ヤップ島の巨大石貨とは、ミクロネシア連邦ヤップ島の伝統的な貨幣である。現地語ではライ(Rai)などと呼ぶ。
前近代において、太平洋の島々は高い航海技術を背景に独自の文化と経済を育んできた。海図も羅針盤もない航海は危険な冒険であり、より困難な航海をすることは深い尊敬を集めることであった。そのためヤップ島では、遠く離れた島から切り取った貴重な石材が石貨として価値を持つようになった。
石貨の多くは、400km離れたパラオから採掘されたものであり、ヤップ島にはない種類の石材から造られる。運搬のため、ドーナツ状に1つないし2つの穴が空いている。10cm前後の小型(?)のものもあるが、大きいものでは直径3,4mにもなり、持ち運ぶには男手が数十人必要である。一般に大きいほどに高く付くが、それだけではなく付属する伝説や歴史によって価値は大幅に上下する。これはかの人物が最初に持ち込んだものなので大変貴重、この石は現地人から勝ち取ったものなので縁起がいい、といった塩梅であり、その場の交渉によっても左右される。よって厳密には、貨幣と言うよりは物々交換の延長のような性格を持っている。こんなものを持ち運べば骨も家も折れるので、どこか屋外に放置して所有権だけを交換するのが普通であった。
石貨にまつわる有名な話として、19世紀アメリカ人のデイヴィッド・オキーフの事件がある。ヤップ島に漂流したオキーフは、飯を食わせてもらいながら島の資源と石貨文化に目をつけた。そして西洋技術でアジアの各地から石材を採掘すると、見目潤しくピカピカに磨き上げて運び込み、ナマコやコプラといった交易品と交換していったのである。このためオキーフは大富豪となり、ヤップ島の実質的な支配者となったほどであったが、石貨経済は混乱に見舞われた。これに象徴されるよう、近代化に伴ない石貨は価値を失っていき、他島からの採掘は20世紀の初めには終焉している。
とはいえ既存の石貨ならば、ヤップ島民は現在でも取引を続けており、伝統に深く根ざした貴重品であることには変わりがない。
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最終更新:2024/05/05(日) 17:00
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