アラジとは (アラジとは) [単語記事]

アラジ(Arazi)は、1989年生まれのアメリカの競走馬。

8戦7勝というほぼ完璧な戦績でブリーダーズカップ・ジュヴェナイルを圧勝し、1991年から始まった欧州競馬の権威ある表彰・カルティエ賞において、2歳にして年度代表馬に選ばれるという大快挙を成し遂げた名馬。

概要

血統

父 Blushing Groom(ブラッシンググルーム)、母 Da ns eur Fabuleux(*ダンスールファビュルー)、母父 Northern Dancer(ノーザンダンサー)という血統。

父・母父については個別記事を参照。母の*ダンスールファビュルー自身は13戦未勝利で、3歳牝馬限定の仏 GIII・ミネルヴ賞で2着になった以外はまるで見るところのない成績だが、その母ファビュルージェーンと祖母ネイティヴパートナーはともに重賞馬であり、ファビュルージェーンのきょうだいにはGI 馬が3頭とあまり悪い母系ではない。後に9歳下の半弟ノヴェルが英 GI・サセックスSを勝っており、2000年には日本に輸入されて*サンデーサイレンスを交配されたこともある(01年に交配された後に再輸出された)。しかし、日本で産んだ産駒は競走・繁殖いずれにおいても今のところ見るべき結果は出していない(強いて言えば孫世代にオープン馬が1頭出たくらい)。

ちなみに母系を遡るとファビュルージェーンの姪に*ダンシングキイがいたり、その*ダンシングキイの姪*スプリングマンボから天皇賞馬スズカマンボが出ていたり、*ダンスールファビュルーの妹ダブルスパートナーの孫にマル外 GI 馬イーグルカフェがいたり、古くは日本に輸入されたネイティヴパートナーの弟*ジムフレンチからダービー馬バンブーアトラスが出ていたりと、日本にゆかりのある馬がメジロ目白押しである。

7連勝

成長しても体高がサラブレッドの平均的なそれよりも10cmほど低い152cm程度、現役時も出走時の馬体重が重くて430kg程度と非常に小柄な馬だった本馬は、1歳時のキーンランドセールでアレン・E・ポールソンという人物に35万ドルで購買された。彼は航空機メーカーのガルフストリーム・エアロスペース社のオーナーであり、この幼駒をアリゾナ砂漠にある航空チェックポイントの名前を取ってアラジと命名した^[1]。

ミエスクなどの名馬を管理したフランスのフランソワ・ブータン調教師に預けられたアラジは91年5月に1000m戦でデビューし、ここは勝ち馬に2馬身半差をつけられ2着に敗れたが、次戦は同じく1000m戦を使って3馬身差の楽勝で勝ち上がった。

3戦目はGIII・デュボワ賞(1000m)を選択。レースは4頭立てで行われ、アラジがデビュー戦で敗れた相手のスタインベックが単勝1.4倍の圧倒的人気だったがこれを退け3/4馬身差で優勝。続けて挑戦したロベール・パパン賞(GII・1100m)も出負けを物ともせずに1馬身半で快勝すると、返す刀で出走した1200mのGI・モルニ賞はまたしても4頭立てとなったが、全く問題なく2着馬ケンブ^[2]に3馬身差を付けて楽勝した。

1400mのGI・サラマンドル賞も5馬身差で圧勝し、いよいよフランスの2歳王者決定戦であるグランクリテリウム(1600m)に挑戦。後に英の2歳GI・レーシングポストトロフィーを勝つシアトルライムなどの5頭を相手に単勝オッズ1.2倍の圧倒的人気を集め、レースでは馬なりのまま2着馬に3馬身差を付けて圧勝。6連勝で2着馬に付けた着差は合計16馬身あまりにも及んでいた。
ちなみにこのグランクリテリウムのメンバーには、のちに愛ダービーで12馬身差・タイム2分25秒6というとんでもないパフォーマンスを見せて優勝し、キングジョージVI世&クイーンエリザベスステークスでも圧勝を収めたセントジョヴァイト(4着)もいた。

こうして爆発的な末脚を武器に6連勝を達成したアラジはグランクリテリウムが終わる頃には大きく騒がれるようになり、馬主のポールソンも地元の権威ある2歳王者決定戦であるブリーダーズカップ・ジュヴェナイルに出走させることを考えた。ちょうどこの頃、後に日本でもおなじみのゴドルフィンを設立することになるドバイのモハメド殿下がポールソンにアラジの共同所有を持ちかけ、900万ドルで所有権の半分を買い取った。

ワンダーホースへ

11月、アラジはチャーチルダウンズ競馬場で行われたBCジュヴェナイル(ダート8.5ハロン)に予定通り出走。鞍上は馬主と専属契約があり、過去に*サンデーサイレンスなどの手綱を執った名手であるパット・ヴァレンズエラ騎手となった。無傷の3連勝でGI・ノーフォークSを勝ったバートランドなどの好メンバーが揃った上、アラジにとってはフランスからの長距離輸送に加えて初のダート、しかも1コーナーまでの距離が短いため不利である大外枠を引くなど不安要素がいくつかあったが、それでもアラジがバートランドを抑えて1番人気に支持された。

スタートすると、アラジは無理に前に行かずに後方を進む。先行が有利とされるアメリカ競馬で後方2番手はあまり有利とはいえない位置取りであり、向こう正面に入ったところで実況にも「アラジは前に行きたがらないか」などと言われる有様だったが、その直後に事件が起きた。

なんとアラジは、馬群の間を縫うようにまくって好位に取り付き、3コーナーから4コーナーの中間で実況が「Arazi!!!」と叫んだときには既に逃げていたバートランドを捉えんとする勢いだったのだ。そのまま勢い余って外に膨れ加減になりながら直線に突入したアラジの脚色は全く衰えず、アラジはゴール手前でヴァレンズエラ騎手が抑え気味にしてもなおバートランドに5馬身差をつけるという凄まじいパフォーマンスを見せて優勝してしまった。実況からは「真のスーパースター(Here indeed is A SUPER STAR!)」、「センセーショナル」という言葉で讃えられた。

この結果、2歳シーズン8戦7勝(7連勝)・2着1回というほぼ完璧な戦績を残したアラジは、当然この年から創設されたヨーロッパの統一表彰・カルティエ賞の最優秀2歳牡馬に選ばれたのだが、それだけではなかった。なんとアラジはジョッケクルブ賞・愛チャンピオンS・凱旋門賞を勝ち、この年7戦5勝2着2回とこちらも文句のつけようのない戦績だったスワーヴダンサーや、英愛ダービー・キングジョージを勝ち、90年代を通しても最高のレーティングを与えられた*ジェネラスといった3歳馬を抑えて、2歳にして年度代表馬にも選出されたのだ。
また米国でもエクリプス賞の最優秀2歳牡馬に選出されたものの、こちらは6連勝でBCクラシックを制した古牡馬チャンピオンの*ブラックタイアフェアーが年度代表馬を獲得したため、欧米ダブル年度代表馬受賞とはならなかった。

なお、この年のアラジは英タイムフォーム社のレーティングにおいて、1977年のワールド・サラブレッド・ランキング^[3]創設以後の2歳馬としてはトップクラスである135 ポンドという数字を叩き出しており、これは77年以降の2歳馬では1994年に12馬身差でレーシングポストトロフィーを圧勝して138 ポンドを叩き出したセルティックスウィングに次ぐ数字である。2001年に英愛仏の2歳GIを総ナメにした上でBCジュヴェナイルも勝った*ヨハネスブルグですら127 ポンド、フランケルですら133 ポンドだったと書けば、本馬がいかに恐ろしいパフォーマンスを見せていたかおわかりいただけるだろう。

セクレタリアトの再来と呼ばれて

BCジュヴェナイルの後、アラジは両前脚の膝関節の骨片を除去する手術を受けた。しかし回復が長引き、復帰は翌年の4月までもつれ込んだ。それでも復帰戦となったリステッド競走では2着馬に5馬身差を付けて連勝を8に伸ばし、騎乗したスティーブ・コーゼン騎手はかつて自らが騎乗して米三冠を達成したアファームドに比肩する馬と評した。7年前にアファームドを超えた英ダービー馬がいただろと言ってはいけない。

アラジはこの後ケンタッキーダービーを目指して渡米したが、BCジュヴェナイルを勝って以降、アラジに関する話題の加熱は留まるところを知らなかった。マスコミには「ワンダーホース」「セクレタリアトの再来」「神話の生き物」などと手放しで称賛され、ケンタッキーダービーで鞍上に戻る予定のヴァレンズエラ騎手は「この馬はサンデーサイレンスよりも上、ケンタッキーダービーは既に終わっている！」とまで言い放った。またアメリカを主戦場としているポールソンと欧州を主戦場としているモハメド殿下の共同所有馬だったことから、ケンタッキーダービーの後は米国三冠路線か、それとも英ダービーも狙いに行くのかなどと盛んに議論が交わされた。

迎えたケンタッキーダービーは当然一流どころが集まり、

5連勝でサンタアニタダービーを勝った超大物候補エーピーインディ
フロリダダービー馬テクノロジー
アーカンソーダービー馬パインブラフ
ウッドメモリアル招待S勝ち馬デヴィルヒズデュー
英国馬で、同国の2歳GI・デューハーストSの勝ち馬*ドクターデヴィアス

などが出走予定だったが、最有力と目されたエーピーインディがレース当日の朝に挫跖で回避したため、ただでさえ一本被り気味だったアラジの人気は更に高まり、最終的な単勝オッズは1.9倍という圧倒的なものとなった。

18頭立ての17番枠からのスタートとなったアラジはBCジュヴェナイルと同じように後方を追走し、向こう正面からスパートをかけたのだが……いまいち手応えが良くない。観衆が青ざめる中、先行集団の一角で直線を迎えたアラジだったがほとんど伸びが見られず、結局アラジをマークするように進んだアーカンソーダービー2着馬リルイーティーから8馬身差をつけられて、ケンタッキーダービーの1番人気馬としては当時最悪となる着順の8着に敗れ、連勝は8でストップしてしまった。敗因は手術の影響、臨戦過程、距離などが囁かれたがはっきりしておらず、ヴァレンズエラ騎手は自らのミスを敗因に挙げている。

ケンタッキーダービー後

ケンタッキーダービーで大敗を喫したのは距離が問題だったと思われたのか、フランスに戻ったアラジは二冠目のプリークネスSも英ダービーも狙うことなく、再びコーゼン騎手とコンビを組んで6月のロイヤルアスコット開催に向かい、3歳牡馬限定のマイル GI・セントジェームズパレスSに出走。ここでは英愛の2000ギニーを勝った*ロドリゴデトリアーノ、愛 2000ギニー2着馬エズード、同3着馬ブリーフトゥルースなどが対戦相手となった。

アラジはこのメンバー相手でも単勝1倍台の人気を集めていたが、後方待機から追い込んだもののゴール前で伸びを欠いてブリーフトゥルースの5着に敗れ、そのまま休養。秋の復帰戦となったプランスドランジュ賞(GIII・2000m)では5頭立てだったこともあって単勝1.4倍の支持を受けたものの、この年のイスパーン賞2着馬で後にBCクラシックを優勝する*アルカングはおろか、重賞実績は皆無、前走はジョッケクルブ賞でブービー負けという、明らかにアラジと比べて格下の戦績だった最低人気馬プリンスポリノにもゴール前で差し返されて3着に敗退した。

この敗戦続きにより暗雲が垂れ込めてきたのだが、次走のロンポワン賞(GII・1600m)では中団から久しぶりに豪快な追い込みを見せ、2着馬に4馬身差を付けて半年ぶりに勝利。レースが行われたのが凱旋門賞当日のロンシャン競馬場ということもあり、観衆はワンダーホースの復活に大いに沸いた。

これでマイル路線を進むことが決まったアラジはみたびアメリカへ飛び、ガルフストリームパーク競馬場で行われるブリーダーズカップ・マイルに出走。

クイーンエリザベス II世Sを前年に勝った英の強豪マイラー・セルカーク
ケンタッキーダービーに向かわずマイル路線を歩んでいた地元の3歳馬ルアー
ムーランドロンシャン賞・クイーンエリザベス II世Sと連続で2着となり古馬相手でもやれることを示したブリーフトゥルース
ジャック・ル・マロワ賞を勝ち、イスパーン賞でも3着に入ったイグジットトゥノーウェア
前年の愛 2000ギニー馬フォースターズオールスター

など、流石に強敵揃いとなったが、それでも前走で復調気配にあるとみられたアラジは1番人気となった。

快晴の中でスタートが切られると、最内枠からルアーが好発から単騎先頭に立ち、枠が内めだったこともあってか久々に手綱を執ったヴァレンズエラ騎手はそれを見るような位置で先行した。そして半マイルが45秒82というなかなかのハイペースでもじっと耐え直線に入ったが、レコードで逃げ切ったルアーの8馬身後ろで全く伸びが見られないまま11着に惨敗。結局これを最後に引退となった。

種牡馬として

引退したアラジは、モハメド殿下が所有し、現在でもゴドルフィンの拠点となっているダルハムホールスタッドで種牡馬入り。後に残り半分の権利も購入したモハメド殿下の采配でアメリカへ移動した後、1997年に日本に輸入され、毎年50～70頭ほどの牝馬を集めた。

さて、種牡馬としてのアラジがどうだったかと言うと……日本ではお世辞にも成功とは言い難かった。5年間供用されたものの、地方競馬で活躍して大井記念優勝・帝王賞2着などの成績を残した英国供用時代の産駒・ドラールアラビアンを超える成績の馬を1頭も出すことができず、2002年にスイスに輸出された。

では本国での産駒はどうだったかと言うと、1998年生まれ(輸出前の最後の世代)の産駒からGI5勝馬コンガリーが出たのだが、それでもアラジが買い戻されるほどの評価には繋がらず、他の産駒も散発的に重賞馬がいただけだった。

その後は母父としてエレクトロキューショニストなどを輩出したことで汚名を払拭しつつあったが、結局スイスから再輸出されることはないまま2011年に種牡馬を引退。その後はオーストラリアで余生を送った。30歳を超えても到底そう見えないほど若々しい馬体と雰囲気を保っていたが、2021年 7月に32歳の長寿で死亡した。

BCジュヴェナイルの後の手術が必要だったのかは当時から議論の的となっており、産駒も早熟傾向かと思いきや2歳重賞を勝った馬が皆無なこともあって、もともとピークが早かったのか、それとも手術ないしケンタッキーダービーでの大敗によって心身に悪影響があったのかは永遠の謎である。しかし、7連勝でBCジュヴェナイルを制し、2歳で年度代表馬に選ばれるという歴史上でも稀に見る快挙^[4]を成し遂げた強さは間違いなく本物であり、人々に無限の夢を見せたのも頷けるものだったことは間違いない。

血統表

Blushing Groom 1974 栗毛	Red God 1954 栗毛	Nasrullah	Nearco
			Mumt az Begum
		Spring Run	Menow
			Boola Brook
	Runa way Bride 1962 鹿毛	Wild Risk	Ria lto
			Wild Vi olet
		Aimee	Tudor Minstrel
			Emali
*ダンスールファビュルー Da ns eur Fabuleux 1982 鹿毛 FNo.7	Northern Dancer 1961 鹿毛	Nearctic	Nearco
			Lady Angela
		Natalma	Native Dancer
			Alma hmoud
	Fabuleux Jane 1974 栗毛	Le Fabuleux	Wild Risk
			Ang uar
		Native Partner	Raise a Native
			Dinner Partner
競走馬の4代血統表