城所龍磨(きどころ りゅうま、1985年9月24日-)とは、愛知県出身のプロ野球選手(外野手)である。現在、福岡ソフトバンクホークスに代走の切り札、抑えのセンターとして所属している。
| 福岡ソフトバンクホークス #23 | |
|---|---|
| 城所龍磨 | |
| 基本情報 | |
| 出身地 | 愛知県一宮町 |
| 生年月日 | 1985年9月24日 |
| 身長 体重 |
177cm 76kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打撃 | 右投左打 |
| 守備位置 | 外野手 |
| プロ入り | 2003年ドラフト2巡目 |
| 経歴 | |
|
|
| プロ野球選手テンプレート | |
愛称は「JOJO」「kdkr」。典型的な「身体能力はピカイチなんだけど…」というタイプの選手。
何だかんだ言って身体能力に期待しているファンは多い。色んな意味でたかせん・鷹ファンのアイドル的存在。
走攻守3拍子揃った外野手として、2003年ドラフト2巡目で中京高校から福岡ダイエーホークスに入団。同期入団に馬原孝浩、明石健志、金子圭輔らがいる。
2005年、大道典嘉の代走で登場し、いきなり打球を足に当ててしまい守備妨害でアウトになるという嫌な予感を孕む一軍デビューを果たすと、その後も代走で登場→牽制死、のようなボーンヘッドをよくやらかし、期待しているファンに頭を抱えさせる。一時期たかせん住民の間では「KIDOKORO」が牽制死の意味になっていた。
2009年から、代走とセンターの守備固め要員としての立場を確立し一軍に定着。試合終盤にレフトの選手(オーティズ、松中、内川など)の代走として出場し、そのままセンターを守るのがパターンになっている。試合を締めくくるセットアッパーや抑えとセットで守備につくことが多いため、「抑えのセンター」とか言われることも。
2012年に柳田悠岐が台頭してからは、首脳陣が柳田センターを固定する方針のため、ライトやレフトに入ることも多かった。その立場上打席に入る機会は少ないが、打率もようやく2割を超えるようになり、あとは打撃さえ上向けばレギュラーも狙える位置につけつつある。しかし代走兼守備要員としての評価が高すぎるうえ、同じ左打者の俊足外野手は長谷川勇也、福田秀平、中村晃らライバルも多いため、滅多にスタメンで使ってもらえなかった。2011年は自己最多の108試合に出場したが、スタメン出場は1試合だけ。2012年は73試合に出場して13打席、2013年は34試合でたったの6打席と、年々打席数が減っている。
2014年は代走、守備固めで出場する控えとして81試合に出場し、優勝に貢献した。8月31日の東北楽天ゴールデンイーグルス戦ではタイムリーエラーを犯し、連続無失策記録が6年で途絶えた。
打撃も練習ではその才能の片鱗を見せつけるが、試合になると「バットにボールが当たってくれない程度の能力」を発揮して打率0割台の超低空飛行がデフォルト。2009年までの一軍通算打率は.154で的場よりも低かった(2013年終了時点では.163で、的場の.161を上回っている)。
守備では、俊足を活かした広い守備範囲とチーム随一の強肩を誇り、外野守備のスペシャリストとして秋山幸二監督ら首脳陣から非常に高い信頼を得た。
| 球団 | レス | No | プレイヤー |
|---|---|---|---|
| ソフトバンク | 応援歌のピコカキコ一覧#172 | 8791 |
(2014年終了時点)
| 年度 | 試合 | 打席 | 打数 | 得点 | 安打 | 本塁打 | 打点 | 盗塁 | 犠打 | 犠飛 | 四球 | 死球 | 三振 | 併殺打 | 打率 | 出塁率 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2014年 | 81 | 12 | 8 | 9 | 2 | 0 | 0 | 8 | 2 | 0 | 0 | 0 | 3 | 0 | .250 | .400 |
| NPB:10年 | 588 | 320 | 290 | 83 | 48 | 1 | 21 | 51 | 10 | 2 | 14 | 2 | 105 | 2 | .166 | .213 |
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最終更新:2025/12/07(日) 02:00
最終更新:2025/12/07(日) 02:00
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