軽羹とは、かるかん粉、山芋、水を主原料としてつくられる九州特産の蒸し菓子。鹿児島県の銘菓として全国に知られる。
第14回全国菓子博高松宮名誉総裁賞を受賞した薩摩を代表する伝統の銘菓。
軽羹と書いて「かるかん」と読む。
蒸した後の方が軽くなるためこの名前が付いたとされる。また、羹とは中国語で汁物を表す言葉であり、薩摩藩は中国と交流を重ねていて、もてなしの場では中華料理が並べられることも珍しくなかったという。当時のメニューの中に羹というものがあり、そのフリガナとしてカルカンと明記されていたことから、中国から伝わった名前だと言う説もある。
江戸中期には島津家の記録に登場している。安政元年(1854年)、江戸に在った明石出身の菓子匠・ 八島六兵衛が島津斉彬公に従い鹿児島入りし、当地特産の山芋をふんだんに使って創製された……という説が以前は一般的であったが、軽羹は貞享3年(1686年)から正徳5年(1715年)ごろには薩摩藩で誕生していたらしい。薩摩藩は琉球が近いため比較的サトウキビを入手しやすく、山芋は水はけがよいシラス台地でも取れやすかったことが大きいとされる。ただし誕生当時の軽羹がどのようなものなのかは記録がない。八島六兵衛は今も続く和菓子屋「明石屋」を開業するなどその腕は確かなものだったようで、彼は軽羹に何らかの改良を加えたのではないかという考察もある。
純白の生地は白砂糖と米粉、そして上質な自然薯以外、余分なものを使用していない証拠。
山芋をふんだんに使って作られたふわふわした生地の粘りがありしっとりとした、素朴でどこか懐かしい甘さが特徴。
鹿児島では冠婚葬祭全てで重宝される正に銘菓であり、家庭科の調理実習で作る学校も多く存在する。自分で作る用に軽羹専用の小さな型や包装紙を持っている人も少なくない。
本来はういろうなどと同じく細長い棒状のものを切り分けて提供されるものであるが、明治維新の頃に丸い生地の中に小豆餡を仕込んだ饅頭状の「軽羹饅頭」が開発されてからは、長い事饅頭タイプが主流となっている。この他に生地自体に大納言を練り込んだものなどがある。
自然薯は天然ものと栽培の大きく2つに分かれており、後者は鳥獣対策畑の電子柵導入が進んでいるが、自生の場合はそうはいかず、年々天然ものが採れる量は減ってきている。こういった背景もあり、自然薯よりも入手が容易い大和芋や長芋で作られることも多い。
掲示板
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最終更新:2025/04/03(木) 23:00
最終更新:2025/04/03(木) 22:00
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