歯ぁ食いしばれ!
そんな大人
修正してやる!!
──これが若さか
……とは、少年の怒りと大人の恥である。
『機動戦士Ζガンダム』第13話『シャトル発進』における、カミーユ・ビダンとクワトロ・バジーナ(シャア・アズナブル)のやり取り。
自らの正体を隠し、一介のパイロット・クワトロ大尉としての生活を優先するシャアの卑怯さを糾弾するカミーユと、その純粋さに己の不甲斐なさを刺激され涙するクワトロ。ここでカミーユが叫んでいる「修正」とは「軍隊流の叱責」のこと。つまるところヘマをした者をぶん殴ることである。カミーユは10歳年上のクワトロを容赦なくぶん殴っている。
暴力シーンに事欠かない『Ζ』、ひいては序盤の荒れ気味なカミーユを代表するシーンとして有名であり、クワトロの情けない態度も合わさって、シーンの切り抜きしか知らない人には意味不明な展開に映る所である。ただし(当然のことではあるが)、ここまでの話の積み重ねをじっくり追っていくと、カミーユが激昂するのも、クワトロが殴られなければならない理由も見えてくる。
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この節以降は、『Ζガンダム』第13話までを 鑑賞後に閲覧することを推奨します。 |
既に作品を鑑賞した方々にとっては、長くなるがお付き合いいただきたい。
母が目の前で爆死、父が愚かな自殺を遂げ、カミーユは泣き崩れる。クワトロはカミーユを立ち直らせるべく、彼が未来を向いて生きられるように説教を垂れた。
カ:死んだ両親のことは、言うなというのですか!?
ク:そうだ。そして、次の世代の子供達のための世作りをしなくてはならない
カ:僕にそんな責任があるわけないでしょう!?
ク:あるな
カ:大尉は僕の何なんです!?(キレる) 目の前で二度も親を殺された僕に、何かを言える権利を持つ人なんて、いやしませんよク:……シャア・アズナブルという人のことを、知ってるかな?
カ:……尊敬してますよ? あの人は、両親の苦労を一身に背負って、ザビ家を倒そうとした人ですから。……でも、組織に一人で対抗しようとして敗れた、馬鹿な人です
ク:正確な評論だな。が、その言葉からすると、その人の言うことなら聞けそうだな
カ:会えるわけないでしょ!(キレる)ク:(無視して)その人は、カミーユ君の立場とよく似ている。彼は個人的な感情を吐き出すことが、事態を突破する上で一番重要なことではないのかと感じたのだ
カ:聞けませんね!僕にとってはエゥーゴもティターンズも関係ないって言ったでしょう? 大人同士の都合の中で死んでいった、馬鹿な両親です。でもね、僕にとっては親だったんですよ!?(走り去る)
ク:カミーユ君!レコア:あんなことを持ち出して説得するなんて、上手じゃありませんね
ク:……そうだな。俗人は、ついつい「自分はこういう人を知っている」と言いたくなってしまう、嫌な癖があるのさ
視聴者は、クワトロこそが、幼くして両親をザビ家に殺され、復讐のためにジオン軍に入隊し、独裁者となったザビ家を討とうとしたシャアその人であると知っているが……。この時点のカミーユにとっては、何故クワトロがシャアを引き合いに出したのか、全く意味が分からなかった。
一方でこのシャアの助言は、良くも悪くもその後のカミーユを行動させ、増長させることになる。
『Ζガンダム』というお話全体の、メタな視点から観ると、このカミーユのシャアに対する反応は「前作から7年を経て、公国軍の英雄シャアの正体がジオン・ダイクンの息子キャスバルであることは世間一般で広く知られている事実となっている」ことを示している。軍関係者のみならず、民間人にもシャアの逸話は有名なのだろう。
エゥーゴに軍属待遇のMSパイロットとして参加を求められたカミーユは、クワトロからも勧誘を受ける。ふとカミーユは、何故クワトロが軍人なのか訪ねた。
カ:大尉はなぜ軍人なんです?
ク:なぜ軍人?
カ:聞きたいものです
ク:他に食べる方法を知らんからさ。だから今だに嫁さんももらえん
クワトロは、あくまでも自分は不器用なひとりの大尉だと語る。その割にはエゥーゴの指導者であるブレックス准将や幹部のヘンケン中佐と同格で話しているのだが……。
ちなみにブレックスもヘンケンも、クワトロ・バジーナがシャア・アズナブルであることは最初から察している。察してはいるが、大人の配慮で黙っている。
ちなみにネットミームで有名な「手すりに寄りかかって同じ方向を見ているクワトロとカミーユ」のカットの元ネタはここ。
戦果を挙げたカミーユは増長し、自分勝手な理由でミーティングに遅刻し、その結果ウォン・リーに手荒い「修正」を受けた。アーガマのパイロットルームで気絶から回復したカミーユは、病み上がりにも拘らず出撃を命じてくるクワトロに反発する。
カ:理不尽じゃないですか(訝しむクワトロとエマ)。僕が一方的に暴行を受けていたのに、黙って行ってしまったあなた方のことですよ!
ク:軍隊っていうのは、ああいったものだ。アーガマでは君に甘すぎた。反省をしている
カ:ウォンとかっていう人は、軍人じゃないんでしょ!?
ク:エゥーゴの出資者だ。大切な人だ
カ:暴力肯定なんですか!?
ク:(声を荒げる)支度を急げ!
カ:嫌ですよ! ウッ!
ここでとうとうエマがカミーユを「修正」する。ご丁寧にウォンに殴られた側の頬をビンタしている。
カ:エマさん……
エ:軍隊というところは理不尽なところよ
ク:殴られたくなければ自分のミスをなくせ(退室)
カ:僕は行きませんよ!エ:ガンダムMk-Ⅱはどうするの!?
カ:クワトロ大尉がいるでしょ
エ:今日まで生きてこられたのは、あなた一人の力ではないのよ
カ:僕の力があったから、アーガマはここまで来られたんでしょ!
エ:その自惚れが、今にあなたの命を落とすってわかっているから、ウォンさんはあなたを殴ったのよ
カ:自惚れだなんて、僕は……
エ:ウォンさんはね、地球にしがみついて地球を滅ぼすような人は何とかしたいと思っているのよ。その上であなたのような、見込みのある人に生き残って欲しいと考えて……カ:(食い気味に)僕は見込みありません。自閉症の子供なんだ
エ:……自分の都合で、大人と子供を使い分けないで!
この一言はカミーユの心に深く突き刺さった。気持ちを切り替え、カミーユはクワトロの後を追って出撃する。「クワトロ大尉って、こうなるってわかってたのかな? 嫌いだな。ずっと試されてるみたいだ」と毒づいてはいたが……。
更にこの後、グラナダの連邦軍基地を制圧するため、クワトロとカミーユは生身で銃撃戦を繰り広げる。同じ連邦軍の兵士の射殺も厭わないクワトロに、カミーユは溜まりかねて(殺し合いを楽しんでるんじゃないか。こんなの戦争じゃない!)と心中で叫んでいる。
ぼーっとしていたカミーユを注意するエマ。その中で以前からちょくちょく出ていた「修正」の説明がされる。
エ:いい加減に軍に慣れたら?これじゃ、いつまでもウォンさんの修正を受けるわ
カ:「修正」?
エ:「殴って気合を入れること」よ。アーガマは正規軍でないから、甘いけどね
カ:気を付けます
ティターンズの後方拠点・ジャブロー基地の強襲をしたエゥーゴだったが、作戦は空振りに終わった。パイロットとMSは支援組織カラバの協力の元、宇宙への脱出を行おうとしていた。慌ただしい中、カラバのハヤト・コバヤシは昔の友人から書き置きを受け取る。
『クワトロ大尉はシャア・アズナブルだと思える。
そのシャアが偽名を使って地球連邦政府と戦うのは卑怯だから──』
……一緒には行動ができないと言うのか後で、ご意見を聞かせてください
ハヤトは、作業がひと段落したクワトロに手紙の意見を求める。
ク:私には関係の無い手紙だな
ハヤト:カイはあなたのことを「シャア・アズナブル」だと言っています。本当のことでしょうか?
ク:買いかぶってもらっては困ります。ジオンのシャアが何でエゥーゴに手を貸すのです?
ハ:ザビ家は7年前に滅びました。となれば、シャアという人は地球再建を志に抱いてもおかしく無い人です。その人が地球圏に戻り、エゥーゴに手を貸す……分かる話です
ク:仮に私がシャアだとしたら、君は何を言いたいのだ?
ハ:(作業員に)急いでください! (向き直って)……カイの手紙にこう書いてありましたね。「リーダーの度量があるのにリーダーになろうとしないシャアは卑怯だ」と。「モビルスーツのパイロットに甘んじているシャアは、自分を貶めている」のです
ク:シャアという人がそういう人ならばそうでしょう
ハ:10年20年かかっても、地球連邦政府の首相になるべきです!
ク:しかし私は、クワトロ・バジーナ大尉です
ここで話を聞いていたカミーユが割り込む。
カ:もしそうなら! それは卑怯ですよ。シャア・アズナブル、名乗った方がスッキリします!
ク:(無視して)ガンダムをシャトルに移動させろ!
カ:しますよ。どっちなんです?教えてください!
しばしの沈黙。ハヤトが口を開く。
ハ:お認めになっても良いのではありませんか?
ク:今の私は、クワトロ・バジーナ大尉だ
それ以上でも、それ以下でもない
カ:歯ぁ食いしばれっ!
そんな大人、修正してやる!
ク:(吹っ飛んで落涙しながら)(これが若さか)(壁に激突し尻もちを搗くクワトロと、作画の都合でホバースライドしてくるカミーユ)
カ:どんな事情があるか知らないけど、どんな事情があるか知らないけど……!
ク:人には恥ずかしさを感じる心があるということも……おっ?
空襲警報が鳴り響き、話は中断された。クワトロとカミーユはシャトル発進援護のため、それぞれの機体に乗り込む。
前作を観ていない人には、というか観ていても少々わかりづらいところだが、要はハヤト(とカイ)とカミーユは「シャアが自らの血筋や実績による名声をアピールして『ティターンズを叩き連邦を正常化する』と表に立てば、シャアを慕う多くの人々が反連邦活動に加わるだろう。そしてシャア自身が彼らの指揮をとれば、ずっとスムーズに事は運び、無駄な流血も少なくなる」と言いたいのである。
元々、グラナダ基地の制圧はエゥーゴの戦力を確保するためだったし、ジャブロー強襲作戦もエゥーゴのスポンサーである月面企業の無茶な要請によって決定されたものだった。最初からシャアが陣頭に立っていれば、エゥーゴに非協力的だったグラナダ基地の態度も少しは変わったかもしれないし、月企業の連中も大きな顔はしていられなかっただろう。
もっともシャア本人としてみれば、自身の実績はともかく、血筋については彼が望んで得たものではない。後の話、ひいては続編の『逆襲のシャア』でも描かれるが、シャアは自身のルーツを利用することを嫌っている。彼にしてみれば自身のルーツのために不遇極まる幼年時代を強いられ、復讐鬼として青春を知らずに過ごすことになったのだから。それをネタにカミーユに説教してるけど
外野が騒ぐのは、そんな忌まわしき記憶から解放されたいシャアにとってはいい迷惑に過ぎない。過ぎないのだが……。
ここまでの経緯を振り返ると分かるだろうが、要はシャアがあまりに勝手すぎるのである。ここまでエゥーゴという軍隊の中で揉まれてきたカミーユの瞳には、クワトロという名の仮面は余りに理不尽な存在に映ったのだ。
シャアではない、シャアで有りたくない、と言わんばかりの態度をとって一兵士を装っているくせに、やっていることはエゥーゴの幹部どころか指導者の側近である。シャアとしてのバックボーンが無ければ出来るることではない。そもそも本当に「外野にはほっといてほしい」のであれば、軍隊など辞めてどこかに行ってしまえばいいのだ。かつてシャア自身が妹のアルテイシアに「戦争を忘れろ」と諭したように。
にもかかわらず、ある程度わがままを通せる立場を保ちながら軍隊(即ち暴力装置)の中で生きようとし続ける男が、クワトロ・バジーナである。そうし続けることで無駄に失われた命があったとしても、意に介していないのが、クワトロ・バジーナである。ついでに言うなら、完全に他人のふりをして過去の自分を引き合いに出してきたのがクワトロ・バジーナである。
極めつけに、10歳も年少のカミーユに詰められて絞り出したのが「今の私はシャアではないが、私自身がシャアではないとは言っていない」という戯言だった。否定も肯定もせず、ただ察してくれと言わんばかりの言葉は、外ならぬクワトロによって軍隊流の割り切りを叩き込まれたカミーユに対する背信であった。
物心ついた時から大人の理由を振りかざし、汚い生き方をしてきた自分に対して、あまりにまっすぐな感情をぶつけてきたカミーユ。それはシャアにとっては余りに眩しく、自分の行動を恥じたくなるものだった。
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最終更新:2025/12/21(日) 17:00
最終更新:2025/12/21(日) 16:00
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