誰かが最初に右のナプキンを取ったら全員が「右」を取らざるを得ない。
もし左なら全員が左側のナプキンだ。そうせざるを得ない。
これが「社会」だ……………
土地の値段は一体誰が最初に決めている?
お金の価値を最初に決めている者がいるはずだ、それは誰だ?
列車のレールのサイズや電気の規格は?そして法令や法律は?
一体 誰が最初に決めている?
民主主義だからみんなで決めてるか?それとも自由競争か?
違うッ!!ナプキンを取れる者が決めている!
この世のルールとは「右か左か」?
このテーブルのように均衡している状態で一度動いたら全員が従わざるを得ない!
いつの時代だろうと………この世はこのナプキンのように動いているのだ
そして「ナプキンを取れる者」とは万人から「尊敬」されていなくてはいけない
わたしが「ナプキン」をとるとは、ファニー・ヴァレンタイン大統領が『こういう予期せぬ事が起こらぬようにする』覚悟を決めたときのセリフである。SBR第19巻に登場する。
ナプキンを最初に取れたら不運さえも味方にする「真の力」を得られるという考えのもと、『最初に取った者』になるため、スティール・ボール・ランレースで聖人の遺体を集め、もう少しで遺体が完成というところでルーシーの残したメッセージによりディエゴ・ブランドーとホット・パンツに追跡を許してしまった時の大統領の台詞。
元ネタは自発的対称性の破れの発見により2008年にノーベル物理学賞を受賞した南部陽一郎の著書『クォーク 素粒子物理はどこまで進んできたか』内の以下の一節。
宴会が開かれていて、大きなテーブルのまわりに大勢の客がぎっしり着席している。
各々の席の前には皿、ナイフ、フォーク、ナプキンなどのセットがきちんと置いてあるが、隣の席との間隔が狭いので、どちら側のナプキンが自分に属するのかわからぬほど左右対称である。
実際どちらをとってもかまわぬはずだが、誰か一人が右側のナプキンをとり上げれば他の客もそれにならっていっせいに右のをとらなければならなくなり、とたんに対称性が自発的に破れてしまうのである。
この例え話自体は昔から様々な媒体で取り上げられてきたものらしい。これ以外にも素粒子の話を前置きとしてスタンドのおさらいをするなど、作者はSBR執筆時には本書及び物理学に熱心だったことが伺える。
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最終更新:2025/12/12(金) 22:00
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