構造的失業(structural unemployment)とは、経済学の用語の1つである。
概要
定義
構造的失業とは、職場が何らかの規制に従って名目賃金の最低額を決めて名目賃金を市場均衡水準まで下げないようにして、それに応じて職場が雇用数の上限を決めて雇用数を市場均衡水準まで上げないようにすることで生まれる失業のことである。
解説
職場は、何らかの規制に従い、就業者に支払う名目賃金の最低額を決め、労働市場で形成される均衡水準よりも高い名目賃金を支払うことがある。言い換えると、就業者に支払う名目賃金が労働市場で形成される均衡水準まで下がらなくなり、名目賃金の下方硬直性が発生する。
名目賃金の最低額を市場均衡水準よりも高くした職場は、それに応じて就業者の雇用数の上限を決め、労働市場で形成される均衡水準よりも少ない人数だけを雇用することになる。言い換えると、職場が雇用する人数が労働市場で形成される均衡水準まで上がらなくなり、雇用数の上方硬直性が発生する。
この雇用数の上方硬直性によって、日本のように解雇規制が厳しい国なら失業者に対する不採用が多くなって就職率が減って失業率が増加するし、米国のように解雇規制が緩い国なら就業者に対する解雇が多くなって離職率が増えて失業率が増加する。
性質 無能な人が職場の都合で不採用・解雇になる
構造的失業は、簡単にいうと「何らかの規制で給料を相場よりも高めに設定しているので、相場の給料で人を雇うときのように人を雇えず、相場より高めの給料に見合わない無能な人を雇わない」という職場の方針によって失業することである。
労働者は労働市場に売り出され、その労働者固有の名目賃金均衡水準Xを決められる。有能な労働者なら高技能労働者が集まる労働市場に売りに出され、需要が多めで供給が少なめなので名目賃金均衡水準が高めになる。無能な労働者なら低技能労働者が集まる労働市場に売りに出され、需要が少なめで供給が多めなので名目賃金均衡水準が低めになる。
労働者が有能でその労働者固有の名目賃金均衡水準Xが職場の名目賃金最低額Yよりも高いのなら、構造的失業の可能性がなくなる。労働者が無能でその労働者固有の名目賃金均衡水準Xが職場の名目賃金最低額Yよりも低いのなら、構造的失業の可能性が高まる。
このため構造的失業とは、「無能な人がなりやすい失業形態であり、有能な人ほどなりにくい失業形態」ということができる。
構造的失業の原因となる3つの規制
構造的失業の原因となる規制の中で有名なものは3つあり、①最低賃金と、②労働組合の団体交渉によって締結される労働協約と、③効率賃金仮説に基づく自主規制である。
最低賃金
国家は、最低賃金を定める法律を制定して、労働者が受け取る名目賃金の最低値を決めることがある。
最低賃金で決まる名目賃金最低額Aが最も低く、労働協約で決まる名目賃金最低額Bや効率賃金仮説で決まる名目賃金最低額CはAよりも高い。
このため、最低賃金で構造的失業になるものは未熟練労働者や就業経験の浅い労働者が主である。そうした労働者は無能であり、労働市場で形成される名目賃金均衡水準が非常に低い。
最低賃金の最大の影響は10代の労働者の失業に現れると考えられている[1]。多くの経済学者の研究により、「最低賃金が10%引き上げられると、10代の労働者の失業率が1~3%増える」という結論が得られている[2]。
労働組合の団体交渉によって締結される労働協約
職場の労働者は労働組合を結成して団体交渉をすることがある。そこで締結される労働協約により企業は規制を掛けられ、その規制に従って市場均衡水準よりも高い名目賃金を払うことがある。
団体交渉を果敢に行って名目賃金の引き上げを勝ち取る労働組合のことを戦闘的労働組合とか対決型労働組合という。そういう労働組合の姿を見た企業経営者は、「我が社の労働組合は御用組合だが、ひょっとしたら、あのような戦闘的労働組合になるかもしれない」とか「我が社には労働組合が存在しないが、ひょっとしたら、労働者が労働組合を結成して戦闘的な団体交渉をするかもしれない」と恐れるようになり、自社で団体交渉が行われていないのにもかかわらず先手を打って名目賃金最低額を市場均衡水準よりも高くすることがある[3]。
就業者をインサイダーと呼び、失業者のことをアウトサイダーと呼ぶ。インサイダーのなかで労働組合に参加する者は団体交渉によって締結される労働協約によって市場均衡水準よりも高い名目賃金を得られるし、労働組合に参加しない者も労働運動の影響を受けて市場均衡水準よりも高い名目賃金を得られる可能性がある。一方でアウトサイダーは名目賃金最低額の上昇の影響を受け、解雇規制が緩い米国なら離職率が高まり、解雇規制が厳しい日本なら就職率が下がり、構造的失業となる。アウトサイダーはインサイダーの人件費を間接的に負担していることになる。
労働運動があまりにも過剰になると、インサイダーとアウトサイダーの経済格差が広がってしまう。
効率賃金仮説に基づく自主規制
効率賃金仮説は「労働者に支払う名目賃金を上げれば、労働者の質が上がり、生産性が上昇する。労働者に支払う名目賃金を下げれば、労働者の質が下がり、生産性が下落する」と考える思想である。詳しくは当該記事を参照のこと。
効率賃金仮説という思想を持った職場は、自らに対して自主規制を掛け、名目賃金最低額を市場均衡水準よりも高めに保つ。
構造的失業を削減する政策
政府は構造的失業を削減する政策を実行することがある。
政府は職業訓練所を設置し、就業者や失業者に職業訓練を施して、職場が必要とするような労働技能を持たせることがある。これをリスキリング(reskilling)という。そうなると、その就業者・失業者を労働市場に出したときに形成される名目賃金均衡水準Aが上昇し、職場が何らかの規制によって決めている名目賃金の最低額Bとの差が縮まっていく。B-Aの数値が少なくなるほど構造的失業になりにくくなり、B-Aの数値がマイナスになると構造的失業が発生しなくなる。たとえば、最低時給1,000円の職場に応募する失業者の能力が職業訓練で高まり、その失業者の名目賃金均衡水準が時給200円から時給900円にまで上昇すれば構造的失業になりにくくなるし、その失業者の名目賃金均衡水準が時給200円から時給1200円にまで上昇すれば構造的失業にならなくなる。
政府は労働運動を抑制することがある。労働運動を抑制すれば、職場において名目賃金最低額を上昇させる労働協約が締結されず、構造的失業が減る。
巨大な労働組合が産業別に結成されてなおかつ政府の指導を受けるような国では、労働運動が強くなりすぎないように政府が調整し、その結果として構造的失業を軽減して失業率を低く抑え込むことがある。
スウェーデンは、巨大な労働組合が産業別に結成されて、団体交渉の時に政府が重要な役割を果たす国である。そのスウェーデンは労働組合の組織率が80%以上と高いが、特別に高い失業率を経験していない。このため、労働組合が団体交渉をするときにスウェーデン政府がアウトサイダーの意向を反映するように調整し、名目賃金最低額が高くなりすぎないように調整していることがうかがわれる[4]。
小さな労働組合が企業別に結成される国なら、民間企業の労働組合が御用組合になりやすい。そうした国では、昭和時代の日本の三公社五現業のような「国の現業」を消滅させてしまえば、国中の労働組合が御用組合ばかりになるので、労働運動が抑制され、職場の名目賃金最低額が低いままになり、構造的失業が減少する。
就業者の生活水準の向上を優先して構造的失業の増加を容認する政策
政府は、就業者の生活水準の向上を優先するため、名目賃金の最低額を引き上げて構造的失業を増加させる政策を実行することがある。
政府は労働運動を活性化させることがある。労働運動を刺激すれば、職場において名目賃金最低額を上昇させる労働協約が締結されるようになり、就業者の生活水準が上がる。
巨大な労働組合が産業別に結成されてなおかつ政府の指導を受けるような国では、労働運動が強くなったときに政府がそれを抑制せずに放置する。
小さな労働組合が企業別に結成されるような国では、民間企業の労働組合が御用組合になりやすい。それを補うため、政府は昭和時代の日本の三公社五現業のような「国の現業」を創設し、強力な労働運動をする労働組合を発生させる。「国の現業」から生じた労働組合が戦闘的な労働運動をすることで、民間企業の御用組合もそれに釣られて多少は労働運動を活発化させ、国家全体の名目賃金最低額を底上げしていく。
摩擦的失業と構造的失業の比較
就業者・失業者の都合による摩擦的失業、職場の都合による構造的失業
摩擦的失業は就業者・失業者の都合によって発生する。就業者・失業者が職場に不満を持ち「この職場では幸福になれない」と考えて職場に対する確信を失うことによって発生する。
一方で、構造的失業は職場の都合によって発生する。職場が最低賃金や労働協約や効率賃金仮説によって規制され、職場が雇用数に上限を設けざるを得なくなり、職場が「これよりも人を雇用したら倒産する」と考えて解雇や不採用を行い続けることによって発生する。
以上のように、「誰の都合で発生するか」で比較した場合、摩擦的失業と構造的失業は対照的な失業形態である。
無能な人はお国柄によって摩擦的失業になるか構造的失業になるかが決まる
無能な人がいて、労働市場で形成される名目賃金の均衡水準が時給100円とする。
最低賃金が法律で時給1,000円と定められている国なら、そうした無能な人は様々な職場で解雇されたり不採用になったりして、構造的失業になる。
最低賃金が定められておらず、労働組合が存在せず、効率賃金仮説が広まっていない国があるとする。そういう国なら、職場は無能な人に対して「時給100円」と提示して雇用する。ただし、100円でパン1個を購入するのがやっとの国なら、時給100円では生活を維持するのは難しいので、その無能な人は「この職場では生活を維持できず、幸福になれない」と考えて離職して、摩擦的失業になる可能性が高い。
以上のように、無能な人は構造的失業にもなり得るし、摩擦的失業にもなり得る。その人が所属する国においてステークホルダー資本主義や修正資本主義の思想が広まっていて最低賃金の法規制が維持されているのなら、職場に解雇されたり不採用通知を出されたりして構造的失業になる。その人が所属する国において株主資本主義や新自由主義の思想が広まり最低賃金の法規制が撤廃されているのなら、極めて安い名目賃金を提示されて摩擦的失業になる。
「無能な人に発生するかどうか」で比較した場合、摩擦的失業と構造的失業はよく似た失業形態である。
関連項目
構造的失業を増やす規制・現象
構造的失業を減らす政策
その他の関連用語
脚注
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』228ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』228ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』232ページに「企業は労働者に高い賃金を支払うことで、彼らの満足度を高めて労働組合結成の気運をそごうとするのである」という記述がある。
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』232ページ
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- ページ番号: 5696330
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