一式戦闘機とは、大日本帝国陸軍が採用していた戦闘機である。愛称(ペットネーム)は『隼(はやぶさ)』。呼称・略称は「一式戦」、「ヨンサン」。連合軍コードネームはOscar(オスカー)。陸軍の試作機機体通し番号であるキ番号は「キ43」。中島飛行機開発。
一式戦闘機とは皇紀2601年(昭和16年)に採用されたので、皇紀の下一ケタを取って「一式」と名づけられた。ちなみに海軍の零式艦上戦闘機は一年前に採用された。
大東亜戦争が開戦し、大日本帝国は怒涛の進撃を開始したが、その栄光の中で大活躍した。その中でも有名なのは『加藤隼戦闘隊』であり、その活躍ぶりは映画にもなった。
軍歌もあり、『♪エンジンの音~ ごうごうと~♪』と言う歌詞から始まり大ヒットした。
九里一平の漫画、『大空のちかい』では主人公早房一平の乗機が一式戦闘機・隼である。
生産数も海軍機の零式艦上戦闘機(零戦)の次に多いが、一般認知度は圧倒的に劣る或る意味不憫な名機であろう。
1937年、日本陸軍航空隊の主力は固定脚(車輪がそのまま出ている事)の九七式戦闘機だった。
登場当時は九七戦は、速度・上昇・旋回能力は一流だったが、時代はMe109(メッサーシュミット)やホーカーハリケーン・スピットファイアなどの引込脚(車輪を収納する)が出現していた。
陸軍航空本部は保守的な設計で将来性が乏しい九七戦の後継機を開発を目指した。
九七戦の採用と同月に中島飛行機にキ43の名で試作内示を行い、1939年内に完成を目指した。
引込脚以外の基本構造は九七戦を踏襲していたので開発は順調に進んだ。1938年には試作一号機が完成している。
だが、ノモンハン事件で九七戦が旋回能力を得意とした戦術で戦果を挙げると、軽戦闘機・重戦闘機として中途半端な機体と見做されていたキ43の採用は危ぶまれた。
そのため、より強力な発動機に換装した改良型を目指した。
1940年、参謀本部は南進計画に向けて、輸送船を護衛する為や爆撃部隊を護衛する為に航続距離を長くする要求を出した。欧米の戦闘機に対抗可能なキ44の開発が進まないこともあり、キ43の機体を改修した戦闘機を正式採用することになった。
1941年、陸軍軍需審議会はキ43を一式戦闘機として採用を決めた。
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最終更新:2025/12/15(月) 12:00
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