その馬は、わずか四度の戦いで神話になった。
異次元から現れ、瞬く間に駆け抜けていった。
ライバル達を絶望させ、見る者の目を眩ませる、”超光速の粒子”。その馬の名は…
アグネスタキオンとは、1998年生まれの競走馬。幻の三冠馬と呼ばれた馬である。
主な勝ち鞍
2000年:ラジオたんぱ杯3歳ステークス(GIII)
2001年:皐月賞(GI)、弥生賞(GII)
この記事では実在の競走馬について記述しています。 この馬を元にした『ウマ娘 プリティーダービー』に登場するキャラクターについては 「アグネスタキオン(ウマ娘)」を参照してください。 |
父サンデーサイレンス母アグネスフローラ母父ロイヤルスキーという血統。父は説明不要の大種牡馬。母は無敗の桜花賞馬。全兄のアグネスフライトは河内洋騎手にダービーのタイトルを獲らせた馬である。ちなみに、アグネスタキオンの手綱も河内騎手に任されている。
幼少時から牧場関係者の評価は高く、兄のアグネスフライトがダービーを勝った時も、取材を受けた育成に携わっている牧場関係者は「弟(アグネスタキオン)はもっとすごいですよ」と言っていたとのこと。しかし、デビューはゆっくり3歳(旧表記)の12月になってからだった。
初レースは、阪神競馬場で行われた芝2000mの3歳(旧表記)新馬戦。
同レースには半兄に日本ダービー馬フサイチコンコルドがいる良血馬ボーンキング、南関東の名牝ロジータの仔リブロードキャスト、のちに富士ステークスを制するメイショウラムセスが出走しており、アグネスタキオンは単勝3番人気に支持された。そんなレースでアグネスタキオンは剃刀のような切れ脚を見せ、後続に3馬身半差をつける快勝。新馬戦を白星で飾った。
2戦目に選んだのは、ラジオたんぱ杯3歳ステークス(GIII。後のホープフルステークス)。新馬戦を鮮やかに勝利し、アグネスフライトの全弟という知名度もあったアグネスタキオンだったが、単勝4.5倍の2番人気に収まる。
1番人気はクロフネ。当時(2000年)は外国産馬(通称・マル外)にもクラシック競争への出走が制限付きで開放される前年であり、「マル外開放元年」とも呼ばれた年でもあった中、かつて鎖国状態の国に開国を迫った「黒船」の名がつけられたその外国産馬は早い段階で注目されていた。実際、前走まで2戦続けてレコード勝ちをしており、さらにそのうちの1つは今回と全く同じ「阪神・芝2000m」のエリカ賞だったということで、単勝1.4倍というダントツの1番人気であった。
また、タキオンに続く単勝4.8倍の3番人気はジャングルポケット。ここまで2戦2勝と無敗の上、重賞である札幌3歳ステークス(GIII)でもレコードタイムで勝利。また、札幌ステークスで下していたタガノテイオーが2週前の朝日杯3歳ステークス(GI)で2着に入線していたので、それを上回っていたジャングルポケットにも評価が集まっていた。
容赦などしない
突き放してやる
置き去りにしてやるそれで終わりか
吠えかかってこい
意地を示せ
追いついてみろ
レースでは、スタート後にスローペースを察した河内が、3コーナーでまくり4コーナーで先頭に並ぶといういわゆる早仕掛けと言われる戦法を取った。にもかかわらず、出走馬の中で最速となる上がり3ハロン34秒1を記録し、残り150メートルで2着ジャングルポケットに2馬身半差をつけて完勝(クロフネは3着)。クロフネが記録していた2歳・芝2000mのレコードタイムをさらに更新するという圧勝劇を見せつける。しかも、鞍上の河内洋騎手はレース後に「きょうは肩ムチしか入れてない。まだ余裕がある感じでゴールした」などと、余裕があったと発言していた。
なお2着馬ジャングルポケット、3着馬クロフネまでが当時の2歳レコードタイムを更新しており、クロフネと4着馬エーピーウィザードの間は5馬身差が広がっていた。クロフネは後にNHKマイルカップとジャパンカップダートを、ジャングルポケットは後に日本ダービーとジャパンカップを制することになる。結果的に後のGI馬がレコードタイムで1着~3着を占めるというハイレベルな結果となったこのレースは、伝説のレースの1つとして語り継がれている。
ラジオたんぱ杯3歳ステークスでアグネスタキオンが見せた圧勝劇は、競馬業界に広く知れ渡った。
翌日の競馬新聞の見出しには「怪物」「とんでもない大物出現」と記載された。また、当時は朝日杯3歳ステークスの勝ち馬がJRA賞の「最優秀3歳牡馬(現在で言う2歳牡馬)」に選出されるのが慣例であったのだが、この年は朝日杯を制したメジロベイリーの147票に対し、アグネスタキオンは119票の票を集め、朝日杯を勝利せず異例のJRA賞受賞まであと一歩まで迫るなど、競馬記者からも高く評価された。
そして、前年度の日本ダービーを制していたのが全兄のアグネスフライトだったこと、それに騎乗していたのが同じ河内洋騎手だったこともあり、この時点で朝日杯勝ち馬メジロベイリーを差し置いてクラシック最有力との声が上がり始めた。
その後、年が明けて弥生賞前、アグネスタキオンを管理する長浜博之調教師が以下のようにコメント。
「スケールという点では兄のアグネスフライトよりこちら(アグネスタキオン)の方が上。この時期に三冠を意識するのは調教師になって初めて。」
「(レース当日の雨予報について)瞬発力が中山の悪馬場で殺されることが心配?この馬には展開、馬場…あらゆる面での対応力、自在性を感じる。その手のことを敗因に挙げなきゃいけないレベルの馬なら軽々と三冠なんて口にしないよ」
まだ一冠(皐月賞)も取っておらず、その前哨戦も走っていないにも関わらず、陣営は「三冠」を意識していると発言したのである。また長浜調教師は慎重派としても知られ、競馬記者に対してもそっけない対応が多くサービストークをするような人物ではなかった。その長浜調教師がこれだけの自信をのぞかせるのも珍しかったという。
年はあけて弥生賞(GII)。アグネスタキオンが早くからこのレースで走ることを明言していたため対戦を避ける陣営も多く、8頭立てのレースとなった。そんな中アグネスタキオンは、単勝1.2倍の圧倒的な支持を受ける。
しかし、アグネスタキオンにとって初めて経験する関東への輸送。その上、前日の段階でもやや荒れていた馬場が、当日の更なる雨によりなおいっそう悪化。レースが行われた3時ごろになると雨は降っていなかったものの馬場状態は最悪の不良馬場になってしまうなど、アグネスタキオン陣営にとっては不安となる状況が続いた。
しかしレースが始まると、直線で差が開く一方。デビュー戦以来の再選となった2着ボーンキングに5馬身差をつけて、こちらも圧勝する。
また、このレースに出走して4位に入着したマンハッタンカフェは、後に菊花賞、天皇賞、有馬記念を制することになり、ここでも後のGI馬を一蹴する結果となった。
スピードや切れ味だけでなく、荒れ馬場をも苦にしないパワーや精神力にも長けた逸材であることを証明する結果となり、三冠への期待は更に高まった。新聞の見出しにも「(皐月賞もらった)タキオン死角なし」の文字が躍った。また皐月賞ウイークの公式会見でも、長浜調教師は再び「三冠を意識している」と口にした。
しかし、このレースの前のアグネスタキオンの様子について、河内騎手は「何か今までとは違っていた」と振り返っている。まず直前の追い切り調教で、予定していたDWコースへの入場を馬が嫌がったため坂路で追い切ったとのこと。また栗東トレーニングセンターから中山競馬仔場へ移送するための馬運車にも、なかなか嫌がって乗り込まなかった。さらにレース直前のゲートではアグネスタキオンはゲート入りを嫌い、最終的に覆面をかぶせてなんとか発馬機内に収まるなど、急に嫌がるようになったという。
そんな中始まる皐月賞。アグネスタキオンは一番人気。しかも、当時歴代2位の単勝支持率59.4%、単勝オッズ1.3倍というダントツの人気であった。
先団の5番手という好位置を進み、第3コーナーから徐々にポジションを上げて、最後の直線に入る。
さあここでジャングル・アグネス一騎打ちになるんでしょうか!?
直線コースに向かってまいりました!
直線コースに向かっている!
さぁ、アグネスわずかに先頭だ!
ジャングルポケット食い下がる!
ジャングルポケット食い下がる!
最後の坂にかかってアグネス先頭!アグネス先頭!
さぁそして!角田晃一とジャングル!
そして14番のダンツフレームも来ている!
ダンツフレームも来ている!
しかし!アグネス!アグネス!大丈夫!アグネスタキオン まず一冠!!
もはや予定調和とも思えるように直線入り口で抜け出すと、後続が背後に迫った瞬間にアグネスタキオンはまた伸びて突き放す。してのゴール。1馬身半差の2着に追い込んできたダンツフレームも、大勢が決してから差を詰めてきたに過ぎず、ジャングルポケットも3着まで上がるのが精一杯だった。
この勝利により、母・アグネスフローラ(5戦5勝で桜花賞を勝利)に続き、「母仔2代で無敗でクラシックを勝利」を記録した。また鞍上の河内騎手は、この勝利で史上5人目となる5大クラシック完全制覇の偉業を達成した。
しかし河内騎手は「欲をいえば、もっとビュッと伸びてほしかった。今までがもっと突き放して勝ってくれていたからね。でも、今までより相手も力をつけて来ているわけですし、それは贅沢ですね」などとコメント。アグネスタキオンが本調子ではなかったことを示唆するような感想を語っていた。
皐月賞2着のダンツフレームは古馬になって宝塚記念を制するなど、決してライバルが弱かったわけではない。そんな中で、まさに横綱相撲で完勝。実況はスタート時からアグネスタキオンが勝つ前提でアナウンスし、勝った瞬間には「まず一冠!」とまで言っている。
この勝利によって、いよいよシンボリルドルフ以来の「無敗の三冠馬」への期待が不動のものとなっていく。正直、見ている競馬ファンもほぼ全員がそう思っていた。それくらい強い勝ち方だったのである。
しかし・・・。
皐月賞後の5月2日に、左前浅屈腱炎が発覚。当時は「全治6か月」と発表され、期待されていた日本ダービー、菊花賞を回避することとなった。いったん北海道の社台ファームへ放牧に出されたが、関係者の協議により8月29日にそのまま現役を引退することが発表された。9月30日には阪神競馬場で引退式が行われた。
その報を聞いてアグネスタキオンのファンは勿論、今年の軸はこいつ買っとけば安心と思っていた馬券系のファンまで呆然となったものである。
その年のGIは、ジャングルポケット、クロフネ、マンハッタンカフェが3歳時に秋の古馬混合G1を3勝(ジャパンカップ、ジャパンカップダート、有馬記念)し、また翌年にマンハッタンカフェとダンツフレームが上半期の古馬G1を勝利。アグネスタキオンに敗れた馬たちが席捲した。それらの勝利は、結果的にアグネスタキオンが改めて評価されることにもつながり、「仮にアグネスタキオンが故障せずに現役を続行していれば」と語られる所以となっている。
また、この年の日本ダービー(GI)はジャングルポケットが勝利するが、実況を担当した某アナウンサーは「その2馬身前にアグネスタキオンの姿が見えた」と後に語っている。
引退後種牡馬になったアグネスタキオンは、もう一度競馬ファンを驚かせる。ロジックがNHKマイルカップを勝つなど、初年度産駒から大活躍。翌年には超名牝ダイワスカーレットを、さらにその翌年には父と同じ皐月賞を勝利したキャプテントゥーレ、また父の果たせなかったダービーを制覇したディープスカイなどを排出。
そして3年目には内国産種牡馬としては51年ぶりとなるリーディングサイアーを獲得。亡きサンデーサイレンス後継筆頭に躍り出たのである。
しかしながらその矢先、2009年に急性心不全で突然死亡。享年11歳。種牡馬としても底を見せないまま去っていってしまった。(幸か不幸か引退が早かったので、排出した産駒は約8世代と年齢に比べて長いのが救いか。)
幻の三冠馬。幻の大種牡馬。「光速を超える粒子」を表すその名の通り、いつまでも真の姿が見えてこない。そんな馬であった。
アグネスタキオンの孫である(アドマイヤオーラ産駒)アルクトスがマイルチャンピオンシップ南部杯にて、クロフネの日本1600mダートレコードを大きく更新するタイムで勝利した。また、ノンコノユメやニシノデイジーなど、「母父アグネスタキオン」としての競走馬が多く活躍しており、2015年以降のBMSリーディング(母父としての獲得賞金を合算したランキング)では常にTOP10にランクインし続けている。(2023年現在)
アグネスタキオンの名前はまだまだ血統表と記憶から消えることはなさそうである。
そして2021年、某競馬コンテンツの影響で知名度が爆上がりし、一躍大人気となるのだが、それはまた別のお話……
改めてこの馬の戦績について。生涯成績は4戦4勝。主な勝ち鞍は皐月賞(GI)。
こうして振り返ると、「無敗のまま皐月賞を勝った」という事実だけでもちろん十分強いのは分かるが、最近競馬を見始めた人には何故アグネスタキオンが高い評価を得ているのか疑問に思う人もいるかもしれない。ましてやJRAのCMでは「その馬は、わずか四度の戦いで神話になった。」と評されるほどである。
その理由としては、「当時のアグネスタキオンに対しての『三冠当確ムード』が凄かったから」、そして「4戦で下したライバルがタキオン引退後に次々と活躍したから」という事に他ならない。
東スポnoteの記事「アグネスタキオンは〝知っていた〟のか…「ウマ娘」でも異彩を放つ名馬の強さと謎を「東スポ」で解き明かす」では、「当時のアグネスタキオンに対する『三冠当確ムード』は、あのディープインパクトに匹敵するほどだった。しかも、3歳春の時点の「死角のなさ」はディープ以上だった。」と分析している。詳細は記事に譲るが、アグネスタキオンは、
などという背景に加えて、
というふうに4戦をただ勝っただけでなく、多種多様な状況におかれてその上で余裕を持った圧勝を見せるという、「死角がない」ほどの勝ち方を見せたことが評価につながっている。
それほどの才覚を示し、「無敗の三冠馬」という称号に手がかかっていたまさにその時、志半ばで彼はターフを去った。そして、この4戦で下したライバルたちがその後のGIで次々と結果を出していく現実。それを見つめていた彼の関係者、そしてファンがどんな気持ちだったのかは想像に難くないだろう。
ファンだけが無責任に見た夢ではなく、陣営だけが無鉄砲に見た夢でもない。当時の多くの人が、「アグネスタキオンは三冠馬になれる」と確信していた。だからこそ彼が駆け抜けていった4戦や、彼が引退しなかった「もしも」の馬生を、「幻の三冠馬」という称号ともに皆が語りたくなるのである。
「アグネスタキオン」という瞬く間に通り過ぎていった眩い煌めきは、誰もが語り継ぎたくなる「神話」となり、日本競馬の歴史に今も燦然と輝いている。
デビューした瞬間から、計り知れない強さを見せつけた。
誰もが三冠馬の誕生に思いを馳せ、その衝撃の走りに夢を重ねた。
アグネスタキオン、君の凄さに魅了された者たちが、
名馬の歴史を超越した勇姿を永遠に語り継ぐだろう。
*サンデーサイレンス 1986 青鹿毛 |
Halo 1969 黒鹿毛 |
Hail to Reason | Turn-to |
Nothirdchance | |||
Cosmah | Cosmic Bomb | ||
Almahmoud | |||
Wishing Well 1975 鹿毛 |
Understanding | Promised Land | |
Pretty Ways | |||
Mountain Flower | Montparnasse | ||
Edelweiss | |||
アグネスフローラ 1987 鹿毛 FNo.1-l |
*ロイヤルスキー 1974 栗毛 |
Raja Baba | Bold Ruler |
Missy Baba | |||
Coz o' Nijinsky | Involvement | ||
Gleam | |||
アグネスレディー 1976 鹿毛 |
*リマンド | Alcide | |
Admonish | |||
イコマエイカン | Sallymount | ||
*ヘザーランズ | |||
競走馬の4代血統表 |
掲示板
86 ななしのよっしん
2024/04/13(土) 01:08:52 ID: APufw9yRHP
当時の雰囲気はわからないけど、あのジャングルポケットにダービーで勝てるのかは疑問ではある
まあ彼の府中の戦績を見た今だから言えることなんだけどさ
87 ななしのよっしん
2024/05/06(月) 21:12:58 ID: 5uFlmIRd/U
当時の話ならタキオンとレースにもなってなかったジャンポケが勝つイメージが湧く人はいなかったと思う
88 ななしのよっしん
2024/09/12(木) 04:31:44 ID: KYFPr99p6j
菊は流石に厳しかったじゃないかと勝手に思ってる・・・
マンハッタンカフェ相手だし
急上昇ワード改
最終更新:2024/12/23(月) 05:00
最終更新:2024/12/23(月) 05:00
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