「ここは、静かですね」
妙高(みょうこう)とは、とは、大日本帝国海軍の重巡洋艦である妙高をモデルとした艦娘である。
黒髪のおかっぱ頭で、両の横髪をピンで留めている。短めの前髪に露わな太眉が印象的。
CV.種田梨沙
妙高型四姉妹の長姉。一番上というだけあり、アクの強い姉妹達の中で最も落ち着いたしっかり者タイプ。影が薄いって言うな!
MVP獲得時の台詞のように、基本的に一歩身を引き、自分よりも他の仲間を立てたり優先したりする謙虚な娘であり、流石は羽黒の姉である。
その一方、図鑑で自らを第一級と称する所や改造時の台詞「また、強くなってしまいました」などに見られる、ある程度の自負心もしっかり持ち合わせている部分は那智や足柄へ譲られた模様。
妙高型のネームシップではあるが、ゲーム的には特にこれといった補正などは無く、他の姉妹となんら性能は変わらない。強いて言えば取得時に零式水上偵察機を追加で装備しているくらいである。史実(後述)では航行不能状態とはいえ一応は終戦時まで沈没を免れた艦なのだが・・・。
ワシントン海軍軍縮条約によって巡洋艦の排水量が1万トン以下と定められ、それに準じた日本初の1万トン巡洋艦の建造が始まった。それが妙高型である。
ワシントン条約では巡洋艦は排水量の制限のみであり、そこへ目一杯の兵装を詰め込もうと軍令部は主砲8門・魚雷8門で35.5ノットを要求、しかし設計者の平賀譲は魚雷全廃の代わりに主砲10門として譲らず、一度はこれが受け入れられたものの、その後軍令部が無理やり魚雷を追加して改設計させ、主砲10門・魚雷16門を搭載した世界でも抜きん出た火力を持った重巡が完成する。居住性は犠牲になったのだ・・・
そんなこんなで1929年(昭和4年)7月31日横須賀海軍工廠にて竣工。実は那智が前年に、更には羽黒が3ヶ月前に既に竣工しており、妙高型の中では3番目に竣工した。艦名は新潟県の妙高山から。
日中戦争で上海や海南島などの攻略作戦に従事した後、太平洋戦争では妙高型4隻で交代で第五艦隊を編成し、フィリピン方面に進出。スラバヤ沖海戦では僚艦と共に英重巡エクゼターと駆逐艦2隻を撃沈する活躍を見せ、その後も珊瑚海、ミッドウェー、アリューシャン、ソロモン、サイパンと数々の戦闘に参加した。
1944年のレイテ沖海戦に参加した際に雷撃を受け損傷し、戦場を離脱。シンガポールでの修理の結果、何とか外洋航行が可能なまでに復旧し、内地での本格的な修理のために駆逐艦潮と共に佐世保に向けて出港した。ところが12月13日夜、マレー半島に沿って北上している所へ米潜水艦バーゴールの雷撃を受け、艦の後部を切断される。妙高も電探やレーダーを駆使し敵潜水艦に攻撃を当てるが、撃沈するまでは及ばなかった。航行不能に陥った妙高は僚艦の羽黒に曳航されシンガポールへとひき返す。
命からがら戻って来ることはできたものの、もはや修理不能な状態となっていたので、可能な武器はすべて陸揚げ、乗組員も陸戦隊として再編成されるようになる。身動きできない妙高は港で浮砲台となりそのまま終戦を迎えた。
その後、妙高はイギリスに接収され、1946年(昭和21年)7月8日にマラッカ海峡において海没処分された。
時は流れ、妙高が没してから50年後の1996年(平成8年)、イージスシステムを搭載したこんごう級護衛艦の3番艦「みょうこう」が就役した。体を引き裂かれてもなお沈まなかった艦の名は、今も日本の海を守り続けている。
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最終更新:2025/12/11(木) 00:00
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