信用創造(credit creation)とは、銀行が手持ちの現金よりもずっと多くの預金通貨を発行することができる現象を指す言葉である。
銀行は、企業・家計に貸し付けることによって、企業・家計から現金を受け取っていないにも関わらず銀行預金を新規に発行することができる。このため預金創造(money creation)とも言われる。
「銀行は、万年筆で預金通帳に金額を書き込むだけで預金を創造できる」と説明されることがある。この説明を万年筆マネー(fountain pen money)という。ジェームズ・トービンという経済学者が言い始めた言葉である。
「銀行は、パソコンのキーボードを叩いて預金通帳に金額を書き込むだけで預金を創造できる」と説明されることがある。この説明をキーストロークマネー(key stroke money)という。MMTの提唱者として知られるL・ランダル・レイという経済学者が好んで使う表現である。
※本記事において、銀行とは、預貯金取扱金融機関全てを指す。
※本記事において、銀行預金とは、特に断りがない場合、普通預金や当座預金のことを指す。
信用創造について説明する前に、まず、銀行預金とはどういうものか、簡単に解説しておきたい。
A銀行が発行する銀行預金は、A銀行にとって負債である。つまり、A銀行以外の全ての存在にとって、A銀行が発行する銀行預金は資産となる。
負債と資産は対義語である。ある人の負債が、それ以外の人の資産になる、という考え方は、簿記や貸借対照表(バランスシート)の知識が少しでもあると理解できる。
銀行が発行する銀行預金でよく知られているのは普通預金と当座預金[1]と定期預金[2]である。
そのなかで普通預金と当座預金は負債であるが、預金者が「現金にしてくれ」と要求する日が自動的に支払期日になる性質の負債である。こうした負債を要求払い負債とか一覧払い負債といい、負債を発行するものにとって厳しい負債である。「支払期日が100年後にまで先送りされている負債」といったものよりもずっと厳しい負債である[3]。
銀行にとって銀行預金だけが膨らむと、負債だけが増えて財務体質が悪化してしまう。
銀行は、何らかの資産を得たときだけ、その代償として銀行預金という負債を発行し、財務体質を良好なまま維持するのが理想である。
ある人が現金1万円を銀行に預けると、銀行はその人に対して銀行預金1万円を発行する。その場合、銀行の貸借対照表の資産の項目には現金1万円が追加され、負債の項目には銀行預金1万円が追加される。
ある人が現金1万円を銀行から引き出すと、銀行はその人の銀行預金1万円を消滅させる。その場合、銀行の貸借対照表の資産の項目の現金1万円が削除され、負債の項目の銀行預金1万円も削除される。
銀行というのは、「優良な返済者」というのを鵜の目鷹の目でひたすら探しまわっている。律儀に働いて長期間にわたり借金返済してくれるであろう人を見つけると、大喜びで飛びかかり、捕まえて、●万円を融資する。
そして、銀行の貸借対照表の資産の項目に「優良な返済者の返済能力●万円分」と追加し、負債の項目に「銀行預金●万円」を追加する。
現金とか土地建物といった財物ではなく、「人間の返済能力」という抽象的な概念を貸借対照表の資産の項目に書き入れることがある。これは、帳簿の世界では、よくあることである。
本項目において、銀行が銀行預金を発行する形式を2種類紹介した。この2種類の方法を同時に実行したあとの銀行の貸借対照表(バランスシート)は次のようになる。
銀行の貸借対照表 | |
資産の部 | 負債の部 |
預金者から受け取った現金 | 銀行預金 |
優良な返済者の返済能力 | 銀行預金 |
Bさんという人が、A銀行から住宅購入資金の融資を受けたいと思ったとき、A銀行はBさんの経済力をじっくりと調査する。職場、年収、クレヒス(クレジットカードの返済を確実に行ってきたかどうかの信用情報)といった情報を徹底的に集め、Bさんの返済能力を執拗に調べ上げる。
そうした調査の結果「Bさんの返済能力が優良である」とA銀行が信用した場合、A銀行は先述のように、貸借対照表の資産の項目に「Bさんの返済能力●千万円」と書き込み、負債の項目に「銀行預金●千万円」と書き入れる。
そして、Bさんの預金残高の数字を書き足すことで融資する(信用創造)。
Bさんは預金残高を減らし、住宅販売会社の預金残高を増やして、そうやって銀行振り込みで支払いを済ませて住宅を購入する。住宅販売会社がBさんと同じA銀行に口座を持っている場合、A銀行は手持ちの現金を一切減らさずに済ますことができる。
Bさんは数十年かけてA銀行にお金を貢ぐようになり、A銀行の収益を支える存在になる。
円滑な信用創造を可能にするには、5つの条件がある。
この5条件が揃っていれば、銀行は手持ちの現金の額が少なくても、極めて円滑に、巨額の銀行預金を創造することができる。
3.と4.と5.は、とても達成しやすい。現金を持ち歩いて支払いするよりも銀行振り込みで済ます方が圧倒的にラクである。銀行に口座を開設することは誰でも無料で行うことができる。多額の現金を手元に置いておくのは盗難のリスクが高まって危険なので、ほとんどの人が現金引き出しをできるだけ避けて銀行預金のままにする。3.と4.と5.は、たいしたハードルではない。
※実を言うと、3.と4.と5.は達成しなくてもなんとかなる。そのことは『信用創造の解説(上級者向け)』の項目で解説する。
簡単に達成できないのは、1.と2.である。長年にわたって律儀に銀行へ借金返済し続ける人をきちんと見つけ出すのは、なかなか難しい。ちゃんとした職に就いていて経済力があり、真面目にきちっと銀行へお金を貢ぎ続ける人は、銀行にとって金蔓(かねづる)である。
金蔓(かねづる)が見つかれば信用創造できる。金蔓(かねづる)が見つからなければ信用創造できない。
銀行の信用創造は、金蔓(かねづる)によって支えられているのである。
円滑な信用創造には以上の5条件が必要であることを理解した上で、もういちど信用創造を定義すると、以下のようになる。
1万円を預金している預金者を100人抱えるニコニコ銀行があるとする。このとき、ニコニコ銀行の持っている現金の総額は100万円で、発行済みの銀行預金の総額も100万円である。この、預金者から集めた現金を本源的預金という。
ニコニコ銀行のもとに、ドワンゴ工業という会社が「3,000万円を貸してください。その3,000万円でカドカワ商事から工作機械を買って事業拡大したいんです。カドカワ商事はニコニコ銀行に口座を持っています」と言ってきたので、ニコニコ銀行の営業部は融資を決意し、ドワンゴ工業という会社がニコニコ銀行に開設している口座に、3,000万円の預金額を新たに書き入れた(信用創造)。
融資した翌日にドワンゴ工業の口座からカドカワ商事の口座へ3,000万円の銀行振り込みが行われ、ドワンゴ工業は工作機械を手に入れた。
ニコニコ銀行が発行した預金額は3,100万円になった。(本源的預金の100万円と、カドカワ商事の3,000万円)
ドワンゴ工業は、今後長い間かけて現金3,000万円を返済することになった。ニコニコ銀行にとって、ドワンゴ工業という会社の返済能力が3,000万円分の資産となった。カドカワ商事の銀行預金3,000万円はニコニコ銀行にとっての負債(現金にしてくれと要求されたらそうしなければならない)なので、これで釣り合いがとれている。
この例え話に出てくる企業たちの最終的な資産・負債を説明すると、次のようになる。
資産 | 負債 | |
ニコニコ銀行 | 現金100万円 ドワンゴ工業への金銭債権3,000万円 |
銀行預金100万円 銀行預金3000万円(カドカワ商事から預けられている) |
ドワンゴ工業 | 工作機械(3000万円で購入) | ニコニコ銀行への返済義務3,000万円 |
カドカワ商事 | ニコニコ銀行に預けている銀行預金3000万円 |
この例え話が始まる前の、企業たちの資産・負債は、以下の通りである。
資産 | 負債 | |
ニコニコ銀行 | 現金100万円 | 銀行預金100万円 |
ドワンゴ工業 | ||
カドカワ商事 | 工作機械(3000万円で売る予定) |
ニコニコ銀行は、本源的預金の額100万円を大きく上回る3,000万円をいきなり貸し出している。融資先と、融資先にとっての支払先が、同じニコニコ銀行に口座を持っているので、極めて円滑に銀行預金を作り出した。
手持ちの現金(本源的預金)は、銀行の融資の足かせにならない。つまり、「銀行は貸し出しのための現金を必要としていない」というのが、銀行の業務の実態である。
銀行の貸し出しの上限額は、準備預金制度とバーゼル合意(BIS規制)で定められている。その制限内なら、いくらでも貸し出しできる。
個別の案件においては、借り手の返済能力が融資の上限となる。例えば、年収200万の人が「10億円の家を買うので融資してくれ」と言ってきても、一生かけても返済できないだろうと予測されるので、貸し出しをやめよう、と判断することになる。「金利を付けて返済することができない」と言う人に対しても、銀行が損をすると予測されるので、貸し出しをやめよう、と考えることになる[4]。
日本語の信用創造に相当するのは、英語のcredit creationである。信用創造(credit creation)の際には、借り手の返済能力を信用することが必須となり、信用することでお金が創造される。銀行の業務の実態を示した巧妙な言葉だと言える。
借り手の返済能力が銀行にとっての資産となり、創造した銀行預金は銀行にとっての負債となる。資産と負債がぴったり同額で一致する(実際には、利子を徴収するので、資産の方が少し多い)。
信用創造は借り手の返済能力によって成り立つ。もう少し分かりやすい言い方をすると、信用創造は長期にわたって銀行へ金を貢ぎ続ける金蔓(かねづる)によって成り立つのである。
銀行は準備預金制度によって準備預金(日本なら日銀当座預金)を所有することを義務づけられている。こうした準備預金は貸し出しの原資を確保するためではなく、銀行間の送金や、銀行・政府間の送金などに使われている。
例えば、Aさんがニコニコ銀行の口座からひろゆき銀行の口座に100万円を移動させたとする。このとき、ニコニコ銀行からひろゆき銀行へ銀行間送金を行い、日銀当座預金を100万円分移動させている。
Aさんがニコニコ銀行の口座から100万円を納税するとする。このとき、ニコニコ銀行から政府へ銀行・政府間送金を行い、日銀当座預金を100万円分移動させている。
こうした送金を行うため、銀行は日銀当座預金を持つことになる。
これまで述べてきた信用創造の例え話は、いずれも、「銀行から融資を受ける人と、銀行から融資を受けた人にとっての支払先が、同じ銀行に口座を持っていると、円滑に信用創造が行われる」と説明してきた。
本項目では、銀行から融資を受ける人と、銀行から融資を受けた人にとっての支払先が、異なる銀行に口座を持っているときにも、信用創造が成立することを解説する。
1万円を預金している預金者を100人抱えるニコニコ銀行があるとする。このとき、ニコニコ銀行の持っている現金の総額は100万円で、発行済みの預金の総額も100万円である。この、預金者から集めた現金を本源的預金という。
ニコニコ銀行のもとに、ドワンゴ工業という会社が「3,000万円を貸してください。その3,000万円でカドカワ商事から工作機械を買って事業拡大したいんです。カドカワ商事はひろゆき銀行に口座を持っています」と言ってきた。
ニコニコ銀行の営業部がカドカワ商事に電話を掛けて「ウチに口座を開設しませんか」と誘っても「弊社はひろゆき銀行にお金をまとめたいのです」と言う。ニコニコ銀行の営業部は渋い顔をした。
ニコニコ銀行が銀行間取引市場の金利を調べると、2%で日銀当座預金を借用できることが分かった。このため、2%よりも高い金利をドワンゴ工業に課せば、ちゃんと利益が出ることが分かった。
ニコニコ銀行の営業部はドワンゴ工業に対し「金利8%で融資します。それでよろしいですか」と持ちかけ、ドワンゴ工業は「はい、その金利で結構です」と答えた。これで交渉成立である。
ニコニコ銀行は、ドワンゴ工業がニコニコ銀行に開設している口座に、3,000万円の預金額を新たに書き入れた(信用創造)。
それと同時に、ニコニコ銀行は銀行間取引市場でカワカミ銀行から2%の金利で日銀当座預金3,000万円を借り入れ、ニコニコ銀行の日銀当座預金は3,000万円になった。
融資した翌日にドワンゴ工業のニコニコ銀行口座から、カドカワ商事のひろゆき銀行口座へ3,000万円の銀行振り込みが行われ、ドワンゴ工業は工作機械を手に入れた。それに合わせて、ニコニコ銀行とひろゆき銀行の間で送金が行われ、ニコニコ銀行の日銀当座預金は0万円になり、ひろゆき銀行の日銀当座預金は3,000万円増えた。
ニコニコ銀行が発行した預金額は100万円のままである。(本源的預金の100万円)
ドワンゴ工業は、今後長い間かけて現金3,000万円を返済することになった。ニコニコ銀行にとって、ドワンゴ工業という会社の返済能力が3,000万円分の資産となった。ニコニコ銀行がカワカミ銀行から借りている日銀当座預金3,000万円分がニコニコ銀行にとっての負債なので、これで釣り合いがとれている。
この例え話に出てくる企業たちの最終的な資産・負債を説明すると、次のようになる。
資産 | 負債 | |
ニコニコ銀行 | 現金100万円 ドワンゴ工業への金銭債権3,000万円(利子8%) |
銀行預金100万円 カワカミ銀行への返済義務3,000万円(利子2%) |
ドワンゴ工業 | 工作機械(3000万円で購入) | ニコニコ銀行への返済義務3,000万円(利子8%) |
カドカワ商事 | ひろゆき銀行に預けている銀行預金3000万円 | |
ひろゆき銀行 | 日銀当座預金3000万円 | 銀行預金3000万円(カドカワ商事から預けられている) |
カワカミ銀行 | ニコニコ銀行への金銭債権3,000万円(利子2%) |
この例え話が始まる前の、企業たちの資産・負債は、以下の通りである。
資産 | 負債 | |
ニコニコ銀行 | 現金100万円 | 銀行預金100万円 |
ドワンゴ工業 | ||
カドカワ商事 | 工作機械(3000万円で売る予定) | |
ひろゆき銀行 | ||
カワカミ銀行 | 日銀当座預金3000万円 |
この例え話を読むと分かるように、信用創造したばかりの銀行預金を他の銀行へ振り込まれても、特に問題がない。銀行間取引市場[5]で日銀当座預金を借りて、その日銀当座預金を送金すればいい。
借り手に対して、銀行間取引市場で借りる金利よりも高い金利で貸し付ければ、ちゃんと利益が出る。このことを業界用語で「きちんと利ざや(利鞘 りざや)を稼げている」と表現する。貸し付けの金利と、銀行間取引市場で借りた時の金利との差額を利ざやと言う。
したがって、信用創造をさらに詳しく上級者向けに定義すると、以下のようになる。
銀行間取引市場で形成される金利[6]よりも高めの金利を返済者が負担してくれるのなら、信用創造した銀行預金を他の銀行に振り込まれても大丈夫だし、信用創造した銀行預金を現金にされても困らない。
※ここまでの記述の資料・・・横山昭雄『真説 経済・金融の仕組み』87ページ、建部正義『はじめて学ぶ金融論 第2版』53ページ、L・ランダル・レイ『MMT現代貨幣理論入門』185~192ページ。一番詳しく解説しているのはL・ランダル・レイの本。
『信用創造の解説 (入門者向け)』では、信用創造した銀行預金が同一の銀行内で滞留することを想定して説明している。実際にそうなることは珍しくなく、住宅販売会社の従業員全員が住宅販売会社と同じ銀行に口座を持っていたら[7]、会社が従業員に給料支払いしても信用創造した銀行預金が同一銀行内に滞留し続けるわけである。
入門者向けの説明の中で、さりげなく、日銀当座預金や銀行間送金のことを教え込んでおく。それが、次の上級者向け解説で役に立つ。
『信用創造の解説 (上級者向け)』では、さらに世界を拡張して、信用創造した銀行預金が銀行の外へ流出することを想定して説明している。この解説を理解するには日銀当座預金や銀行間送金のことを知っておかねばならない。いきなり上級者向け解説をするのは、初心者にとって難しいと思われる。
この項目では、貸し付けが起こった直後の、貸し手と借り手の貸借対照表(バランスシート)を見て、信用創造というものの特徴を確認する。
銀行が信用創造によってお金を貸した直後の、銀行の貸借対照表と、銀行の融資を受けた人の貸借対照表は、次のようになっている。
両者共に、金銭債権と金銭債務が同時に発生している。
銀行の貸借対照表 | |
資産の部 | 負債の部 |
金銭債権(借り手の給料から毎月一定額のお金を召し上げる権利) | 金銭債務(銀行預金。要求があれば、即座に現金通貨を支払う義務を負う) |
銀行の融資を受けた人の貸借対照表 | |
資産の部 | 負債の部 |
金銭債権(銀行預金。要求すれば、即座に現金通貨を得られる権利) | 金銭債務(毎月、一定額の金銭を支払う義務を負う) |
続いて、AさんがBさんに自転車を貸す行為について、考えてみよう。
AさんがBさんに自転車を貸した直後の、Aさんの貸借対照表と、Bさんの貸借対照表は、次のようになっている。
Aさんは、資産が減少すると同時に資産が増加している。Bさんは資産と負債の同時増加となっている。
Aさんの貸借対照表 | |
資産の部 | 負債の部 |
自転車の減少 自転車の返還を要求する債権の増加 |
Bさんの貸借対照表 | |
資産の部 | 負債の部 |
自転車 | 自転車を返還する債務 |
さらに、貸金業者がCさんに銀行預金を貸す行為について、考えてみよう。
貸金業者とは、「ノンバンク」という通称で呼ばれる存在で、貸金業法に基づいた制度に登録して金銭貸付を生業とする業者のことを指す。
貸金業者がCさんに銀行預金を貸した直後の、貸金業者の貸借対照表と、Cさんの貸借対照表は、次のようになっている。
貸金業者は、資産が減少すると同時に資産が増加している。Cさんは資産と負債の同時増加となっている。
貸金業者の貸借対照表 | |
資産の部 | 負債の部 |
銀行預金の減少 金銭債権(毎月一定額の銀行振込を要求する権利)の増加 |
Cさんの貸借対照表 | |
資産の部 | 負債の部 |
金銭債権(銀行預金) | 金銭債務(毎月、一定額の金銭を支払う義務を負う) |
世の中の貸し付けという現象の多くは、「貸し手の資産減少と資産増加の同時発生」となる。つまり、貸し手の資産の内容が変化するだけである。
ところが信用創造は、「貸し手の資産増加と負債増加の同時発生」が起こる。貸し手である銀行の金銭債権と金銭債務が同時に増加するのである。
貸借対照表(バランスシート)の資産の部と負債の部が同時に同じぐらい増加することを「貸借対照表の膨張・拡大」という。
貸借対照表(バランスシート)に慣れている人向けに、信用創造を定義すると、次のようになる。
銀行が貸し出して信用創造することで、世の中全体の銀行預金の総量が純粋に増加する。
銀行から融資を受けた人が返済をすると、世の中全体の銀行預金の総量が純粋に減少する。
このことを理解するために、次の例え話を読んでみよう。
ニコニコ銀行のもとに、ドワンゴ工業という会社が「3,000万円を貸してください。その3,000万円でカドカワ商事から工作機械を買って事業拡大したいんです」と言ってきたので、ニコニコ銀行はドワンゴ工業に3,000万円を融資した。その瞬間、信用創造が行われたので、世の中全体の銀行預金の総量が3,000万円増えた。
融資を受けたドワンゴ工業は、3,000万円をカドカワ商事の口座へ振り込み、工作機械を購入した。この行為を経ても、世の中全体の銀行預金の総量は全く変化していない。
ドワンゴ工業は生産に励み、色んな企業に向けて自社の商品を販売し、1億円を売り上げ、販売先の各企業から合計1億円の銀行振り込みを受け、銀行預金を1億円増やした。この行為を経ても、世の中全体の銀行預金の総量は全く変化していない。
ドワンゴ工業はニコニコ銀行へ3,000万円の返済を3回に分けて行うことにした。
1回目の返済でドワンゴ工業は1,000万円を返済した。その際、ニコニコ銀行は、ドワンゴ工業の口座の数字を書き換え、預金額を1,000万円分減らした。この瞬間、世の中全体の銀行預金の総量が1,000万円減った。
2回目の返済でドワンゴ工業は1,000万円を返済した。その際、ニコニコ銀行は、ドワンゴ工業の口座の数字を書き換え、預金額を1,000万円分減らした。この瞬間、世の中全体の銀行預金の総量が1,000万円減った。
3回目の返済でドワンゴ工業は1,000万円を返済した。その際、ニコニコ銀行は、ドワンゴ工業の口座の数字を書き換え、預金額を1,000万円分減らした。この瞬間、世の中全体の銀行預金の総量が1,000万円減り、この話の冒頭の時点にまで逆戻りした。
「この世の全ての『銀行に対する債務者』が借金を全て返すと、世の中の銀行預金がなくなってしまう」と言う人がいるが、それは以上の例え話を読むとだいたい理解できる。銀行が融資をした直後は、世の中の銀行預金の総量がドーンと増える。債務者が銀行に返済をするたびに世の中の銀行預金の総量がじわじわと減っていき、債務者が完済すると、銀行が信用創造した分の銀行預金が完全に消えてしまう。
欧州中央銀行(ECB)はこのページで「銀行預金は貸付をするたびに発生する。貸付に対する返済が全て行われて借金完済となると、銀行預金はゼロに戻る」と書いているし、中野剛志はこの本の98ページで「貸出しによって、預金という貨幣が創造されるのです。そして、借り手が債務を銀行に返済すると、預金通貨は消滅するのです」と書いている。それらの文章をさらに分かりやすくしたのが、この項目である。
銀行の貸し出しと、銀行に対する返済で、銀行の貸借対照表がどんどん変化していく。
3000万円を銀行が貸し付けて、借り手が1000万円の返済を3回行うものとする。
3000万円を貸す前の銀行 | 3000万円を貸した直後の銀行 | |||
資産の部 | 負債の部 | 資産の部 | 負債の部 | |
金銭債権 3000万円 |
銀行預金 3000万円 |
1回目の1000万円の返済を受けた直後の銀行 | 2回目の1000万円の返済を受けた直後の銀行 | |||
資産の部 | 負債の部 | 資産の部 | 負債の部 | |
金銭債権 2000万円 |
銀行預金 2000万円 |
金銭債権 1000万円 |
銀行預金 1000万円 |
3回目の1000万円の返済を受けた直後の銀行 | |
資産の部 | 負債の部 |
|
|
このように、銀行に対して返済が行われるとき、銀行の貸借対照表(バランスシート)の資産の部と負債の部が同時に同じぐらい減少している。このことを「貸借対照表の収縮・縮小」という。
返済のたびに貸し手の貸借対照表(バランスシート)が収縮・縮小していくというのも信用創造の特徴である。
先述のように、ノンバンク(貸金業者)が貸し出しを行うときは、ノンバンクの貸借対照表の資産の部が銀行預金から金銭債権に変化するだけであり、資産の部が変化するだけであり、貸借対照表の膨張・拡大が起こらない。
ノンバンクが返済を受け付けるときは、ノンバンクの貸借対照表の資産の部が金銭債権から銀行預金に変化するだけであり、資産の部が変化するだけであり、貸借対照表の収縮・縮小が起こらない。
3000万円をノンバンクが貸し付けて、借り手が1000万円の返済を3回行うものとする。
3000万円を貸す前のノンバンク | 3000万円を貸した直後のノンバンク | |||
資産の部 | 負債の部 | 資産の部 | 負債の部 | |
銀行預金 3000万円 |
金銭債権 3000万円 |
1回目の1000万円の返済を受けた直後のノンバンク | 2回目の1000万円の返済を受けた直後のノンバンク | |||
資産の部 | 負債の部 | 資産の部 | 負債の部 | |
金銭債権 2000万円 銀行預金 1000万円 |
金銭債権 1000万円 銀行預金 2000万円 |
3回目の1000万円の返済を受けた直後のノンバンク | |
資産の部 | 負債の部 |
銀行預金 3000万円 |
ここまでの本記事では、銀行が借り手に対して証書貸付[8]をすることを念頭に解説してきた。証書貸付は銀行の業務の中で最も中心的なものである。
本項目では、企業Aが発行した手形・電子記録債権・CP[9]・社債を銀行が直接的に買い取るという形態や、企業Aが発行して企業Bが買い取った手形・電子記録債権・CP・社債を銀行が買い取るという形態について論ずる。
企業Aが手形・電子記録債権・CP・社債を発行したとする。これらはいずれも「企業Aが、券面や電子記録に記載された期日に、券面や電子記録に記載された金額の通貨を支払う」という約束を記したもので、企業Aの負債を証明するものである。
企業Aが銀行Sに口座を開設しつつ手形・電子記録債権・CP・社債を発行したとする。それらを銀行Sが直接的に買い取る場合、銀行Sは銀行預金を新規に発行して企業Aの口座に書き込むだけである[10]。
銀行Sが企業Aの支払い能力を信用し、企業Aが発行した手形・電子記録債権・CP・社債を保有するという形態で企業Aに対する金銭債権を確実に得てから、銀行預金という金銭債務を発生させて、企業Aに対して直接的にお金を貸している。これは信用創造の定義どおりの現象である。
この項目のように行動したときの銀行の貸借対照表(バランスシート)は次のようになる。
銀行の貸借対照表 | |
資産の部 | 負債の部 |
手形・電子記録債権・CP・社債 (発行した企業に対する金銭債権) |
銀行預金 (金銭債務) |
ちなみに、企業が手形・電子記録債権を発行してそれを直接的に銀行が買い入れるという形態は、手形貸付・でんさい貸付と呼ばれる融資形態である。詳細は手形貸付の記事を参照のこと。
企業Aが手形・電子記録債権・CP・社債を発行して、企業Bがそれらを受け取ったとする。企業Bが企業Aに対して手形貸付・でんさい貸付・CP購入・社債購入の形式で融資をしたと考えられるし、あるいは企業Bが商品を提供してその代金として手形・電子記録債権を受け取ったとも考えられる。
この企業Bが「手形・電子記録債権・CP・社債は嫌だ。すぐに使える銀行預金に変換したい」と思って、自社の口座を開設する銀行Sに対して、企業Aが発行した手形・電子記録債権・CP・社債を買い取ってもらったとする。
この場合も、銀行Sは銀行預金を新規に発行して企業Bの口座に書き込むだけである[11]。
銀行Sは、企業Aの支払い能力を信用し、企業Aが発行した手形・電子記録債権・CP・社債を保有するという形態で企業Aに対する金銭債権を確実に得てから、銀行預金という金銭債務を発生させて、企業Bに渡した。
このときの銀行の貸借対照表(バランスシート)は次のようになる。
銀行の貸借対照表 | |
資産の部 | 負債の部 |
手形・電子記録債権・CP・社債 (発行した企業に対する金銭債権) |
銀行預金 (金銭債務) |
先ほどと全く同じ状態になっているので、銀行が信用創造と酷似した行動をとったことが分かる。
ただし、こうした銀行の行動は、厳密には信用創造とは言えない。信用創造は「金銭債権と金銭債務を同時に発生させて借り手に直接的に銀行預金を渡すこと」と定義できるが、本項目の銀行の行動は「金銭債権と金銭債務を同時に発生させて、『借り手に貸し付けた人』に銀行預金を渡すこと」である。
ゆえに、本項目の銀行の行動は、「一種の信用創造」「信用創造に近い行為」などと表現しておくのが無難である。
ちなみに、企業Aが手形・電子記録債権を発行してそれらを企業Bが取得したあと、企業Bから「企業A発行の手形・電子記録債権」を銀行が買い入れるという形態は、手形割引・でんさい割引と呼ばれる融資形態である。詳細は手形割引の記事を参照のこと。
日本国内の市中銀行(中央銀行以外の銀行)は、信用創造で自分の銀行の預金額を増やしている。貸し付けるたびにどんどん預金額が増えていく。
ところが、預金を無限に増やすことは許されていない。すべての市中銀行が貸付金額を増やしすぎると、世の中に出回るお金の量(マネーストック)が増えることになる。
「マネーストックが増えるとインフレになる」という貨幣数量説風の考え方と、「マネーストックが増えて消費意欲が旺盛な人たちに預金通貨が回ると需要過多になってインフレになる」という考え方があるが、いずれにせよマネーストックの増えすぎはインフレを招くことが危惧される。
信用創造を制限するために、2つの制度が導入されている。
準備預金制度という制度が、信用創造を制限するために導入されている。
日本において導入されたのが1957年であり、比較的に古い制度である。
簡単に言うと、銀行が融資のたびに膨らませる銀行預金という負債と、銀行が持つ日銀当座預金という資産の比率についての規制である。銀行の負債である銀行預金の総額の最大限=日銀当座預金÷準備率 という数式が成り立つ。
銀行の貸借対照表(バランスシート)の資産の部に入っている日銀当座預金の額が、負債の部の預金の総額を制限する制度である。
バーゼル合意(BIS規制)という制度も、信用創造を制限するために導入されている。
日本において初めて導入されたのが1992年度末(1993年3月)であり、比較的に新しい制度である。
制度の概要は、「国際的に活動する銀行は、リスクアセットを自己資本の12.5倍以下にする。リスクアセットの8%以上の自己資本を持つ必要がある」「国内のみで活動する銀行は、リスクアセットを自己資本の25倍以下にする。リスクアセットの4%以上の自己資本を持つ必要がある」というものである。詳しくは準備預金制度の記事を参照のこと。
銀行の貸借対照表(バランスシート)の、純資産の部に入っている自己資本の額が、資本の部の貸付金の総額を制限する制度である。
2つの制度を比較した表は、次の通りになる。
準備預金制度 | バーゼル合意(BIS規制) | |
銀行の貸し出しの上限を決める数値 | 日銀当座預金 | 自己資本 |
「銀行の貸し出しの上限を決める数値」が入っている貸借対照表の場所 | 資産の部 | 純資産の部 |
銀行にとって規制される数値 | 銀行預金 | リスクアセット(それぞれの資産のリスク度を考慮しつつ、資産総額から算出した数値) |
「銀行にとって規制される数値」が入っている貸借対照表の場所 | 負債の部 | 資産の部 |
制度の開始時期 | 1950年代で、古い | 1990年代で、新しい |
信用創造を廃止することは可能である。2020年現在の時点で検討されている通貨制度を使うと、それを実現できる。
2020年1月現在、世界各国の中央銀行が中央銀行デジタル通貨(CBDC:Central Bank Digital Currency)を研究している。
中でも熱心なのが中国で、デジタル人民元の導入を検討している。
日本銀行も中央銀行デジタル通貨(CBDC)の研究を進めており、「日銀当座預金を一般人も使えるようにすることで、中央銀行デジタル通貨を導入することになる」などと論じていると報じられている。
こうした中央銀行デジタル通貨(CBDC)の特徴は、市中銀行が信用創造することができない、という点である。中央銀行デジタル通貨(CBDC)を発行できるのは中央銀行ただ1つのみであり、市中銀行が信用創造で増殖させることが不可能である。
日銀当座預金というのも、日本銀行が発行する負債であって、それ以外の銀行は一切発行できず、増殖させることができない。
※この項の資料・・・記事1、記事2、記事3
中央銀行デジタル通貨(CBDC)が経済の主流になると、市中銀行は信用創造が全くできなくなる。
全ての国民が中央銀行に口座を持ち、市中銀行はことごとく廃業する。
住宅や自動車といった高額商品を購入したい人に対して融資の話を持ちかけてくるのは、市中銀行ではなく、融資業者になる。その融資業者は、誰かから中央銀行デジタル通貨(CBDC)を受け取って、受け取った金額の範囲内で融資を行うわけである。
現金をどこかから借りて又貸しする存在というと、サラ金・街金といった貸金業者(ノンバンク)である。
現金を集めて貸す存在というと、投資信託企業であり、生命保険や損害保険といった保険企業である。
準備預金制度の準備率を100%にして、「銀行が銀行預金という負債を創造するときにはそれと同額の日銀当座預金を持っていなければならない」と定めてみても、それだけで信用創造を廃止できるわけではない。
2021年現在の日本が採用している準備預金制度は、ある1ヶ月間を積み期間として、この積み期間の各日の終業時における日銀当座預金残高を平均し、その平均値が準備預金制度で求められる法定準備預金額(所要準備額)以上であれば準備預金制度に適合すると判定するものである。
このため、準備預金制度の準備率が100%の状況の中で銀行が金銭債権と金銭債務(銀行預金)の同時創出である信用創造を行っても、「積み期間の各日の終業時における日銀当座預金残高の平均値」が下がってしまうだけで、準備預金制度に即座に違反するわけではない。
銀行は、金銭債権と金銭債務(銀行預金)の同時創出である信用創造を行った後に、短期金融市場の銀行間取引市場で日銀当座預金を借り入れて、「積み期間の各日の終業時における日銀当座預金残高の平均値」を引き上げればよい。
このため、準備預金制度の準備率を100%にして、なおかつ「銀行は日銀当座預金残高が常に銀行預金と同額以上であるように要求する」という制度にすることで、やっと信用創造を廃止できる。
日本の新聞やテレビ局や官公庁などでは、銀行の業務の実態に反した表現をするケースがしばしば見受けられる。
下線を引いた部分が、間違っている部分となる。銀行は集めた現金を貸し出しているのではないし、日銀当座預金を現金に換えてその現金を民間の企業・家計に貸し出しているわけでもない。
ちなみにこうした考え方を又貸し説という。
銀行の貸し出しは信用創造で、現金を必要とせず、預金を創造して預金の数字を書き換えるだけでポンポンと貸し出している。政府によって定められた準備預金制度をクリアするために、ある程度の現金を日銀に預け入れて、日銀当座預金として確保しているだけである。
イングランド銀行(イギリスの中央銀行)は、季刊誌(2014年春号)で、次のように解説している。
One common misconception is that banks act simply as intermediaries, lending out the
deposits that savers place with them.
これを日本語訳すると「『銀行はお金の仲介者で、預金者が預けたお金を貸し出している』というのはありがちな誤解(common misconception)である」となる。
グレゴリー・マンキューという人は著名な経済学者で、マクロ経済の教科書を書いたら大ヒットしたことで知られる。マンキューの教科書は世界中の経済学部で使用されているというが、そのマンキュー教科書では又貸し説がいたるところに記述されており、その又貸し説に基づいて信用創造が解説されている。
詳しくは又貸し説の記事を参照のこと。
信用創造は国会においてもしばしば話題になる。
2019年4月4日の参議院決算委員会において、西田昌司参議院議員が、日本銀行の黒田東彦総裁に対して質問し、黒田総裁は「銀行預金は、企業や家計の資金需要を受けて銀行などが貸し出しなどの与信行動、信用を与える行動、すなわち信用創造を行うことにより増加することになるということで、この点も委員御指摘のとおりであります」と答弁している(議事録五ページ)。西田議員の質問のシーンはこちら、黒田総裁の答弁のシーンはこちら。
2019年5月23日の参議院財政金融委員会において、西田昌司参議院議員が、日本銀行の雨宮正佳副総裁に対して質問し、雨宮副総裁は「決済性預金口座というものを提供している銀行だけが、その与信行動により、自ら貸し出しと預金を同時に作り出すことができるわけであります。私が例えばノンバンクに行って金を借りるときには、ノンバンクはどちらかで調達してその金を私に貸してくれるわけですけれども、銀行は私に金を貸すときには、私の預金口座に記帳すると、で、後から預金が発生するという格好になります。これを信用創造と言っておるわけでありますけれども、この点で銀行はノンバンクなど他の金融機関とは異なる機能を持っているというふうに理解しております」と答弁している(議事録三ページ)。雨宮副総裁の答弁のシーンはこちら。
2019年10月23日の衆議院内閣委員会において、安藤裕衆議院議員が、日本銀行の藤田研二企画局審議役に対して質問し、藤田審議役は「委員御指摘のとおり、信用創造につきましては、まず民間銀行が貸出しを行い、それに対応して預金が増加する、こういう対応関係になってございます。ただし、もちろん、銀行が貸出しを行うに当たりましては、まず、家計や企業の資金需要があるということが前提でございまして、借り手の返済能力なども影響するというふうに考えてございます。」と答弁している(議事録三ページ)。藤田審議役の答弁のシーンはこちら。
こうした国会議事録のPDFファイルは、このページで検索するとすぐに見つかる。
「信用創造は銀行による詐欺だ」と主張する人が、TwitterやYoutubeに、ときおり現れる。
詐欺とは、刑法第246条において、人を欺いて財産上不法の利益を得ること、と定められている。辞書を引くと、「巧みにいつわって金品をだまし取ったり、相手に損害を与えたりすること」と書かれている。
本記事の最初で述べたとおり、信用創造で銀行が創造する銀行預金は、銀行にとっての負債である。銀行にとって、融資先の返済能力こそが資産である。融資先の返済者が返済できなくなると、銀行には銀行預金という負債だけが残り、経営を圧迫する。
銀行にとって、銀行預金の発行はあまり楽しくない行為なのだが、融資のため、仕方なく行っている。
「信用創造は銀行による詐欺だ」と主張する人は、つまり、「銀行預金は、発行した銀行にとっての資産である」と誤解しているのである。その誤解から、「信用創造は不法に利益を得る詐欺行為」という更なる誤解が生まれ、TwitterやYoutubeでそのように主張することになる。
本記事の冒頭において『銀行預金についての予備知識』の項目を設け、銀行預金について簡単な要点だけを解説した。本項目ではもう少し詳しいところまで解説しておきたい。
S銀行に預金するAさんの口座から、T銀行に預金するBさんの口座に1万円の振込が行われるとする。
その場合、S銀行はAさんの口座の銀行預金1万円分を削除し、それとほぼ同時にT銀行が銀行預金1万円を新規発行してBさんの口座の中に入れる。S銀行で銀行預金を1万円削除して、T銀行が銀行預金を1万円だけ新規創造するので、世の中全体の銀行預金の総量は増減していない。
T銀行は「銀行預金という負債だけ増やすと、ウチの財務体質が悪化する。埋め合わせとして資産を贈ってくれ」とS銀行に要求する。そこでS銀行がT銀行に対して日銀のネットワークを通じて送金するのが日銀当座預金1万円分である。
銀行は、「支店のパソコンが壊れているので買い換えよう」などと考えることがある。
そのとき、パソコンを販売する業者が自分の銀行に口座を持っている場合、銀行預金を新規に発行して、その銀行預金を業者の口座に書き入れるだけで済ませてしまう。
ちなみに銀行は、「銀行預金という負債を発行しつつ買い物すると、銀行預金という負債が経営の負担になってしまう」と考えるので、むやみやたらに銀行預金を発行して商品を買うわけではない。
銀行が買い物をするのは、経営を堅実に行って、日銀当座預金や日銀当座預金に換金しやすい商品(国債など)をたっぷりと資産として抱えたときだけである。そういうときだけ「いまは換金性の高い資産が多いのだから、銀行預金という負債を少しぐらい発行しても大丈夫だ」と考えて買い物をする。
銀行が新規に銀行預金を発行するのは、おおむね次の4つに分けられる。預金者から現金を預けられたときと、他の銀行に預金する預金者の口座から自分の銀行に預金する預金者の口座に振込が行われたときと、銀行が貸し出しを行って信用創造したときと、銀行が「自分の銀行に口座を開設する業者」から買い物をするときである。
銀行の貸借対照表 | |
資産の部 | 負債の部 |
預金者から受け取った現金 | 銀行預金 |
他の銀行から日銀のネットワークを通じて送金された日銀当座預金 | 銀行預金 |
優良な返済者の返済能力 | 銀行預金 |
自分の銀行に口座を開設する業者から買い取った商品 | 銀行預金 |
世の中には様々な負債があり、その負債の中には商取引の決済・支払いに使われるものがある。
商取引の決済・支払いに使われる負債というと銀行が発行する銀行預金が代表例だが、企業が発行する手形・電子記録債権もその例に加えることができる。商品の代金を手形・電子記録債権で支払うことは珍しいことではなく、とても一般的なことである。
ただし、商取引の決済・支払いに使われる負債の中でも、銀行が発行する銀行預金が飛び抜けて格が高いものとして扱われる。このため銀行預金は「預金通貨」と呼ばれ、日本銀行が「通貨に準ずるもの」として公認してマネーストックの一部として計算しているほどである。
商取引の決済・支払いに使われる負債の中で、企業が発行する手形・電子記録債権は、銀行が発行する銀行預金に比べてやや格が低いとされ、日本銀行も「通貨に準ずるもの」として公認しているわけではない。
なぜこういう差が生まれるかというと、発行組織の財務体質に対する信用度の違いによって差が生まれるのである。
銀行は、金融庁から法令に基づいて日常的に検査を受けており、さらには日本銀行から考査契約に基づいて日常的に考査を受けており[12]、金融庁と日本銀行という2人の教師から手厚く厳しい指導を受け続けている組織である。銀行が財務体質を悪化させるような行いをしたら、金融庁と日本銀行の両方からキツく叱られてしまう。このため銀行の財務体質に対する世間の信頼が極めて高く、「銀行が発行する銀行預金を持っていれば、いつでも確実に現金を請求できる」と誰もが確信している。
銀行以外の企業は、金融庁や日本銀行から日常的に指導を受けているわけではなく、財務体質が悪くなってもそれを正すような教師に恵まれていない。そのため、銀行以外の企業に対する世間の信頼は極めて高いわけではない。「銀行以外の企業が発行する手形・電子記録債権を持っていても、いつでも確実に現金を請求できるとは限らない」と誰もが一抹の不安を抱えている。
本記事では、ここまで市中銀行(中央銀行以外の預貯金取扱金融機関)の信用創造を解説してきた。
中央銀行も信用創造を行うので、本項目で簡単に解説する。
中央銀行が短期金融市場や長期金融市場に参加し、市場参加者に対して貸し出しをすることがある。この場合は、市場参加者の返済能力を信用して、市場参加者に対する金銭債権を確定させてから、負債として中央銀行預金を発行して借り手に与えているので、典型的な信用創造である。
戦前の日本銀行は、日本政府に対して貸し出しをしていた。これも政府の返済能力を信用して政府に対する金銭債権を確定させつつ負債として中央銀行預金を発行して借り手に与えているので、典型的な信用創造である。
短期金融市場や長期金融市場では、国債・社債・金融債・国庫短期証券・CP(短期社債)・CD(譲渡性預金)といった債券が発行され、それを市場参加者が購入して保有している。
中央銀行が短期金融市場や長期金融市場に参加し、債券の保有者から債券を買い取る買いオペレーションをすることがある。
この場合は、債券の発行者の返済能力を信用して、債券の発行者に対する金銭債権を確定させてから、負債として中央銀行預金を発行して「債券の保有者」に与えている。これは信用創造の一種であり、信用創造によく似た行為である[13]。
管理通貨制度を導入し、不換銀行券を発行し、「不換銀行預金」と言うべき性質の中央銀行預金を発行している中央銀行は、ごく簡単に信用創造することができる。
こうした中央銀行が信用創造して発生させるものは不換銀行券や「不換銀行預金」である。これらを保有する人は、中央銀行に対して債権を主張する機会が永遠に訪れない。不換銀行券や「不換銀行預金」は、中央銀行にとって支払期日が極めて遠い未来に先送りされている負債であり、負債としての厳しさが極度に薄まった負債であり、経営にまったく負担をかけないものである。
管理通貨制度の時代の中央銀行は、市中銀行とはまったく異なった存在であり、「ごく簡単に信用創造できる」という特権を享受する存在である。
金本位制を導入し、兌換銀行券を発行し、「兌換銀行預金」と言うべき性質の中央銀行預金を発行している中央銀行は、極めて慎重に信用創造する必要がある。
こうした中央銀行が信用創造して発生させるものは兌換銀行券や「兌換銀行預金」である。これらを保有する人は、中央銀行に対していつでも債権を主張できる。兌換銀行券や「兌換銀行預金」は、保有者が引き換えを要求した日が支払期日になる負債であり、要求払い負債とか一覧払い負債と呼ばれるものであり、極めて厳しい負債であり、中央銀行の経営に大きく負担をかけるものである。
金本位制の時代における中央銀行は、市中銀行とほとんど変わらない存在である。金本位制の時代では、中央銀行が特権を享受できず、中央銀行がただの市中銀行と同格の存在になる。
96~109ページに信用創造についての文章がある。イングランド銀行季刊誌2014年春号を引用して信用創造を解説している。 | |
現代貨幣理論(MMT)の第一人者が書いた本。185~192ページに、銀行の信用創造についての解説がある。 | |
筆者は日銀に長く勤めた人。 信用創造がすべての発端であり、本源的預金というのは存在しない、という考え方を80~86ページで論じている。 「マネタリーベースが増えるとマネーストックが増える」という考え方とそれに基づく量的緩和を何度も批判している。この考え方を外生的貨幣供給理論(外生説)という。 「マネーストックが増えると、それに応じて中央銀行がマネタリーベースを新規発行して増やすのである」と論じている。この考え方を内生的貨幣供給理論(内生説)という。 デフレはグローバリズムと自由貿易による労働分配率低下・賃金低下が原因である、と26ページや31~34ページや45ページで論じている。この考え方を輸入デフレ論という。 文体がやや読みにくいのが難点だろうか。体言止めの文章が多く、「金融をよく知っている人が気ままに書いた随筆」といった感じの文章になっている。ただ、内容自体は明晰であり、経済の基礎用語をある程度頭に入れてから読むと、すらすら読める。 福井俊彦第29代日銀総裁が推薦文を書いている。 |
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筆者は商学博士号を取得し、商学部教授を長年勤めた人。 金融業界への就職を目指している商学部の学生用の教科書として本書は執筆された。 「銀行を金融仲介機関として位置づけるのは正しくない」「銀行の信用創造から全てが始まる」と27~31ページで述べており、イングランド銀行季刊誌2014年春号と軌を一にしている。 47ページで「本源的預金というのはどこから来るのか?」と述べ、本源的預金が必要とされる考え方(グレゴリー・マンキューの教科書のような又貸し説明)に疑義を呈している。 「マネタリーベースが増えるとマネーストックが増える」という外生説の考え方とそれに基づく量的緩和を122~129ページで批判している。 大学教授というのは研究者であると同時に教育者であることを求められる。そのためか、本書は読みやすい文体で書かれている。 各章の最初に、筆者の教え子が書いたイラストが載っている。どういうイラストかというと、ほのぼの4コマ漫画系とでも言えばいいだろうか。金融業界の仕組みについて解説するというカチカチにお堅いテーマの書にかわいいイラストが入っていて笑ってしまう。 |
掲示板
39 ななしのよっしん
2021/03/08(月) 20:50:41 ID: MUevw6iD11
ドヤ顔で日銀の金融調節の枠組みの資料を出されても、法定準備預金を除いた額を貸し付けが許可されることが否定されるものでもなく、だから何?って感じなんですが?
40 ななしのよっしん
2021/03/22(月) 20:45:29 ID: 25mcmVCJkc
この描写は、貨幣を理解していないと言えるだろうか?
船で交易する仕事しかないとする。
船は沈むこともあるが、うまく帰ってくれば大儲け。
一人で一隻に出資したら、下手をすると胸の肉を取られる。
だが誰も出資しなければ、船を出せる人はいない。
だから多数で金を集め、さらに不換紙幣で現存するゴールド以上の貨幣を作って、たくさんの船を作る。
船が多ければ、どれぐらい沈んでどれぐらい儲かるか大体わかる。
いくつか沈むけど全体としては大きく儲かるなら、預金者に利子を払い、さらに存在する黄金より多くの貨幣を発行してもなんとかなる。
ここで、正しい航路と間違った航路の違いもある。
41 ななしのよっしん
2022/05/14(土) 07:42:12 ID: ZtMxveIqJn
参議院の財政金融委員会で信用創造について触れられているようですね
(第208回国会 参議院 財政金融委員会 2022年3月15日)
議事録の見方は、参議院HP→ページ下部の「会議録の閲覧・購入」→左メニューにある「会議録情報」
そこから国会会議録検索システムを開き、2022年3月15日で検索する感じです
急上昇ワード改
最終更新:2024/11/29(金) 23:00
最終更新:2024/11/29(金) 22:00
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