信用創造(credit creation)とは、銀行が手持ちの現金よりもずっと多くの金額を貸し付けることができる現象を指す言葉である。
銀行は、企業・家計に貸し付けることによって、企業・家計から現金を受け取っていないにも関わらず預金額をどんどん増やすことができる。このため預金創造(money creation)とも言われる。
「銀行は、万年筆で預金通帳に金額を書き込むだけで預金を創造できる」と説明されることがある。この説明を万年筆マネー(fountain pen money)という。ジェームズ・トービンという経済学者が言い始めた言葉である。
Aさんという人が民間銀行から住宅購入資金の融資を受けるとき、民間銀行はAさんの銀行口座の預金残高の数字を書き足すことで融資する(信用創造)。
Aさんは預金残高を減らし、住宅販売会社の預金残高を増やして、そうやって銀行振り込みで支払いを済ませて住宅を購入する。住宅販売会社がAさんと同じ銀行に口座を持っている場合、民間銀行は手持ちの現金を一切減らさずに済ますことができる。銀行が現金を持たずに信用創造でいくらでも預金を創造できるのはこのためである。
Aさんは数十年かけて銀行にお金を貢ぐようになり、銀行が創造した預金を後押しする存在になる。
無から銀行預金を作り出す信用創造を可能にするには、4つの条件がある。
これらの4条件が揃っていれば、銀行は手持ちの現金の額が少なくても、巨額の銀行預金を創造することができる。
2.と3.と4.は、とても達成しやすい。現金を持ち歩いて支払いするよりも銀行振り込みで済ます方が圧倒的にラクである。銀行に口座を開設することは誰でも無料で行うことができる。多額の現金を手元に置いておくのは盗難のリスクが高まって危険なので、ほとんどの人が現金引き出しをできるだけ避けて銀行預金のままにする。2.と3.と4.は、たいしたハードルではない。
簡単に達成できないのは、1.である。長年にわたって律儀に銀行へ借金返済し続ける人をきちんと見つけ出すのは、なかなか難しい。ちゃんとした職に就いていて経済力があり、真面目にきちっと銀行へお金を貢ぎ続ける人は、銀行にとって金蔓(かねづる)である。
金蔓(かねづる)が見つかれば信用創造できる。金蔓(かねづる)が見つからなければ信用創造できない。
銀行の信用創造は、金蔓(かねづる)によって支えられているのである。
円滑な信用創造には以上の4条件が必要であることを理解した上で、もういちど信用創造を定義すると、以下のようになる。
銀行預金から大量の現金を引き出す人が滅多に現れないという前提のもと、長期間にわたりお金を貢ぎ続ける金蔓(かねづる)を当てにして、現金をまだ受け取っていないのにもかかわらず銀行が新たな銀行預金を作り出すこと
1万円を預金している預金者を100人抱えるニコニコ銀行があるとする。このとき、ニコニコ銀行の持っている現金の総額は100万円で、預金の総額も100万円である。この、預金者から集めた現金を本源的預金という。
ニコニコ銀行のもとに、ドワンゴ工業という会社が「3,000万円を貸してください。その3,000万円でカドカワ商事から工作機械を買って事業拡大したいんです。カドカワ商事はニコニコ銀行に口座を持っています」と言ってきたので、ニコニコ銀行の営業部は融資を決意し、ドワンゴ工業という会社がニコニコ銀行に開設している口座に、3,000万円の預金額を新たに書き入れた(信用創造)。
融資した翌日にドワンゴ工業の口座からカドカワ商事の口座へ3,000万円の銀行振り込みが行われ、ドワンゴ工業は工作機械を手に入れた。
ニコニコ銀行の預金額は3,100万円になった。(本源的預金の100万円と、カドカワ商事の3,000万円)
ドワンゴ工業は、今後長い間かけて現金3,000万円を返済することになった。ニコニコ銀行にとって、ドワンゴ工業という会社の返済能力が3,000万円分の資産となった。カドカワ商事の銀行預金3,000万円はニコニコ銀行にとっての負債(現金にしてくれと要求されたらそうしなければならない)なので、これで釣り合いがとれている。
これは、「銀行は貸し出しのための現金を必要としていない」という考えに基づく説明である。
銀行の持つ本源的預金の額に関わらず、いくらでも貸し付けができるし、いくらでも預金を創造できる。条件は、「ニコニコ銀行から金を借りる人物の支払方法が銀行振り込み、借りた金を支払う相手がニコニコ銀行に口座を持っている」ということである。銀行振り込みの方が圧倒的に便利だし、ニコニコ銀行に口座を持つことは誰でも無料で行うことができるので、これはたいしたハードルではない。
銀行には貸し出しのための現金は必要ない。これが、銀行の業務の実態である。
銀行の貸し出しの上限額も、準備預金制度で定められた制限以外は存在しない(詳しくは、下の『準備預金制度』の項目を参照)。
強いて言えば、借り手の返済能力が融資の上限となる。例えば、年収200万の人が「10億円の家を買うので融資してくれ」と言ってきても、一生かけても返済できないだろうと予測されるので、貸し出しをやめよう、と判断することになる。
日本語の信用創造に相当するのは、英語のcredit creationである。信用創造(credit creation)の際には、借り手の返済能力を信用することが必須となり、信用することでお金が創造される。銀行の業務の実態を示した巧妙な言葉だと言える。
借り手の返済能力が銀行にとっての資産となり、創造した銀行預金は銀行にとっての負債となる。資産と負債がぴったり同額で一致する(実際には、利子を徴収するので、資産の方が少し多い)。
信用創造は借り手の返済能力によって成り立つ。もう少し分かりやすい言い方をすると、信用創造は長期にわたって銀行へ金を貢ぎ続ける金蔓(かねづる)によって成り立つのである。
銀行に準備預金(日本なら日銀当座預金)が存在する理由は、貸し出しのための原資を確保するためではなく、銀行間の送金や、銀行・政府間の送金などに使うためである。
例えば、Aさんがニコニコ銀行の口座からひろゆき銀行の口座に100万円を移動させたとする。このとき、ニコニコ銀行からひろゆき銀行へ銀行間送金を行い、日銀当座預金を100万円分移動させている。
Aさんがニコニコ銀行の口座から100万円を納税するとする。このとき、ニコニコ銀行から政府へ銀行・政府間送金を行い、日銀当座預金を100万円分移動させている。
こうした送金を行うため、銀行は日銀当座預金を持つことになる。
これまで述べてきた信用創造の例え話は、いずれも、「銀行から融資を受ける人と、銀行から融資を受けた人にとっての支払先が、同じ銀行に口座を持っていると、円滑に信用創造が行われる」と説明してきた。
本項目では、銀行から融資を受ける人と、銀行から融資を受けた人にとっての支払先が、異なる銀行に口座を持っているときにも、信用創造が成立することを解説する。
1万円を預金している預金者を100人抱えるニコニコ銀行があるとする。このとき、ニコニコ銀行の持っている現金の総額は100万円で、預金の総額も100万円である。この、預金者から集めた現金を本源的預金という。
ニコニコ銀行のもとに、ドワンゴ工業という会社が「3,000万円を貸してください。その3,000万円でカドカワ商事から工作機械を買って事業拡大したいんです。カドカワ商事はひろゆき銀行に口座を持っています」と言ってきた。
ニコニコ銀行の営業部がカドカワ商事に電話を掛けて「ウチに口座を開設しませんか」と誘っても「弊社はひろゆき銀行にお金をまとめたいのです」と言う。ニコニコ銀行の営業部は渋い顔をした。
ニコニコ銀行が銀行間取引市場の金利を調べると、2%で日銀当座預金を借用できることが分かった。このため、2%よりも高い金利をドワンゴ工業に課せば、ちゃんと利益が出ることが分かった。
ニコニコ銀行の営業部はドワンゴ工業に対し「金利8%で融資します。それでよろしいですか」と持ちかけ、ドワンゴ工業は「はい、その金利で結構です」と答えた。これで交渉成立である。
ニコニコ銀行は、ドワンゴ工業がニコニコ銀行に開設している口座に、3,000万円の預金額を新たに書き入れた(信用創造)。
それと同時に、ニコニコ銀行は銀行間取引市場でカワカミ銀行から2%の金利で日銀当座預金3,000万円を借り入れ、ニコニコ銀行の日銀当座預金は3,000万円になった。
融資した翌日にドワンゴ工業のニコニコ銀行口座から、カドカワ商事のひろゆき銀行口座へ3,000万円の銀行振り込みが行われ、ドワンゴ工業は工作機械を手に入れた。それに合わせて、ニコニコ銀行の日銀当座預金は0万円になり、ひろゆき銀行の日銀当座預金は3,000万円増えた。
ニコニコ銀行の預金額は100万円のままである。(本源的預金の100万円)
ドワンゴ工業は、今後長い間かけて現金3,000万円を返済することになった。ニコニコ銀行にとって、ドワンゴ工業という会社の返済能力が3,000万円分の資産となった。ニコニコ銀行がカワカミ銀行から借りている日銀当座預金3,000万円分がニコニコ銀行にとっての負債なので、これで釣り合いがとれている。
この例え話を読むと分かるように、信用創造したばかりの銀行預金を他の銀行へ振り込まれても、特に問題がない。銀行間取引市場で日銀当座預金を借用すればよい。銀行間取引市場の金利よりも高い金利で貸し付ければ、ちゃんと利益が出る。
※この項の資料・・・ランダル・レイ『MMT現代貨幣理論入門』185~192ページ
日本国内の民間銀行も、信用創造で自分の銀行の預金額を増やしている。貸し付けるたびにどんどん預金額が増えていく。
ところが、預金を無限に増やすことは許されていない。すべての民間銀行が貸付金額を増やしすぎると、世の中に出回るお金の量が増えることになり、激しいインフレを招くことが危惧されるからである。
準備預金制度というものがあり、日本の民間銀行は、預金額の一部を必ず日銀に預けねばならない。保有する預金額に対して、日銀当座預金(民間銀行が日銀に開設する口座に預けるお金)の額が決まっている。その割合を準備預金率という。預金額の0.05~1.3%を日銀当座預金に預け入れねばならない。
準備預金率1.3%の民間銀行は、預金額の1.3%を日銀当座預金に預けなければならない。
預金額×0.013=日銀当座預金
これを逆に言うと、次のようになる。
準備預金率1.3%の民間銀行は、日銀当座預金が1000億円である場合、7兆6923億円まで預金額を増やせる。
預金額=日銀当座預金÷0.013
先ほども述べたように、貸し付けるとその瞬間に預金が増える(信用創造)。貸し付けるというのは、預金を増やすと言うことと同じ意味である。したがって、次のような表現が可能になる。
準備預金率1.3%の民間銀行は、日銀当座預金が1000億円である場合、7兆6923億円に預金額が膨らむまで、貸し付けできる。
貸し付けによって到達させることのできる預金額=日銀当座預金÷0.013
このように、準備預金制度によって預金額を増やすこと、すなわち貸し付けを増やすことを制限している。信用創造を無限に行わないようにしている。
民間銀行が調子に乗り、信用創造を繰り返して、制限額ぎりぎりまで預金額を増やすことがある。
そういう状態の中で、いきなり日銀当座預金が減ってしまうことがある。よその銀行へ向ける銀行間送金が急激に増えたり、預金者によって巨額の現金引き出しが行われたりすると、日銀当座預金が減るわけである。日銀当座預金が減りすぎて法律で定められた準備預金率を下回ると一大事で、「あの銀行は経営破綻した」と思われたり、金融庁による行政指導が入ったりして大変なことになってしまう。
このため、日銀当座預金が減りすぎた民間銀行は、どうにかして日銀当座預金を補給しなければならない。
そういうときに便利なのが、銀行間取引市場という市場である。この市場には色んな民間銀行が参加しており、日銀当座預金を一日単位で貸し出してくれる。この市場で日銀当座預金をよその民間銀行から借りて、何とかその場をしのぐ。
ちなみに、日銀は「ゼロ金利政策」というものを導入している。この政策は、銀行間取引市場の中の金利がほとんどゼロになるように日銀が誘導する政策である。ゼロ金利政策が続いているうちは、調子に乗って信用創造しまくって日銀当座預金が準備預金率を下回りそうになっても、まぁ安心と言うことである。
ゼロ金利政策は、日銀が民間銀行に向かって「どんどん貸し出して信用創造してください。信用創造のせいで日銀当座預金が準備預金率を下回っても、ゼロ金利だからタダ同然で借りることができます」と言いながら、民間銀行の背中を押す政策というわけである。
ちなみに、日銀はマイナス金利政策も導入している。こちらは、日銀が民間銀行に対して「もっと信用創造を繰り返して、制限額ギリギリいっぱいまで貸し出しを伸ばしなさい」と強要する政策である。
日本の新聞やテレビ局や官公庁などでは、銀行の業務の実態に反した表現をするケースがしばしば見受けられる。
下線を引いた部分が、間違っている部分となる。銀行は集めた現金を貸し出しているのではないし、日銀当座預金を現金に換えてその現金を民間の企業・家計に貸し出しているわけでもない。
銀行の貸し出しは信用創造で、現金を必要とせず、預金の数字を書き換えるだけでポンポンと貸し出している。政府によって定められた準備預金制度をクリアするために、ある程度の現金を日銀に預け入れて、日銀当座預金として確保しているだけである。
イングランド銀行(イギリスの中央銀行)は、季刊誌(2014年春号)で、次のように解説している。
One common misconception is that banks act simply as intermediaries, lending out the
deposits that savers place with them.
これを日本語訳すると「『銀行はお金の仲介者で、預金者が預けたお金を貸し出している』というのはありがちな誤解(common misconception)である」となる。
グレゴリー・マンキューという人は著名な経済学者で、マクロ経済の教科書を書いたら大ヒットしたことで知られる。マンキューの教科書は世界中の経済学部で使用されているというが、そのマンキュー教科書で信用創造が解説されている。
Aさんが第一銀行に1000ドルを預けた。このときの第一銀行の資産は現金1000ドル、負債は銀行預金1000ドルである。(銀行預金は銀行にとっての負債、Aさんにとっての資産である)。
第一銀行は準備・預金比率20%として貸し出しすることに決めた。第一銀行はBさんに対して現金800ドルを貸し出して200ドルは銀行の金庫に残した。Bさんは現金800ドルを手にしたので、これで世の中に流通する貨幣(マネーストック)は800ドル増えたことになる。このように、銀行の貸し出しによって世の中に流通する貨幣が増えることを信用創造という。
Bさんは、借りた現金800ドルをCさんに支払い、Cさんから財・サービスの提供を受けた。Cさんは第二銀行に現金800ドルを預金した。このときの第二銀行の資産は現金800ドル、負債は銀行預金800ドルである。
第二銀行は準備・預金比率20%として貸し出しすることに決めた。第二銀行はDさんに対して現金640ドルを貸し出して160ドルは銀行の金庫に残した。Dさんは現金640ドルを手にしたので、これで世の中に流通する貨幣(マネーストック)はさらに640ドル増えたことになる。これが信用創造である。
Dさんは、借りた現金640ドルをEさんに支払い、Eさんから財・サービスの提供を受けた。Eさんは第三銀行に現金640ドルを預金した。このときの第三銀行の資産は現金640ドル、負債は銀行預金640ドルである。
第三銀行は準備・預金比率20%として貸し出しすることに決めた。第三銀行はFさんに対して現金512ドルを貸し出して128ドルは銀行の金庫に残した。Fさんは現金512ドルを手にしたので、これで世の中に流通する貨幣(マネーストック)はさらに512ドル増えたことになる。このように、信用創造は無限に続いていく。
グレゴリー・マンキュー『マンキューマクロ経済学Ⅱ応用篇【第3版】235~237ページ
グレゴリー・マンキューの頭の中では「銀行は、預金者から預かった現金を貸し出す」ということになっているようで、そのため、こういう説明になっている。
こういう説明方法を又貸し説明という。又貸しとは、現金を借りたうえでその現金をさらに貸し出すこと。
第一銀行は準備・預金比率20%で現金を1000ドル持っているのだから、預金額を最大で5000ドルまで膨らますことができる(1000÷0.2=5000)。Aさんの銀行預金は1000ドルなので、この時点でのBさんに対する最大貸付額は4000ドルとなる(5000-1000=4000)。第一銀行はBさんに対して800ドルだけしか貸していないが、もっと多く貸すことができる。しかし、グレゴリー・マンキューは「銀行は手持ちの現金の一部しか貸すことができない」と思っているようで、「第一銀行はBさんに対して4000ドル貸すことができる」という発想ができないらしい。
グレゴリー・マンキューは大変に権威のある経済学者である。その経済学者さんの言うことを軽々しく否定するのは気が引けるのだが、やはり、言わなければならない。「グレゴリー・マンキューの信用創造の説明は、現実の銀行の業務を反映していない」と勇気を持って断言する必要がある。
イングランド銀行というのはイギリスの中央銀行で、グレゴリー・マンキューに引けを取らないほど権威のある存在である。そのイングランド銀行が「銀行は、預金者から預かった現金を貸し出しているのではない」と言っているのだから、そっちを引用してグレゴリー・マンキューに対抗しなければならない。
| 87~109ページに信用貨幣論や信用創造についての文章がある。イングランド銀行季刊誌2014年春号を引用して信用創造を解説している。 | |
| 信用貨幣論を解説している本。186~189ページに、日銀当座預金と準備預金制度についての解説が載っている。 | |
| 現代貨幣理論(MMT)の第一人者が書いた本。185~192に、銀行の信用創造についての解説がある。 |
急上昇ワード改
最終更新:2025/12/12(金) 01:00
最終更新:2025/12/12(金) 01:00
ウォッチリストに追加しました!
すでにウォッチリストに
入っています。
追加に失敗しました。
ほめた!
ほめるを取消しました。
ほめるに失敗しました。
ほめるの取消しに失敗しました。