大倶利伽羅(刀剣乱舞)とは、ブラウザゲーム『刀剣乱舞』に登場するキャラクター。
イラストレーター:小宮国春 / CV:古川慎
相州伝の広光作といわれている打刀。
伊達家伝来のため、燭台切光忠、太鼓鐘貞宗、鶴丸国永とは旧知の仲。
だが、必要以上のなれ合いを嫌う孤高の存在。
不動明王の化身である倶利伽羅竜王の彫り物を持つ。
(刀剣乱舞絢爛図録より)
左肩から腕一面を覆う龍のタトゥー、褐色肌に学ランめいた洋装が特徴の、無愛想な青年。刀種は打刀。
首に下げたペンダントには不動明王を表す梵字・カーンが刻まれている。
孤高な性質で、馴れ合いを嫌って一人になりたがる様子が台詞から多く見受けられる。あれ、著名RPGで似たような人がいたような。
「一人で戦い、一人で死ぬ」と宣言しており、主である審神者にも心を開く様子がない。二刀開眼に付き合ってくれるが突っ込んだら負け。
彼を迎えた途端に、反抗期の息子を持ったカーチャン化している審神者もいるだろう。しかし馴れ合いを嫌う孤高の存在と示されている割には、設定上の知り合いの多さは刀剣男士の中でも多い。
一周年記念では本当にほんのちょびっとではあるが、審神者を認めるような発言をしてくれた。カーチャン嬉しくて涙が出らぁ。
リリース当初はレア3の太刀だったが、2015年7月のアップデート以降は和泉守兼定(刀剣乱舞)、同田貫正国(刀剣乱舞)らと一緒に刀種が打刀へ変更となった。
これにより、6面の夜戦マップでも活躍が見込めるようになった。
衝力の初期値が高く、レア3の打刀ではただ1人、Lv.20で特にランクアップする。
即戦力がほしい審神者にとっては(反抗期の息子を持ったカーチャンになる覚悟を持つ必要があるが)頼もしい戦力になるのではないだろうか。
2016年5月17日に実装された7面「延享の記憶」は江戸時代中期、伊達家・細川家に関連する事件が題材となっており、大倶利伽羅も登場する回想「九曜と竹雀のえにし」が実装された。
6面「池田屋の記憶」が陽動作戦であったのを受け、新たな歴史修正主義者の活動を監視するという任務にあたり、(ネタバレにつき反転)小夜左文字(刀剣乱舞)からは「一匹狼」ならぬ「一匹竜王」、歌仙兼定(刀剣乱舞)からは「いじけた子犬」と呼ばれる。話を向けてきた歌仙に対して通常運転素っ気ない反応を取った為に彼の怒りを買い「東北の田舎刀」と呼ばれるが、当の大倶利伽羅はやはり通常運転スルーした……のだが、実はそれなりにへこんでいた事が発覚。
更に、旧知の間柄である燭台切光忠(刀剣乱舞)からは「伽羅ちゃん」、鶴丸国永(刀剣乱舞)からは「伽羅坊」と呼ばれている事が判明した。また、後日実装された太鼓鐘貞宗(刀剣乱舞)とは最も付き合いが長い(※戦後まで同家に伝わっていた)事もあってか「貞」と呼んで比較的慣れ合って距離を詰めている事が伝わっている。今後の回想の追加が待たれる。
この他にも伊達家ゆかりの刀剣男士達とは、畑当番において特殊会話が発生する。
馴れ合うつもりはないが、畑仕事をやらないとは言わない辺りは結構真面目である。
なお、ニコニコ動画ではku-ya氏製作のMMDモデルが話題となった。
どのくらい話題になったのかというと、そのクオリティの高さと面白さ故に、踊り手としての単語記事が出来上がってしまったほど。詳細は該当記事を参照。
正式な名称は「大倶利伽羅廣光(おおくりからひろみつ)」。
無銘ではあるが、南北朝時代の刀工・相州廣光(そうしゅうひろみつ)の作と伝えられる。
来歴は不明だが、伊達政宗が徳川秀忠から拝領した刀。刀身に倶利伽羅竜が彫られており、これが名の由来である。
元和6年(1620年)に江戸城の石垣を改修した折に褒美として贈られたが、当時の伊達政宗は仙台にいた為、息子の伊達忠宗が拝領した。
明治に入り仙台から東京に移され、昭和4年(1929年)に開催された日本名宝展覧会には伊達興宗伯爵所持として、太鼓鐘貞宗と共に出展されている。
昭和初期まで伊達家に伝来。現在は法人蔵で、重要美術品として登録されている。
2016年4月2日、奈良県・薬師寺の「仏教と刀」展において、1日限定・9時~17時で特別展示が発表された。
当日は5,000人を超す観覧者を記録したが、薬師寺関係者による誘導により、大きな混乱もなく無事終了した。現所有者である財団法人代表の特別講演も開催され、貴重な談話が聞けたとの事。
その後2016年8月12日・13日にも、乱藤四郎と共に限定特別展示が宮城県・中鉢美術館で開催された。
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最終更新:2025/12/07(日) 07:00
最終更新:2025/12/07(日) 06:00
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