空力パーツ(MotoGP)とは、走行安定性の向上を目的として空気力学的な計算をしつつマシンのカウルに取り付けられる部品のことをいう。
空力デバイス、エアロパーツとも呼ばれる。
2010年頃に、空力パーツの分野の先駆者であるドゥカティが、マシンに小さなウィングを付けていた。
2011年の開幕前テストでも小さなウィングを付けていたが、シーズンになると外していた。
まだこの時期は、空力パーツを重視していなかった。
2015年3月、ジジ・ダッリーニャがチームのボスに就任して2年目のドゥカティは、開幕前のカタールテストに臨んでいた。通常版カウルと、ウィングを付けたカウルを比較して試していた。この2015年カタールテストが、空力パーツ時代の幕開けとなった。
「until:2016-3-1 from:DucatiMotor」という文字列をTwitterの検索窓に入れて検索すると、ウィングがどんどん増えていく様子がよく分かる。当時の様子を抜粋して、表にまとめるとこうなる。
2015年カタールテスト | ウィングが2枚 |
2015年第6戦イタリアGP | |
2015年第14戦アラゴンGP | |
2015年第15戦日本GP | ウィング4枚を予選で試した。決勝では2枚刃に戻した。 |
2015年第16戦オーストラリアGP | 予選は2枚刃をこの位置にした。初めて決勝でウィング4枚にした。 |
2016年2月の決起式 | ウィング4枚で記念撮影に臨んだ。初めてウィングを塗装した。 |
ウィングは突起形状だったので、「転倒してライダーの体に接触したら危ない」という意見が相次いだ。
このため2016年6月25日に、MotoGPの運営が、ウィングを付けて良いのは2016年シーズンまで、
2017年からはウィングを付けてはならない、という競技規則を作った。こちらがその記事。
ちなみに、突起形状の空力パーツのことを本記事ではウィング(wing)と呼んでいるが、
MotoGP公式サイトではウィングレット(winglet)と呼んでいる。
ウィングレットは航空機業界で使われる言葉で、Wikipediaの記事もある。
ウィング(wing)は翼という意味で、ウィングレット(winglet)は小さな翼という意味。
どちらもほとんど意味が同じなので、本記事ではウィングと書いている。
MotoGPの運営に「ウィング禁止」と言われたのでドゥカティも渋々従った。
開幕戦のカタールGPでは、ウィングのないスッキリとしたカウルに戻っている。
7月2日の第9戦ドイツGPまでは、スッキリ型カウルのままだった。
ところがなんと、1ヶ月の夏休み明けに行われた8月6日の第10戦チェコGPで、ホルヘ・ロレンソのマシンに、ダクト形状の空力パーツが付けられた。こちらやこちらがその画像である。
「突起形状じゃなくて安全だし、これでいいだろ」と言わんばかりのドゥカティの態度に、世界中のMotoGPファンは驚愕した。
これ以降、各メーカーでダクト形状の空力パーツが広まっていき、それが2019年現在まで続いている。
ちなみにダクト(duct)とは、気体を流す管(くだ)とかパイプのことをいう。
建築業界の配管の分野で使う言葉であり、Wikipediaの記事もある。
突起型のウィング形状の空力パーツはダメで、丸まったダクト形状の空力パーツはOKとされる。
ところが、ドルナは空力パーツを競技規則で細かく定義していない。厳密に規定するのが難しい。
競技規則で決まっているのは「フロントカウルの左右幅が600mm」「端が丸まっている」「ウィングはダメ、突起はダメ」といった程度のことだけである。こちらの動画でも「空力パーツはカウルからはみ出てはいけない。流線型のカウルに集約されなければならない」と書いてあるだけ。
ドルナにはダニー・アルドリッジというテクニカルディレクターがいて、この人の判断で最終的に空力パーツの可否が決まる。彼によると、やはりライダーに対する安全面をもっとも重視しているとのこと。
空力パーツの利点として真っ先に挙がるのが、コーナーリングでの安定性である。
空力パーツによってフロントタイヤを地面に向けてグッと押しつける作用が働く。
この、下の地面へ向けて押しつけるように働く力をダウンフォース(downforce)という。
ダウンフォースが効いて、フロントタイヤのグリップが高まり、安定したコーナーリングが可能となる。
コーナーを脱出して直線に入っていくとする。
アクセルを開けて加速していくときにフロントタイヤが上から下に押しつけられてウィリーしなくなり、
加速力が高まる。これが空力パーツの利点である。
やはり、ウィリー(フロントタイヤが浮き上がる現象)を起こしてしまうと加速が鈍る。
空力パーツを付けてウィリーを押さえ込むことで、加速力が高まる。
2015年までは、各メーカーが独自に高性能の電子制御ソフトを駆使していた。
その電子制御ソフトには、コーナーの立ち上がりでウィリーを防ぐアンチウィリーの機能が入っていた。
フロントタイヤが少しでも浮くとそれを即座に感知してエンジンの出力を抑え、ウィリーを防ぐ。
サスペンションに何かの力が掛かるとそれを即座に感知してエンジンの出力を抑え、ウィリーを防ぐ。
その結果として、フロントタイヤが常に地面にピタッと接地し、高い加速力を実現できていた。
ところが、2016年から導入された全チーム共通の電子制御ソフトは、アンチウィリーの機能が非常に低レベルなものだった。いくら頑張って電子制御ソフトを使っても、なかなかウィリーを解消できない。
このため各チームは、空力パーツを付けてウィリーを防ぐようにした。
「2016年からのワンメイク電子制御ソフトはアンチウィリーの機能が貧弱なので、空力パーツで
ウィリーを防ぐようになった」と論じている記事はこちら。
ライディングスポーツ2018年5月号においても「ワンメイクの電子制御ソフトはアンチウィリー機能が
貧弱なので、それを補うため空力パーツが導入されるようになった」と説かれている。
空力パーツの欠点は、なんといってもライダーの体力を消耗させてしまう点である。
マシンを傾かせた状態から一気に起こして反対側に傾けることを「切り返し」という。
切り返しの時にも空力パーツによってマシンが上から下へ地面に押しつけられているので、
マシンがずっしり重く感じられ、ライダーの腕が疲れ果ててしまう。
空力デバイスを巨大化させた2016年のドゥカティワークスのライダー2人は揃って腕上がりに苦しんだ。
2016年9月4日にシルバーストンサーキットで行われたイギリスGPで、イアンノーネとドヴィツィオーゾの両方が腕上がり(arm pump アームポンプ)となったことを報じる記事はこちらとこちら。
シルバーストンサーキットというのは高速走行中に切り返しをする場所が5ヶ所ある。
このコース図の中の、3・4・5・6コーナーと、12コーナーである。
高速コーナーでの切り返しは、空力パーツを付けてなくてもマシンが重く感じられて腕が疲れる。
空力パーツを付けたマシンで走ると、マシンの重さがとんでもないレベルになり、腕が壊れてしまう。
中本修平HRC副社長も、空力パーツがライダーの体力を消耗させることを熟知していた。
こちらの記事で、次のように語っている。
「20年以上前に、我々HRCは、空力パーツの研究を繰り返し、空力の点で完璧なマシンを作った。
そのマシンを鈴鹿サーキットで走らせたら、1周につき1秒のタイム短縮を達成できた。
ところが、そのマシンは、とてもじゃないがレースに出場させることができなかった。
操縦するのにもの凄く体力を消耗し、2周続けて同じタイムを出すことすらできなかったんだ」
空力パーツを付けたマシンが直線で加速していくと、風が空力パーツにガンガン当たり、空気抵抗が増す。
その結果として、直線でのトップスピードが伸びなくなってしまう。これが空力パーツの欠点である。
高速道路で時速100km走行中に窓を開けて手のひらを出すと、空気が強く当たる事が分かる。
直線で高速走行中のマシンについている空力パーツにも、その調子で空気が強く当たる。
やはり、最近の新幹線のような流線型のボディであったほうが空気抵抗が減って最高速が伸びる。
こちらの動画でも、空力パーツを付けたマシンはコーナーの立ち上がりでウィリーを防いで速くなるが、
直線の中頃で最高速が伸びず空力パーツのないマシンに追いつかれる、ということを示している。
空力パーツというのは、コーナリング最中とコーナー脱出時に効果があり、直線に入ると邪魔になる。
ならば、コーナー走行中に空力パーツがカウルから突き出し、直線に入ると空力パーツがカウルに入る、
そういう可変型の空力パーツを作ればいいではないか、と思う方は多いだろう。
ところが、そういう可変型の空力パーツは全面的に禁止されている。
可変型の空力パーツを開発するには莫大なコストがかかり、弱小メーカーにはついていけない世界となる。
弱小メーカーでも競争に参加できるよう、可変型の空力パーツは禁止となった。
ちなみに、F1では可変型の空力パーツが許可されている。
タイヤを地面に押しつけてマシンを安定させるためコーナーで空力パーツが動き、トップスピードをぐんぐん伸ばすため直線で空力パーツが再び動く、という具合である。
F1の世界では可変型の空力パーツをドラッグ・リダクション・システム(Drag Reduction System)と言い、その頭文字をとってDRSと呼んでいる。日本語版Wikipediaの記事もある。
こちらの動画は、F1における可変空力パーツを分かりやすく解説している。
空力パーツを好むライダーは、ホルヘ・ロレンソ、マルク・マルケスなど。
空力パーツを好まないライダーは、ダニ・ペドロサが筆頭となる。
ダニは体格が小さく、マシンを振り回す体力が比較的に少ない。マシンの切り返しが重くなる空力パーツを徹底的に嫌っていた。
カル・クラッチローは「空力パーツなんて金の無駄だ」と2018年2月に語っている。
ただ、レプソルホンダのエースであるマルク・マルケスが空力パーツ好きなので、カルも仕方なく、
空力パーツのテストに付き合っていた。
2017年8月4日のチェコGP初日からドゥカティワークスにダクト形状の空力パーツが供給された。
その空力パーツをホルヘ・ロレンソはシーズン終わりまでずっと付け続け、アンドレア・ドヴィツィオーゾは付けたり外したりしていた。
表にするとこうなる。
ホルヘ・ロレンソ#99 | アンドレア・ドヴィツィオーゾ#04 | |
チェコGP | 使用 | 外す |
オーストリアGP | 使用 | 使用 |
イギリスGP | 使用 | 外す |
サンマリノGP | 使用 | 使用 |
アラゴンGP | 使用 | 外す |
日本GP | 使用 | 使用 |
オーストラリアGP | 使用 | 外す |
マレーシアGP | 使用 | 外す |
バレンシアGP | 使用 | 外す |
サンマリノGPの土曜日FP4の際、G+の解説でおなじみの宮城光さんが、
「空力パーツはいったん付けると外すのが怖くなる。付けたり外したりするドヴィは勇気がある」と言っていた。
空力パーツがあるとないとでは、乗り心地が大きく変わる。空力パーツをいったん付けると、空力パーツのないマシンに乗るのが怖くなる(環境がガラッと変わるのが怖くなる)ので、空力パーツを付けっぱなしにしたくなるということらしい。宮城さんはホンダのテストライダー出身で空力パーツのテストもやってきたので、そういう心理が理解できるのである。
2018年バレンシアGPの予選の時、G+の解説でおなじみの青木拓磨さんが、
『バイクのハンドルはママチャリのように絞って曲がった形状であることが望ましい。
そのほうが、肘が胴体に密着し、肘や腕がカウルからはみ出さず、空気抵抗が減って速くなる。
昔の最大排気量クラスのマシンやMoto2やMoto3のマシンは、ハンドルが曲がっている。
バイクのハンドルを真っ直ぐにすると、どうしても肘や腕が外にはみ出て、空気抵抗で遅くなる。
ところが昨今の最大排気量クラスは、ハンドルが真っ直ぐになっているマシンが増えてきている。
これは、空力パーツが流行っているからである。空力パーツを付けることで、切り返しが非常に重くなっており、切り返しに強い力が求められるようになってきている。切り返しで強く力を掛けられるよう、ハンドルが真っ直ぐになってきている』
ということを語っていた。
最大排気量クラスのライダーはジムに通ってガチガチにカラダを鍛えているマッチョばっかりである。
その馬鹿力のフィジカルモンスター(体力お化け)たちが口を揃えて「切り返しが大変なんだ。ハンドルを真っ直ぐにしてくれないと困るよ」とメーカーに要求しているというわけである。
空力パーツを付けたマシンの乗りにくさ、疲れやすさ、というものが容易に想像できる。
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最終更新:2025/01/21(火) 03:00
最終更新:2025/01/21(火) 02:00
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