついたオリジナルFFのイメージを崩されることを嫌うのは当然のことである。一時期FF7~9等のリメイク計画が発表されたが、これは後に「ファンの気持ちを汲み取った」との理由で中止されたわけだが、「派生(別作品)製作」ならよいだろう、とのスクウェアの発想には素朴に疑問を覚える人も多いと思われる。

 ともあれスクウェアは、その後も派生製作が営業的に基本姿勢となってしまい、近い将来出る予定であるFF13については当初から3作出る話になっており、FFファンは沈黙してしまっており、FF10の頃までは盛んであったFFについて語られる掲示板もめっきり書き込みが減った。

 これは、一重に坂口氏という「舵取り」が急にいなくなり、会社の方向性に迷いが生じた結果ではないかという、とある元スクエニ社員の方のコメントもあるくらいである。


【スクウェアとエニックスの合併】
2003年4月 業績不振よりスクウェアとエニックスが合併し、スクウェアエニックスに(以後スクエニと表記)。


【3年の休業を経てゲーム製作に復帰】
2004年?   坂口氏、ミストウォーカー設立
2004年10月 植松伸夫氏スクエニ退社、スマイルプリーズ設立

 2001年のスクウェア副社長退任後、坂口氏は暫く仕事から離れて英気を養っていたが、ふとしたきっかけからゲーム製作を天職と思い直し、シナリオとゲームデザインは自らが手がける、というポリシーの下、ミストウォーカーというゲーム製作会社を立ち上げた。
 同年、FFシリーズを坂口氏と共に生み出した名コンポーザー、植松伸夫氏もスクエニを去り、自らの音楽製作会社スマイルプリーズを設立。


【FF12と坂口氏】
2006年3月 FF12発売(PS2)

 その後、FF12が出たがこれもまた残念な話になる。坂口氏は、『タクティクスシリーズ』で名を馳せた松野氏がFF12のディレクターとして立つことをバックアップし応援していたが、完成前に松野氏が謎の『病気降板』とされて実は途中で退職していた事実も後に露見するのだが、そのため当然ながら松野氏指揮範囲で未完成作品となったFF12は、その後誰が補完して一応の完成を見たとしてもファンの満足の行くものにはなり得なかった。そのせいかどうかはわからないが(時間がなかっただけかも知れないが)坂口氏もFF12については序盤迄しかやっていないとどこかで語っていた。

 FF12の敗因のひとつには、松野氏がFF11のようなオンラインゲームのような楽しさを盛り込みたいという発想でFF12を作ったために、「閉じられたよさ」がなく、無限大にマップが拡がり、そのくせ「何もない」みたいな、探索好きには行き倒れ必至の序盤展開であったこともあると思われる。


【坂口氏のゲーム業界復帰作品】
2006年12月 ブルードラゴン発売(Xbox360) 販売元:マイクロソフト
2007年12月 ロストオデッセイ発売(Xbox360) 販売元:マイクロソフト

 Xbox360用のRPGの大作『ブルードラゴン』『ロストオデッセイ』を世に放った。共にFFを生み出した名コンポーザー植松伸夫氏の全面的なサントラ提供により、豪華で、世界観が耳から伝わるいかにもFFらしい作品になっている。

 作品的にはまさに往年の黄金時代のFFを彷彿とさせる見事な王道のRPG、次世代機を代表するRPGの出来であり、完成度の高さであったが、百年に一度の不況と言われる昨今においてXbox360の売上げを大きく牽引する程には至らなかった。そのため評価が殆どされていない状態であるのは、FFファンにとって、坂口ファンにとっては憂うべき状態となっている。

【次世代機における坂口氏のRPGの取り組み】
 とりわけロストオデッセイについて坂口氏は、「世の中は今RPGに飽きている」という前提の下に、様々な新しい試みを随所に盛り込み、全体として飽きさせない工夫と、RPG効果が独特な形で効いた作品になっている。グラフィックについては氏が残した技術を再現することは難しかったが(クリスタルエンジンがXbox360に対応したのはその後のことである)、非常に魅力的な色遣い、キャラ絵、背景となっている(坂口氏がイメージ絵を沢山描かせたとの話もどこかにあったような気がする)。バトルシステムについても氏のこだわりがあり、Gears of Warで知り得たUE3の採用で、ターン制ながら戦いの突進シーンが迫力のあるものになっている。これにエイムリングシステム発動のためのトリガーボタンを併用して臨場感のある楽しい戦闘になっている。また、数多くのスキルを覚えることができるが、それを限られたスロットにセットして使うという、戦いのスタイルと好みに合わせて自由度も考慮されている。また、基本は頭脳戦であり、アクションバトルではない。戦術を練らねば序盤、雑魚でも死ねるという面白いものになっている。更に魔導士系の弱体キャラを守ることもできる壁システム(Guard Conditionと呼ばれる)の採用も斬新である。何よりボス戦は圧巻であり、特に序盤のボス3戦においては久しぶりに遣り甲斐を感じる思い出深いものになる。ただ挑んだだけでは繰り返し全滅する類のものである。ボスバトル曲はまた植松氏の神が降りている名曲尽くしであるのもFFファンとしてはこの上なく嬉しい。また、リアル絵で固くなりがちな世界観を、絶妙のトークで和ませたり、笑わせたり、あるいは泣かせたり、と、シナリオ面でも秀逸な出来である。詳細はロストオデッセイの項目を参照のこと。

【ロストオデッセイ以後】
 ロストオデッセイの後にリリース予定だった坂口氏初のアクションRPG(Xbox360)とされた大作「クライオン」は、市場予測的に見通しが暗かったため開発中止となった。
 この中止のニュースは多くのファンを落胆させたが、それでも坂口氏は純粋にゲームクリエイターとして、ゲーム製作の仕事を今も精力的に続けている。ロストオデッセイ以後は主にDSでの作品をリリースしている。

2007年10月  ASH(アルカイックシールドヒート)(DS) 販売元:任天堂
2008年9月    ブルードラゴンプラス(DS) 販売元:AQインタラクティブ
2008年10月  AWAYシャッフルダンジョン(DS) 販売元:AQインタラクティブ
2009年予定   ブルードラゴン異界の巨獣(DS) 販売元:バンダイナムコゲームス

 また、ミストウォーカーの坂口氏のブログを見ると、現在、プラットフォーム未定の大作を去年から構想中で、年内にも詳細を発表できるであろうとのことであり、非常に楽しみである。

 

主な作品

スクウェア

  • ファイナルファンタジーシリーズ
    • I~V : ディレクター
    • VI・VII : プロデューサー
    • IX : シナリオ・プロデュース
    • 映画『ファイナルファンタジー』 : 監督
  • クロノ・トリガー
  • ファイナルファンタジータクティクス

ミストウォーカー

  • ブルードラゴン
  • ロストオデッセイ

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関連項目

  • スクウェア
  • ゲームクリエイターの一覧

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