桜花 (航空機)とは (オウカとは) [単語記事]

桜花 (航空機)とは、大日本帝国海軍が開発した特別攻撃機である。
アメリカ軍による正式名称は『rocket-powered, piloted suicide bomb』また別に『BAKA（正しくはBAKA　BOMB）』というひどいコードネームを付けられたが、その理由については後述。

前史

1944年、まだ神風特攻隊が考案されてないころ。三菱名古屋発動機製作所では空対地ミサイルの研究を行っていたのだがその誘導装置に苦労していた。ぶっちゃけると当時の電子技術では満足な誘導装置なんてできなかったのである。そんな時、この話を聞きつけた海軍の大田正一特務少尉なる人物が『命中しないなら人間に操縦させたらいいじゃない』と思いつく。彼は本来の業務^[1]をほっぽりだしコネを頼りに東大に自分のアイデアを売り込むための技術資料作成を依頼。その資料を手に「完成した暁には自分が真っ先に乗りますから！」と軍上層部に言ってのけプレゼンテーションに成功。とうとう出撃したら最後パイロットは絶対死ぬグライダー型有人爆弾が完成し、実際に運用までこぎつけてしまった。これが桜花である。

機体概要

一式陸上攻撃機の胴体下部に取り付けて敵艦隊の近くまで寄り発射するいわばミサイル。但し有人操縦。
機首に1.2トンの爆弾搭載。体当たりで起動する。大型艦でも一撃必殺（の予定）、相手は死ぬ。味方も死ぬ^[2]（死ぬのは桜花の搭乗員だけではない、後述）。
固体ロケットブースターを備え、最高時速は実に1040km（急降下時）。発射に成功したら絶対対空砲火は当たらない。……発射に成功できたらね。

実際のところどうよ

桜花は専門の開発・運用を行う第七二一海軍航空隊、通称神雷部隊によって運用され、計10回出撃が行われた。以下、運用実績と成果。

第一回
- 出撃　一式陸攻18機（内桜花15機）　護衛零戦19機
- 損失　陸攻全機、零戦10機。戦死160名。
- 戦果　なし。
第二回
- 出撃　一式陸攻9機
- 損失　陸攻　濃霧により未帰還2機　山に激突1機　不時着2機
- 戦果　なし。悪天候に阻まれ作戦中止。
第三回
- 出撃　一式陸攻9機
- 損失　陸攻5機　不時着2機　戦死42名
- 戦果　※この第三回が一番戦果が上がっている。
  1. 撃沈　駆逐艦「マナート・L・エベール」戦死74名、負傷35名
  2. 大破　駆逐艦「スタンリー」負傷者3名。艦首部分に命中したが弾頭が船体を貫通し不発。しかし船体の損傷大きく戦闘不能、アメリカ本土に回航されたが修理不可能であり1946年に除籍。
  3. 小破　掃海駆逐艦「ジェファーズ」　死傷者なし
第四回
- 出撃　一式陸攻7機
- 損失　陸攻全機　戦死55名
- 戦果なし
第五回
- 出撃　一式陸攻6機
- 損失　陸攻5機　戦死32名
- 戦果
  1. 小破　戦艦「ミズーリ」　死傷者なし
第六回
- 出撃　一式陸攻4機
- 損失　陸攻なし（但し不時着1機）　戦死なし
- 戦果不明 ^[3]
第七回
- 出撃　一式陸攻7機
- 損失　陸攻5機　戦死40名
- 戦果
  1. 大破　施設駆逐艦「シェイ」　1機命中。爆弾は不発だったが艦の中隔を激しく破壊。沈みこそしなかったが修理困難と判断され廃艦となった。死者27名、負傷者91名。
  2. 中破　駆逐艦「ゲイエティ」　墜落した桜花の破片が命中、40ｍｍ機銃1門破壊。負傷者3名。
  3. 小破　駆逐艦「ヘンリー・Ａ・ワイリ」
第八回　
- 出撃　一式陸攻4機
- 損失　陸攻3機　戦死23名
- 戦果
  1. 大破　駆逐艦「ヒュー・Ｗ・ハドレイ」　中央部分に命中し大破、炎上。損傷は甚大で総員退艦命令が出たが沈まなかった。結局廃艦になったが。死者28名、負傷者は艦長を含め67名。
第九回　
- 出撃　一式陸攻11機
- 損失　陸攻3機（※悪天候による未帰還）
- 戦果なし、悪天候のため作戦中止
第十回
- 出撃　一式陸攻6機
- 損失　陸攻5機　戦死32名
- 戦果なし

神雷部隊における総出撃数は一式陸攻78機（内桜花搭載75機）、零戦19機。それに対する損失は一式陸攻54機（内天候原因での損失6機）、不時着5機。零戦の損失は10機。戦死者は桜花搭乗員56名、零戦搭乗員10名、一式陸攻搭乗員は372名に及んだ。総死者、実に438名。

一方アメリカに与えた損害は駆逐艦一隻撃沈、駆逐艦三隻が大破使用不能、後は小破した船が数隻。桜花による死者は129名、負傷者は238名。

…あれ、日本のほうが被害大きくない？

どうしてそうなった～桜花の問題点～

この槍、扱い難し。

―――野中五郎（第七二一海軍航空隊飛行隊長、少佐）

１、短すぎた航続距離

アメリカ艦隊が構築した対空防衛線、いわゆるピケットラインは戦艦や正規空母といった主力艦の周囲80kmにぐるりとレーダー搭載駆逐艦（レーダーピケット艦）を配置し、レーダーに反応すると主力艦の上空に待機していた戦闘機が襲い掛かるというもので、たとえそれをかいくぐっても駆逐艦搭載のレーダー連動高角砲が敵機を始末するという二段構えであった。当時のアメリカのレーダーは大体艦の周囲25kmを探知範囲にしていたといわれており、主力艦を安全に襲おうとするならば大体120kmの彼方から桜花を発進させなければならない。しかし桜花の航続距離はロケットをふかしても70km。主力艦に当てようものならピケットラインどころか輪形陣の内側に母機である一式陸攻を潜り込ませねばならなかった。

但し鉄壁に見えるピケットラインも実際は結構穴があった模様。これについては後述。

ちなみに、大田少尉が軍令部にプレゼンをかけた段階では特呂二号^[4]を採用する予定で、もし特呂二号が実用にかなう代物にならば最低でも100km以上の航続距離はあったはずであり、もっと戦果は上がったと思われる。特呂二号が使い物にならないことが判明した時点で、桜花の運命は決したのかもしれない。

２、母機が逃げられない

最大の問題はこちらなのだが、元々母機である一式陸攻は重くても1トン程度の800kg魚雷1発ぐらいしか積む事を考慮されておらず、2.2トンもある桜花を積む事により速度も機動性も失われてしまった。このため桜花を積んだ状態で一度敵戦闘機に目をつけられるとまず逃げられないという問題があった。

対策としては護衛戦闘機を増やすしかなかったのが時代は戦争末期、満足な数の護衛戦闘機をつけることなどかなわなかった^[5]。このため神雷部隊は知恵を絞るのであるがそれについては後述。

しかし母機の犠牲は非常に大きく出撃した母機の実に7割が失われている。極論すれば桜花一機発進させるのに一式陸攻の乗員7人＋桜花搭乗員1名の8人の命が必要だったのである。

桜花の運用に当たり選抜されたのは飛行時間1000時間以上というベテランばかりだった。控えである予備士官でも300時間以上の飛行経験を有する人物が集められた。一式陸攻だって乗組員は飛行機を扱うことが出来る程度の能力を持つ優秀な人物ぞろいである。それをたった一度の出撃で使いつぶすことになった。

神雷部隊による対策

無論神雷部隊もこの使えない兵器を使えるようにするべく手を尽くしている。

母機の陸攻の編隊を護衛するのに十分な戦闘機を確保することは困難であり、敵の迎撃をかわす為に、第二回の神雷部隊より、編隊攻撃から単機攻撃に変更した。（しかし第二回は濃霧で攻撃できず実質は三回目から）
その為に、米艦載機の迎撃を分散させることに成功し、桜花射程範囲内まで母機の接近が可能となった。
単機攻撃に作戦変更後、悪天候により攻撃できなかった二回と九回を除いた合計43機（損失30機）の内命中4機至近弾4機合計8機　有効率18.6%は奇しくも航空特攻全体と同じ有効率となった。

“これは湊川だよ”

おれは桜花作戦を司令部に断念させたい。
もちろん自分は必死攻撃を恐れるものではないが、
攻撃機を敵まで到達させることができないことが明瞭な戦法を肯定するのは嫌だ。
クソの役にも立たない自殺行為に、多数の部下を道づれにすることは耐えられない。
司令部では桜花を投下したら陸攻は速やかに帰り、再び出撃せよ、と言っているが、
今日まで起居をともにした部下が肉弾となって敵艦に突入するのを見ながら
自分たちだけが帰れると思うか？

そんなことは出来ない、桜花投下と同時に自分も目標に体当たりする。

―――野中五郎

神雷部隊の上層部は桜花の開発や訓練を経て、桜花は使い物にならないということをわかっていた。上記引用は初代飛行隊長である野中五郎が部下に語ったものである。

第一回出撃の際、部隊指令岡村大佐は護衛戦闘機の少なさを理由に出撃の中止を進言している。しかし、彼らの上司である宇垣中将は出撃を命じた。

今の状況で使わなければ使うときがないよ

ーーー宇垣纏

確かに当時の状況（敵主力空母の大体の位置がわかっていた）から考えると宇垣中将がこんなことを言いたくなるのもわからないわけではない。しかし部下が犬死することがわかっているのに出撃を命じられる方はたまったものではない。野中少佐がこんなことを愚痴りたくなるのも理解できる。

ろくに戦闘機の無い状況ではまず成功しない。特攻なんてぶっ潰してくれ。これは湊川だよ^[6]

―――野中五郎

そして史実の湊川の戦いの通り、第一回出撃は全滅という末路をたどる。

第一回出撃の悲劇は決して無駄ではなくその戦訓は生かされ、既述のとおり第三回出撃以降は通常の神風攻撃と同じぐらいまでの戦果を残すことになる。しかし後世を生きる我々としてはどうしてここで出撃をやめ桜花の改良に力を注がなかったんだろうかという思いがあるのだが、そんなものはきっと後知恵なのだろう。

評価

上述の通り、正直言ってほめられる兵器ではないというのがもっぱらの評価。そのあまりにとち狂った発想にアメリカはあきれ、コードネームをBAKA（冗談でもなんでもなく由来は日本語の『馬鹿』）にしてしまった。

とはいえ第二次大戦当時の誘導兵器、たとえばエロ爆弾^[7]と呼ばれた日本陸軍開発の空対地ミサイル『イ号一型乙無線誘導弾』だと射程はたったの4km。ラジコン操縦で母機がずっと目標のすぐ近くに張り付き、専門の誘導員が命中まで操縦し続けなければならなかった。これは同種の兵器を開発していたドイツも同様^[8]である。

また当時通常攻撃による敵艦艇への効果はほぼ0という状況であり、こんなものでも頼らざるを得なかったのが当時の日本であったということを理解する必要がある。

なお第一回攻撃の大失敗により戦法を改めてからは戦果もそれなりに挙がる様になった。上述の通り第3回攻撃以降の有効率は通常の神風攻撃とほぼ同等、艦艇への到達率は3割を超えている（掲示板レス>>64、>>84参照）。このためもっと早い段階のフィリピン戦時に適正な戦法で投入されておけば^[9]、米機動部隊の特攻対策も未だ未成熟であった為、空母等の“大物”への戦果も挙がっていたものと推測でき、評価もまた違ったものになったと思われる。実際戦果として挙げられている戦艦ミズーリ小破のほか第4回攻撃でダメージは与えられなかったが軽空母サン・ジャシント（艦隊の中枢部にいた）までたどり着いていた機体もあった。

桜花は改良計画が存在し、ジェットエンジンを搭載した22型や43型が計画されていた（実戦に投入されたのは11型）。43型は地上からカタパルトで打ち上げられる予定で、比叡山のケーブルカーの線路からとか房総半島から打ち上げる計画もあったとか^[10]。43型は航続距離200kmとされ、実際に運用されてれば成果を挙げていたであろうことは想像に難くない。

しかしこれらはすべて机上の空論だった。桜花22型に搭載予定のツ―11モータージェットでは速度がきちんと出たか疑わしく^[11]、43型に搭載予定だったネ―20（日本初のジェット機『橘花』に搭載されたもの）も希少金属を大量に使うため大量生産できたのか疑問がついている。^[12]

桜花は、一発逆転を狙い作られた兵器だった。1.2t爆弾はまさに一撃必殺。しかし結果として母機を含め8人乗りの特攻機になってしまい採算が取れない兵器になってしまった。多分これで採算を取ろうと思ったらバンカー・ヒル^[13]までとは言わんが『マナート・L・エベール』ぐらいの戦果というか米軍に犠牲を２、３回は強いないと採算が取れない感じがする。優秀な人材を出撃ごとに『食い散らかした』桜花はやはりほめられた兵器とは言えない。

しかしながら、米軍の戦時中の特攻対策マニュアル「Anti-Suicide Action Summary」では「潜在的にもっとも脅威的な対艦兵器となり得る誘導ミサイル」であるとかなりの警戒をしていた事が明らかになっており、双発爆撃機を発見したらまず優先的に撃墜する事という指示が出ていたほどで、現在の日本側の評価とは大きな乖離を感じる。

余談～あるいは桜花にかかわった人々の話～

桜花の実際の機体の設計を行った三木忠直氏（当時海軍技術中佐）は後に0系新幹線電車や小田急3000系SE車のデザインを行っている。三木氏曰く「もう人殺しの兵器とはかかわりたくないから鉄道分野に入った」とのこと。
YS-11の企画に携わり日本航空産業の復興に貢献した木村秀政氏も桜花の基礎設計にかかわっている。同じく設計にかかわった山名正夫氏とは1966年に発生した旅客機の墜落事故における調査委員会で対立するという運命をたどる。
神雷部隊の指令である岡村基春大佐は戦後戦死した特攻隊員の慰霊の旅をしていたと言われている。1948年、鉄道自殺。遺書は残していなかった。
発案者の大田少尉がその後どうなったかはぜひともウィキペディアで調べていただきたい。ニコニコ大百科では実在の人物につけてはならないあるタグが頭に浮かぶであろう。

脚注

*この人、本業は攻撃機や爆撃機の偵察員（飛行機を操縦するのではなく後方を警戒したり機銃を打ったりする）である。
*一応、設計初期には「自動操縦装置つけてパイロットが脱出できるようにしようや」と提案した技術者がいたことは付け加えておく。
*山際一飛曹機が命中したとの報告があったが、当時損傷を受けた駆逐艦5隻、掃海駆逐艦1隻、戦車揚陸艇1隻、輸送艦2隻の内のどれかぐらいしかわかっていない。
*ロケット戦闘機で知られる秋水の推進器、過酸化水素を使ったロケット発動機。
*記録では2回目以降では護衛戦闘機すらついてないようなのだが実際は出撃ごとについていっていたらしい。なお、神雷部隊では建武（元ネタが建武の新政ならばずいぶん嫌味な名前をつけたものである）隊という主に零戦を使った特攻作戦も行っており、89機が出撃している。
*室町時代の戦闘、湊川の戦いの事。楠木正成が後醍醐天皇に倍以上の足利軍に対戦することを強いられ全滅した故事をさす。ちなみにこの後醍醐天皇が鎌倉幕府滅亡後自分で政治した時期を『建武の新政』という。
*試作機が旅館に突っ込み女中と入浴客の計四名を死傷させ「女風呂に突っ込んだ」といわれたため。
*戦争で初めて本格的に運用された誘導爆弾フリッツＸと対艦ミサイルＨｓ293のこと、連合軍で参戦したイタリア戦艦ローマを撃沈したり、英戦艦ウォースパイトを大破するなど戦果を挙げたが、その誘導距離はミサイルのＨｓ293ですら16キロと短く、また誘導方法も日本軍の無線誘導弾と同じで、大戦後半は母機の損害が増大した為使用中止となった。
*日本軍は空母信濃と雲竜でフィリピンに合計80機の桜花を輸送し運用する計画であったが、いずれの空母も到着前に日本近海で潜水艦に撃沈されておりフィリピンでの実戦投入はできなかった。
*現在も房総半島に当時のあとが残っていて地元の人が保存しているとのこと。
*写真の桜花はスミソニアン博物館でレストアされた問題の22型であるが、そのレストア時にエンジンをテストしたところジェットエンジンとしては役に立ってないことが判明している。詳しくは検索されたし。
*一応ネー20は終戦時50基は完成していたそうだが。
*米空母。特攻機によって沈みこそしなかったが死者約396人を出す大惨事が発生した。ちなみに一隻の軍艦で発生した特攻による犠牲者としては最高記録である。