である。本稿においては3.について記す。
2000年に全日本プロレスから離脱した選手を中心に作られた団体。8月5日にディファ有明で旗揚げ戦を行った。
代表取締役社長は田上明、副社長に丸藤正道が就任。2010年に設立10周年を迎えた。
故三沢光晴氏が旗揚げしたNOAHは、力道山の日本プロレスやジャイアント馬場の全日本プロレスの流れを組む、日本プロレス界の保守本流派に位置していた。
プロレススタイルは四天王プロレス時代からの相手の技を受けきっての反撃と言ったハードなプロレスが人気を呼んだが、この危険過ぎるスタイルによって欠場や選手管理の不備での欠場が深刻化し、かつてはヘビー級選手だけでも5人以上の欠場者がいるといった部分や、選手の高年齢化と若手不足とそれに伴う後継選手の不在など課題があった。 好調だった業績も日本テレビの地上波撤退での収入減及びそれによる所属選手、スタッフの解雇。三沢光晴のリングでの事故死。後継人騒動での副社長百田光雄の辞任。詐欺師との黒い交際。絶対王者の小橋建太の病気、怪我での長期欠場からの引退。それらが総合して、観客動員数の激減(動員発表は水増し)、ビッグマッチもかつては武道館だったのが後楽園ホールを満員にできるかどうかの状態にまで落ちた。芋ずる式に負の連鎖が絡まり、現在では実質インディー団体と言っても差し支えない状態となっている。
これら様々な裏事情から、「ノアだけはガチ」や最近では俗称として「ノアだけはガラガラ」などという言葉も生まれている。
現在の主力選手は丸藤正道や杉浦貴。最近ではマイバッハ谷口(元・谷口周平)が存在感を見せてきている。
海外提携ではマイキー・ニコルス、シェイン・ヘイストのTMDKを中心に欧米や欧州マット界の選手が入れ替わりで来日している。
最近は鈴木鼓太郎らが率先、入門テスト内容を明確化といったオープンワイドな練習生募集をするなど、新人確保も積極的に行っているようだ…という話もあったが、2013年にようやく熊野準がデビューしたくらいで、練習生が誰もいないという状況である。その鈴木鼓太郎も現在は退団している。
ジュニア級の選手層も金丸義信、リッキー・マルビンといった選手たちが連ねていたが、それら選手も退団が相次いだほか、丸藤正道、杉浦貴の2人は体重がジュニアだがヘビー級として出場しているため、ジュニアの所属選手は新人の熊野、DIAMOND RING(元健介オフィス)から移籍した北宮を入れても7人ととノアの現状と選手層の薄さを物語っている。
そのためフリー、他団体選手を入れなければ、満足に興行も出来なくなっており、現在は中嶋勝彦やわがたまりのない元ノア所属の選手ら、ビッグマッチでは主にZERO1の田中将斗と大日本プロレスの関本大介、フリーの高山善廣が参戦して興行が成り立っている。
2014年2月にノアの元GMで三沢の右腕的存在だった仲田龍が死去。4月末には主力のKENTAが退団、2015年に森嶋猛の引退といよいよ団体の存続が窮地を迎えている段階にある。
そして現在は新日本プロレスのサポートによって経営できている状況になっている。
それによりまず新日本の外的ヒールであった鈴木軍がノアに参戦。結果としてベルトが鈴木軍総取りとなった。
鈴木軍に「泥舟」「沈みかけの船」「ファンが気持ち悪い」「(観客に)ブスのくせにしゃべんじゃねーよ」などと好き放題言われてもブーイングは少なく、むしろ歓声の方が8割近い状態にもなっている。
2015年6月には、興行としても「三沢光晴七回忌興行」と銘打たれた大会を開き、「タイトルが暗い」「人の死で客を呼ぶな」といった声も聞かれる。
ノアはたびたび三沢の死についての興行を行っており、プロレスファンの間では葬式団体という呼び名が飛びかっている。
| ヘビー | ジュニア | 常連他団体、フリー、外国人留学生 |
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最終更新:2026/01/08(木) 03:00
最終更新:2026/01/08(木) 02:00
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