JRA顕彰馬とは、中央競馬の発展に多大な貢献のあった馬の功績を讃え、顕彰していくものである。
1984年にJRA30周年記念事業の一環として制定された。
制定当初から1999年までは有識者12名による顕彰馬選考委員会の審議によって選出されていた。2001年からは選出方法が記者投票へと変更され、現在は毎年6月に行われている記者投票で総投票者の4分の3以上の票を得た馬が自動的に選出されている。
投票は、10年以上競馬報道に携わっているマスコミ・競馬関係者によって行われる(投票資格は後述)。
1人辺りの投票数は2014年までは2頭まで[1]、2015年からは4頭まで連記できる。顕彰馬に推薦するに相応しい馬がいないと判断した場合は「該当馬なし」とすることも可能。
例・4票分の内3頭に投じたい場合は、「1頭目AAAA、2頭目BBBB、3頭目CCCC、4頭目該当馬なし」と言うような形となる。
投票者は毎年一般公開されている。全く同じ顔ぶれが続くわけでもなく、新規対象者の追加、離職などで若干数であるものの変更が行われている。また一般公開はされないもののJRAの管理の都合上、誰がどういった投票をしたかは記録されている。
投票の対象となる馬は、3月31日を起算日とし競走馬登録抹消後1年以上経過し、20年以内の馬である。したがって、現役の競走馬、競走馬登録抹消後1年未満の馬及び21年以上の馬は投票の対象外である。2003年まではこの規定がなく、テイエムオペラオーの落選に対する抗議をきっかけに2004年に制定された。投票対象範囲が変更された2004年にはJRA50周年記念による特例措置として、通常の投票とは別に制度改定によって投票対象外となる抹消後21年以上の馬に対する投票も別枠で行われた。
選定基準は中央競馬の競走馬登録を受けていた馬[2]で下記のいずれかに該当する馬とする。
更に選考委員会時代には、安易に多くの顕彰馬が選出されるのを防ぐため、1. に関してはGI級3勝以上の馬に限り、2. に関しては自身がGI級優勝馬であって産駒がGI級5頭以上の種牡馬またはGI級2頭以上の繁殖牝馬に限る、とする追加の規定があった[3]。
東京競馬場の敷地内にあるJRA競馬博物館では、顕彰馬の肖像画、ブロンズ像、関係資料などが展示されている。また、近年では選定された年に競走馬の記念競走が施行される。
投票資格は下記のいずれかに該当する者になる。
2013年以前の選定基準はそれぞれ下記のとおり。
顕彰馬選定委員会12名で年1回選考された。選定委員は理事長から委嘱された12名の有識者で構成。対象馬は次のいずれかの条件を満たした馬を必須条件として選定されていた。
下記、顕彰馬一覧の「主たる選出理由」に記載されている第1~3号は上記条件によるものである。
1999年までの選考委員会を廃止、記者投票方式となった。投票資格は記者クラブ経験通算10年以上、もしくは各専門紙の代表者2名のいずれかに該当する者。1人辺りの投票数は2票まで、総投票者の4分の3以上の票を得た馬が自動的に選出される。対象馬は中央競馬所属経験馬に限定。選定基準はG1○勝といった表記が削除された。
投票資格がこの年から各専門紙の代表者2名から3名へ増加。投票対象馬を「3月31日を起算日とし競走馬登録抹消後1年以上経過し、20年以内の馬」に限定されるようになった。
なお2004年に限り、JRA創立50周年記念事業の一環として「抹消後20年以上を経過した馬のみの投票」が実施され、タケシバオーが選定された。
| 馬名 | 性別 | 生年 | 選出年 | 主な勝ち鞍 | 副題 | 主たる選出理由[4] |
|---|---|---|---|---|---|---|
| クモハタ | 牡 | 1936年 | 1984年 | 東京優駿 | 栗毛の貴公子 | 第2号 |
| セントライト | 牡 | 1938年 | 1984年 | クラシック三冠 | 黒鹿毛の勇者 | 第1号 |
| クリフジ | 牝 | 1940年 | 1984年 | 東京優駿、優駿牝馬、菊花賞 | 最強の牝馬 | 第1号 |
| トキツカゼ | 牝 | 1944年 | 1984年 | 皐月賞、優駿牝馬 | 名牝 | 第3号 |
| トサミドリ | 牡 | 1946年 | 1984年 | 皐月賞、菊花賞 | 希代の名馬 | 第2号 |
| トキノミノル | 牡 | 1948年 | 1984年 | 朝日杯3歳S、皐月賞、東京優駿 | 幻の馬 | 第1号 |
| メイヂヒカリ | 牡 | 1952年 | 1990年 | 朝日杯3歳S、菊花賞、天皇賞(春)、有馬記念 | 黄金の脚 | 第1号 |
| ハクチカラ | 牡 | 1953年 | 1984年 | 東京優駿、天皇賞(秋)、有馬記念、ワシントンB・H | 栗毛の国際派 | 第1号 |
| セイユウ | 牡 | 1954年 | 1985年 | セントライト記念、七夕賞、福島記念 | アラブの怪物 | 第3号 |
| コダマ | 牡 | 1957年 | 1990年 | 皐月賞、東京優駿、宝塚記念 | 夢の超特急 | 第1号 |
| シンザン | 牡 | 1961年 | 1984年 | クラシック三冠、宝塚記念、有馬記念、天皇賞(秋) | 最強の戦士 | 第1号 |
| スピードシンボリ | 牡 | 1963年 | 1990年 | 天皇賞(春)、有馬記念2回、宝塚記念 | 時代の先駆者 | 第1号 |
| タケシバオー | 牡 | 1965年 | 2004年 | 朝日杯3歳S、天皇賞(春)、スプリンターズS(英国フェア開催記念) | 記者投票 | |
| グランドマーチス | 牡 | 1969年 | 1985年 | 中山大障害4回 | 飛越の天才 | 第3号 |
| ハイセイコー | 牡 | 1970年 | 1984年 | 皐月賞、宝塚記念 | 国民のアイドル | 第3号 |
| トウショウボーイ | 牡 | 1973年 | 1984年 | 皐月賞、有馬記念、宝塚記念 | 天馬 | 第1号 |
| テンポイント | 牡 | 1973年 | 1990年 | 阪神3歳ステークス、天皇賞(春)、有馬記念 | 流星の貴公子 | 第1号 |
| マルゼンスキー | 牡 | 1974年 | 1990年 | 朝日杯3歳ステークス | 夢のスーパー・カー | 第3号 |
| ミスターシービー | 牡 | 1980年 | 1986年 | クラシック三冠、天皇賞(秋) | 奇跡の豪脚 | 第1号 |
| シンボリルドルフ | 牡 | 1981年 | 1987年 | クラシック三冠、天皇賞(春)、 ジャパンカップ、有馬記念2回 |
七冠馬 | 第1号 |
| メジロラモーヌ | 牝 | 1983年 | 1987年 | 牝馬三冠(※当時の3冠目はエリザベス女王杯) | 牝馬三冠 | 第1号 |
| オグリキャップ | 牡 | 1985年 | 1991年 | 有馬記念2回、マイルチャンピオンシップ、安田記念 | スーパー・スター | 第1号 |
| メジロマックイーン | 牡 | 1987年 | 1994年 | 菊花賞、天皇賞(春)2回、宝塚記念 | 最強のステイヤー | 第1号 |
| トウカイテイオー | 牡 | 1988年 | 1995年 | 皐月賞、東京優駿、ジャパンカップ、有馬記念 | 不屈の帝王 | 第1号 |
| ナリタブライアン | 牡 | 1991年 | 1998年 | 朝日杯3歳ステークス、クラシック三冠、有馬記念 | シャドーロールの三冠馬 | 第1号 |
| タイキシャトル | 牡 | 1994年 | 1999年 | マイルCS2回、安田記念、 スプリンターズS、ジャック・ル・マロワ賞 |
日本の誇るマイラー | 第1号 |
| エルコンドルパサー | 牡 | 1995年 | 2014年 | ジャパンカップ、サンクルー大賞、NHKマイルカップ | 記者投票 | |
| テイエムオペラオー | 牡 | 1996年 | 2004年 | 皐月賞、天皇賞(春2回・秋)、宝塚記念、 ジャパンカップ、有馬記念 |
年間無敗の賞金王[5] | 記者投票 |
| ディープインパクト | 牡 | 2002年 | 2008年 | クラシック三冠、天皇賞(春)、宝塚記念、 ジャパンカップ、有馬記念 |
空飛ぶ英雄[6] | 記者投票 |
| ウオッカ | 牝 | 2004年 | 2011年 | 阪神JF、東京優駿、安田記念2回、 天皇賞(秋)、ジャパンカップ、ヴィクトリアマイル |
夢見る剛脚[7] | 記者投票 |
| オルフェーヴル | 牡 | 2008年 | 2015年 | クラシック三冠、有馬記念2回、 宝塚記念 |
記者投票 | |
| ロードカナロア | 牡 | 2008年 | 2018年 | 高松宮記念、安田記念、 スプリンターズステークス2回、香港スプリント2回 |
記者投票 | |
| ジェンティルドンナ | 牝 | 2009年 | 2016年 | 牝馬三冠、ジャパンカップ2回、有馬記念 ドバイシーマクラシック |
記者投票 | |
| キタサンブラック | 牡 | 2012年 | 2020年 | 菊花賞、天皇賞(春)2回、ジャパンカップ、大阪杯、天皇賞(秋)、有馬記念 | 記者投票 | |
| アーモンドアイ | 牝 | 2015年 | 2023年 | 牝馬三冠、ジャパンカップ2回、ドバイターフ、天皇賞(秋)2回、ヴィクトリアマイル | 記者投票 |
選考委員会時代では僅か12人の選考委員の好き嫌いによって結果が左右された。例えばダイナナホウシユウは「小柄な馬格が顕彰馬にふさわしくない」という理由で選出されなかったとされる。また、ハイセイコーは競馬ブームを巻き起こした功績により選出された一方で、成績面ではハイセイコーを上回っていた同世代のタケホープは選ばれなかった。TTGのうち最初の選考では選出されなかったテンポイントが関西勢からの批判もあり再選考で選出されたの対し、TTGのGであるグリーングラスは結局選出されなかった。などなど、選ばれなかった馬のファンからすれば選出結果には不満も残った。
選定方法が選考委員会から記者投票へ変更された後も不満の声は挙がっている。
当初は1人2票までで投票対象にも制限がなく、タケシバオー等の昔の馬と、直近に活躍した馬が票を食い合っていた。史上初の古馬王道完全制覇やルドルフ以来のGI7勝など数々の記録を打ち立てたテイエムオペラオーですら、投票対象となった初年度に顕彰馬になれなかったのである。これにはさすがに批難が殺到し、以降の投票対象に制限が課せられるきっかけとなった。
昨今では、同世代で傑出した馬のGI勝ち数がインフレする傾向にあり(平成の間にGIレースは9つも増えたし、海外遠征も増えた)、最近ではGI6勝以上か繁殖成績で圧倒しないと候補にすら上がらないこともしばしばである 。3/4以上という厳しいボーダーも手伝って、顕彰馬候補が渋滞して票が割れ、該当馬無しになってしまうことがままある。
2022年には、新たに投票対象となったGI9勝の三冠牝馬アーモンドアイが顕彰馬に選ばれなかった。記者投票は1人4頭まで投票できるものの、顕彰馬に推薦するに相応しい馬がいないと判断した場合は「該当馬なし」とすることができるが、「GIを9勝した馬が顕彰馬に相応しくないとするなら、どんな馬なら相応しいのか」と再び議論を呼ぶこととなった。翌2023年にはアーモンドアイは無事顕彰馬に選出されているが、一方でこの年から投票対象となった、無敗のクラシック三冠を達成したコントレイルが落選の憂き目に遭い「無敗でクラシック三冠を制覇した馬が顕彰馬に相応しくないとするなら(ry」とまたまた議論を呼ぶことになった。
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最終更新:2025/12/20(土) 23:00
最終更新:2025/12/20(土) 23:00
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