GLAYとは、日本のロックバンド。CD総売り上げ枚数は約4000万枚(日本歴代9位)。
1994年のメジャーデビュー以降、瞬く間に日本を代表するロックバンドとなる。1997年のベストアルバム「REVIEW」では、当時日本歴代1位となる売上487万枚(現在では歴代3位)を記録したほか、1996年以来29年連続でシングル・オリコントップ10入りの記録を保持、現在も継続中である(日本歴代単独1位)。また、1999年の有料ライブで記録した1公演20万人動員の日本記録は25年を経た今なお破られておらず、また2018年に更新されるまで世界記録でもあった。平成のカラオケで歌われたアーティストランキングでは総合3位を記録している。
デビュー以来毎年シングルをリリースしており、また全国ホール・アリーナツアーから、スタジアム・ドーム公演などライブを定期的に行い、休むことなく安定した活動体制の下、幅広い世代からの根強い人気を集めている。
正式メンバーは全員北海道函館市出身(HISASHIのみ青森県弘前市生まれ)。メンバーの詳細については各記事を参照されたし。
TERU(ボーカル) 本名:小橋 照彦(こばし てるひこ) 1971年6月8日生まれ
TAKURO(ギター) 本名:久保 琢郎(くぼ たくろう) 1971年5月26日生まれ リーダー
HISASHI(ギター) 本名:外村 尚(とのむら ひさし) 1972年2月2日生まれ
JIRO(ベース) 本名:和山 義仁(わやま よしひと) 1972年10月17日生まれ
メンバーカラーは明確には定まっていないが、公式による色分け(YouTubeでのトーク動画における発言の字幕の色など)では、TERUが赤・TAKUROが緑・HISASHIが紫・JIROが青で表現されるケースが多い。
7月2日、北海道函館市で当時高校生だったTAKUROとTERUが中心となってGLAYを結成。ライブハウスでの演奏やオリジナル曲の作成といった活動を開始する。
TERUは当初ドラムでの参加だったが、ある時TAKUROの作ったデモテープにTERUがボーカルを入れた際、その歌声に衝撃を受けたTAKUROによって即日ボーカルに転向させられたという経緯がある。
その後、ほどなくしてHISASHIがギターで加入。
高校卒業を機に、函館を離れ上京。以降、関東圏のライブハウスを中心にライブ活動を行う。
同じく函館出身で他メンバーより1歳年下のJIROがベースで加入、現在のGLAYの4人が揃う。
10月17日、ライブハウスでのライブを見に来たX JAPANのYOSHIKIに認められ、同氏が設立したインディーズレーベル「エクスタシーレコード」と契約。デビューへの足掛かりを掴む。
なおYOSHIKIにGLAYのライブを見に行くように勧めたのは、同じくX JAPANのhideであったという。
5月25日、YOSHIKIプロデュースの1stシングル「RAIN」でメジャーデビュー。同日にはエクスタシーレコードからインディーズアルバム「灰とダイヤモンド」もリリースされている。
11月にリリースされた3rdシングル「彼女の”Modern...”」で佐久間正英をプロデューサーに迎え、以降2013年までほぼすべての楽曲で同氏が専属プロデュースを行った。
3月にメジャー1stアルバム「SPEED POP」をリリースし、初めてオリコンチャートTOP10入りを果たす。
4月に行われたライブで初めてドラマーの永井利光(TOSHI NAGAI)がサポートメンバーとして参加。
GLAYのドラムパートは結成当初からここに至るまで、複数のメンバーが加入と脱退を繰り返す状態が続いていたが、このライブを機にTOSHIを継続してサポートメンバーに迎えることとなり、以降現在に至るまで事実上5人目のメンバーとして定着している。
また同時期から、同じくサポートでキーボードのD.I.E.(のちのhide with Spread Beaverのメンバー)が参加、1998年まで活動を共にする。モヒカンの髪型と破天荒な演奏スタイルで、ファンから「DIEちゃん」の愛称で親しまれた。
8月の6thシングル「Yes, Summerdays」で、20万枚を超えるスマッシュヒットを記録。
年初にリリースした8thシングル「グロリアス」で60万枚近いヒット、オリコンチャートで4位を記録。シングルで初めてTOP10入りを経験し、これ以降、2024年現在に至るまで29年・54作連続でシングルチャートTOP10を維持している。
続く2ndアルバム「BEAT out!」で初のオリコン1位、80万枚を売り上げるヒットを記録し、完全にブレイクする。9月には同作アルバムツアーの千秋楽で初の武道館公演を行った。
11月の3rdアルバム「BELOVED」は152万枚を売り上げ、初のミリオンセラーを記録。これ以降GLAYは2000年代初頭にかけて「社会現象」と呼ばれるほどの圧倒的な人気を得る。
同年には公式ファンクラブ「HAPPY SWING」が設立された。
11thシングル「口唇」でシングル初となるオリコン1位を記録。売上は99万枚と僅かにミリオンに届かなかったものの、次の12thシングル「HOWEVER」でシングル初のミリオン達成を果たす。
10月、デビュー4年目にして初のベストアルバム「REVIEW - BEST OF GLAY」をリリース。初週の売上枚数で当時の歴代最高となる200万枚を売り上げ、5週連続でオリコン1位を記録、オリコンの年間チャートでも1位を記録した。最終的な売上枚数は488万枚で、一時は日本記録となりギネスブックにも登録された。(現在は宇多田ヒカルの「First Love」、B'zの「B’z The Best "Pleasure"」に続く歴代3位)
「HOWEVER」は通算5週でオリコン1位を記録し、全日本有線放送大賞・日本有線大賞・日本レコード大賞「優秀作品賞」を受賞するなど、J-POP史に残る名曲となった。同年の大晦日には、この曲で初となるNHK紅白歌合戦への参加を果たした。
2月、当時は電話受付だった全国ツアーのチケットの予約電話が殺到したことで全国各地の電話回線がパンク、長野五輪にまで影響する事態が起きた。
4月、13thシングル「誘惑」と14thシングル「SOUL LOVE」を同時リリース。当時としては珍しい同時リリース商法で話題を呼んだ。「誘惑」は162万枚、「SOUL LOVE」は137万枚を売り上げる大ヒットとなり2週連続でオリコン1位2位を独占、それぞれ年間チャートでも1位と5位を記録した。
7月に4thアルバム「pure soul」をリリース。自身最高となる242万枚を売り上げ、ダブルミリオンを記録。日本レコード大賞の「ベスト・アルバム賞」を受賞した。
11月の15thシングル「BE WITH YOU」でもミリオンセラーを記録。大晦日には「誘惑」で紅白歌合戦に参加した。
2月の16thシングル「Winter, Again」が、自身最高の164万枚を売り上げる大ヒットとなり、シングル5作連続でミリオンセラーを記録した。同曲は日本有線大賞と、日本レコード大賞の「レコード大賞」「優秀作品賞」を受賞した。
同月からは東京ドーム5daysを含む、GLAY初のドームツアーを敢行。この頃から新たにキーボードの小森茂生(通称SHIGE。のちに「けいおん!」等の音楽プロデューサーを務める)が参加し、2003年に至るまでサポートを務める。
5月、新曲「サバイバル」をビデオ・シングルという形態でリリース。89万枚を売り上げ、日本のミュージック・ビデオとして最も売れた作品となった。
7月には日本航空(JAL)の函館-羽田線就航10周年を記念し、GLAYメンバーの写真を機体にあしらった特別塗装機「GLAY JUMBO」が期間限定で就航された。飛行機の機体に人物がラッピングされるのは史上初めての出来事であり、当時のGLAY人気の絶頂ぶりが伺えるエピソードとなっている。
そして7月31日、GLAYの歴史を振り返る上で欠かせない大規模ライブ「GLAY EXPO '99 SURVIVAL」が開催される。幕張メッセの駐車場に作られた特設ステージで開催されたこの公演は日本のライブ史上最多となる20万人を動員し、今なお「20万人ライブ」として語り継がれている。この動員数は2017年に更新されるまで、「単独アーティストによる有料ライブにおける最多観客動員」のギネス世界記録でもあった。
10月には5thアルバム「HEAVY GAUGE」をリリースし、235万枚のダブルミリオンを記録。大晦日には「サバイバル」で紅白歌合戦に出演後、幕張メッセに移動し、初となるニューイヤーカウントダウンライブを行った。
ここまで快進撃を続けてきたGLAYであったが、多忙を極めるスケジュールにメンバーの心身は限界を迎えており、また「Winter, Again」のレコード大賞受賞の是非をめぐってメンバー同士が対立。結果、2000年をもってGLAYの解散が決定した。
しかし、年始に行われた飲み会で解散の話はあっけなく撤回。GLAYの存続が決定する。
4月から11月にかけて、77公演・動員数100万人超におよぶアリーナツアーを行う。ツアー中精神的に苦境に立たされたJIROの脱退危機を乗り越え、ツアー完走を果たす。
8月、20thシングル「とまどい/SPECIAL THANKS」で100万枚を売り上げ、シングル6作目のミリオンセラーを記録。同作は2024年時点で、日本のロックバンドによる最後のミリオンヒットとなっている。
11月、ベストアルバム「DRIVE-GLAY complete BEST」をリリース。263万枚を売り上げ、「BELOVED」からアルバム5作連続ミリオンセラー、「REVIEW」から4作連続ダブルミリオンを達成した。
この頃より、日本のCDセールスのバブルが弾けた影響もあり、爆発的なCDセールスは90年代に比べると目立たなくなったものの、CD年間トータルセールスランキングでは2001年4位、2002年7位、2005年には22位を記録するなど、21世紀以降もヒット作品を多数輩出している。またライブ動員においても各地方で数々の動員記録を作っていくことになり、ビジュアル系バンドブームが去った後でも世代を超えた人気を誇る独自の立ち位置を確立していく。
2001年、シングル「GLOBAL COMMUNICATION」が約50万枚を売り上げオリコン月間1位を記録、シングル10作連続1位を達成した。5月には「GLAY EXPO 2001 GLOBAL COMMUNICATION」を開催。東京(2公演)、北海道石狩市、北九州市の全4公演で構成された大規模イベントで合計28万人を動員。北海道での10万人ライブは北海道史上最多動員数を記録したほか、九州でのライブではアジア圏の様々なアーティストとの共演で8万人を動員し、こちらも九州地方史上最多動員を記録。12月から翌年にかけて50万人動員の2度目の全国ドームツアー(自身初の5大ドームツアー)を開催。
2002年、シングル「Way of Difference」が73万枚を売り上げるヒット、オリコン年間ランキング5位を記録し、有線リクエストランキングでは総合1位を記録した。10月には、日中国交正常化30周年を記念して中国・北京にて「GLAY ONE LOVE in 北京」を開催し3万5000人を動員。当時の中国の音楽イベントの最多動員数記録を塗り替えた。
デビュー10周年の2004年には4枚のシングルをリリースし、その全てがオリコン1位を記録。7月には大阪のユニバーサルスタジオジャパン(USJ)にて「GLAY EXPO 2004 THE FRUSTRATED」を開催し、10万人を動員した。
2005年、3度目の全国ドームツアーのタイトルともなった、初のバラードベスト「WHITE ROAD」が40万枚を超えるヒットを記録(その中の新曲「つづれ織り ~so far yet so close~」は2014年のファン投票で1位を記録するなど、今なお人気が高い)。さらにEXILEとのコラボシングル「SCREAM」も54万枚を売り上げ、同年の年間ランキング5位にランクインした。
その一方で、この頃所属していた大手事務所を脱退して独立しており、(特に活動休止を明言してはいないが)思うように活動を行えない時期があった事が後に明らかとなっている。所属していた事務所との対立、特に印税の未払い問題については裁判に発展しており、2009年にGLAY側が完全勝訴する形で決着を見せている。
2006年、「Re-birth」のコンセプトの下に武道館ライブを行い、完全復活をアピール。同年にはメンバー全員が敬愛する元BOØWYの氷室京介と、シングル「ANSWER」でのコラボを果たした。
デビュー15周年の2009年、ベストアルバム「THE GREAT VACATION VOL.1, 2」をリリース。8月には横浜・日産スタジアムにて2daysライブを行い、計15万人を動員した。
2010年に自主レーベル「loversoul music & associates」を設立(2016年に「LSG」に改名)。同レーベルからの第1弾アルバムにしてセルフタイトルとなる10thアルバム「GLAY」でオリコン1位を記録した。
2012年、大阪・長居スタジアムにて2daysライブを行い、計10万人を動員。このライブのアンコールにて、TERUが「絶対に解散はしません!」と宣言。
2013年、アルバム「JUSTICE」と「GUILTY」を2枚同時発売し、オリコン1位2位を独占。5月にはアジアツアーを敢行し、香港と台湾でライブを行った(韓国公演とタイ公演は中止)。7月にはメンバーの故郷である函館で野外ライブを開催し凱旋、2日間で計5万人を動員した。
デビュー20周年の2014年、ひとめぼれスタジアム宮城(旧・宮城スタジアム)にて2004年以来10年ぶりとなる「GLAY EXPO」を開催、東北史上最多となる5万5000人を動員した。
1月、11thアルバム「JUSTICE」と12thアルバム「GUILTY」を同時リリース。オリコン1位2位を独占した。「JUSTICE」はキャリア初、現時点で唯一となるセルフプロデュース作。
5月から7月にかけて、GLAY初の海外ロングツアーを敢行。香港・韓国(ソウル)・タイ(バンコク)・台湾を巡る予定だったが、韓国公演とタイ公演は諸般の事情で中止となり、同ツアーは2公演にとどまった。
7月、48thシングルの中の一曲「DARK RIVER」で、亀田誠治を初めてプロデュースに迎える。
同月、メンバーの故郷・北海道函館市の人工島「緑の島」に作られた特設ステージで凱旋ライブを行う。2日間で計6万人を動員し、函館音楽史上最大規模のイベントとなる。
11月、49thシングルの中の一曲「DIAMOND SKIN」で、再び佐久間正英とタッグを組む。同氏は翌年1月にスキルス胃がんで亡くなった為、この曲がGLAYにとって最後の佐久間プロデュース作となってしまった。
5月、20周年企画の締めくくりとして東京ドームで10年ぶりにライブを行い、2日間で11万人を動員。かつてのTERUの「10年後に東京ドームにジャケットを取りに来る」という約束を果たした。このライブでは、かつてGLAYを見出したX JAPANのYOSHIKIがステージに駆け付け、YOSHIKIプロデュースのデビュー曲「RAIN」を共に披露する一幕もあった。
6月、エクスタシーレコード時代の先輩にあたるLUNA SEAが主催するロックフェス「LUNATIC FEST.」に出演。
7月、函館大型ライブの第2弾として、落成されたばかりの函館アリーナでこけら落とし公演を行った。
この年をもって、キーボードのSEIがサポートを離れ、しばらくの間メンバーとドラムのTOSHIの5人体制によるライブ演奏が続く。
1月、53rdシングル「G4・IV」が、2008年の「VERB」以来約8年ぶりとなる通算24作目のオリコン1位を獲得。これにより、シングル・アルバムの両方で1990, 2000, 2010年代の3つの年代での首位達成を果たした。
6月、自主レーベル「loversoul music & associates」を「LSG」に改称。
7月、公式ファンクラブ「HAPPY SWING」設立20周年を記念して幕張メッセでライブを行う。ここでTERUが「イタリアのヴェネツィアでファンクラブ30周年のライブを行いたい」と発言。2026年のライブ実施に向けて新たな目標が設定された。
10月にはX JAPAN・LUNA SEAとともに、ヴィジュアル系に特化したロックフェス「VISUAL JAPAN SUMMIT」を開催し、自身も出演した。
ホールツアー開催中の4月、JIROが急病によるドクターストップで金沢公演を欠席。しかし、該当公演を中止することなく残りのメンバー3人で敢行し、さらに同公演の観客全員を1ヶ月後の振替公演にも無料招待するというファン想いの「神対応」が話題となった。
7月、14thアルバム「SUMMERDELICS」をリリース、オリコン1位を記録。7月31日の「GLAYの日」には、東京お台場にてフリーライブを開催。場所は当日の発表であったにも関わらず、1万人以上のファンが会場に詰めかけた。
11月、55thシングルとなるウェディングソング「あなたといきてゆく」をリリース後、GLAYの楽曲を結婚式で使用する場合に限り、今後は著作隣接権に関して無償提供を行うことを発表した。
2月、公式のサブスク型アプリ「GLAY app」を公開。同アプリは1か月1000円強のサブスク課金を行うことで、GLAYが過去にリリースしたすべてのシングル・アルバム・ミュージックビデオに加え、一部のライブの本編映像やシングル初回限定盤などに付属する特典映像、メンバーの写真のコンテンツを視聴できるものになっている。
3月、台北と香港で5年ぶりに海外公演を行う。
6月、3年前のロックフェス「LUNATIC FEST.」の続編である「LUNATIC FEST. 2018」に参加。
8月、2013年と同じ函館・緑の島野外ステージにて、3回目となる函館大型ライブを開催し、2日間で計5万人を動員した。
この年、TERUが故郷函館にプライベートスタジオを開設し、以降自身のボーカルレコーディングの大半を函館で行うようになる。TAKUROは活動拠点をアメリカ・ロサンゼルスに移した。
元日、公式サイトにてこの年の活動コンセプト「GLAY DEMOCRACY(民主主義)」を掲げ、同年〜翌2020年にかけての活動内容を「7つの公約」という形で発表した。元日時点で詳細不明となっていた一部公約については、5月25日のデビュー記念日に会見を行って改めて発表となった。
6月、初となる韓国公演を実施。2013年の海外ツアーで中止になった際のリベンジを果たした。
7月31日、GLAYの日に北海道千歳市でフリーライブを開催。場所は当日まで「北海道某所」としか発表されていなかったにも関わらず、1万人以上のファンが会場に詰めかけ、「20万人ライブ」から丸20年となる記念日を祝った。
8月、西武ドーム(当時名称・メットライフドーム)にてライブを行い、2日間で6万人を動員。
10月には15thアルバム「NO DEMOCRACY」をリリースした。このアルバムツアーにてキーボードのサポートにハジメタルが参加。2022年に至るまで複数のライブでサポートを行った。
3月、11年ぶりのベストアルバム「REVIEW Ⅱ -BEST OF GLAY-」をリリース。オリコン1位を獲得し、1990〜2020年代の4つの年代でのアルバム首位獲得を果たしたほか、GLAYとしてのCD総売上が4000万枚を突破した。
この年は前年からの25周年企画の締めくくりとして、名古屋・東京・札幌を巡る15年ぶりのドームツアーが予定されていたが、当時猛威をふるっていた新型コロナウイルス(COVID-19)の影響により、名古屋・東京公演が中止、札幌公演はさいたまスーパーアリーナに会場を移しての開催となった。
ライブの開催が困難となった情勢下にありながらGLAYの活動は止まらず、TERUが主導して無観客ライブ「Live at Home」シリーズをGLAY公式アプリを通して配信したほか、函館の恵山で野外無観客ライブを実施し、その様子をYouTubeで配信した。またHISASHIも自身のYouTubeチャンネルで近況を報告する配信活動を開始した。
引き続きコロナの影響を受けながらも、「エンターテイメントの逆襲」を宣言。コロナ禍を感じさせない活動ペースを維持する。
3月からは各メンバーがそれぞれプロデュースした配信ライブを4ヶ月連続で敢行。この頃からキーボードのサポートに村山☆潤が参加し、2024年現在も継続的にGLAYのライブに帯同している。
5月からは5ヶ月連続で新曲を配信リリースした後、10月に16thアルバム「FREEDOM ONLY」をリリース。オリコン1位を記録した。
9月にはB'zが主催するプロジェクト「UNITE #01」に参加。初となるB'zとの対バンが実現した。
10月にはSpotifyなどの音楽サブスクサービスで過去のすべての楽曲の配信が解禁された。
11月、YouTube上の企画「THE FIRST TAKE」に参加し、代表曲「Winter, Again」と最新59thシングル「BAD APPLE」を披露した。
1月、TAKUROのコロナ感染により、前年から続くアリーナツアーのうち2公演を中止。
7月、公式ファンクラブ「HAPPY SWING」開設25周年を記念するライブツアーを開催(本来は2021年開催予定だったがコロナの影響で延期)。このツアーで、デビュー以来のライブ公演数が1000回の大台を達成した。
9月、60thシングル「Only One, Only You」リリースと同時に公式TikTokアカウントを開設。
2月、61stシングル「HC 2023 episode 1 -THE GHOST/限界突破-」リリースと同時に、公式YouTube上でこれまで公開されていなかった過去のミュージックビデオを一挙公開した。
3月から始まったライブツアーで、2020年以降コロナのため禁止されていた観客からの声出しを解禁。
9月には12年ぶりとなる2ndミニアルバム「HC 2023 episode 2 -GHOST TRACK E.P-」をリリース。
12月、年内最終公演となるライブのアンコールにて、デビュー30周年となる翌2024年の予定の一部を公開。2024年~2025年にかけての活動テーマが「GLAY EXPO」であること、30周年記念のキービジュアルのイラストを「ONE PIECE」の作者・尾田栄一郎が手掛けたこともあわせて発表された。
2月、イギリスを代表するロックバンドQueenの来日・札幌ドーム公演にスペシャルゲストとして出演。レジェンドの前座を務めた。
3月、GLAYと同じ北海道出身の先輩バンド・怒髪天との対バンを行う。
5月、62ndシングルの中の一曲「whodunit」で、K-POP男性アイドルグループ・ENHYPENのメンバーJAY(ジェイ)とコラボ。
6月、西武ドーム(当時名称・ベルーナドーム)にて、1999年の20万人ライブのセットリストを再現したリバイバル公演を開催し、2日間で計6万人を動員。
8月には「SUMMER SONIC 2024」に出演、GLAYとして初めて夏フェスに参加した。また台湾最大級のフェス「2024 SUPER SLIPPA 超犀利趴13」にも出演し、6年ぶりに台湾で演奏を行った。
10月、17thアルバム「Back To The Pops」をリリース。また、[Alexandros]が主催するフェス「THIS FES in Sagamihara」にも出演した。
2月に、1999年末以来25年ぶりとなるLUNA SEAとの対バンライブを開催することが発表された。
ドラム担当。1995年のSPEED POPツアー以来、ほぼ全てのライブ・レコーディングに参加、これまで1000回を超えるGLAYのステージでドラムを叩き続けてきた、正真正銘5人目のメンバー。ライブでのメンバー紹介では「TOSHI」と呼ばれることが多い。
キーボード・ストリングスアレンジ担当。2006年から2015年にかけてライブ・レコーディングに参加し、キーボードのサポートメンバーとしては最も長く活動を共にした。ライブでのメンバー紹介では「セイちゃん」と呼ばれることが多い。
キーボード担当。2019年に初めてGLAYのライブツアーに参加し、2022年現在も継続的にライブに参加している。パンクバンド「ミドリ」で鍵盤奏者として活動した後、アーティストや声優への楽曲提供や映画劇伴の作成、ライブでのキーボード演奏といった音楽活動を続けている。
キーボード担当。2020年に初めてGLAYのライブにサポートメンバーとして参加し、2023年のツアーにも帯同した。
ニコニコでは主にBEMANIシリーズへの楽曲提供やSOUL'd OUTのサポートで知られるトラックメイカー。ライブSEの制作や、GLAY公式カフェイベントのBGMとして既存曲のアレンジなどを担当する他、無観客ライブやメンバープロデュースのコンセプトライブ等でDJとしてサポートに入ることがある。
1970年代のプログレッシブ・ロックバンド「四人囃子」のベーシストを経て、P-MODEL・BOØWY・JUDY AND MARYなど、数多くのアーティストの楽曲に携わった音楽プロデューサー。JIROのベースのプレイングは、佐久間氏の独特なピッキングに影響を受けている。
GLAYのプロデュースは1994年の「彼女の"Modern…"」に始まり、2013年の「DIAMOND SKIN」に至るまでの20年近くにわたってGLAYのほぼ全ての楽曲の製作に携わった他、1999年のGLAY EXPOや2006年の武道館ライブなど節目の大型ライブにおいてキーボードでサポート参加したこともある。
2014年1月、スキルス胃がんにより逝去。享年61。
バンド「東京事変」のベーシスト。プロデューサーとしては椎名林檎やいきものがかり、平井堅など数多くのアーティストの楽曲に携わる。
GLAYのプロデュースは2013年の「DARK RIVER」が初めて。2014年から本格的にタッグを組み、すでに10年近くが経過している。
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1994年 1. RAIN 2. 真夏の扉 3. 彼女の"Modern…" 2000年 18. HAPPINESS 19. MERMAID 20. とまどい/SPECIAL THANKS 21. Missing You 2020年 58. G4・2020 |
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indies. 灰とダイヤモンド (1994, 2014Anthology) Best. DRIVE - GLAY complete BEST (2000) 10. GLAY (2010, 2011Anthology) Best. REVIEW Ⅱ -BEST OF GLAY- (2020) |
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