ギジェルモ・モスコーソ(Guillermo Alejandro Moscos、1983年11月14日-)とは、ベネズエラ出身のプロ野球選手(投手)である。
愛称は「ジーモ」。
2003年にアマチュアFAでデトロイト・タイガースと契約しプロ入り。
2008年12月にジェラルド・レアードとの交換で、マイナー1選手と共にテキサス・レンジャーズへ移籍。翌年5月30日のオークランド・アスレチックス戦でメジャーデビューする。
2011年1月8日にライアン・ケリーとのトレードでオークランド・アスレチックスに移籍。5月14日、故障者リスト入りしたタイソン・ロスと入れ替わる形でメジャーに昇格すると、先発ローテーションの一角として定着、21試合に先発して8勝10敗防御率、3.38の成績を残した。当時、チームメイトだった松井秀喜も実力を認めている。
その後は色々な球団を渡り歩き、カブス傘下3Aアイオワで高橋尚成とチームメイトになり、日本球界に興味を持つ。そして2013年12月26日、横浜DeNAベイスターズと契約した。
2014年、先発ローテションの一角としての期待に応えて年間通し24試合に先発登板。チーム3位の9勝を挙げ(9敗)、防御率は3.39、規定投球回にも到達した。ちなみに年9勝はベイスターズの外国人投手シーズン最多勝利記録の更新である(前記録は2003年ドミンゴ・グスマンの8勝)。7月12日の東京ヤクルトスワローズ戦では自らホームランも放って勝利した。
2015年は4月までに3勝1敗の成績を挙げるなど更なる活躍が期待されたが、負傷して二軍落ち。6月に復帰するも調子は上がらず、中継ぎに回るも炎上。8月に先発復帰するが、結局負傷後は1勝も出来ず、3勝6敗2ホールド、防御率5.19という不本意なシーズンとなってしまった。
2016年も引き続きDeNAに在籍し、開幕より先発ローテーションの一角を担う。4月21日に第一子となる娘が誕生した。5月17日には来日後初の完投勝利を挙げて、これで日本通算15勝となり、ベイスターズの外国人投手通算最多勝利記録を更新した(前記録はセドリック・バワーズの14勝)。オフに自由契約となった。
最速150km/m超、平均91マイル(約146.4km/h)の速球を持つ本格派右腕。
加えてスライダー、カーブ、チェンジアップ、ツーシームを持つ。 なお、ツーシームは日本に来てから覚えたもよう。
フライボールピッチャーであり、2011年はゴロ率が26.8%だったのに対し、フライ率は55.5%に達した。
しかし球の力があるためか狭いハマスタでも被弾はそれほどなく、大崩れしない安定した投球が魅力である。
投球回の割に四死球が少ないのも武器。
「ハマスタが好き」と公言しているだけあってか、ハマスタでの勝率も高い。また、打つ方も2割台の打率にホームランを放つなど、力のある打撃を見せてくれる。
娘のミドルネームは「サクラ」(時折誤解されるがファーストネームは「シルバーナ」である)。
(2016年終了時点)
| 通算:7年 | 登板 | 完投 | 完封 | 勝利 | 敗戦 | セーブ | ホールド | 勝率 | 投球回 | 与四球 | 奪三振 | 失点 | 自責点 | 防御率 | WHIP |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| MLB:5年 | 70 | 0 | 0 | 13 | 14 | 0 | 1 | .481 | 222.2 | 86 | 166 | 119 | 106 | 4.28 | 1.31 |
| NPB:3年 | 52 | 3 | 0 | 17 | 22 | 0 | 2 | .436 | 286.2 | 91 | 215 | 140 | 136 | 4.27 | 1.30 |
▶もっと見る
急上昇ワード改
最終更新:2025/12/13(土) 19:00
最終更新:2025/12/13(土) 19:00
ウォッチリストに追加しました!
すでにウォッチリストに
入っています。
追加に失敗しました。
ほめた!
ほめるを取消しました。
ほめるに失敗しました。
ほめるの取消しに失敗しました。