スリップアンカー(Slip Anchor)とは、1982年生まれのイギリスの競走馬である。「ザ・ダービー」こと本場イギリスのダービーステークスを完璧な逃げで圧勝し、祖父ミルリーフから数えて3代にわたるダービー制覇を達成したことで知られる。
父Shirley Heights、母Sayonara、母父Birkhahnという血統。
父シャーリーハイツは英愛ダービーを優勝し、英ダービーではその父ミルリーフとの親子制覇となった優駿。本馬以外の代表産駒としてはサドラーズウェルズやレインボークエストを破って仏ダービーを優勝したダルシャーンなどがおり、母の父としてもご存知「薔薇一族」のローズバドやローゼンクロイツ、それにオルフェーヴルを凱旋門賞で破ったソレミアを輩出している。
母サヨナラはドイツ生まれで、同国の「馬名は母名と同じイニシャルでなくてはならない」というルール通り、母系を遡ると「S」から始まる名の馬が連なる。一見日本には馴染みがないようだが、サヨナラの末の妹サンタルチアナがビワハイジの母*アグサンとマンハッタンカフェの母*サトルチェンジを産んでいると知ると親しみが湧くのではないだろうか。4代母のシュヴァルツゴルトは独ダービー・独オークス・独1000ギニー・ベルリン大賞を勝った名馬で、その末裔には凱旋門賞馬サガス、スタセリタ・ソウルスターリング親子などがいる。
母の父ビルクハーンの詳細については個別記事に譲るが、概説すると東西ドイツのダービーを優勝し、種牡馬としても大活躍を収めた馬である。現在でもなおその血の活力は衰えていない。
背が高く脚がひょろ長い馬で、あまり逞しい馬体ではなく、気性も難しかったという。しまいには調教の後半になると酸欠と思しき症状でヨロヨロになるため、酸素ボンベが常備されていたそうである。これではあまり期待されなかったのも無理はない。
2歳(1984年)の10月に迎えたデビュー戦では名手レスター・ピゴットが騎乗。勝ち馬から8馬身離された4着だったが、1ヶ月もしないうちに4馬身差で勝ち上がってそのまま2歳シーズンを終えた。当時のタイムフォーム誌では成長に期待するコメントが寄せられている。
3歳(1985年)4月の初戦ではパット・エデリー騎手が騎乗したが、ここは3着に敗れた。そして翌月のリステッド競走・ヒーソーンSで、スリップアンカーは最高のパートナーと出会うことになる。
新たに鞍上に起用されたのは、スティーブ・コーゼン騎手であった。デビュー2年目にして米国リーディングジョッキーに輝き、その翌年には弱冠18歳にして三冠馬アファームドの手綱を執る栄誉に浴したこの若き天才は、減量苦もあって1979年にイギリスに移籍していた。その年に早速2000ギニーを*タップオンウッドで制すると、1984年にはリーディングジョッキーを獲得し、イギリスでも名声を確かなものとしていた。
そのコーゼン騎手が騎乗したこのレース、気分良く走らせれば実力を出せると踏んだコーゼン騎手は逃げの手に打って出た。そしてこれが奏功し、スリップアンカーは2着馬に4馬身差をつけて完勝。文句なしの勝利であり、これによってコーゼン騎手は本馬の主戦騎手として固定されることになった。
そして返す刀で9日後のダービートライアルS(G3)に出走。単に重賞を勝たせる良い機会だという理由での出走だったようで、単勝1.91倍の圧倒的人気に推されてもヘンリー・セシル調教師はあまり勝利を予期していなかったようだが、スリップアンカーはここでセシル師も度肝を抜かれる10馬身差の圧勝劇を見せ、一気にダービーステークスの有力候補に躍り出た。
といった豪華なメンバーを含む14頭立てとなった。これらのメンバーを抑え、スリップアンカーは単勝オッズ3.25倍の1番人気となった。
レースが始まると、コーゼン騎手とスリップアンカーは一気にハナを切った。スタートからぶっ飛ばすアメリカ競馬の出身である鞍上にとっては逃げもお手の物だろうが、ダービーが行われるエプソム競馬場は最初に高低差約42mの坂を登りながらの緩い右コーナーがあり、そこから高低差約30mの急勾配を下りながら左にカーブし、最終コーナー「タッテナムコーナー」を抜けて700mほどの直線の残り50mまでが下り坂、最後にもう一度上り坂というコースである。果たして逃げ切れるのか。誰もがそう思ったことだろう。
しかしコーゼン騎手とスリップアンカーは最初の上り坂をスローペースで通過すると、下り坂に入って一気に加速。タッテナムコーナーを曲がりながらさらにペースを上げて後続を一気に離すと、大逃げの態勢で直線へ突入した。後ろからはローソサイエティなどが懸命に追い込んできたが、それでも後ろを見遣りながら必死で追い続けるコーゼン騎手に応えて逃げ続けるスリップアンカーを捕まえることはできず、ローソサイエティに7馬身差、3着の*ダミスターにはさらに6馬身差をつけてスリップアンカーが完勝。この瞬間、1926年のコロナック以来59年ぶりのダービーステークス逃げ切り、そして祖父ミルリーフ・父シャーリーハイツから連なる史上6組目のダービー父子3代制覇が達成された[1]。レース後、コーゼン騎手は本馬について「相手に攻撃する機会すら与えずに敵を全滅させられる馬。その点では接戦に強いアファームドとは違うが、総合能力はアファームドよりも上で、キャリア最高の馬」と手放しの称賛を与えた。
ダービーを優勝したスリップアンカーは、愛ダービーをパスしてキングジョージVI世&クイーンエリザベスダイヤモンドS、通称「キングジョージ」に駒を進める予定だったが、調教中に左前脚を故障し回避を余儀なくされた。なお愛ダービーでは1番人気に支持されたローソサイエティがこれに応えて勝利し、キングジョージではダービーで11着に敗れていたペトスキがコーゼン騎手のお手馬であるこの年のオークス馬オーソーシャープやレインボークエスト、ローソサイエティ、シリウスシンボリなどを破って優勝した。
さて、スリップアンカーは9月のセプテンバーS(G3)で復帰。ダービーでの逃げて7馬身差圧勝という勝ち方のインパクトから単勝1.5倍の断然人気に支持されたが、シャーガーの弟シェルナザールに差されて半馬身差の2着に終わった。
その後は気を取り直して10月のチャンピオンS(G1)に参戦。前年の1000ギニー・当年のエクリプスSを勝った*ペブルス、前年のセントレジャーの勝ち馬コマンチラン、前年のこのレースの勝ち馬*パレスミュージック、当年の愛オークス馬ヘレンストリートなどが参戦した。ちなみに*ペブルスもコーゼン騎手のお手馬だったが、そのコーゼン騎手がスリップアンカーを選択したため、相手にはパット・エデリー騎手が騎乗することになった。
好メンバーが揃ったこのレースでもスリップアンカーとコーゼン騎手はやはり果敢に逃げたが、残り1ハロン辺りで必死に追っていたところをエデリー騎手曰く「スプリンターの脚を使った」*ペブルスに馬なりのままあっさり捉えられ、*パレスミュージックこそ抑え込んだものの、*ペブルスには3馬身差をつけられて完敗した。それでもダービーの勝ち方が評価され、タイムフォーム誌のレーティングでは136ポンドの評価を獲得。全世代で単独トップとなった。
4歳になっても現役を続行したが、この頃からスリップアンカーには大きな問題が露呈するようになった。それは「気性」である。あまりの気性難のため、他馬と別々に調教をするなどの対策が必要になってしまったのである。
そんな状態で復帰した5月のジョッキークラブS(G2)は僅か3頭立てだったが、ダービーで着外に沈んでいたセントレジャー2着馬のファルダンテに後れを取る2着に敗退。この敗戦のためか、「全盛期の輝きがなくなってしまった」ということで目標としていたキングジョージにも参戦せずにそのまま引退した。
種牡馬入りしたスリップアンカーは、2世代目の産駒から英愛オークス・ヨークシャーオークス・セントレジャー・サンクルー大賞を勝ち、凱旋門賞でも2着に入り、ジャパンカップにも来日したことで日本のファンにもおなじみであろうユーザーフレンドリーを輩出したのを筆頭に重賞馬を散発的に輩出したが、親子4代ダービー制覇へのバトンを受け取る産駒は出せなかった。2011年9月22日に老衰からくる衰弱のため29歳で安楽死の措置が取られた。
殿堂入りジョッキーであるスティーブ・コーゼンをして、「自らが手綱を執った米国三冠馬アファームドより上」と言わしめた優駿。それがスリップアンカーという競走馬である。
Shirley Heights 1975 鹿毛 |
Mill Reef 1968 鹿毛 |
Never Bend | Nasrullah |
Lalun | |||
Milan Mill | Princequillo | ||
VirG1nia Water | |||
Hardiemma 1969 鹿毛 |
*ハーディカヌート | *ハードリドン | |
Harvest Maid | |||
Grand Cross | Grandmaster | ||
Blue Cross | |||
Sayonara 1965 鹿毛 FNo.16-c |
Birkhahn 1945 黒鹿毛 |
Alchimist | Herold |
Aversion | |||
Bramouse | Cappiello | ||
Peregrine | |||
Suleika 1954 黒鹿毛 |
Ticino | Athanasius | |
Terra | |||
Schwarzblaurot | Magnat | ||
Schwarzgold | |||
競走馬の4代血統表 |
超トリッキーなエプソムの地を舞台に繰り広げられた豪快な逃走劇をご覧あれ。
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最終更新:2024/12/02(月) 10:00
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