城所龍磨 単語


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キドコロリュウマ

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城所龍磨(きどころ りゅうま、1985年9月24日-)とは、愛知県出身の元プロ野球選手(外野手)である。

概要

OB
城所龍磨
基本情報
国籍 日本
出身地 愛知県一宮町
生年月日 1985年9月24日
身長
体重
177cm
76kg
選手情報
投球・打撃 右投左打
守備位置 外野手
プロ入り 2003年ドラフト2巡目
引退 2018年
経歴
  • 中京高等学校
  • 福岡ダイエーホークス
    福岡ソフトバンクホークス(2004年-2018年)
プロ野球選手テンプレート

走攻守3拍子揃った外野手として、2003年ドラフト2巡目で中京高校から福岡ダイエーホークスに入団。同期入団に馬原孝浩、明石健志、金子圭輔、三瀬幸司らがいる。

ダイエー・ソフトバンク時代

2005年、大道典嘉の代走で登場し、いきなり打球を足に当ててしまい守備妨害でアウトになるという嫌な予感を孕む一軍デビューを果たすと、その後も代走で登場→牽制死、のようなボーンヘッドをよくやらかし、ファンに頭を抱えさせる。一時期たかせん住民の間では「KIDOKORO」が牽制死の意味になっていた。


2009年から、代走とセンターの守備固め要員としての立場を確立し一軍に定着。試合終盤にレフトの選手(オーティズ、松中、内川など)の代走として出場し、そのままセンターを守るのがパターンになった。試合を締めくくるセットアッパーや抑えとセットで守備につくことが多いため、「抑えのセンター」とか言われることに。


2012年に柳田悠岐が台頭してからは、首脳陣が柳田センターを固定する方針のため、ライトやレフトに入ることも多くなった。その立場上打席に入る機会は少ないが、打率もようやく2割を超えるようになり、あとは打撃さえ上向けばレギュラーも狙える位置につけつつあったが、代走兼守備要員としての評価が高すぎたために、滅多にスタメンで使ってもらえなかった。2011年は自己最多の108試合に出場したが、スタメン出場は1試合だけ。2012年は73試合に出場して13打席、2013年は34試合でたったの6打席と、年々打席数が減少する。


2014年は代走、守備固めで出場する控えとして81試合に出場し、優勝に貢献した。8月31日の東北楽天ゴールデンイーグルス戦ではタイムリーエラーを犯し、連続無失策記録が6年で途絶えた。


2015年はオープン戦で左尺骨を骨折し手術を受ける。8月1日の埼玉西武ライオンズ戦で出場したが、今度は左肩を脱臼し手術を受ける。この年はこの1試合に終わり、故障に泣かされた。


2016年、崖っぷちで迎えたが突然の打撃覚醒。開幕当初は例年通りの守備要員として起用されたが、5月18日の北海道日本ハムファイターズ戦で代打として起用され9年ぶり通算2号となる3ランホームランを放つと、スタメン出場の機会が増え、6月3日の広島東洋カープ戦で自身初のシーズン2号となるホームランを放ってからは2番・ライトを座を掴み取る。以降、12日の読売ジャイアンツ戦では高木勇人から2打席連続ホームラン、19日の阪神タイガース戦では岩貞祐太から満塁ホームランなど、別人のように打ちまくり、打率.415、5本塁打12打点6盗塁という成績で交流戦首位打者に輝き、交流戦MVPを受賞した。
このままレギュラー定着かと思われたが、交流戦が終わってリーグ戦に戻った途端急速冷凍。交流戦明けの6試合で21打数2安打と魔法が解けたように全く打てなくなり、あっという間に例年通りの代走・守備要員に戻った。最終的には84試合に出場、打率.264、6本塁打はキャリアハイの成績になったが、確変という印象を強く残す結果に。


2017年は外野のバックアップの座を福田秀平に奪われ、シーズンでは僅か2試合の出場に留まる。が、クライマックスシリーズでは楽天に2連敗して迎えた第3戦で突如2番・レフトでスタメンに抜擢され、二塁打2本を放つ活躍で勝利に貢献、シリーズの流れを変える存在になった。日本シリーズではいつもの代走・守備要員として6試合中5試合に出場した。


2018年は開幕一軍入りし41試合に出場したが、6月に二軍落ちしてからは一軍に戻ることなく、オフについに戦力外通告を受ける。12球団合同トライアウトを受験したが獲得に動く球団は現れず、11月29日に現役引退を発表した。

引退後

2019年3月3日のオープン戦の試合前に引退セレモニーが行われた。引退後はソフトバンクの球団職員となり、ジュニアコーチを務める。

プレースタイル・人物

愛称は「JOJO」「kdkr」。

入団時から身体能力の高さはピカイチで、王監督(当時)から「チームで一番飛ばす力がある」と評されたこともある。春のキャンプなどではその能力を見せつけ快音を響かせるが、公式戦になると途端にバットにボールが当たらなくなり、打率0割台の超低空飛行がデフォルトであった。2016年交流戦MVPが示すようにバットに当たりさえすれば強打者だったのだが……。通算打率は.196。

守備では、俊足を活かした広い守備範囲とチーム随一の強肩を誇り、特に秋山幸二監督時代は外野守備のスペシャリストとして首脳陣から非常に高い信頼を得ていた。しかしそのために、前述の通り終盤の代走・守備固めの切り札として重用されることとなり、スタメン出場の機会には全く恵まれなかった。

2014年からは「キドコロ待機中」という応援グッズが登場。2015年にイチローがそのTシャツを着ていたことでも話題に。2016年にはスタメン出場が増えたことにより、「待機中」の部分を「○○中」と自由に変更できるバージョンが登場し、「キドコロ活躍中」「キドコロ熱男中」などのタオルがよく中継カメラに抜かれていた。

そのようなキャラクターから、たまの打席では大いに盛り上がるなど、色々な意味でホークスファンの間ではアイドル的存在として愛される選手であった。

応援歌

球団 レス No プレイヤー
ソフトバンク 応援歌のピコカキコ一覧#172 8791
8791

成績

年度別打撃成績

年度 球団 試合 打席 打数 得点 安打 二塁打 三塁打 本塁打 打点 盗塁 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺打 打率 出塁率
2005年 ソフトバンク 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .--- .---
2006年 34 74 69 5 16 3 3 0 7 2 0 0 4 1 28 0 .232 .284
2007年 22 39 36 3 4 2 0 1 2 0 1 1 1 0 14 0 .111 .132
2008年 49 61 56 5 5 2 0 0 1 1 2 0 3 0 15 1 .089 .136
2009年 91 42 40 14 6 2 1 0 2 7 1 0 1 0 11 1 .150 .171
2010年 95 43 35 16 7 1 2 0 4 12 3 1 4 0 17 0 .200 .275
2011年 108 30 28 20 6 2 0 0 4 10 0 0 1 1 7 0 .214 .267
2012年 73 13 12 9 2 0 0 0 1 10 1 0 0 0 7 0 .167 .167
2013年 34 6 6 2 0 0 0 0 0 1 0 0 0 0 3 0 .000 .000
2014年 81 12 8 9 2 0 0 0 0 8 2 0 2 0 3 0 .250 .400
2015年 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .--- .---
2016年 84 162 148 32 39 6 1 6 19 11 3 0 11 0 45 0 .264 .314
2017年 2 3 3 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 .000 .000
2018年 41 26 24 8 4 1 0 1 2 3 1 0 1 0 9 0 .167 .200
NPB:14年 716 511 465 123 91 19 7 8 42 65 14 2 26 2 160 2 .196 .243

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関連項目

  • プロ野球選手一覧
  • 福岡ソフトバンクホークス
  • 松田宣浩 - 高校の先輩
  • 榊原諒 - 高校の同期

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最終更新:2025/12/07(日) 07:00

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