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Bf109(Me109)とは、ドイツ空軍の戦闘機である。

概要

 バイエルン航空機製造(後のメッサーシュミット社)が開発した単発単座戦闘機であり、1935年にドイツ空軍の次期主力戦闘機として採用され、以降改良を加えながら第二次世界大戦末期までドイツ空軍の主力戦闘機として活躍した。(全型合わせると3万機以上と単発単座戦闘機としては世界最大の生産機数を記録した事でも知られている)

 なおBf109であるがA~D型までは実験的性格が強く、ダイムラー・ベンツの液冷エンジンDB601積んだE型(エミール)が登場すると第二次大戦初期の主力戦闘機として使用された。

 1939年初めにデビューしたE型(エミール)はスペイン内乱を皮切りに、そしてポーランド侵攻で本格投入された。

 1940年4月にノルウェーに進出し、次いでフランス空軍を壊滅させて1940年5月に連合軍をダンケルクから追い落としたBf109E-3の武装は7.7mmMG17(各1000発装填)×2と20mmMGFF(各60発装填)であった。これより前のE-1型までの武装はMG17機銃×4であった。

 1940年8月に起きた「英国本土防空戦」において、これまで補給が容易に受けられる地上で戦っていたBf109に大きな障害に立ちはだかったのはドーバー海峡であった。

 これまで地続きであったポーランド、オランダ、フランス、スペインと違って、英国は海によって守られていたため、行動半径が200kmしかなかったBf109はこれまでのように活躍できなかったのだ。

 そして爆撃機や同じ戦闘機であるBf110を護衛するBf109はイギリスの繰り出してきた戦闘機、スピットファイアに対しても苦戦を強いられた。

 奇しくも同じ時期に300リットル入りの補助燃料タンクを装備したE型の後期型であるE-7型が引き渡され始めたが、肝心の燃料タンクからの燃料漏れがひどく、十分に活用されなかったようだ。

そして英国戦開始から9か月後の1941年5月、ヒトラーは英国戦の中止を宣言した。

 F型(フリッツ、またはフリードリッヒ)は、1941年6月から始まった対ソ連戦からそれまでのE型に代わって主力を務めた。
 F型は胴体下部に増槽を装備できるようになったため、それまでの弱点であった航続距離の短さをある程度解消した。
 機体面は翼や機首を含めた多くの部分を改良し、武装面においては、それまで翼に2丁搭載されていたスイスエリコン社製20mmMGFF(570m/秒、350発/分)を廃し、代わりにドイツラインメタル社製MG150/20mm(790m/秒、780発/分)機関砲を胴体中央に装備。武装の弱化と引き換えに機銃の命中率を高めた機種となった。

 1942年春に生産が始まったG型の外見上の大きな特徴は、敵戦闘機の防弾に対して威力が低くなりすぎていた7.92mmのMG17を、13mmのMG131に強化したことによる大きなこぶである。
 エンジンも1100馬力だったDB601から1500馬力のDB605へと換装、より早く、より高高度へ登れる戦闘機となった。
 武装の強化されたG型だったが、それとと引き換えに増加した重量は脆弱だった脚部への負担をさらに高めることとなった。

 この時点で技師の多くは1935年にデビューしたBf109は設計が限界に達していると結論付け、新しい飛行機を設計したほうがいいとさえ考え始めてたが、戦況がそれを許さなかった。

 なぜならBf109と同じく大量生産されたフォッケウルフFw190は、空冷エンジンを搭載していた型が主力であり、空気が希薄になる高度6000m以上では急激に性能が落ちてしまう問題を抱えていたためだ。

 火力を増強すれば運動性能が低下して護衛戦闘機に落とされ、かといって武装を強化しなければ爆撃機に有効な打撃を与えることができない。

 そのジレンマを抱えたままBf109は苦しい戦いを続け、1943年8月に1800馬力のエンジンと13mm機銃2丁、30mm機関砲を装備し、さらに最高速度を時速700キロにまで押し上げたK型が開発される。

 だがK型が部隊配備をされた1944年10月には燃料もなく、パイロットの質も決定的に低下していた。

 華々しいデビューをし、その時その時の需要に合わせて発展し、設計の限界を迎えてもなお戦い続け、第2次世界大戦を戦い抜いたその姿は、ドイツ空軍を支えた偉大な戦闘機といっても過言ではないだろう。

 設計思想は一撃離脱戦法の申し子のようなもので、速度・スピン・ダイブ性能に優れていた。エンジンも機首武装が楽な倒立V字型に燃料噴射装置を組み合わせ、あらゆる状況でも攻撃可能である。一方簡素化のために主脚構造がヤワで安定性に欠け離着陸時の事故が多発した。また航続距離の短さも致命的であり、増槽を積むことができなかったE-3型が多かったことが1940年のバトル・オブ・ブリテンと呼ばれたイギリス上空での戦いでの敗因の一つとされている。

 そして1951年、大戦中にBf109を運用していたスペインで、HA-1112と呼ばれる戦闘機がデビューする。
機首にイスパノ・スイザ HS.404と呼ばれる20mm機関銃を2丁装備したそれは、Bf109G-2の胴体にイギリスのロールス・ロイス”マーリン”エンジンを組み合わせた機体であった。

名称について

 名称の"Bf" "Me"は、それぞれバイエルン社、後身のメッサーシュミット社の略称である。対戦中の公式文書ではMeで統一されていたようだが、戦後「バイエルン社時代の設計なのでBfにすべき」という意見からBfと呼ばれることが多くなったらしい。いずれも誤りではないが、E型以降は設計者のメッサーシュミット博士がバイエルン社の実権を握ったことから、E型以降の名称をMeで呼ぶことが多い。

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関連項目

  • ドイツ
  • 軍用機の一覧
  • Fw190
  • スピットファイア
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