大井田氏経(?~?)とは、鎌倉時代末期から南北朝時代にかけて活躍した武将である。
大井田氏は早くから新田氏から自立した里見氏の分家で、庶流越後新田氏のひとつである。
大井田氏経は新田義貞が挙兵すると、父・大井田経隆、兄・大井田経兼、弟・大井田経世とともに里見氏、羽川氏らをはじめとした越後新田氏の一軍として合流した。化粧坂から鎌倉に進軍した部隊に加わり、鎌倉陥落の後見から建武政権では式部太夫、弾正小弼に任じられている。
やがて足利尊氏が建武政権に反旗を翻すと、大井田氏経は新田義貞と行動を共にし、対赤松則村戦に参加。備前三石城の攻略を命じられ、石橋氏、飽浦氏、田井氏などに勝利し美作国までを制圧した。
ところが足利尊氏の九州からの再起を抑えきれず、新田義貞とともに本拠地である北陸に転じ、大井田城を死守した。義貞の死後も新田義宗とともに北陸、武蔵を転戦している。しかしその最期は不明である。
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最終更新:2024/03/29(金) 16:00
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