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岡田俊哉(おかだ としや、1991年12月5日-)とは、和歌山県出身のプロ野球選手(投手)である。現在は中日ドラゴンズに育成選手として所属。

概要

中日ドラゴンズ #210
岡田俊哉
基本情報
国籍 日本日本
出身地 和歌山県美浜町
生年月日 1991年12月5日
身長
体重
178cm
67kg
選手情報
投球・打撃 左投左打
守備位置 投手
プロ入り 2009年ドラフト1位
経歴
  • 智辯学園和歌山高等学校
  • 中日ドラゴンズ(2010年-)
国際大会
代表チーム 日本日本
WBC 2017年
プロ野球選手テンプレート

中学3年次にはボーイズ関西選抜として、筒香嘉智らと共に世界大会に出場。

智辯和歌山高校では1年夏から甲子園で先発登板、佐藤由規と投げ合って敗れた。その後はエースとなって2年春・夏と連続ベスト8に導く。
3年夏は体調不良で本来の投球ができなかったが、スカウトからの評価は高く、2009年のドラフト1位(菊池雄星のハズレ1位)で中日ドラゴンズに指名され入団。
背番号11を与えられ、岩瀬仁紀を目標に挙げる。

中日時代

2010年(1年目)から7月に一軍昇格を果たすが、登板機会はなし。二軍でも12試合で防御率8点台だった。


2011年も一軍昇格はなかったが、二軍で初勝利を挙げた。


2012年、川上憲伸の復帰で背番号をチェン・ウェインのつけていた21に変更。シーズン中に入籍もしたが、夏に故障してそのままシーズンを終える。


2013年、キャンプ・オープン戦と結果を残して中継ぎとして開幕一軍入りし、3月30日の横浜DeNAベイスターズ戦でプロ初登板。2回無失点だった。4月3日の阪神タイガース戦で中田賢一の乱調のため1点リードした5回の1イニングを投げ、そのままチームが勝利したためプロ初勝利を挙げた。接戦リードからビハインドまで場面を問わずに起用され、同様に酷使便利屋起用された田島慎二や武藤祐太が途中で脱落する中、酷使に耐え抜き投手陣で唯一フルシーズン一軍でプレーした。
後半戦では3試合先発も経験するなど、チーム最多の66試合に登板、7勝5敗15ホールド2セーブ、防御率2.79という好成績を残した。


2014年、先発に転向。4月9日の東京ヤクルトスワローズ戦で7回を2失点に抑え先発初勝利を挙げる。
その後は不安定な投球が目立ち、1勝6敗、防御率6.44という成績で5月17日に登録抹消。6月1日に再登録されるが、それ以降は中継ぎで登板した。


2015年は当初はビハインドでの場面が多かったが、徐々に接戦の場面も任されるようになり、5月以降は全て月間防御率を1点代に抑える等シーズンを通して非常に安定した投球を見せた。


2016年は開幕から3試合連続で失点する等不調だったためか、早くも4月3日に登録を抹消されるも同月15日に再昇格し、以降はビハインドでの登板が中心ながら徐々に調子を上げ、勝ちパターンでも登板するようになった。最終的に57試合に登板している。


2017年はWBC日本代表に選出され、火消しの役割を担った。1次ラウンド初戦のキューバ戦の7回2死1塁の場面で初登板。4球目のスライダーで空振りの三振を奪い相手の攻撃を切ることに成功し、試合も日本が勝利。翌日の1次ラウンド第2戦のオーストラリア戦では菅野智之が球数制限ルールによって降板した後に投げるが、制球が定まらず1死満塁とピンチを広げ、捕手の小林誠司がタイムを取って鼓舞され試合再開。ストレートを真ん中外寄りに投げ込むと打者はこれを引っ掛け、併殺を完成させてピンチを脱した。試合は岡田が相手のチャンスを切ったことで流れを渡さず、オーストラリア打線を1点のみに抑えて日本が勝利した。これ以降登板の機会は無かったが、大会の立ち上がりとなる2試合で勝利に大きく貢献した。最終成績は2登板0勝0敗1回1奪三振、防御率0.00だった。
レギュラーシーズンでは血行障害の手術もあり、9試合の登板に留まった。


2018年は27試合に登板し、1勝6ホールドを挙げる。契約更改では減額となったが、血行障害からの復活を果たした。


2019年は血行障害の影響もあって開幕一軍は逃したものの、5月頭に一軍昇格。ビハインドやワンポイントで結果を出し、抑えを務めていたライデル・マルティネスが離脱した後はクローザーに抜擢された。そのまま閉幕まで抑えを務め、53試合に登板して3勝2敗13セーブ7ホールド、防御率3.58の成績を残した。


2020年も開幕から引き続き抑えを務めたが、7月9日のヤクルト戦で4失点と炎上して抑えの座をマルティネスに明け渡した。その後は中継ぎに回って抑えていたが、8月下旬から炎上が続いて9月7日に二軍落ち。以後は二軍でも防御率10点台と結果を残せずシーズンを終えた。


2021年は19試合の登板で1敗だった。


2022年は2試合の登板に終わり、オフに投球フォームをサイドスローに変えた。


2023年はオープン戦前の練習試合でマウンドに右足を取られて転倒し、自力で立ち上がれず救急車で搬送された。右大腿骨骨折と診断され、リハビリで過ごしたためこの年の登板はなく、戦力外通告を受けた。10月31日には育成選手契約を結んだ。背番号は210


2024年6月25日に二軍で実戦復帰した。この年の支配下選手昇格はなかった。

成績

  • (2024年終了時点)

年度別打撃成績

年度 球団 登板 先発 完投 完封 勝利 敗戦 セーブ ホールド 勝率 投球回 与四球 奪三振 失点 自責点 防御率
2013年 中日 66 3 0 0 7 5 2 15 .583 87.0 37 67 27 27 2.79
2014年 38 7 0 0 3 7 1 4 .300 72.2 31 51 39 35 4.33
2015年 50 0 0 0 0 1 0 12 .000 57.1 15 55 10 10 1.57
2016年 57 0 0 0 3 1 0 13 .750 64.2 18 66 28 23 3.20
2017年 9 0 0 0 0 2 0 2 .000 7.0 1 4 5 4 5.14
2018年 27 0 0 0 1 0 0 6 1.000 21.1 13 19 13 12 5.06
2019年 53 0 0 0 3 2 13 7 .600 50.1 14 53 20 20 3.58
2020年 29 0 0 0 2 2 3 3 .500 24.0 14 27 20 13 4.88
2021年 19 0 0 0 0 1 0 0 .000 16.2 6 10 9 9 4.86
2022年 2 2 0 0 0 2 0 0 .000 6.0 4 5 6 6 9.00
NPB:10年 350 12 0 0 19 23 19 62 .452 407.0 153 357 177 159 3.52

国際大会での投手成績

年度 代表 大会 登板 先発 勝利 敗戦 セーブ 投球回 与四球 奪三振 失点 自責点 防御率
2017年 日本 WBC 2 0 0 0 0 1.0 1 1 0 0 0.00

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