花月(秋月型駆逐艦)

花月(秋月型駆逐艦)とは、大日本帝國海軍が建造した秋月型駆逐艦13番艦である。1944年12月26日竣工。軽巡に匹敵する高性能を持ち、その性能を買われて第31戦隊の旗艦となる。しかし戦争末期の就役であり、戦う機会無く終戦を迎える。復員輸送任務に従事後、アメリカに引き渡され、1948年2月3日に五島列島沖で海没処分された。

概要

艦名の花月とは「花を照らす月」を意味し、歌語では「桜」を指す。花月は満月型(Ⅲ型)と呼ばれる最終型のグループに属しており、計画では満月、花月、清月、大月、葉月の5隻が建造される予定だった。しかし特攻兵器の生産を優先した結果、起工出来たのは満月と花月のみ。満月も途中で建造中止となってしまい、2番艦の花月以外は全て完成しなかった。よって花月は唯一竣工した満月型となる。秋月型は性能こそ高いが建造に大変時間が掛かる欠点を抱えており、最低でも1年は掛かった。この欠点を改善すべく満月型は船体構造材の規格を落として生産性を上げ、前部のシアを直線に改めて工期を短縮。その甲斐あって花月は約10ヶ月という秋月型最短の建造期間を記録した。

武装は10cm連装高角砲4基8門、96式25mm三連装機銃7基、同25mm単装機銃16基、13mm単装機銃4基、61cm四連装魚雷発射管1基、93式魚雷8本、爆雷投下軌条2基、95式機雷54個となっている。他にも22号対空電探1基と13号対空電探2基、93式探信儀1基、93式水中聴音機1基を搭載。戦況に即した高い対空と対潜能力を得た。要目は全長134.2m、全幅11.6m、排水量3888トン、最大速力33ノット、航続距離1万4816km、乗員400名。

駆逐艦ながら軽巡に迫る巨体を誇り、その恩恵でトップヘビーになる事無く主砲4基を搭載。総火力は米駆逐艦の主砲5基分に相当した。一部の戦艦や空母にしか装備されていない22号電探や13号電探、艦橋頂部と後部上構に設置された九四式高射装置によって高い対空性能を実現。敵機を捕捉すると4秒で全ての火砲を操作でき、2つの目標に対し同時に管制射撃が行えた。対潜、対空、火力、速力、指揮能力全てが高水準にまとまった傑作艦であり、その性能は軽巡洋艦に匹敵する。しかし、あまりにも登場が遅すぎた事が唯一の欠点だった。

ちなみに花月は計画番号順では秋月型の最後となっているが、実際に最後に竣工したのは夏月であった。

艦歴

遅れて登場した高性能艦

開戦直前の1941年8月15日に策定された1941年度戦時建造計画(マル急計画)において、乙型駆逐艦第366号艦として建造が決定。第79、第81帝国議会で予算承認された。当初の予定では三菱重工長崎造船所で起工するはずだったが、舞鶴に変更されている。建造費は1782万円であった。

1944年2月10日、舞鶴工廠で起工。8月25日に花月と命名され、10月10日に進水式を迎える。10月29日、艤装員事務所を開設して作業を開始。12月9日に船体が完成し、竣工に向けた物資の積載を始める。そして1944年12月26日竣工。引き渡し式が行われ、准士官以上19名、下士官及び水兵305名が乗艦。艦長こそ百戦錬磨の東日出夫中佐であったが、乗組員の大半は艦船勤務に乏しい若者で占められた。航海長ですら駆逐艦での勤務は初めてであり、人材不足が浮き彫りになる。竣工と同時に訓練部隊の第11水雷戦隊へ編入されるも突貫工事だったためか、25mm単装機銃20基、10cm砲弾1000発、電波探知機三型、12cm双眼望遠鏡を装備しておらず、まだ戦えるだけの力が無かった。このため舞鶴工廠で工事を続行。よって、準備出来次第瀬戸内海へ回航する事になった。

花月が就役した時には既に連合艦隊は壊滅し、フィリピンへの敵軍上陸を受けて南方航路は遮断寸前。敵機動部隊は南シナ海、敵潜水艦は本土近海にまで進出してきており、本格的な本土空襲も始まりつつあった。加えて作戦行動に支障が出るほど備蓄燃料も少なくなり、もはや花月の活躍の場は無きに等しかった。

高い性能を持っていた花月は、スラバヤで孤立中の五十鈴(軽巡洋艦)に代わって第31戦隊の旗艦に内定。旗艦設備を搭載するための工事が行われ、九三式魚雷三型2本を陸揚げして電探や機銃を搭載。また船体強度の弱さが発覚したため、1945年1月2日から改正工事を受けている。1月15日に一部機銃弾庫の改造を実施。未搭載の弾薬や備品も工事が進むにつれて続々と積載され、居住性が確保された事で艦内烹炊が行われるようになった。しかし悪化する戦況は花月を待ってはくれなかった。舞鶴にも度々空襲警報が発令され、気の休まる暇が無かった。

1945年1月19日、工事と出港準備を完了。翌20日13時30分に舞鶴を出港し、瀬戸内海西部を目指す。日本海にはまだ米潜水艦は侵入していなかったが、警戒を厳重にして航行する。1月21日午前11時に門司崎を通過、14時に徳山へ到着して燃料補給を受ける。1月23日に第11水雷戦隊と無事合流を果たし、山口県安下庄を拠点に慣熟訓練を開始。フィリピン方面では地獄のような地上戦が行われていたが、瀬戸内海は平穏そのものだった。しかし、1月31日午前9時10分に1機のB-29が高度8000mで南東より侵入。対空見張りを厳にして敵機の動向を窺うも、幸い投弾は無かった。だが平穏がそう長くない事を理解するには十分な出来事だった。東艦長は何事も一度は本人にやらせてみる現任訓練を徹底。若い下士官に強い心理的負担を強いたが、2月末までには編隊航海が出来るほど錬度が向上した。いつしか瀬戸内海にも敵機が現れるようになり、不意を突くように急降下爆撃を仕掛けられ、実戦さながらの回避訓練になる一幕もあった。3月15日、第31戦隊の旗艦に就任。司令官の鶴岡信道少将が乗艦し、将旗を掲げた。

呉軍港空襲

3月18日午前0時、敵機動部隊が三群に分かれて都井崎南東200海里を北上中との通報が入った。午前4時50分、呉鎮守府は「全可動兵力は直ちに大和と合流せよ」と命令。呉に停泊中だった花月は急いで出港準備を整え、16時頃に駆逐艦桐を率いて出港。広島湾に向かい、僚艦とともに戦艦大和の警護につく。不穏な雰囲気に包まれる中、ついに敵の攻撃が始まった。

3月19日午前6時30分、呉軍港は米第58任務部隊による空襲を受ける。多くは軍港内へ殺到したが、広島湾にも米空母ベニントンから発進した敵艦上機48機が襲来。土佐湾側から四国山脈を越え、高縄山を左回りに旋回して急速に接近。直ちに徳山を出港し、駆逐艦涼月、冬月、浜風、霞、響、杉、樫、桐と大和を中心とした輪形陣を組んで敵機を迎え撃つ。攻撃は3～4秒間隔で加えられ、あちこちで着弾を示す水柱が林立した。この戦闘で6機に命中弾を与え、1機を撃墜。撃沈された艦は無く、花月も死傷者こそ出したが無事生き延びた。危機が去った後、修理のため呉へ入港。更に25mm単装機銃10基を装備し、34番10cm高角砲塔制御装置を改造して射界を増大。対空能力を高めた。

天一号作戦に参加するも

3月26日午前11時2分、沖縄へのアメリカ軍上陸を確実視した連合艦隊は天一号作戦を発令。敵機動部隊を味方の航空攻撃圏内へ誘引するため、佐世保進出を命じられた。16時40分、駆逐艦榧と槇を率いて呉を出港し、徳山で燃料補給。17時30分に戦艦大和や第2水雷戦隊とともに出港。西進する予定だったが、敵機動部隊が九州南部と奄美大島を空襲してきたため誘引の必要が無くなり、3月28日18時に佐世保への進出は中止となった。その後、大和に率いられて呉湾へ集結したが、3月31日午前0時頃に侵入してきたB-29の機雷敷設により軍港へ戻れなくなってしまう。

4月1日、予想通りアメリカ軍が沖縄への上陸を開始。4月5日15時、大和を中心とした水上特攻作戦「天一号作戦」が発令され、花月率いる第31戦隊も出撃に加えられた。しかし道中には優勢な敵機動部隊が遊弋、沖縄近海には数百の艦艇が展開しており、沖縄まで辿り着くのは殆ど不可能のように見えた。また燃料の問題もあったが、ヒ96船団が持ち帰った重油、徳山燃料廠の底に溜まっていた帳簿外の燃料の回収、戦艦伊勢や日向など在泊艦艇から燃料を抜く事で何とか1万トンを工面。既に呉周辺は機雷封鎖されていたため、血のような燃料を花月が輸送する事になり、18時15分より大和に横付けして送油。2回の補給で600トンを供給した。18時45分、大和から大発2隻を借りて涼月と冬月にそれぞれ魚雷2本を供出。翌6日午前2時、大和から長い竹竿が花月に架けられ、それを伝って退艦する少尉候補生、傷病兵、補充兵が花月へ移乗。今回の出撃は二度と帰ってこられない死出の旅であり、未来ある若者は退艦を命じられたのだった。移乗した少尉候補生一同は大和の艦橋に向けて仰ぎ挙手の礼を行った。日の出後、矢矧から候補生を満載した内火艇が派遣され、彼らも花月に収容された。午前8時、徳山港燃料岸壁に接岸。「御武運を祈ります」と涙ぐむ候補生らを降ろし、重油500トンと清水23トンを補給する。午後12時35分に岸壁を離れ、13時19分に徳山湾口にいる大和と合流した。

4月6日15時20分、水上特攻部隊は順次抜錨。大和を中心とした輪形陣を組んで12ノットで走り始める。花月も駆逐艦槇、榧を率いて出港し、二式水上戦闘機2機や駆潜艇6隻とともに前路哨戒を担当。下関海峡は機雷封鎖されているため、豊後水道から太平洋を目指した。間もなく陽が傾き、祖国の山々を朱色に染める。二度と見られない情景を背にしながら進んでいた16時10分、大和から「第31戦隊は解列反転し、内地へ帰投せよ」と旗艦信号が送られてきた。地獄の入り口で突然引き返す事になり、左へ大きく旋回して水上特攻部隊と反航。後ろからは槇と榧が続航した。18時5分、柳井泊地へ到着。山に隠れるように泊地があるため、敵機からの攻撃を受けにくい好立地であった。大和率いる水上特攻部隊は沖縄を目指して突き進み、道中で熾烈な空襲と遭遇。半数程度しか戻ってこなかった。もし花月も同行していたら、坊ノ岬沖海戦で撃沈されていたかもしれない。

訓練教育を担当

4月8日午前8時、八島泊地に向けて柳井を出発。第11水雷戦隊と合流する。大本営海軍部は訓練未了の駆逐艦13隻を第31戦隊へ編入、花月は教育担当となった。4月19日午後12時30分に呉へ入港、発電機の修理と旗艦設備の残工事に着手する。4月30日13時58分に呉を出発し、小積に回航して訓練業務に戻った。B-29の機雷敷設は留まる所を知らず、関門海峡や瀬戸内海西部にも機雷が投下された。5月2日の時点で19隻が触雷沈没し、機雷に警戒しながら航行しなければならなくなった。

5月6日午前10時30分、上空を通過するB-29の編隊を発見。13分間の対空射撃を行っている。5月10日、417機のB-29が呉、松山、徳山、岩国に焼夷弾を投下。午前9時50分にB-29の編隊を確認し、午前10時20分まで対空射撃。敵機は都市爆撃を目的としていたため花月は攻撃を受けなかったが、この日より中小都市への空襲が始まった。3月に硫黄島を失陥して以来、B-29は我が物顔で本土上空を飛んでいた。5月20日、小沢治三郎中将率いる海上挺進隊が新設され、必要な設備と錬度を持っていた花月が旗艦に抜擢される。指揮下に軽巡1隻、防空駆逐艦3隻、駆逐艦13隻を収め、戦力は二個水雷戦隊に相当した。しかしながら多くは訓練未了、涼月は大破状態で冬月は佐世保所在、深刻な燃料不足により統一訓練すらままならない実質書類上のみの部隊であった。5月25日、第41駆逐隊の冬月、涼月、宵月が対馬海峡部隊に転属となり、新たに就役した夏月が補充された。

5月28日17時2分、呉に入港。久しぶりに上陸許可が出され、乗組員は羽を伸ばした。花月は6月2日から9日にかけて呉工廠第三船渠へ入渠し、整備を受ける。6月16日午前10時、呉鎮守府から「花月と第43駆逐隊は柳井に停泊の上、擬装を施す」との命令が下った。本土決戦に備えて温存しておきたい考えと、訓練に使用できるだけの燃料がもう無い厳しい懐事情によるものだった。

6月22日午前9時31分、162機のB-29が呉軍港に襲来。敵の狙いは艦船ではなく陸上の海軍工廠であり、1289発(796トン)の爆弾が降り注いだ。花月を含む在泊艦艇は対空砲火を上げて応戦したものの、3機を撃破した程度に留まった。この爆撃で呉工廠は壊滅し、400名以上が死亡した。6月30日午前9時、廃墟となった呉を出港。柳井の南方にある相ノ浦海岸に投錨し、遅れてやってきた桐と蔦が寄り添うように停泊。呉軍需部、港務部、施設部、工廠の協力を得て擬装用の網を被せ、山から切り出してきた木の葉を乗せた。マストには松の木が添えられ、陸地の一部に見えるよう擬装工作を実施。位置の露呈を避けるため発砲は禁じられた。海軍総隊司令部は花月を回天母艦に改装する計画を立て、最多の8基を搭載する予定だったという。しかし花月の工事は間に合わなかったのか、母艦化は行われなかった。

7月1日、第31戦隊の司令官に松本毅少将が任命され、鶴岡少将と入れ替わる形で花月へ乗艦した。擬装工作は完璧だったようで、7月24日、柳井の西南・平生町方面にP-51戦闘機13機が飛来したが、花月に気付く様子は無かった。7月28日早朝、柳井にも敵艦上機が出現するも、やはり攻撃を受けなかった。8月1日深夜、アメリカ軍が関東方面に上陸したとの通報が入り、花月も出撃準備に取り掛かった。が、のちに誤報だと判明した。終戦の前日である8月14日には157機のB-29が山口方面に向かってきたが、光海軍工廠が狙いだったため攻撃を免れた。無傷の状態のまま、8月15日の終戦を迎えた。玉音放送は花月でも受信されており、乗組員は戦いの終わりを悟った。

もし本土決戦が生起していた場合、花月は指揮下の艦艇を率いて伊予灘北方に移動し、島嶼岬角を利用して敵の目から隠れつつ夜を待つ。瀬戸内海西部の祝島を中心として半径180海里以内に敵艦が侵入したら出撃し、極力肉薄。搭載の回天を全て射出した後は、敵輸送船団を狙って夜戦を仕掛ける予定となっていた。決死の肉弾攻撃であり、出撃すれば生還は絶望的だったと言える。

終戦後

無傷かつ航行可能の状態で終戦を迎えた花月は復員船の指定を受け、最後の奉公に臨む事になる。擬装を解いて呉へ回航、そこで武装解除を受け、舷側に「HANAZUKI」と日の丸を記入。1945年10月5日に海軍籍から除かれ、連合軍の指揮下に入って復員輸送艦となる。花月は高性能だったため遠隔地まで足を伸ばす事が出来た。台湾、上海、仁川、フィリピン、グアム、ブーゲンビル島、ラバウル等から邦人や陸海軍兵を内地へ連れ帰り、総距離4万海里を往来。約2万人を日本に輸送した。1946年12月20日にグアムから浦賀へ帰港した事で復員任務を終了。

役目を終えた花月は横須賀に回航され、特別保管船として繋留される。その後、特別保管船92隻は抽選でアメリカ・イギリス・中国・ソ連に振り分けられ、花月はアメリカが獲得する権利を得た。花月は引き渡し地の青島に回航され、1947年8月27日に復員船の指定を解除。翌日アメリカに引き渡された。アメリカは花月に興味を抱いていたようで、DD-934のハルナンバーを与えて本国に持ち帰り、性能調査を行っている。

1948年2月3日、五島列島沖で海没処分。今のところ海上自衛隊に花月の名を継いだ艦はいないが、かつて海上保安庁に巡視艇はなづきが存在した。

関連項目

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• 秋月型駆逐艦