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ケイエスミラクル

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ケイエスミラクル(1988 - 1991)とは、日本の競走馬である。
儚い奇跡の結晶としか言いようのない、そんな馬。 

曖昧さ回避 この記事では実在の競走馬について記述しています。
この馬を元にした『ウマ娘 プリティーダービー』に登場するキャラクターについては
「ケイエスミラクル(ウマ娘)」を参照してください。

概要

日本ではミスタープロスペクター系が「アメリカのダートの短距離専門だろ?」くらいの認識の時期に輸入された馬だが、父は40戦3勝、この馬の他には重賞で活躍した馬が後にも先にも1頭もいない超三流種牡馬Stutz Blackhawk、後に日本に輸入された母*レディベンドフェイジャーも従弟にCrafty Prospectorがいるくらいという地味過ぎる血統で、なんと3万ドルという安さであった。
日本にわざわざ輸入する理由がないレベル……は言いすぎかもしれないが、異系種牡馬としての期待を込めて輸入するったって限度があるぞっていう感じであった。
のちの快速を血統的に見ると、母の父Never Bend、母の母の父Dr. Fagerという快速種牡馬の血が入ったことが良かったのかもしれない。

とまあ、けちょんけちょんに言ってしまったのだが、この馬のアレさは血統のみにあらず。生まれつき日本脳炎を患いデビュー出来るかおぼつかないという状態だったのである。
馬主さん、騙されちゃったのォ!! ってレベルであったがなんとかこれは完治。いやあ、3万ドルが無駄にならずよかったよかった……と思ったのもつかの間、デビュー前に深刻な脚部不安を発症。もうだめだぁ……おしまいだぁ……と思われたがこれも奇跡的に快方に向かった。
二度も奇跡を起こしたことから、彼の馬名は冠名のケイエスに、ミラクルをつけることとなったのであった。
……とここまで書いてきたことは[要出典]らしいので、眉に唾をつけておいて欲しい。

メイショウ冠号で知られる松本好雄オーナーと昵懇で、かなり先の未来になるが二冠馬メイショウサムソンを引き継いだことでも知られる栗東の高橋成忠厩舎に預けられて、デビューしたのは同い年のトウカイテイオーが中山で父と同じ道を歩みだした1991年の4月。
上の眉唾エピソードの事実はともかくとしてもデビューは相当遅れており、全く順風満帆に過ごすことは出来ていなかったのは想像に難くない。当時の○外の最大目標であったニュージーランドトロフィーにもまともなら間に合わない時期になってしまっていた。
裏開催の新潟での未出走戦でデビューしたが2着に敗れ、仕切り直した2戦目でなんとか初勝利。その後新潟で更に連闘で1走するが2着と勝ちきれず。
連闘だったからか、あるいは次のローカル開催である北海道シリーズを狙ってのんびり行くのを志向したのか休養を挟んで出走した夏の札幌1200mにおいて4馬身差でレコード勝ち、続く900万条件では9馬身ぶっちぎり一躍話題の的となった。
ちなみに1200mでこれだけぶっちぎるということは、スピードが違いすぎるということである。展開のアヤも何もない。9馬身ちぎった時は条件戦なのに単枠指定馬にされる圧倒的な支持を受けた。

そんな勢いのまま、まだ条件馬だったので夏場使い詰めるかと思ったが、夏の終わりまで自重。本来阪神開催だが改修中で中京開催となったセントウルステークスに格上挑戦で臨んだが、2番人気のセンリョウヤクシャともどもぶっ飛んでなんとブービー負け。左回りが死ぬほどダメだったのかもしれない。
重賞の壁には一回ふっ飛ばされたが、仕切り直したオープン特別のオパールステークスをレコード勝ち。前走で敗れた馬にもきっちり熨斗をつけて借りを返しオープン馬となるとスワンステークスに向かった。
ここは勝ち鞍が集中していた1200mではなく1400mで、メンバーもダイイチルビー(1番人気、2.5倍)、ダイタクヘリオス(4番人気、6.8倍)の当時短距離路線の金看板2騎、古豪バンブーメモリー(3番人気、6.2倍)、今から見るとリアルシャダイ産駒の異端児、春の阪急杯を制していたジョーロアリング(2番人気、5.1倍)、後少しの後有馬記念でとんでもないことをやるダイユウサク(6番人気、13.9倍)がいるなど強烈だったことから12.5倍の5番人気と流石にあまり人気はしなかったが、レースでは前を行ったダイイチルビーをクビ差捉えて勝利。当時の日本レコードを樹立した。
短距離の新星誕生!と言うことで次走のマイルチャンピオンシップでは圧倒的人気のダイイチルビー(1.8倍)に次ぐ4.3倍の2番人気となった。3番人気のバンブーメモリーが10倍を超えていたのでちょっと離されはしたが2強ムードである。
しかし「京都の1600mなら本気出す」と言ったかどうかはともかく、人気がない方がイキイキする男・ダイタクヘリオスの京都の坂下りで一気に先頭に立つ強引な走りにそのまま押し切られ、ライバルと見て後ろに張り付いていたダイイチルビーの豪脚を抑えることも能わず3着に終わった。

脚に疲れが見えたため、本来ならここで休養する予定だったのだが、マイルGIでも勝負になったんだからスプリントGIならただ貰いだろうという馬主の意向でスプリンターズステークス(当時は年末開催)へ向かうこととなった。ここでは勝ち鞍が集中しているスプリント戦でダイイチルビーをレコードで負かしたスピードがあるなら充分勝てるだろうと2.2倍の1番人気に推された。ダイイチルビーは3.0倍の2番人気であった。
札幌からずっと主戦騎手を務めていた南井克巳が裏開催の阪神牝馬特別に出るフェイムオブラスの騎乗を彼がスプリンターズステークスに出ない想定で先に取ったのか、先約優先と思われる形で降りたため、空いていた当時関東最高の名手にして神聖不可侵であった岡部幸雄に乗り代わったのも反映された部分はあったかもしれない。
レースでも素晴らしいスピードを見せ、4コーナーで早くも先頭に並びかける勢いで進出。直線向いたときの手応えは抜群であった。後ろから猛烈な脚で上がってきたダイイチルビーとの激戦になると思われたが……荒れた中山の馬場に脚を取られたか、生まれつきの体質の弱さが、1年で10戦したことに耐えられなかったか、直線に入ってすぐの辺りで彼の脚は砕けてしまった。レースはその横を猛烈な脚ですり抜けていったダイイチルビーが勝った。
せめて、生きて種牡馬入り出来れば……当時はミスタープロスペクター直系はレアだし、スピードは充分示した、生きてくれ……と馬主が奇跡を願ったかはわからないが、三度目の奇跡が起こり彼が救われることはなかった。予後不良、薬殺となった。

ちなみに、この馬主は彼がスワンステークスを勝って以降、重賞を勝つ馬にはまるで恵まれていない。
彼をもっと大事に使っていれば、もっと勝てていたかもしれないが……所詮たらればの話である。
ただ、厩舎はおそらく彼の体調や脚に相当心を砕いていたし、馬主もGⅠであるスプリンターズステークスがかかっていない場合は厩舎の意向通りにしていたように見える。
札幌の900万下の後に夏休みを作っていたし、連闘したのも未勝利脱出後のみ。この連闘も当時6月開催の○外ダービーことニュージーランドトロフィーに間に合わせるためのものと思われ、長い目で見ればこの馬のため、種牡馬になるための実績作りになることでもあった。
スプリンターズステークス出走も勝てれば未来を大きく拓くことにもなっていたし、実際勝負になる実力はあった。厩舎も騎手も大反対した上、流石に有馬記念では万全でも荷が重いサンエイサンキューとはまた話は違うし、春全休で賞金収入がなくなったため、トレードマネーの回収を企図した馬主の意向が大きく反映されたようにしか見えないオグリキャップの1989年秋のローテに比べれば至って常識的な歩み方であったと言える。
高橋成忠厩舎はスペインランド(103戦5勝)、サンコメーテス(同左)、メイショウバトラー(61戦14勝)など長く多く使う馬が多く使い方に賛否ある厩舎であったが、彼らは怪我を押して出走し続けて予後不良のような事態になったわけではない。

さらに言えばこの瞬間にはこうなるとはわからなかったが、翌年以降の短距離界は同い年のヤマニンゼファーが本格化し、1歳下の最強スプリンターサクラバクシンオーと天才少女ニシノフラワー、藤澤厩舎最初の大物マイラーシンコウラブリイによる短距離路線進出が始まる時代になる。1991年は未だ革命前夜であったと言えるのだ。
このスプリンターズステークスを逃せばどっちにせよGⅠ獲得チャンスはなかったかもしれないので、狙えるときに行くのは絶対的に悪とも言い難い。
当時は種牡馬になれなければ現代よりかなり多い生産頭数の都合上乗馬に回るにも相当な競争率と予想され、脚部不安のある彼のようなタイプは乗馬需要もなかった可能性は否定し難くもある。

とにかく後に残ったのは、8ヶ月の間にレコードを3回作った、当時としては奇跡のような快速馬が呆気無く消えていったという、悲しい事実のみである。 

血統表

Stutz Blackhawk
1977 鹿毛
Mr. Prospector
1970 鹿毛
Raise a Native Native Dancer
Raise You
Gold Digger Nashua
Sequence
Sunny Morning Amber Morn Ambiorix
Break o' Morn
Lighter Coastal Traffic
Blue Denim
*レディベンドフェイジャー
Lady Bend Fager
FNo.1-l
Never Bend Nasrullah Nearco
Mumtaz Begum
Lalun Djeddah
Be Faithful
Princess Fager Dr. Fager Rough'n Tumble
Aspidistra
Princess Roycraft Royal Note
Crafty Princess

クロス:Nasrullah 3×5(15.63%)

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関連項目

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  • ダイイチルビー
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