量的金融緩和(英:Quantitative Easing)とは、中央銀行の金融政策の1つである。量的緩和とかQEと略して言うことがある。
マネタリーベースの量を誘導目標とする中央銀行の金融政策を量的金融緩和という。
中央銀行が短期金融市場や長期金融市場に参加して買いオペレーションを継続的に行い、国債などを買いまくり、国債などを中央銀行に渡した市場参加者に対して豊富にマネタリーベースを供給する。
中央銀行の貸借対照表(バランスシート)の資産の部には国債などが大量に入っていき、負債の部ではマネタリーベースが大量に増えていく。中央銀行の貸借対照表の資産の部と負債の部が同じぐらいに増えていき、中央銀行の貸借対照表が膨張していくのが特色である。
リフレーションというのは「デフレから脱却しつつ、インフレーションが激しくなっていない状態」のことを指す言葉であり、要するに物価上昇率が1~3%程度のクリーピングインフレ(マイルドインフレ)のことを指す言葉である。
リフレーションを目指す人たちのことをリフレ派とかリフレーション派という。
このリフレ派のなかには量的金融緩和を支持する人が妙に多い。もちろんリフレ派のなかにも量的金融緩和を支持しない人が少数ながらも存在するのだが、あまり目立っていない。そのため「リフレ派は量的金融緩和の支持者のことを指す」というイメージが広がっている。
「マネーストックの量によってインフレやデフレが決まる」という考え方を貨幣数量説とかマネタリズムという。貨幣数量説の支持者のことをマネタリストという。マネタリストの口癖は「インフレやデフレは貨幣現象である」というものである。
「マネタリーベースを増やすと銀行の貸し出しが自動的に伸びてマネーストックも増加する」という考え方を外生的貨幣供給理論とか外生説という。
貨幣数量説と外生的貨幣供給理論が合体すると、「中央銀行が量的金融緩和をしてマネタリーベースを増やせば銀行の貸し出しが自動的に伸びてマネーストックが増えてインフレ圧力が掛かる」という考え方になる。この思想こそが量的金融緩和の支持者の原動力である。
景気が刺激されて物価が上昇する状況になったら、量的金融緩和を終わらせねばならない。量的金融緩和を終わらせる方法を出口戦略という。
まずは買いオペレーションの規模を縮小する。この縮小のことをテーパリング(tapering)という。
その次は、景気が刺激されて物価が上昇することに対抗するため短期金利を引き上げて利上げせねばならない。この短期金利利上げをどのようにするか、いくつか選択肢がある。
国債を売りオペレーションするという選択肢がある。国債売りオペは量的金融緩和の逆であり、貸借対照表(バランスシート)が縮小していくので最も自然であろうが、長期金利が上昇して景気に水を差す可能性がある。
日銀手形を売りオペレーションするという選択肢がある。日銀手形売りオペは貸借対照表(バランスシート)が縮小せずに維持され、長期金利が上がらないので景気に水を差さないが、イールドカーブが寝て長短金利差が縮小するので銀行の収益力が弱まる可能性がある(詳しくは売りオペレーションの記事や長期金利の記事を参照のこと)。
日銀当座預金への付利を一気に引き上げるという選択肢がある。日銀当座預金への付利は短期金利の下限値になる(詳しくは短期金利の記事を参照のこと)。これをすれば短期金利だけが上がって長期金利は上がらず、貸借対照表(バランスシート)が縮小せずに維持されるので、日銀手形売りオペとそっくりである。
現実的には、日銀手形売りオペや日銀当座預金付利で短期金利だけ引き上げて長期金利を変動させない手法を何年か続けて、保有国債の残存年数が減っていくのを待つ。残存年数が1年以内になった国債が増えてきたらそれを売り、貸借対照表(バランスシート)を縮小させる。残存年数が1年以内になった国債なら長期金利を上昇させにくいので安心して売りオペできる。こうした出口戦略を実施するものと思われる。
量的金融緩和の出口戦略で採用されやすい4つの選択肢を比較すると、次のようになる。
| 国債売りオペ | 日銀手形売りオペ | 日銀当座預金付利 | 保有国債の残存年数が減るのを待ち、残存年数が1年以内になった国債を売る | |
| 貸借対照表(バランスシート)の規模 | 縮小。資産の部と負債の部が同時に減少する | 維持 | 維持 | 縮小。資産の部と負債の部が同時に減少する |
| マネタリーベース | 減少 | 減少 | 維持 | 減少 |
| 短期金利 | 上昇 | 上昇 | 上昇 | 上昇 |
| 長期金利 | 上昇し、景気回復に水を差す | 維持。景気回復に水を差さない。 | ||
| 長短金利差 | 維持され、銀行の収益力が維持される | 縮小し、銀行にとって収益力が弱まり、辛いことになる | ||
中央銀行の金融政策は、伝統的金融政策と、非伝統的金融政策の2種類に分けられる。
伝統的金融政策は、金利をゼロ以上の数値に誘導する金融政策の総称である。
金利は短期金利と長期金利があるが、短期金融市場で形成される短期金利を操作するのが主流である。1992年9月にスウェーデンの中央銀行が為替レートを守るため短期金利を500%に利上げしたことがあったが、これも短期金利操作の金融政策である。短期金利をゼロに誘導するゼロ金利政策もこの部類に入る。
短期金利をゼロに誘導するゼロ金利政策でも景気の拡大が起こらず、そして政府が財政政策を拡大する気が無い場合、中央銀行に対して「何か画期的な金融政策をして景気を刺激しろ」という圧力が掛かり続ける。
その圧力から生まれるのが非伝統的金融政策である。短期金利をマイナスに誘導するマイナス金利政策や、マネタリーベースの量を誘導目標にする量的金融緩和である[1]。
1998年3月20日に松下康雄日銀総裁が退任し、新総裁に速見優が就任した。
1998年9月9日の日銀の金融政策決定会合において無担保コール翌日物の金利を0.25%に誘導することが決定された。
1999年2月12日の日銀の金融政策決定会合においてゼロ金利政策を導入することが決定された。無担保コール翌日物の金利の誘導目標を0.15%として、そのあと徐々にいっそうの低下を目指す、という内容だった。
2000年8月11日の日銀の金融政策決定会合において無担保コール翌日物の金利を0.25%に誘導することが決定され、ゼロ金利政策を解除することが決定された。しかし、ちょうどこのとき米国でITバブルが崩壊しており、その余波が日本におよび、日本は不景気になっていた。
2001年2月28日の日銀の金融政策決定会合において無担保コール翌日物の金利を0.15%に誘導することが決定された。
2001年3月16日に政府が月例経済報告で「日本はデフレの状態にある」と宣言した。
2001年3月19日の日銀の金融政策決定会合において量的金融緩和を史上初めて導入することが決定された。「日銀当座預金の残高が5兆円になるようにする」というもので、金利ではなく日銀当座預金の量を誘導目標にした。
2003年3月19日に速見優日銀総裁が退任し、翌20日に福井俊彦が日銀総裁に就任した。しかし総裁が替わっても量的金融緩和が続けられた。
2006年3月9日の日銀の金融政策決定会合において量的金融緩和の解除が決定された。誘導目標を日銀当座預金の量から無担保コール翌日物の金利に変更し、無担保コール翌日物の金利を概ねゼロ%で推移するよう促すことにして、ゼロ金利政策を再導入した。
2006年7月14日の日銀の金融政策決定会合において無担保コール翌日物の金利を0.25%に誘導することが決定され、ゼロ金利政策も解除された。
2007年2月21日の日銀の金融政策決定会合において無担保コール翌日物の金利を0.5%に誘導することが決定された。
2007年の夏に米国でサブプライムローン問題が発覚し、世界的に景気が一気に後退していった。2008年9月15日には米国の大手金融企業であるリーマンブラザーズが倒産し、リーマンショックという大不況に突入した。
この不景気の最中である2008年3月19日に福井俊彦日銀総裁が退任し、4月9日になって後任の日銀総裁として白川方明が就任した。
2008年10月31日の日銀の金融政策決定会合において無担保コール翌日物の金利を0.3%に誘導することが決定された。そして日銀当座預金の超過準備に0.1%の付利を行う補完当座預金制度を導入することも決定された。
2008年12月19日の日銀の金融政策決定会合において無担保コール翌日物の金利を0.1%に誘導することが決定された。
2010年10月4日の日銀の金融政策決定会合において無担保コール翌日物の金利を0~0.1%に誘導することが決定され、ゼロ金利政策を4年3ヶ月ぶりに導入することが決定された。
2013年1月22日の日銀の金融政策決定会合において、物価安定目標を2%と定めたインフレターゲットの導入が決まった。
2013年3月19日に白川方明日銀総裁が退任し、翌20日に後任の日銀総裁として黒田東彦が就任した。
白川方明総裁は量的金融緩和に対して否定的な見解を持ち続けており、在任中は量的金融緩和を行おうとしなかった。
2013年4月4日の日銀の金融政策決定会合において、様々な金融政策が決まった。物価安定目標を2%と定めたインフレターゲットを維持し、消費者物価指数の前年比上昇率が2年以内に2%になることを目指すと宣言した。その目標を達成するためマネタリーベースが年間60~70兆円のペースで増加するように買いオペをすると決められた。誘導目標が金利ではなく物価上昇率とマネタリーベース(日銀当座預金)になり、量的金融緩和が再導入されたのである。ただし、日銀当座預金の量の拡大を目指す量的金融緩和に加えて物価上昇率といった質的要素も入っているので、2013年3月以降の金融政策は量的・質的金融緩和と呼ばれる。
2014年10月31日の日銀の金融政策決定会合において量的・質的金融緩和の拡大が決まった。マネタリーベースが年間80兆円のペースで増加するように買いオペをすると決められた。
2016年1月29日の日銀の金融政策決定会合において従来の量的・質的金融緩和に加えてマイナス金利政策を導入することが決定された。マイナス金利付き量的・質的金融緩和と名付けられた。金利を誘導目標に加えるのは久々のことである。
2016年9月21日の日銀の金融政策決定会合において従来の量的・質的金融緩和とマイナス金利政策に加えて長期金利を操作目標にすることが決定された。長短金利操作付き量的・質的金融緩和と名付けられた。
量的金融緩和に対して積極的な日銀総裁と、消極的な日銀総裁がいる。
| 任期 | 名前 | 業績 |
| 1998年3月~2003年3月 | 速見優 | 量的金融緩和を世界で初めて導入し、任期が終わるまで継続した |
| 2003年3月~2008年3月 | 福井俊彦 | 就任してから3年目に量的金融緩和を解除した。量的金融緩和を批判する書籍に推薦文を書いている |
| 2008年3月~2013年3月 | 白川方明 | 量的金融緩和の否定派で、リフレ派にどれだけ要求されようが量的金融緩和をしなかった |
| 2013年3月~ | 黒田東彦 | 量的金融緩和の信奉者 |
量的金融緩和をして中央銀行が買いオペを繰り返すと、次のようなことが起こる。
銀行・証券会社・短資企業のような日銀に口座を開設する金融機関の国債を買いオペすることで、それらの団体の日銀当座預金が増えてマネタリーベースが増える。
保険企業・年金基金・投資信託ファンドのような日銀に口座を開設せず市中銀行に口座を開設している団体の国債を買いオペすることで、それらの団体が口座を開設している市中銀行の日銀当座預金が増えてマネタリーベースが増え、それらの団体が保有する銀行預金が増えてマネーストックが増える。
しかし、銀行・証券会社・短資企業のマネタリーベースが増えたとしても、これらの団体は購入意欲が極めて薄く、「マネタリーベースを使って機械・原材料を購入しよう」ということをしない。世の中の需要が増えず、消費者物価指数が増えず、実需が増えず、インフレ圧力が起こらない。
また、保険企業・年金基金・投資信託ファンドのマネーストックが増えたとしても、これらの団体は購入意欲が極めて薄く、「マネーストックを使って機械・原材料を購入しよう」ということをしない。世の中の需要が増えず、消費者物価指数が増えず、実需が増えず、インフレ圧力が起こらない。
銀行・証券会社・短資企業や保険企業・年金基金・投資信託ファンドが買うものは、機械・原材料といった実需関連のものではなく、金融商品である。金融商品をいくら買っても消費者物価指数が増えず、実需が増えず、インフレ圧力が起こらない。
日銀資料のグラフを見てみると、量的金融緩和を開始した2013年以降、マネタリーベースの上昇が急激であるが、銀行の貸し出しがまったく伸びていない。
マネーストックは緩やかに増えている。保険企業・年金基金・投資信託ファンドの国債などを買いオペしているのでその分だけマネーストックが増えていると解釈できる。
ただし銀行の貸し出しが伸びていないので、マネーストックの増加がマネタリーベースほど急激ではない。
量的金融緩和の根拠は「マネタリーベースを増加させれば銀行の貸し出しが自動的に伸びてマネーストックも増加する」という外生的貨幣供給理論であるが、どうやらその外生的貨幣供給理論は間違いだったようである。
2013年以降の日本は、将来不安が大きくて将来の不確実性が大きいので家計が消費をしようとしない[2]。家計が消費をしようとしないので企業が「需要の急増に備えた設備投資」をしようとしない。このため企業・家計の借り入れ意欲が極めて低い。
また、量的金融緩和を行うような状況だと、長期国債の買いオペが進むので長期金利が下がり、イールドカーブが寝てフラット化し、長短金利差が縮小し、銀行の収益力が弱くなる(詳しくは長期金利の記事を参照のこと)。すると銀行の経営陣は「これだけ収益力が弱くなっているのだから、絶対確実に返済してくれそうな優良企業・優良家計にだけ貸し出ししろ。返済しないかもしれない企業・家計には貸し出しするな。決してリスクを取らず、安全運転でいけ」と現場に指示するようになり、かえって貸し出しをしなくなり、貸し渋りをするようになる。こういう現象を分析する理論をリバーサル・レート理論という。
もともと「景気が過熱したときの売りオペ(金融引締)はよく効くが、景気が冷え込んだときの買いオペ(金融緩和)はあまり効果が無い」と論じられる。このことを示す文章を引用しておく。
これまでも、既にしばしば「金融政策は、引き締め時により有効であり、緩和つまり景気振興策としてはその効果は鈍く、有効需要に直接響く財政政策の方が効果的である」と言われてきている。
そもそも金融引締政策とは、経済活動が過熱して物財・労働・外貨等の需給関係がバランスを欠くような(需要超過)状況になった時、(どんな取引にも必ず必要な)オカネという兵糧を絞る、出し渋ることで、実体経済の健全なバランスを回復させようとすること(パーティーの真っ盛りに、お酒を取り上げるようなもの)であり、経済が猛烈にオカネを必要としている時だけに、確かにこれは効く。
逆に経済が沈滞している時は、企業家にしてみれば、・・・(中略)・・・おいそれと銀行の申し出に応じるとは限らない。曰く「紐で引っ張ることはできても、紐で押す(push on the string)ことはできない」、あるいは曰く「馬から水桶を取り上げて水を飲ませなくすることはできるが、逆にたっぷりの水を満たした水桶を馬の傍に持って行ったとしても、いざ水を呑むか否かは馬の気持ち・体調次第であり、無理に飲ませることはできない」とも表される。
横山昭雄『真説 経済・金融の仕組み』147~148ページ
紐で押す(push on the string)とは、有名な経済学者であるジョン・メイナード・ケインズが流行らせた言葉で、英文の経済記事にしばしば出てくる。
短期金利をゼロ付近にする金融政策をゼロ金利政策と言うが、「ゼロ金利政策を実行するような状況だと流動性の罠におちいり、いくら金融緩和してもいっこうに景気が刺激されない」とも言われる。
量的金融緩和は国債を買い入れることを優先的に行う。買い入れるべき国債がなくなってきた場合、中央銀行が買うものはETF(指数連動型上場投資信託受益権)になる。
ETFとは「複数の銘柄の株式をまとめたセット商品」といったもので、これを日銀が買いまくれば日経平均株価が上昇する。
ETFを日銀が買いまくって日経平均株価を分不相応に釣り上げて肥大化させることを日銀相場とか日銀爆買いという。2013年以降の量的金融緩和で日銀がETFを買いまくり、2021年4月の時点で「ETF購入を通じて日銀が間接保有する株式のシェアが20%以上の企業」は4社、「ETF購入を通じて日銀が間接保有する株式のシェアが10%台の企業」は71社に上るようになった(記事)。
このため、株式投資に熱中するような人は日銀の量的金融緩和を支持する傾向にある。
| 筆者は日銀で長く勤めた人。この書籍に対して第29代日銀総裁の福井俊彦が推薦文を書いている。 「マネタリーベースを増やせば銀行の貸し出しが自動的に伸びてマネーストックも増加する」という外生的貨幣供給理論(外生説)や、その考えに基づく量的金融緩和を徹底的に批判している。 「銀行の貸し出しが伸びればマネーストックが増え、それに応じて中央銀行がマネタリーベースを新規発行して増加させる」という内生的貨幣供給理論(内生説)を論じている。 |
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最終更新:2025/12/15(月) 16:00
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