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1 ななしのよっしん
2016/02/07(日) 12:31:55 ID: iOL++prHvY
記事作成乙
日本陸軍の対戦車戦闘において本当に欲しかったものってまさにコレ
技術的にもサイズ的にもケニとチハの中間程度の車体流用の自走砲でここまで出来たのは大きい
3突?21tもある300馬力近いガソリンエンジンとトーションバー積んだ自走砲とか
日本陸軍が運用できるもんじゃないです
2 ななしのよっしん
2016/02/11(木) 21:45:54 ID: EgSVQQkSY5
>>1
イ式重爆の例もあるから運用思想とか設計思想を伝授してくれたかもね
問題は軍上層部がドイツかぶれだらけだった事で
3 ななしのよっしん
2016/02/19(金) 17:23:30 ID: 0/EAktCmJK
>>1
日本陸軍は中国軍相手に特化というか、最適化した軍だったからね。なおかつ戦った米軍戦車がM3軽戦車で終わってたしね。
試製五式四十七粍自走砲ホルみたいな車両は末期に開発していて、短砲身の75㎜砲くらいならハ号にも固定戦闘室形式で積めるかもしれない。
チハだってホニⅠやⅢがあるし、イギリスのアーチャー17ポンド自走砲みたいな形式であれば90式野砲よりも大きな野砲や榴弾砲が簡単に積めたかもしれない。
4 ななしのよっしん
2016/03/08(火) 16:07:02 ID: ErrZWww3U2
>>1
日本も対戦車自走砲(もとい砲戦車)の有効性は理解してたと思うよ。チハの車体流用した一式砲戦車なんかこのセモベンテよろしく米軍のM4相手にかなり善戦してるし、チヘの車体に短砲身75ミリを砲塔形式で載せた二式砲戦車とかも開発してる。
ハンガリーでズリーニィ突撃砲が成功してたこととかも考えれば、日本とかイタリアみたいな戦車後進国が、低い技術水準で新鋭戦車に対抗するための最適解が対戦車自走砲だったのかもね。
5 ななしのよっしん
2016/05/23(月) 19:38:01 ID: mKm3VV7PRM
>>3
最適化したのではなく限界だったの間違いだよ。
交戦した米国戦車がM3軽戦車で終わってるとか
どこのパラレルワールドから来たんだよと
6 ななしのよっしん
2017/11/27(月) 22:58:55 ID: L/zVsouLpv
>>4
ってか一式砲戦車ホニⅠもセモベンテや3突も作られた当初は歩兵支援用の車両で対戦車戦闘は考慮してない
装備してた榴弾砲が偶々敵戦車に通じたから対戦車戦闘もこなしたってだけ
ズリーニィも最初は105mm榴弾砲だったのがドイツ軍が歩兵支援の突撃砲から対戦車戦闘を中心とした駆逐戦車へと自走砲の生産を切り替えている事実を知って慌てて対戦車戦闘用の75mm戦車砲作ったし
7 ななしのよっしん
2018/11/03(土) 01:37:52 ID: mipzdQgvdC
こいつとP40が居たし活躍したから間違いなく日本陸軍よりイタリア陸軍の方が第二次世界大戦で実力が上だって言えるんだよなぁ。オープントップでしかもろくに活躍しなかった一式砲戦車が比較対象だし。
8 ななしのよっしん
2018/12/23(日) 07:49:54 ID: L/zVsouLpv
>>7
P40の本格運用はイタリア降伏後にドイツ軍が使ってからたけどな
あとろくに活躍しなかった割には一式砲戦車もフィリピンの米師団壊滅させてたりしてる
むしろイタリアの凄いところは枢軸だったのにいつの間にか連合国になって戦勝国入りしてるとこだろw
9 ななしのよっしん
2018/12/23(日) 20:50:39 ID: y0HA6v2hzb
1面だけ見てどっちが上かなんてナンセンスだろう
そもそもイタリアと日本では状況が異なる。
10 ななしのよっしん
2019/01/05(土) 18:37:23 ID: y0HA6v2hzb
腐っても文化の中心地たる欧米の一員だったイタリアは日本よりは技術力やそのノウハウに恵まれていたし、
いざとなればドイツからの技術供与もうけやすかった。
ただし、第一次大戦と世界恐慌で疲弊しすぎて
兵器生産や軍隊作りどころじゃなかった。
11 ななしのよっしん
2020/04/25(土) 21:01:45 ID: H1tyaxSnyC
第二次世界大戦のイタリアを代表する車両なのにworld of tanksで実装されないのが解せない
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