ダマスカス(競走馬)とは (ダマスカスとは) [単語記事]

ダマスカス(Damascus)は、1964年生まれのアメリカの元競走馬・元種牡馬。2頭の歴史的名馬を破った1967年ウッドワードステークスの圧勝で特に知られる。

馬名の由来はシリアの首都ではなく、それに由来するメリーランド州の地名から。

概要

血統

父Sword Dancer(ソードダンサー)、母Kerala(ケララ)、母父My Babu(マイバブー)という血統。

父ソードダンサーは貧相な馬体ながらベルモントステークス優勝・ウッドワードステークス連覇などの活躍を遂げ、年度代表馬に選ばれた名馬。種牡馬としてはその父Sunglow(サングロー)と同じように低調な中で時折超大当たりを出すという感じの成績であり、そしてその大当たりこそがこのダマスカスだった^[1]。

母ケララは不出走馬で、産駒の競走成績はダマスカス以外に目立つ者はいない。後にダマスカスの姉妹の牝系から活躍馬が続出することになるが、もちろんこの時点ではそんなことは誰も知らなかった。ただしきょうだいには重賞馬が多数おり、祖母(ダマスカスの曾祖母)のBar Nothing(バーナッシング)はケンタッキーダービー馬の妹で、そこから更に2代遡ったBellisario(ベリサリオ)の姉には顕彰馬Maskette(マスケット)がいるので結構いい感じの母系である。

母父マイバブーはパーソロン(シンボリルドルフやメジロアサマの父)の祖父として日本でも有名かもしれない。現役時代は2000ギニーでのレコード勝ちを含む16戦11勝で、母父として最終的に100頭近くのステークスウィナーを輩出している。

若駒時代

ウッドワードステークスにその名を残す米国ジョッキークラブ元会長ウィリアム・ウッドワードの娘であるエディス・ウッドワード・バンクロフトという人物の生産所有馬で、フランク・イーウェル・ホワイトリー・ジュニア調教師に預けられた。

このホワイトリーという人、性格は良かったのだがとにかく寡黙だった。その寡黙さは、後にダマスカスが注目の中でケンタッキーダービーを迎えるにあたり

――ダマスカスはどうやって寝てるんですか？

「一緒に寝てないから分からないです」

というレースと何の関係もない談話しか報道されなかったレベルだった。こんな質問をしてる方にも原因がありそうな気はするけど。

ともかく神経質気味なところがあったダマスカスをホワイトリー師は丁寧に育てていき、デビューする頃には均整の取れた美しい馬体と真面目な性格の持ち主になった。

デビュー戦は騒音に気を取られるという子供っぽいところを見せて2着だったが、次戦で8馬身差の圧勝で勝ち上がると、3戦目も12馬身差で圧勝。4戦目は現在でも有力競走として残るレムセンSを選び、内ラチにぶつかりながら7連勝中のカナダ最強2歳牡馬Cool Reception(クールレセプション)などを退け優勝した。騎乗したウィリアム・シューメーカー騎手はこう語っている。

普通ならこんな風にラチにぶつかったら闘争心が途切れてるところだけど、彼は立ち直った。ほとんどの馬は一度乗ったらもう乗りたくないと思うけど、ダマスカスは何度か乗ってても全く失望させられるところが無い馬です。

2歳シーズンはこれを最後に終了となった。

三冠戦線

3歳始動戦の一般競走では良馬場なのに一箇所だけ水溜りができているという意味不明な馬場ながら何とか辛勝し、2戦目でも快勝して連勝を飾った。

そして3戦目となるゴーサムSで、ダマスカスは最大のライバルとなる快速馬Dr. Fager(ドクターフェイガー)と激突することになった。ドクターフェイガーは2歳時5戦4勝2着1回で、このレースが3歳始動戦だった。

シューメーカー騎手は同じく騎乗していたドクターフェイガーではなくダマスカスを選び、ストライキの中で何とか施行されたレースは5万人以上の観客を集めた。レースではほぼ同じ位置から同じタイミングで仕掛け、最後はマッチレースの様相を呈したが、あまりの接戦のために右ムチを使えなかったこともあってかドクターフェイガーの半馬身差2着に敗れた。

次走はウッドメモリアルSとなり、ここでもドクターフェイガーとの対戦が期待されたが、ドクターフェイガーは脚部不安で早々に三冠戦線からの離脱を表明してしまった。ライバルのいなくなったダマスカスはこのレースを2着に6馬身差を付けて圧勝し、ケンタッキーダービーの有力候補に名を連ねた。

迎えたケンタッキーダービーでは、前年のシャンペンS(現GI)でドクターフェイガーに唯一土をつけていたSuccessor(サクセッサー)、デルマーフューチュリティ・サンタアニタダービーと現在のGI級になるレースを勝っていたRuken(ルークン)などを抑えて1番人気となった。ドクターフェイガーの他に、前年のケンタッキーダービーを前にして故障のため無念の引退を余儀なくされたGraustark(グロースターク)の弟という血統背景が注目を集めると思われたCup Race(カップレース)も故障で離脱していた。

しかし折しも公民権運動の激しい時代、競馬場でも騒乱が起きたりする不穏な環境はナーバスなダマスカスにとって最悪の条件であり、激しく動揺したままレースに出たダマスカスは折り合いを欠いて、カップレースの代打として送り込まれていた9番人気馬Proud Clarion(プラウドクラリオン)の3着に敗退してしまった。

ここ一番で冷静さを欠いて敗れたダマスカスを二冠目のプリークネスステークスまでの短い期間で立て直すため、ホワイトリー師はマスコミを完全に遮断。ポニーを付き添わせて落ち着かせたことが見事に功を奏し、非常に落ち着いた状態でレースを迎えることに成功した。そしてケンタッキーダービーの他の上位4頭やフロリダダービーを勝ったIn Reality(インリアリティ)などを抑えて再び1番人気に支持されると、後方から豪快に伸び、2着インリアリティに2馬身1/4差をつけて、同距離でのレースレコードにコンマ6秒差という好タイムで優勝した。

ベルモントステークスでもプラウドクラリオンや久しぶりの対戦となるクールレセプションを抑えて1番人気に支持され、人気に応えてクールレセプションに2馬身半差をつけて勝利した。しかしクールレセプションは最後の1ハロンを故障しながら走っており、レース後に予後不良で安楽死となるという後味の悪い結末となってしまった。

快進撃

プリークネスS・ベルモントSと連勝したダマスカスだが、まだまだ勢いは止まらない。ベルモントSの2週後にデラウェアパーク競馬場で行われたレオナルドリチャーズSを3馬身1/4差で完勝すると、次走のウィリアムデュポンジュニアハンデキャップは初の古馬混合ということもあり4歳馬Exceedingly(エクシーディングリー)にハナ差で敗れ2着だったが、そこから連闘でアケダクト競馬場のドワイヤーHに参戦し、約8kgのハンデを与えた2着Favorable Turn(フェイヴァラブルターン)を先頭から10馬身くらい離れたところから差し切って勝利。続けて出走したアメリカンダービーではインリアリティに7馬身差をつけてレコード勝ちした。

更にトラヴァーズステークスでは15馬身ほどの差をつけて逃げていた逃げ馬を向こう正面から仕掛けて早々に交わすと、そのまま2着以下に22馬身という大差をつけ、雨で不良馬場になっていたにも関わらずレコードタイの時計を叩き出して圧勝。あまりの大差のため、カメラがダマスカスを追うのをやめて2着争いに注目してしまうほどだった。

次走のアケダクトSでも古馬相手にトップハンデで快勝し、いよいよ最大のハイライトと言っても過言ではないウッドワードステークスに挑戦した。

世紀のレースと称されたこのレースでダマスカスと並ぶ注目を集めていたのは、ジョッキークラブゴールドカップ・トラヴァーズステークスなどの大競走を含む30戦25勝の成績で、これを最後に引退することが決定していたBuckpasser(バックパサー)と、裏街道を歩んでダート1マイル1分33秒8などのよくわからないことをやってのけながら連勝していたドクターフェイガーだった。レースはこれにバックパサーを前走で8馬身の差をつけて破ったHandsome Boy(ハンサムボーイ)とダマスカス・バックパサー両陣営のペースメーカー1頭ずつを加えた6頭立ての少頭数となった。

スタートが切られると、ダート1マイルで当時の世界レコードを持っていたダマスカス陣営のペースメーカーHedevar(ヘッドエヴァー)がドクターフェイガーに競りかけながら2頭でぶっ飛ばし、バックパサー陣営のペースメーカーGreat Power(グレートパワー)が3番手、更に離れてハンサムボーイ、その後ろの最後方を並んでダマスカスとバックパサーが追走するという隊列となった。

ペースはダート10ハロンのレースだというのに前半6ハロンを平均11.5秒で進む超ハイペースとなり、グレートパワーは向こう正面で早々に失速。そして3コーナー手前でドクターフェイガーに少しでも長く競りかけるという役目を果たして失速し始めたヘッドエヴァーと入れ替わるようにダマスカスとバックパサーが仕掛け、4コーナー途中でダマスカスが勢いよく先頭に立った。その勢いが全く止まらないまま直線に入るとダマスカスはどんどん後続を突き放していき、最後の最後でようやくドクターフェイガーを交わして2着に上がったバックパサーに10馬身もの差をつけて圧勝。シューメーカー騎手はレース後「ダマスカスは全時代を通じて最高の馬だと思うし、今後も同じことを言い続けると思う」と語った。

続けて出走したジョッキークラブゴールドカップを苦もなく快勝すると、11月のワシントンDCインターナショナルに挑戦。これはブリーダーズカップが創設されるまで世界最大級だった芝レースで、ダマスカスにとっては初の芝だったこともあり、同世代だが芝を主戦場としていたためこれまで対戦していなかったFort Mercy(フォートマーシー)にハナ差敗れて2着。しかしコックスプレート・コーフィールドカップ・マッキノンSなどオーストラリアの大レースを勝ちまくっていたTobin Bronze(トービンブロンズ)、愛ダービー・セントレジャー馬Ribocco(リボッコ)、日本から挑戦した天皇賞馬スピードシンボリなどには先着しており、実力は十分に示した。

この年のダマスカスは国内レーティングでトップ評価を得て、年度代表馬・最優秀3歳牡馬の他にバックパサーとの同時受賞で最優秀ハンデ牡馬を獲得した。年間獲得賞金81万7941ドルは三冠馬セクレタリアトが更新するまで破られなかった記録である。

4歳時

4歳になったダマスカスは、サンタアニタパーク競馬場のストラブシリーズ^[2]とサンタアニタHを目標に1月のマリブS^[3]から始動し、ここを2馬身半差で快勝。ストラブシリーズ2戦目のサンフェルナンドSではスローペースを後方から追い込み、ダートながらラスト1ハロン11.6秒の豪脚で2着に2馬身差をつけ連勝した。

ところが、このレースを最後にシューメーカー騎手は何らかの理由で降板となり、二度と本馬の手綱を執ることはなかった。代わってロン・ターコット騎手が騎乗したストラブシリーズ最終戦のチャールズ・H・ストラブSでは馬場に手こずったのが響いてアタマ差2着に敗れ、更に落鉄と外傷のためサンタアニタHも回避せざるを得なくなるという踏んだり蹴ったりのレースとなってしまった。

4ヶ月以上の休養を経て、新たにパートナーとなったマヌエル・イカザ騎手とのコンビで復帰戦を快勝したダマスカスは、続けて向かったサバーバンHでドクターフェイガーと3度目の対戦を迎えた。ここでは両馬とも約60kgのハンデを背負い、ダマスカスはヘッドエヴァーがいなかったため逃げたドクターフェイガーを見るようにして積極的にレースを進めたが、これが完全に裏目に出て先に脚が上がり、5馬身差をつけてレコードで逃げ切ったドクターフェイガーはおろか後ろからダマスカスを差したBold Hour(ボールドアワー)にも3馬身差をつけられて3着に完敗した。

次走のエイモリー・L・ハスケルHでもボールドアワーの3着となったが、続けて挑んだブルックリンHではヘッドエヴァーがいてマイペースを守れたこともあり、4度目の対戦となるドクターフェイガーを突き放して2馬身半差でレコード勝ちを飾った。なおドクターフェイガーとの対戦はこれが最後だった。

更にブラウリオ・バエザ騎手(かつてバックパサーの主戦だった)を迎えたウィリアムデュポンジュニアHでは134ポンド(約60.8kg)の酷量を克服して優勝、次走のアケダクトSも同斤量で優勝して連勝した。

しかしミシガンマイル&ワンエイスHで約10kg軽いハンデだったNodouble(ノーダブル)に負けた辺りから、ダマスカスには屈腱炎の兆しが現れ始めた。ウッドワードSはハナ差で2着だったものの、ジョッキークラブゴールドカップでは脚が限界を迎えて6頭立ての6着に敗れ、これを最後に引退。年度代表表彰ではドクターフェイガーが年度代表馬・最優秀ハンデ牡馬・最優秀芝馬・最優秀短距離馬を独占し、ダマスカスは無冠だった。

通算成績は32戦21勝2着7回3着3回で、着外に敗れたのは最悪の状態で迎えた引退レースのみ。こなした距離は7ハロンから16ハロン(およそのメートルで1400mから3200m)にも及び、しかも4歳春の故障休養以外はほとんど休みなしに走って、芝や酷量もものともしなかった、頑丈かつ器用な馬だった。

種牡馬として

バックパサーなどを生産した名門・クレイボーンファームで種牡馬入りしたダマスカスは、71頭(51頭とも)のステークスウィナーを輩出し、母父としても100頭以上のステークスウィナーを輩出して、貴重なテディの父系を繋ぐ役割に大きく貢献した。1974年にはアメリカ競馬の殿堂入りも果たしている。

後継種牡馬の中でも活躍したのはGI2勝馬Private Account(プライヴェートアカウント)で、13戦無敗のPersonal Ensign(パーソナルエンスン)、ミエスク産駒の良血GI馬East of the Moon(イーストオブザムーン)、ブリーダーズカップ・ディスタフを13馬身半差で圧勝して伝説を作ったInside Information(インサイドインフォメーション)といった歴史的名牝たちを送り出した。また快速を武器に活躍したOgygian(オジジアン)はそのスピードを産駒にも伝え、日本で外国産馬として走ったエイシンワシントンやバトルラインの活躍によって輸入されるまでに至った。他に日本と縁のあるところで言えば外国産馬として走ったタクラマカンがメイセイオペラを母父として送り出している。直系は90年代をピークに衰退してきてしまっているが、パーソナルエンスンは繁殖牝馬として大成功を収め、プライヴェートアカウントを母父に持つAldebaran(アルデバラン)、オジジアンを母父に持つJohannesburg(ヨハネスブルグ)なども種牡馬として一定の成功を収めているので、これらの血統を中心にダマスカスの血は受け継がれていくことだろう。

1989年(25歳)まで種牡馬生活を続けたダマスカスはその後もクレイボーンファームで穏やかな余生を過ごし、1995年8月8日に31年にわたる長い生涯を閉じた。遺体は前年に8歳の若さで夭折したEasy Goer(イージーゴア)の隣に埋葬された。

血統表

Sword Dancer 1956 栗毛	Sunglow 1947 栗毛	Sun Again	Sun Teddy
			Hug Again
		Rosern	Mad Hatter
			Rosedrop
	Highland Fling 1950 黒鹿毛	By Jimminy	Pharamond
			Buginarug
		Swing Time	Royal Minstrel
			Speed Boat
Kerala 1958 鹿毛 FNo.8-h	My Babu 1945 鹿毛	Djebel	Tourbillon
			Loika
		Perfume	Badruddin
			Lavendula
	Blade of Time 1938 黒鹿毛	Sickle	Phalaris
			Selene
		Bar Nothing	Blue Larkspur
			Beaming Beauty

クロス:Pharamond=Sickle 4×3(18.75%)、Blue Larkspur 5×4(9.38%)

脚注

*誤解のないように書いておくとダマスカス以外が全部ダメだったわけでもなく、CCAオークスなどを勝って1966年の最優秀3歳牝馬となったLady Pitt(レディピット)も出している。
*マリブS、サンフェルナンドS、チャールズ・H・ストラブSの4歳馬限定戦3競走からなるが、2013年でサンフェルナンドSは廃止となっており、このストラブシリーズも自然消滅した。
*1984年以降は12月26日固定開催となり、これに合わせて3歳馬限定戦に変更されている。