日蓮正宗とは、日興を派祖とする日蓮系伝統教団の内、大石寺を総本山とする宗派である。
日蓮没後、日蓮の高弟である六老僧は身延山の日蓮の墓に輪番制で奉仕することを、当時他用で不在であった日向・日頂以外の六老僧で定めたが、富士周辺を布教地帯とする日興以外の五老僧は布教や弟子の育成で忙しく身延山へ登山することが困難であった。
この為、富士周辺に在住している日興と六老僧は次第に不仲になっていった。身延山久遠寺の開基檀那の地頭・波木井実長(日興が教化し、日蓮に帰依した)は日興に身延山久遠寺の住職に晋山することを要請した。日興が他の六老僧と疎遠になっていた間に、六老僧の一人である日向が身延へ登山してきたので、日興は日向を学頭職につけた。地頭・波木井実長はこれを歓迎して日興とともに迎え入れた。
しかし、日蓮の教義の変遷により、日蓮は日本国にいる神が居なくなっていると言っており、波木井実長はその教義を受け入れることができなかったため、厳格に日蓮の教義を伝持したいと考えていた日興と波木井実長は次第に不仲になっていく。
日興は日蓮の本尊や文章等を持ち出し身延山久遠寺を離れ、富士山嶺の地頭・南条時光の招請により、現在の上条の地(大石ヶ原)に大石寺を創建した。
その後、身延山久遠寺には日向が、地頭波木井実長の推挙により晋山した。
また、富士に下った日興も日朗や日昭、日頂と和解している。
ただし、信仰上の違いがあるためその点については和解していない。
(上記は日蓮正宗の立場であって日蓮宗の立場は又違う)
前提条件
当時、中国から伝わった「正法(釈迦の教義が正しく伝わる期間)一千年間・像法(釈迦の教義が正法でないにしろ伝わる期間)一千年間・末法(間違った教えが広がる期間)一万年間の考え方により日蓮は末法には法華経に予言として記されている地涌の菩薩(複数)が出現し、末法を守る。「自分は地涌の菩薩である。」と自覚して布教していった。
(このため、どこの仏教教団でもある一定の集団は祖師信仰を保持しており、日蓮宗内でも日興門派の寺院は祖師信仰がある。)
1.教義
2.戒律
4.生死観
・法主の下に若干名の能化衆(権僧正以上の僧侶は日号「〇〇院日○御尊能化」を名乗れる。能化以下は「〇〇阿闍梨〇〇坊」)がいる。
・日蓮正宗は謗法厳誡であるため厳しい宗派であると思われがちだが、各末寺においては結構フランクなお坊さん(ご住職・ご主管)もいたりして、いろいろな相談にのってくれる。
・お盆などのお祀りの仕方は日蓮正宗で正式なものは一応あるのだが、地域に合わせた柔軟さも持っている。
・wikiで書かれている主要な祭事以外にも、末寺が正月用に企画している餅つき大会とか成人式とか結婚式とかもある。
・仏像の造立は禁止しているが、フィギュアは本尊ではないから飾っても良い。(ただし仏壇以外に)
・謗法に厳しいのと同時に、教義をある程度習得すると法華経サイクルにはまり「俺が俺が」となりやすいので、
「俺が俺が」といった自分勝手な行動や、勝手な教義の改変は慎むべき行動とされている。
・日蓮宗とは学術的な交流はあるが、宗教儀礼的な交流はない。また、萌え系の方法論についても交流はない。
・初音ミクはニコニコ内においては「天使」と形容されるが、初音ミクに萌える行為は生命の温かみを感じる行為であって、宗教的行為ではないため「萌え」は特に禁止されていない。
・真っ当に信仰や仕事を続けていると、青い子みたいに自身のソウルジェム的なもの(心)が黒くなって魔女化(頭破七分)しそうになるが、そんなときはお題目をあげてフラストレーションを開放してやるといいです。
・それでも苦しい時は、総本山に参詣して山内を探索してソウルジェム的なものを浄化します。
・ご本尊は十界曼荼羅というインデックスでもある。勇気を失ったら、御書(日蓮遺文)を検索してがんばる。
・頑張れないときは、無理やり頑張らなくてもいい。なに、人間誰だってそんな時はあるさ。
・宗派を変える際は、家族親族共によく協議して変更することを薦めている。(無理矢理宗派を変えさせる様な真似はさせてはならない)
・ご供養(お布施)は強制されないので、自分の出来る範囲ですることが望ましい。(大根が豊作だから、大根をご供養するでも可能)
・大乗仏教の信仰者として信徒が守るべき五戒があるが、血流を良くし暖を取るためにお酒を飲んでもいい。(ただし飲み過ぎて前後不覚になってはいけない)
・神主さんの普段着(白衣・袴)ような格好の上に僧衣(袈裟・衣)を着用する。
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最終更新:2025/12/22(月) 00:00
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