桑名江(刀剣乱舞)とは、原作ニトロプラス×配信DMMゲームスによるブラウザゲーム及びスマホアプリゲーム『刀剣乱舞-ONLINE-』に登場する刀剣男士である。
「郷義弘(ごうのよしひろ)が作刀、名物、桑名江。
戦に勝つ為には土と向き合うこと。農業は森羅万象全てと向き合える学問なんだよ」
種類:打刀
刀派:江
越中国の刀工、郷義弘作の打刀。伊勢桑名藩2代藩主、本多忠政が所持した。
農業は森羅万象全てと向き合える学問。研究熱心な部分が時に理屈っぽい印象を与えているが、本人は全く自覚がない。
(公式Twitterの紹介)
声:伊東健人 / 絵:津田穂波
2019年9月24日~10月8日開催「秘宝の里~楽器集めの段~」の玉10万報酬として実装された。
存在自体は以前より豊前江に言及されており、畑仕事が得意で一家言あるキャラらしいことを匂わせていた。
また、秘宝の里の仕様が改善された。
怪火の効果が敵札にも適用、ボーナス敵の脇差が新登場、落とし穴がリストラ、玉を集めやすくなった。
実装の翌日にPVが公開された。
ポストを読み込み中です
https://twitter.com/tkrb_ht/status/1176678073611120642
オリーブグリーンの髪(または緑かかった黒髪)で両目を隠した、とうらぶ初の両メカクレキャラ。
パーカーに江の上着、だぼっとしたズボンと全体的にストリート系を思わせる現代的な格好。腰にはイエローレンズのゴーグルを下げており、戦闘時にはこれを付ける。目のガードが固い…
キャラの紋は本多家の「丸に立ち葵」と農家で飾られていたことを表した稲を合わせたもの。
既に名前が出ていたこと、秘宝の里に江の刀剣男士が続いていたこと、江の上着と紋などが相まって予定表やチラ見せの段階ですぐに桑名江と予想された。
内番は江で揃いのジャージだが、「桑名」と名前の入った鍔付き帽子を被り、首にタオルとゴーグルを巻き、黒いゴム長靴を履いた、完全な農家スタイル。
一人称は「僕」(現状だとテキスト表記は不明)
陰キャ系やクール系に見える容姿に反して、おっとりしたほわほわした喋り方。
独自の哲学を持って農業の道を邁進しており、栄養価を調べたり植物を採集して薬草を作ったり本を読むのは序の口で、畑の良し悪しを見るために土を味見したり(※農薬を使っている畑では真似してはいけない)、研究熱心なあまり常人には突飛に映る行動もする。
農家や研究家の感覚があるためか戦争は好んではいないが、畑を守るためならやる気を出してくれる。いざ戦闘になれば肝が据わっており、索敵では「天候、地形、風速、地味(ちみ)……なるほど、勝てるよ」と名軍師ばりの先見の明で士気を高める。
戦闘で傷を負った際や会心の一撃では「はしかい!(=痛痒い)」「こしょぐったろか!(=擽ってやろうか)」「あちゃあーっ、なんなんこれぇ……!」と号に因んで桑名(三重県)の方言がぽろっと出る。
さらに真剣必殺では「くっそ業沸くのう!(=腹が立つ、むかつく) このおたんこなすがぁ!!」と普段のほんわかした雰囲気とは一変する。ブチギレても「おたんこなす」なあたりが可愛らしいが。
この際に、ゴーグルが割れて左目がチラ見えし、パーカーの前が開いて逞しい腹筋が露わになり、鎖骨にほくろが一つ確認できる(腹筋にも二つある疑惑もある。詳細が待たれる)
誉を取っても誇ることはなく、「手柄はみんなのものだよぉ」と収穫物の分け前かのごとく優しさを発揮。
刀剣男士同士の演練ならば乗り気なようで、勝ったら畑仕事に手伝ってもらうと宣言。畑仕事嫌いの刀剣男士は多いだけに愉快な構図が思い浮かばれる。
審神者に対しては、放置台詞で「好きな時に戻ってくればいいよ。僕が全部やっとくから」と言うなど意外と甲斐甲斐しい。しかし、さすがに長期間も留守にすると許容外なようでその間に溜まった作物を限界まで食べさせてくる。ほっとかれて怒っているのか、帰省したら沢山食べて元気になってほしいのか…?
DIY等も出来るのか大抵のものは作ってくれるそうで、審神者が買い物に行くことに疑問を示すほど。これは審神者ダメになる。
遠征帰りにはお土産に地野菜を、就任記念日には栽培年数ごとの作物を毎年プレゼントして祝ってくれる。ちなみに横文字はひらがなの模様。
同じ本多家所縁の蜻蛉切に対しては「様」付けで敬語で接しており、内番で桑名江側が変化する特殊会話が発生する。蜻蛉切が本多忠勝の愛槍であることや本多家の刀剣類で最も大事にされていたことが理由かと推測されているが、本人曰く「蜻蛉切様が蜻蛉切様だから」で実際のところは不明。
蜻蛉切側からの反応台詞はないため、これにどういったリアクションなのかも不明。
また、豊臣の刀には好まれていないかもしれないが、受け入れていくしかないと零している。
同じ刀工作の豊前江と出陣すると回想が二つが発生。
『風に乗れ』では、馬に乗るのに慣れないらしい桑名江を豊前江が手助けする。馬当番台詞も合わせると桑名江は馬を可愛がっているらしい。おまかわ。
『すていじ あくと2』では、あくと1で篭手切江の夢「歌って踊れる付喪神」に協力することになった豊前江が顔見知りらしき桑名江も勧誘。大地と意思疎通(!?)をしてOKが出たため桑名江も参加。いよいよアイドルグループ江が結成!よかったね篭手切江!……と思いきやこれまでの会話は豊前江に膝枕してもらった状態でしていたことが判明。あくと1といい謎の膝枕オチはいったい……。
本丸でも「歌って踊る為には、健全な肉体、健全な食。故に健全な土と……」と自身が提唱する循環の理論を展開しており、参加を表明したからにはアイカツには意欲的な様子。
南北朝時代の刀工、郷義弘(ごうのよしひろ/ごうよしひろ)の作。
郷義弘は越中国新川郡(現在の富山県魚津市)松倉郷に住んだ事から、この名字で呼ばれた。なお江戸時代以降、「郷」は「江」と表記されている。
鎌倉時代末期の刀工・相州正宗の高弟「正宗十哲」の一人に数えられ、「享保名物帳」では相州正宗、粟田口吉光と並び「天下三作」と称された。
しかも郷義弘の作は全て無銘で数が少なく、刀剣鑑定家・本阿弥家が極めをつけたたもの、後世において郷義弘作であると認定されたもののみが存在する。 これが由縁で、「郷(江)とお化けは見た事がない」と言われるようになった希少性が特徴。
桑名江は、徳川家康の四天王として名高い本多忠勝の子・本多忠政が鷹狩りである農家を訪れた際に神棚に飾られていたところに出会い召し上げた刀である。忠政の居城が桑名にあったため、桑名江の号がついた。
忠政は本阿弥光徳に鑑定を依頼し、茎(なかご)の両面に金象嵌銘を入れさせた。表には「義弘 本阿(花押)」、裏には「本多美濃守所持」とある。
1665(寛文5年)2月3日、本阿弥11代目光温によって「代金子三百枚」(金子三百枚分の価値がある)の折り紙がつけられた。
現在は京都国立博物館所蔵。
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最終更新:2025/12/13(土) 09:00
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